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迷宮突破 ♯.8

 結論から言うとハルに戦闘時の指揮を任せたのは正解だった。


 それぞれの武器の特性を理解し、自らの攻撃が互いの攻撃の邪魔にならないように立ち位置を考え出して指示していた。


 四人の中でも特出して際立った特性があったのがマオの持つハンマー。


 頭部への攻撃は大体予測通りのこととして、強化を重ねたマオのハンマーは当たりどころさえよければ相手の身体のどこに命中したとしても一定の確率でスタンを与えることができた。


 その代償としての武器自体の重さであり、武器を所持した状態での移動スピードの遅さなのだがそれは俺たちの協力とマオ自身の筋力パラメータで幾許かカバー出来る。アクセサリを作る生産職だというのにマオの装備はATK強化の効果を持つものばかりだったのはこれが原因だった。


 攻撃のパターンを変えたりスキルや技を使った攻撃を織り交ぜたりしてみたりしていくつか試してみた結果、殆どの場合問題無く連携を取ることができた。


 殆どと言ったのは俺のスキルにあるたった一つの技を使用した時にだけ上手く連携を取ることが出来なかったからだ。≪基礎能力強化≫スキルにある技の一つ≪SPEEDブースト≫。これを使用した場合にだけみんなとの連携に僅かな誤差が生じるようになってしまった。


 瞬間的に攻撃と移動の速度を高めるこの技はそれまでの連携を崩してしまうことが多かったのだ。


 最初に言っていた通り、四人での連携の練習とモンスター素材の収集を兼ねて制限時間の二十分前になるまでこの第三階層で戦闘を繰り返した。


 時間を二十分前に定めたのは強制的に転送される場所がまだ分かっていないことが理由だった。


 自分の意思で迷宮の入り口に戻れる以上何処に転送されるか解からない強制転移を選択する必要はない。


 この日の迷宮探索の制限時間を迎えた俺たちは第四階層と第三階層を結ぶ階段の中腹に置かれた転送ポータルを使って迷宮の入り口へと戻ることにした。


 全身を包む光が消えたその瞬間、四人は並んで迷宮の前に出現した。


 元の町に戻ってきた俺たちを待っていたのは未だ迷宮に挑んでいないプレイヤー達の視線。


 まるで珍しい物を見るかのような好奇の視線を向けられた俺たちは顔を見合わせた途端駆け出していた。


 迷宮の周囲に作られた町。ここで俺たち四人のパーティの拠点となる建物に向かって無我夢中で走る。


 すれ違う他のプレイヤーなど気にしていられる余裕はない。無数のプレイヤーの視線を向けられることは俺たちにとって恐怖でしかなかった。


 一心不乱に走って、なだれ込むように拠点に入ると俺はそのまま扉に備え付けられている鍵を掛けた。


 システム上は元々許可されていないプレイヤーが他のプレイヤーの拠点に入り込むことなど出来ないのだから鍵などにはなんの意味はない。そんなことは百も承知だがそれでも俺は鍵をかけずにはいられなかったのだ。


「はあ、はあ、はあ。……なによ……あれ」


 壁に寄り掛かった途端力無く床に崩れ込んだマオが幽霊を見たかの如く息を切らして溢した。


「おおかた、俺たちから情報を集めたかったんじゃないか」


 マオを同じように床に座り込んだハルが答える。


「情報?」

「ああ。迷宮の中はどんな感じになっているのか、どんなモンスターが出現するのか、どんなアイテムがどこで採れるか。まあ、聞きたいことはこんなところだろうな」


 近くにあった椅子に座り聞き返した俺にハルはすらすらと言葉を並べていく。


「そんなの自分で確かめればいいじゃない」


 マオがどこか嫌そうに呟いた。


「まあな。でもあそこにいた人たちは確実性を高めたいんだろうな」

「確実性って?」


 椅子に座り呼吸を整えていたリタが問い掛ける。


 背もたれに浅く寄り掛かり座るその姿からは疲労の色が見て取れた。


「簡単に言えば死にたくない、っていうよりも初日でリタイアしたくない、かな。何も事前情報が無ければ出現するモンスターに対応する事は難しいし自分たちよりも強いモンスターと戦わなきゃならないのなら尚更な。だから無事に戻って来たプレイヤーにどこまで行ったのか、どのように戦ったのか聞きたかったんだろうよ」

「そんなのズルイじゃない。だってスタートは皆同じでしょ。何が来るか分からない迷宮を自分たちの知恵と力で乗り越えていくことに意味があるんじゃない」


 声を荒げたのはマオだった。


 マオにはマオなりの美学のようなものがあるのだろう。それゆえに他人の努力の結果だけを手に入れようとする人に苛立ちを感じているのだ。


 だが俺はそのプレイヤー達の気持が全く分からないというわけではなかった。折角参加したのだからクリアを目指したい。それに誰だって負けるのは嫌だ。一度の敗北でイベントから追い出されるのならなおさらだ。


 誰になんと言われようと確実な方法を選んだこと自体は間違っていないようにも思える。


「とりあえず、手に入れたアイテムの確認をしてみない?」


 場の雰囲気を変えるためにパンっと大きな音を立てて手を叩くとリタはいつもの調子で言ってきた。


 それに促されるまま俺たちはコンソールにアイテム一覧を表示させて今回入手したアイテムを確認しはじめた。


 まず第一階層で手に入れたのは蝙蝠モンスターのモンスター素材アイテム。それが二種類だ。『蝙蝠の皮膜』と『蝙蝠の血石』。これらは第三階層でも何度か戦ったことからかなりの数を所持している。


 次に第二階層。ここでは採取で集められる素材を手に入れた。俺がポーション類を調薬するための素材となる薬草の類と何かの果実。そして鉱石が数種類。鉱石のなかでもたった一つだけ指輪に付けられそうな宝石の原石を入手したときに皆に説明して頼んでみると快く譲ってくれた。残りの鉱石は三人が行う生産全てに必要となる為に公平に分配する必要がある。むしろ各自が鉱石をインゴット化させてから分けるという手もあるが、どの道一度はそれぞれが手に入れた鉱石を照らし合わせる必要があるはずだ。


 最後に第三階層ではモンスターから得られる素材を数多く手に入れることが出来た。そこに生息していたドードーという鳥モンスターの羽根にショックシープという名の羊型のモンスターから手に入った毛皮。これらは防具を扱うリタが主に使うことになるだろう。


「これは……何に使うんだ?」


 テーブルの上に置かれていく数々の素材を目の当たりにして俺は困ったという顔をして呟いていた。


 薬草、鉱石、モンスター素材の順で置かれていくテーブルの一番端に異質な素材が置かれた。


 異質というのはあくまでこのゲーム内でのことだけであり、現実ではこの中で最も目にすることが多い物。


 それは切り分けられたモンスターの肉の塊。


 ドードーからは鳥肉、ショックシープからは羊肉がそれぞれ肉屋のショーケースに並ぶ状態で置かれている。


「まさか料理でもするのか?」


 二つの肉の詳細を確認すると分類は食材アイテムとなっている。


「料理なら出来るよ」

「え?」

「≪調理≫っていうスキルがあるの。それと食材アイテムがあれば自由に料理出来るんだから」


 スキルというのは本当に何でもありだなと呆れると同時に料理というものがこのゲームに置いてあまり意味が無いように思えた。


 仮に食べることでHPを回復出来るとして、それはHPポーションだけで事足りる。それに一応程度だがポーション類にも味がある。まあ、あまり美味しくはないが。


 現状では嗜好品として料理を食べることしか用途はないだろう。


 だからこそ、嗜好品としての為だけにわざわざモンスターを狩ってまで食材アイテムを集めてくる手間を掛ける必要はないような気がする。


「先に言っておくけど、このゲームで食べる飯は結構美味いぞ」


 アイテムをテーブルに置いて再び地面に座り込んだハルが何気なしに告げる。


「食べたことがあるのか?」

「ああ。βでもこの製品版でも試したぞ。っていうか、知らないのか? この町にも飯屋はいくつかあるだろ」

「知らない」


 町の様子を思い浮かべたがプレイヤーは勿論のことNPCすら何かを食べている姿を見たことが無い。


 視線だけで他の二人にも聞いてみたが揃って首を横に振るだけだった。


「はあ、まあそうだろうな。料理を食べると能力値に上昇効果があるんだけど、基本的にはランダムでどのパラが上がるか分からないし、そもそも効果は戦闘一回分だけの上に微々たるものときたもんだ。わざわざ好んでする人はいないわな」

「そういうことならこの二つは私が預かるよ」


 率先して食材アイテムを引き受けると言った。


「あれ? マオって≪調理≫スキル持ってたっけ?」

「ううん。持ってないけどいつかは暇潰しに取るつもりなんだよ。だから食材アイテムは欲しいかな。現実と違って腐るわけじゃないし」


 モンスターの肉はあくまでゲームのアイテムとして存在しているのだから食材といえども腐ることはない。一応何も手を加えずに外気に晒していると品質が落ちて、粗悪なという冠言葉が付くらしいがそれはストレージに保存しておくことで防ぐことができる。


 俺たちに確認を取った後、マオはモンスターの肉を自分のストレージに収めていった。


「アイテムを分ける前にみんなの武器を一度見せてくれないか?」


 今回のイベントから視覚化された武器の耐久度。その減少具合によっては何よりも優先して修理しなければならない。自分の剣銃は先程確認したが減少していた耐久度は全体の一割にも満たない。このまま使い続けても与えるダメージには影響することもなく、直ぐに使いものにならなくなるという感じでもなさそうだ。


 修理をする目安としては全体の三割から四割近く減ってきた頃がいいだろう。その頃には幾許かの影響が表れ出すだろうし、なにより半分を切ってしまうと剣先などの直接相手に触れる部分から劣化が始まってしまうらしい。


 ≪鍛冶≫スキルの説明欄に追加された項目を読んで漠然と理解した内容だが検証するのはまた別の機会にした方が良いだろう。


 今回はこの説明を信じ、修理のボーダーラインを決めた。


「うん。大丈夫そうだな」


 順番にみんなの武器の消耗具合を確認したところ、急を要する修理が必要な物は一つも無かった。


 今日一日だけでも幾度となくモンスターとの戦闘を繰り返したが思ったほどは消耗していない。戦ったモンスターの防御力がそれほど高く無かったことも影響しているのかもしれないが、予めある程度のレベルになるまで武器を強化していたのがよかったのだろう。


「次は私だね。防具を見せてもらえる?」


 武器と違い防具はそのまま服として着ているプレイヤーもいる。俺のその類いだ。今の自分がゲームのキャラクターだとしても異性の前で服を脱ぐのはあまりしたくない。


「えっと、後で脱いでテーブルの上に置いておいてくれてもいいから」


 気まずそうにリタが告げた視線の先では何も感じていないというように鎧を脱ぎ始めたハルがいる。


「そ、そっか。そうだよな。分かった」


 慌てて鎧を脱ぐ手を止め取り繕うような笑顔で答えていた。


「それじゃ、アイテムの分配だね」


 皆がそれぞれ獲得したアイテムの種類と数の確認を、俺とリタが消費した装備の耐久度の確認を終えたのを見計らいリタが告げる。


「本当にハル君は何もいらないの?」

「ああ。普段も素材系のアイテムはそのままNPCに売ってただけだから気にしないでくれ」

「わかった。ユウ君は鉱石と薬草だったね」

「あー、今は薬草だけでいいや。武器の修理をする必要はなさそうだし、強化もいらないよな?」

「まあな。今のところこの武器で十分戦っていけるみたいだからな」


 薬草の類を一手に引き受けた理由はいくつかのポーションを試作してみるつもりだったからだ。


 道具はこの拠点にあるものでなんとか出来るだろう。作り方は調薬スキルの説明欄に簡単なものが記されていた。まずはそれを習って作ればいいはずだ。もう少し先、調薬に慣れた頃にもっと複雑な行程を試してみればいい。


「マオはなにがいるの?」

「今は何もいらないよ。新しいアクセサリを作るつもりもないし、肉だけで十分」


 既にマオは先に受け取っていた多量の肉をどうするで頭がいっぱいのようだ。


 ≪調理≫スキルがなくても肉を加工する事が出来るかもしれない。各種生産に対応するスキルは一つではない。≪鍛冶≫が無くては炉を使っての鍛冶行為が出来ないのだが≪細工≫を持っていれば剣を砥ぐことだけは出来る。剣の修理をするにはそれだけでも十分な場合多いのだ。


「うーん。これ全部は使わないと思うし、私一人が持つには多過ぎるような……」


 防具の耐久度の減り具合ににもよるのだが、実際にここに並ぶ全部を使うことなど滅多にないのだろう。


 羽根や毛皮は俺やマオの防具を直すために、鉱石はハルの鎧やリタのプレートアーマーを直すために必要だとしてもその数はたかが知れている。素材を贅沢に使ったとしてもやはり余らさてしまうことは避けられない。


「鉱石はインゴット化してとっておけばいいんじゃないか? 羽根とかは纏める事はできないのか?」

「出来るよ。羽根は糸に、毛皮はそのまま上質な布とかに作り変えられるね」

「だったら変換してこの拠点に保管しておこうよ。どのみち外じゃなにも作れないんだし」


 複数の鉱石を使用して作られるインゴットと同じでモンスターの素材も複数で一つのアイテムに出来る。数さえ減らしてしまえば保存しておく場所にも困ることはないだろう。


「アイテムの変換は私がしておくから、今日はこれで解散しましょう」


 制限時間の残りは十分も無い。もう一度迷宮に挑むにはあまりに時間が無さ過ぎる。それに生産は個人で行うもので何人かで集まってするものではない、リタやマオも自分の生産に集中したいということでハルは先にログアウトしていった。


 俺は薬草を使ってのポーション作りに挑むべく調薬の道具が並ぶ一角に座りこんで、ストレージにある薬草を一通り床に並べていった。



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