R:ep,01『剣士、準備をする』
風が吹き、雲が流れ、太陽の一部を覆い隠す。
森の入り口に影が差したその瞬間、ユートは思いっきり地面を蹴って前に出た。
手には己の専用武器である直刀。
真剣な面持ちで見据える先にいるのはくすんだ土色の毛並みを持つ猪――『ボア』
鼻息荒く、後ろ足で地面を削りながら力を溜めているボアがユートが飛び出したのにタイミングを合わせるように突進を繰り出したのだ。
まるで巨石のような体躯のボアの突進を正面から受け止めるには現在のユートのパラメータでは無理がある。そのためにユートは前進しながらも射線をずらしていく。
急に曲がったのでは当然ボアは追いかけてくる。正面衝突は論外。なればこそユートの選んだ攻撃手段は擦れ違い様の斬撃。
「せやぁっ」
直刀の刃が届くと見定めた距離でユートは思いっきり直刀を振り抜いた。
斬撃の軌道は水平の横薙ぎ。
肩口から腹部に至るまで斬り裂かれたボアは血の代わりに微細なポリゴンを撒き散らした。
ブモォッと悲鳴を上げて倒れ込むボア。その頭上に浮かぶHPゲージは既に七割近く削れている。
「これでとどめだ」
起き上がろうとするボアの首元を狙い斬り伏せる。
HPゲージの残量が完全にゼロになった瞬間にボアは光の粒子となって弾け飛んだ。
「うん。良い感じだな」
直刀を握る自分の手を見つめながらユートは独り言ちる。
ボア撃破によって得た経験値と素材という名の戦利品を出現したコンソールで確認しつつ次の獲物を探して歩きだしていた。
ここは『コブ・ソエル』から少しだけ離れた場所にある森『カル・ソエル』。そこは多くの初心者プレイヤーが最初に戦闘に慣れるために訪れるには最適な場所。出現するモンスターの殆どが自ら攻撃を仕掛けてくることのないノンアクティブモンスターであり、採集するにしても薬草の類や鉱石など、希少性の高いものは全く得られない代わりに基本的な種類は獲得出来るというおあつらえ向きな場所でもあった。
ボアはそんなカル・ソエルに出現するモンスターの一種。姿形は大きな猪そのままで特殊な攻撃を仕掛けてくることも無い。獲得出来る素材は肉と毛皮、稀に牙。立ち位置としてはファンタジー世界に跋扈するモンスター然としたモンスターというよりも、狩人が狩り生計を立てられる程度で、どちらかと言えば野生の動物のほうが近しいだろう。
カル・ソエルに出現するモンスターはボア以外にも『大コウモリ』という名前通りの見た目をしたモンスターや雨の後にのみ出現するとされている『コーラスフロッグ』。コーラスフロッグは常に三体以上で行動し攻撃の度に共鳴することから名付けられたモンスターで、取れる素材はカエル肉のみだが他のモンスターに比べると多少経験値が多く得られるモンスターだ。
その他にも昆虫型のモンスターや鳥形。野犬のようなモンスターもいるが、どれも通常の生き物という枠組みから逸脱してはいない。あくまでその大きさが異常なだけとされているモンスターだった。
「この調子ならもう一回くらいでレベルが上がりそうだな」
チュートリアルを終えたユートが町の探索よりも森に向かうことを優先した理由がこれだった。
ランクが0、レベルも1という初期値の状態では何処に向かうにしても不便なまま。せめてレベル7、欲を言えばレベル10くらいがコブ・ソエル付近ならば安全に散策できるとされている数値だ。
それならばとユートもまずは自身のレベルを上げることにしたというわけだ。
森に来て最初に戦ったのは地面を這う芋虫型のモンスター。『キャタピラー』という名のそれは此方が攻撃を仕掛けなれば、攻撃しても反撃してくるまでにかなりの時間を要するモンスターだ。素材のドロップは無い代わりに安全に最初のレベルを上げられることから推奨されている相手で、ユートが他のモンスターを発見するよりも前に森の入り口付近で見つけられたのは僥倖だったといえる。
危うげなく直刀で両断することで討伐したことでユートのレベルが2に上がった。レベルアップで獲得したスキルポイントを即座に消費して≪ATK上昇≫と≪DEX上昇≫といったスキルを習得した。これによりユートの攻撃の威力が増し攻撃を外す怖れが減少した。
次に狙ったのが先程戦っていたボア。直線的な攻撃と他のモンスターよりも得られる素材が売れば金になることから狙い目となっている種類だ。
実際初めてユートがボアと戦った時はその動きに慣れるまで攻撃を受けることもままあったが、森に出現するモンスターのレベルでは一撃で致命傷となることはないこと、加えて自動回復・HP≫の効果によって受けたダメージは時間をおくだけで回復できることで追い詰められることなく討伐したのだった。
以降ボアを探しては討伐を繰り返すこと数回。ユートのレベルは当初の目的値である『7』には及ばずとも『5』にはなっていた。
獲得したスキルポイントで習得したスキルは順番に≪SPEED上昇≫≪DEF上昇≫≪AGI上昇≫≪MIND上昇≫≪LUCK上昇≫≪MP上昇≫。基礎パラメータ上昇系のスキルでは残すところ≪INT上昇≫だけとなった。
先んじて万人が獲得する意味があるとされている種類のスキルを習得し終えれば、次からは自分の思い描くプレイに直結したスキルを習得していくこととなる。
ユートのようにチュートリアルで≪自動回復・HP≫のようなスキルではなく基礎パラメータ上昇系のスキルを二つ習得しておけばこの時点で自由なスキル構成を選んで行くことになるのだろう。
などとコンソールとにらめっこしながら考えていたユートは先程より少しだけ森の奥に入った場所で次なるボアを発見した。
即座に背中の直刀を構える。
ボアの頭が反対側を向いた瞬間を見計らってユートは駆け出していた。
「<一閃>」
アーツの名を叫ぶことで刀身にライトエフェクトが宿る。
淀みの無い白一色の光を纏った一撃がボアを一刀のもとに叩き伏せた。
自身の傍で舞い散る粒子を浴びながら上昇した自身のレベルと獲得したスキルポイントを確認する。そのまま残る≪INT上昇≫を習得すると1ポイントを残してユートはコンソールを閉じようと手を動かした。
パソコンのインターネット画面のようにコンソールも右上に終了のボタンがある。そこに触れればコンソールは消滅するのだが、ユートはふと手を止めて、
「次はどうすっかなあ」
呟きながら新たな獲物を探すことなく近くにあった倒木の上に腰掛けた。
ぼーっと空を見上げながら考えるのは自分のプレイスタイルについてだ。
戦闘を重視するのならばそれに適したスキルを習得する必要があるし、生産がしたいのならばそれに対応したスキルを習得すべきである。しかしユートはやはりどれか一つに絞ることができずにいた。
自分の装備。現状考えるのは防具に絞ってしまえばいいが、それをずっと初期装備のままと使い続けるというわけにはいかない。性能面に加えて耐性の面も考慮するとなればいつかではなくそう遠くない未来に装備を一新する必要がでてくるだろう。今の防具と同じデザインにするかどうかはその時になって考えれば良いだけのこと。
専用武器に関しては実際に戦闘で使ってみた感触ではこの形状と長さで問題なかった。余程な理由が現われたりしない限りは作り替える必要はないだろう。となれば武器はこのまま強化していくことになるのだが、それを自分でするかどうかはまた別の話。自分で行っても問題はないが、それを専門でやっている『鍛冶師』と名乗っているプレイヤーがいることからも慣れないプレイヤーがわざわざ行う必要はないと言われているのだ。
【ARMS・ONLINE】が稼働して既に五年。トッププレイヤー達が培い伝えてきた数多の技術はいまさら初心者プレイヤーが片手間に始めるのは間違いだとさえ言われていたこともあるらしいが、実際はそうでは無い。継ぐものがいなくては技術は途絶えてしまうし、何より日常でゲーム中心に生活している人なんて稀なほうだ。究極的には遊びの場であるからこそ強要することなどしてはならないことだ。
それに加えて初心者プレイヤーが生産を行う利点というものもある。
武器の強化以外にも回復アイテムの製作や防具の製作もそう。初心者プレイヤー、あるいはレベルの低いプレイヤーにはトッププレイヤー達が作り上げた回復アイテムや装備ははっきり言って無駄なのだ。
回復アイテムは分かりやすい。アイテムの回復量よりも自身の総HPの数値が少ないのだから過剰な回復量であることは明らか。効果の高いアイテムを購入しようとしても高く金銭面からも無駄な出費となってしまう。
防具はもっと単純で、ある一定以上の能力を持つ防具には装備するために必要なレベルやランクが存在する。どんなに強い防具を手に入れたとしても基本的に装備出来ないのだから宝の持ち腐れでしかない。
結局自身のレベルにあったアイテムや道具を使わなければ無駄な回り道をすることになってしまうのだ。
トッププレイヤー達や熟練のプレイヤーの他に各種攻略情報サイトにもそう記されているのだが、人の話を聞かない人は常に一定数存在するのだった。
ユートは少しだけ悩んだ後、習得可能スキル一覧を眺めながら専用武器の強化に必要となるスキルを探すことにした。
武器の強化に使えるスキルは数種ある。代表的なのが≪鍛冶≫もしくは≪細工≫。珍しいのでは≪彫金≫なんかもそれに当たるが、それぞれの違いは作り出せるものにある。≪鍛冶≫は剣などの武器以外にも各種鉱石のインゴットの製作ができるようになり、≪細工≫は細かな装飾品、アクセサリの作成に用いられるスキルだ。≪彫金≫でもアクセサリは作れるものの素材が金属製に限られてしまう。ただし元があるものに金属を使った装飾もできるようになるというメリットが存在する。
他にも革や木など素材に応じた生産スキルが見られた。弓や木製の長状などを強化したいのならば此方を習得したほうが適しているようだ。
一つ一つ確認しながらもユートは微妙な表情を浮かべていた。その意味は満足していないのではなく何かが無駄になってしまうと感じているから。その理由は単に、
「今のところ武器を作るつもりはないんだよなぁ」
あくまでもユートがしたいことは強化だけ。言ってしまえば模型をいちから作り出すのではなく既製品の改造がしたいだけのだ。
「だとすれば、この辺りにあるはず……お、あったあった」
目を止めた場所に載っていたスキルは≪付加≫と≪錬成≫の二つ。前者が魔法系に適しているとされ、後者が通常の武器の強化に適していると記されている以上ユートが選んだのは≪錬成≫だった。
「とりあえず、もう少しレベルを上げておくか」
ゼロになったスキルポイントに満足して立ち上がる。
それから当初の目的であるレベル7ではなくコブ・ソエル付近の適正レベルであるレベル10に到達するまで近くにいる手頃なモンスターを狩り続けるのだった。
前回は説明回を省略する目的でキャラクタークリエイトとチュートリアルを合わせた為に文量が一万を超してしまいましたが、本作の平均的な文量はその半分のだいたい4000文字以上くらいになると思います。
一度の更新があまりに長いのも読み辛いでしょうからね。
しかしながら物語の展開はあまり牛歩にならないように心懸けようと思います。といっても早速導入だけに一話消費してしまっているんですが。
次回はこの話の直後からになります。つまりまだ導入部ですね。そろそろ主人公の会話相手が欲しい。あ、いえ、用意は出来ているんですよ。ただレベル上げもしていない状態で物語りが進むのは何か違うような気がして。
とりあえず作中にもあるように付近の適正レベルにまでは引き上げられたので、次回からは物語が進みます。
では、最後に。
本作の評価・ブックマークを宜しくお願いします。僅かでもポイントが伸びると作者が大変喜びますので。