ep.79 『邂逅・消失(前)』
グリモアと突然の再会を果たした場所は一瞬にして様相を変化させていた。
足場も壁も何もかもが透明な硝子に覆われていて、その向こう側には無数の絵画のようなものが納められている。
カツカツカツと硬い床を歩く音が鳴り響く回廊を進んでいく。
『どうですか? なかなかに壮観でしょう。ここにあるのは謂わばこの世界の記憶。それこそ数え切れないくらいのプレイヤーが歩んで来た道程なのです』
感慨深そうに当たりを見渡しながら語るグリモアの言葉に促され同じように周囲を見る。絵画だと思っていたそれが短い時間を繰り返している動画が映し出されているのだと気付くのと同時に慌ただしく視線を巡らせていた。
「どこに行くつもりなんだ?」
『まあまあ、目的地はもうすぐです。というか、ここには実際に道があるわけでも、僕達が歩いているわけでも無いんですけどね』
「何だって?」
『こういうことですよ』
そう言ってグリモアが足を止めて振り返ったその瞬間。辺りの景色がまたしても一変する。硝子張りの回廊から無数の古びた本が並ぶ書庫へ。
書庫の中心とでもいうべき場所に出現した机と椅子。
誰の手も触れていないというのにひとりでに動いた椅子にグリモアが座る。その様がまるで自分のために用意された玉座だと言わんばかりに我が物顔で腰掛けているグリモアが変に絵になっていることに苦笑してしまった。
「――ッ!」
足を組み優雅に座るグリモアの椅子の背後に佇む二つの影が目に付いた。こんなにも近くに居るというのにそのシルエット以外何も解らない影を平然と背負うグリモアはゆっくりと俺に微笑みかけてきた。
「そろそろここで俺を待っていた理由を話してくれないか?」
『ええ。最初からそのつもりですから』
ザ・ビーストと戦っていた元の場所が現在どんな状況になっているか知る術が無い今、俺は目の前のことに集中するべきなのだろう。
そう心に決め、目の前に鎮座するグリモアへ細心の注意を向ける。
『この場所は狭間の世界。本来、ログアウトして現実に戻るまで極々僅かな刹那、ほんの一瞬、意識が揺蕩う朧気な場所』
「…狭間の……世界?」
『つまり、僕もユウさんも元の世界と途絶してしまっているのです。心当たりありますよね?』
「まあ、な」
思い出されるのはザ・ビーストの尾になっていた頭に食い千切られる寸前の瞬間。あのまま何も変えることが出来なかったのだとすれば、自分がここに居ることは詰まるところそういうことなのだろう。
「やっぱり、俺は負けた……いや、今回の場合は――死んだ、のか」
本来ならばあり得ないゲーム上での死。それが今回に限り自分のキャラクターデータの消失という意味で存在している。
この場にいるという事実こそがその結果を雄弁に物語っていた。
『確かにユウさんはザ・ビーストに敗れました。そして取り込まれた』
「え?」
『狭間の世界とはすなわち、世界が内包する力の源そのものなのです』
グリモアがその手を広げる。
すると書庫に眠る無数の本が様々な色を放ち始めた。
俺はその光に見覚えがある。それはアーツの光。まさしくプレイヤーが使う力の輝きだ。
『ほら、ユウさんの力もすぐに……』
この言葉の通り、俺の体をうっすらと光が覆い、また同時に俺の元にどこからともなく一冊の本が落ちてきた。
装丁は革だろうか、随分と立派な見た目をしている。それに比べてページ数が少ない。これでは一冊の本というよりも映画のパンフレットみたいだ。
件の本がひとりでに開かれる。少ないページが捲られていく。
一枚、二枚とページが進み止まったのはもう最後に近かった。
「――あっ」
俺の体を包んでいた光が吸い込まれるように本のなかへと消えていった。
白紙ではなく、存在しなかったページが光によって形成され、そこには読めない文字で何かが刻まれている。
『それがユウさんが培ってきた力。そしてこれが――』
またしても俺の体に光が灯った。
ただし今度は俺の体の形をなぞってではなく、俺が竜化したときの姿を彷彿とさせる形状をしている。
『ユウさんの中に宿った『竜』の力です』
自分の体から抜け出るように体から放出された光はまさしく竜化したときの自分の姿そのまま。この光が本の上へと移動するとそのまま足元から光の粒子になって吸い込まれていった。
パタンッと閉じた本は明らかにページ数が増している。このページの全てが俺の力だったとすれば、それは多いのか少ないのか。これまで戦い続けられただけの力であると自負するのならば、決して少なくはないのだと思う。
『さて、これでユウさんは全ての力を失った――消失したわけですが……どうですか?』
「や、どうって言われてもな。正直何かが無くなったなんて感覚があるわけでもないし。そもそもそういうものだって最初に言ってきたのはグリモアだろ」
『ええ。ですが、ユウさんはそんなに物分かりが良くていいのですか?』
終盤に突入したと前回言ったのに、今回は(前)をタイトルに付けてしまった。
ええ、つまり前後編に分けてしまいました。単に作者のスケジュール管理不足故の失態です。
申し訳ない。
とはいえ更新頻度を上げることは難しい。むぅ、もっとちゃんとしたい……