R:ep,03『剣士、木を切る』
アイテム袋作成クエストを受けるためにクランへとやってきたユートが真っ先に向かったのは壁一面に張り出されたクエストボードの前。かなり種類があるとはいえど難易度別に張り出されているそれらの中から目的のものを見つけ出すのにはさほど時間は掛からない。日めくりカレンダーのごとく複数の紙が一つにピン止めされているそれこそがユートの目的であるアイテム袋作成クエストだ。
一番上の紙をちぎり取り受け付けのカウンターに向かい受注の手続きを始めると何故か別室に通された。
廊下を歩き、階段を通り過ぎ、奥にある部屋の扉を開ける。
誰も居ないその部屋で備え付けの椅子に座り待つこと一分。ドタドタと激しい足音が近付いてくる。そのままの勢いで乱暴に開かれたドアの向こうに立っているのは小柄な女性。
厚手の革手袋、革のエプロン、所々に水玉のような焦げ跡の残るブーツ。こんがりと日に焼けた健康的な肌と焦げ茶色の髪に琥珀色の瞳。
血走った目を剥き鼻息荒く近付いてくる女性にユートは若干引きながらもぐっと堪えて、
「どうしたんですか?」
平静を装い訊ねた。
「アイテム袋を作りたいってのはアンタ?」
「そうですけど…あなたは?」
「アタシはオーサ。ここで専属のアイテム制作者をやっているものよ」
胸を張り宣言するオーサは豪快な笑みを浮かべている。
自分の名前を告げたオーサがどこからともなく取り出した無数の紙を乱雑にユートの前のテーブルに広げてみせた。
「さあ! どんな形のアイテム袋がいい? 普通に小型のポーチ? それとも鞄? まさか何の変哲もない袋のままだなんて言わないわよね」
前のめりになって矢継ぎ早にまくし立てるオーサにユートは終始押されっぱなしになってしまう。この時ユートは目の前のオーサをまじまじと見つめていた。気になっているのは彼女がプレイヤーなのか、それともNPCなのか。クランの受け付けのNPCのように分かりやすい反応をしてくれれば良いのにとつい考えてしまっていた。
ユートは何気なしにその頭上に浮かぶアイコンを探す。
以前ならばプレイヤーは青、NPCは緑、モンスターや敵対しているプレイヤーなどは赤色の印が浮かんでいたのだが、昨今その表記は無くなっていた。これはNPCだからと乱暴な物言いをしたり、態度を見せたりするプレイヤーが少なからず見受けられたことから敢えて人との境を解らなくしたとも言われている。
「どれにするの?」
「えっと…」
戸惑いながらも視線をテーブルの上の紙に落とすと、そこに記されていたのは文字通り数多の形状をしたアイテム袋の設計図。
日に焼けて茶色くなった紙もあれば、まだ真新しい紙もある。幸いにもインクが薄くなっているものはなく、全ての設計図はしっかりと確認することができた。
「ねえってば?」
「あ、じゃあ、これ!」
念を押すように顔を近付けてくるオーサ。
ユートは焦ったように適当に手近な設計図を掴むと自分とオーサの顔の間に押し込んだ。
「え? これ? 嘘……本当に………これなの?」
信じられないものを見たというような顔になってワナワナ振えるオーサは涙を瞳に浮かべながらユートの肩を掴む。
今更ながらユートは自分が掴んだ設計図に記されているアイテム袋を確かめてみる。
設計図といってもそれはちゃんとした職人が見ないとわからないなんてものじゃない。予め完成形が記され、後はサイコロの展開図のようなものがあるだけ。その為に誰が見ても何の設計図なのかすぐに判断出来るようになっているというわけだ。
ユートが手に取ったそれは一見するとただの箱状の設計図。ある意味でそれは袋という単語から最も離れている形状であることは間違い無い。
オーサが困惑している理由がこれだった。オーサがアイテム袋を作るという目的のもと集めてきた設計図の大半はまさしく袋の形状をとっていた。ユートが掴んだケース状の設計図はその中に紛れ込んだ異物とすらいえるのかもしれない。
「駄目なら違うのにしますけど」
「だ、大丈夫よ。私ならこういう物だって作れるんだから…」
まるで自分に言い聞かすように呟くオーサに弱化の不安を覚えながらもユートは偶然とはいえ自らが選んだそのアイテム袋の形状に惹かれているのを自覚した。
「だったら俺はこれを作りたい」
「う、わかったよ」
「一つお願いがあるのですが、良いですか?」
「何かな?」
「これに普段身に付けるためのベルトみたいなのを取り付けて欲しいんですけど…」
「ああ、そのくらいなら別にいーわよ。ただ必要となる素材の数が増えるわよ?」
「わかりました。それで大丈夫です」
「なら、はいこれ」
オーサが設計図を裏返して何かを書き込むとユートにそれを手渡した。
新たに書き加えられたのは今回のクエストで集めてくるものの一覧。『リトルトレントの表皮』と『リトルトレントの枝』がそれぞれ十個。
クランの壁に張り出されていた紙に記されていたのは同じ素材がそれぞれ五つずつ。この僅かな時間の会話でそれが倍になってしまったというわけらしい。
「リトルトレントの生息域はカル・ソエルの森の奥だよ」
「森の奥……」
オーサの言葉を反芻しながらユートは自らの奇縁というものを感じていた。リトルトレントはボアとは違い歴としたモンスターだ。つまり倒しさえすれば固有の素材の他に魔石をドロップすることがあるのだ。魔石を得るために調べた時に見つけた付近で討伐可能なレベルのモンスターのなかにその名前があったことを思い出したのだ。
奇しくもクエストの目標と先程までの自分の目的が一致したというわけだ。
朏の助言はここまで想定していたうえなのかどうかは不明でも、改めてその助言を受けてよかったと思うユートだった。
「それじゃあ、頑張って」
両手を振るオーサに見送られ、ユートは付け加えられた情報を元にカル・ソエルを目指してクランを後にする。
道中のモンスターを無視して走り到達した森の奥はそれまでとは異なる雰囲気が漂っていた。
重くどんよりとした空気。周囲から自分に押し寄せてくる敵意のような視線。
自分から攻撃を仕掛けなければ戦闘に突入しなかったこれまでとは違い、この森の奥ではモンスターの方から襲ってくることもあるらしい。
「さて。リトルトレントの探し方は、と」
比較的安全そうな大岩の傍でユートは自分の記憶を探った。
通常トレント系のモンスターは他の木々に紛れるように存在している。例えるならば自分が立っている傍の木々がそうなのかもしれないのだ。だからといって警戒しないで近付くことは愚策で先制攻撃を受けてしまうこともある。
トレント系を炙り出すやり方は安全な距離から疑わしい木々に衝撃を与えるだけでいい。その際に用いられるのが魔法であったり遠距離の攻撃であるのだが。
「俺の場合はこれを使うんだったな」
近距離武器しか持っていないプレイヤーは当然それらを使えない。だからこそ道具を使う。今回の場合は道中拾っていた小石だ。
ストレージに入れていた小石を取り出し野球のポールのように握る。
それから適当な木々に当たりを付けて思いっきり投げつけるのだ。
ユートは一つ目の木を狙って小石を投げた。
≪投擲≫スキルがあればこの投石にも補正が加わり攻撃としてシステムに認められるのだろうがユートはそれを習得してはいない。下手な子供が投げるボールのように穏やかな弧を描き命中した小石はコツンっと音を立ててその根元に落ちた。命中した木が動き出す気配はなく、残念ながらハズレだったようだ。
続け様に別の木に向かって小石を投げる。
同じように弧を描いてぶつかった木が突然ざわざわと枝葉を揺らした。
「当たりか!」
すかさず背中の直刀を掴む。
揺らめく木を見つめ臨戦態勢を取ったその瞬間、ユートの足元の地面が奇妙な隆起をみせた。
「――ッ!」
ユートが咄嗟に後ろに飛ぶ。
立った今までユートが立っていた場所には蛇のように蠢く太い木の根っこがその先を尖らせて攻撃を繰り出してきたのだ。
ユートに避けられ攻撃が空を切ったことで根っこは無防備を曝したまま。冷静にユートはそれを狙い直刀で横薙ぎの一撃を放った。
モンスターといえど木の体。声を発することが出来ない代わりに一段と枝葉が揺れ、根っこが暴れ回る。
「本体は――」
蠢く根っこの先を見る。
一度攻撃を命中させることで見えてくる相手のHPゲージ。隠密系の能力を使われでもしない限り見えてくるそれを目印に探すと等間隔で生えている木々のなかにそれを見つけた。
一度の攻撃で減少している値は三割程度。元々HPが少ないのか、攻撃を仕掛けてきた根っこを狙ったことが功を奏したのか、自分の攻撃の手応えに満足しながら、ユートは走りだした。
地面に引っ込んだ根っこがリトルトレントの元に戻っていくのが地面の隆起で解る。次の攻撃の予備動作の可能性を孕みつつもユートは敢えてそれを無視した。自分の通常攻撃で効果的なダメージを与えられている以上守りに転じることは考えられなかったのだ。
リトルトレントの幹の模様が変わる。
それまでは無かった虚が三つ出現するとそれが目と口になった。
走るユートを追うように地面から根っこが飛び出してきた。
一つは正面。もう一つは背後から。
挟み撃ちされた形になったとはいえ相手は一体。ユートは走る速度を上げてまずは正面の根っこを両断してみせると、素早く反転して背後から迫る根っこを切り落とした。
ボタボタッと地面に落ちる根っこの切れ端が即座に光の粒子となって消える。
再び反転したユートを阻む根っこは消えて道は開けていた。
「ここだッ」
さらにもう一段階速度を上げるとその勢いを残したたまま直刀を振り下ろした。
人で言うところの肩から斜めに斬り裂かれたリトルトレントは大きくHPゲージを減らし、受けたダメージに全身を仰け反らせる。
反撃が来る前にユートは直刀を振るう。
縦横無尽に放たれる斬撃がリトルトレントに無数の切り傷を刻み込んでいく。
「ラストォ!」
叫びながら振り下ろした直刀がリトルトレントに深い傷を付ける。
頭上のHPゲージが瞬く間に減少、消滅するとそれと時を同じくして目の前にいるリトルトレントも光の粒となって霧散した。
「よし。まずは一体目!」
などと喜んだ次の瞬間、出現したこの戦闘のリザルト画面を見てユートは膝から崩れ落ちた。
経験値が加算されたもののレベルは上がらなかった。それはいい。それはまだ想定の範囲内だ。しかし、獲得したアイテムの項目を見るとそこは空欄。つまり何の素材アイテムもドロップしなかったのだ。
「せめて一つはドロップしてくれよ…」
誰にというわけでなく文句を言ったユートを更なる事態が追い込む。
この戦闘が呼び水となったのかユートの近くの地面が一斉に盛り上がったのだ。
顔を出す無数の木の根。その正体が戦っていたリトルトレントの攻撃であるのは明白。慌ててその場から退避して攻撃を放ってきた存在を探るとユートは戦慄した。
いつの間にか自分を取り囲むように六体ものリトルトレントがいたのだ。
「まじか」
難なく一体倒せたとはいえ、倒すまでにはかなりの数攻撃を加えなければならない。それが六体。一体に集中することが困難な状況では攻撃を分散させなければならず、それは常に複数体を相手取らなければならない現実を物語っていた。
「まあいいさ。どうせ六体なんかじゃ足りないんだ。来いよ。切り倒してやるッ!」
直刀を握り直して叫ぶ。
気を引き締めたユートは迫る攻撃を向かい打つべく前に出た。
背後から迫る攻撃はこの際諦めよう。だからといって無防備になるつもりはない。回避が困難ならば予め位置取りに気を配れば良いだけだ。
ユートは走りながら自分が有利に戦うために的確な場所を探り続けた。
その間迫る根っこの攻撃は直刀で切り落としたり、体を捻って避けたりすることで直撃は避けられている。
この時、ユートに有利だったのは迎撃のために根っこを切り落とすだけでダメージを与えられること。それと直撃以外の軽度なダメージならば≪自動回復・HP≫のスキルで時間さえ置けば回復することができること。
はっと思いついたようにユートは足を止めた。
迎撃でダメージを与えられるならばそれに専心するべきかもしれないと考えたのだ。
相手にどの程度の知能が積まれているのかは解らない。けれどカル・ソエルのような場所でそこまでプレイヤーの裏をかいた行動をしてくるモンスターはいないはず。
リトルトレントの攻撃が根っこの攻撃だけならばこの状況はある意味でユートに有利に働く。何せ本体を見つけ出す必要がないのだ。ただ向かってくる攻撃を避けるのではなく迎撃するだけでいいと思えば幾分気が楽になるものだ。
「せいやッ」
繰り返し繰り返し根っこを切り落としていると突然、離れた場所で光が舞った。それが消滅のライトエフェクトなのだと見定めると根っこを切り落とす手に力が入る。
程なくして次のリトルトレントが消滅した。
向かってくる根っこの数が減ればそれだけ対処に余裕が出てくる。
一体倒すごとに出現するコンソールの画面を見る余裕すら生まれるのだ。
「良し。『表皮』ゲット。『枝』は無しか。まあいいや」
独り言ちながら迎撃していると三度離れた場所で光が弾けた。
「お、今度は『表皮』と『枝』両方落ちた」
四体目、五体目と消滅したところで突然根っこによる攻撃が止んだ。最後の一体の出方を窺いながらその本体を探していると普通の木々に隠れるようにリトルトレントのHPゲージが浮かんでいる一本の木を見つけた。
「隠れようとしたって無駄だって」
駆け出し擦れ違い様に直刀を振るう。
ユートの背後でリトルトレントが消滅する。
またしても手元に出現したコンソールには『枝』のドロップが表示されている。これによりユートが獲得した『表皮』は4。『枝』は3となった。
残念ながら魔石はゼロ。思っていたよりもドロップ率が低いらしい。
「よっし、このまま次のリトルトレントを探すぞ」
ユートは意気揚々と森の奥へと進んでいく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この時のユートはいまだ気付かない。
クエストの有無とは関係なく、周囲に他のプレイヤーの影すら見受けられないという異常に。
ユートがいる場所とは違うカル・ソエルの森の中。
淀んだ闇が渦を巻き、地面に広がっていた。
動物はおろかモンスターもまたその渦から逃げるように駆け出した。
主人公現在レベル【10】・ランク【0】
所持スキルメモ
≪直刀≫
≪錬成≫
≪自動回復・HP≫
≪HP上昇≫
≪MP上昇≫NEW
≪ATK上昇≫
≪DEF上昇≫
≪INT上昇≫
≪MIND上昇≫
≪DEX上昇≫
≪AGI上昇≫
≪SPEED上昇≫
≪LUCK上昇≫
残りスキルポイント【7】
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