ep.78 『再会・闇の中』
銃口から放たれた射撃アーツの弾丸が命中した瞬間に凄まじい閃光が迸った。目が眩むほどの光も数秒程度で収まると、そこには着弾前と微塵も変わらず健在なザ・ビーストがいた。
「ダメか……だけどッ」
気合いを込めた一撃が与えたダメージは正直期待してたほどではなかった。見た目的にも傷を負ったようには見えず、また平然とした様子で七つの頭を自在に動かしてきた。
七つもある頭のうち二つの頭がそれぞれ左右から迫ってくる。
大口を開けて牙を向けてくる二つ頭に素早く照準を定めるとアーツを発動させずに引き金を引いた。ほぼ同時に命中した頭の向かってくる軌道が僅かに逸れた。
自分の直ぐ傍を通り過ぎていく頭を目だけで追い、すぐに注意を正面にある残る五つの頭部へと向ける。
しかし、この時俺はつい失念してしまっていた。反転したように変貌したザ・ビーストで特別目を惹くのは七つの頭。その次に注意を向けざるを得ないのは魔法陣の上に浮かぶ巨大な両腕、そしてその巨躯の背後に広げられている骨格翼。
だがそれ以外にも注意を向けるべき特徴があった。
今や巨大な尾と化しているその部分。本来一頭の竜の印象そのままと言うべき頭が硬く口を閉ざしているがために自ずと意識の外へと追いやられてしまっていたのだ。
巨大な手で水の中にある何かを掬い上げるように地面すれすれを走る五つの頭を避けるようにバックステップしながらその頭に目掛けてガン・ブレイズを撃ち続ける。
断続的に聞こえてくる銃声のなか、命中したのもいくつかあるがその大半は外れてしまっていた。それでも回避に成功したようで五つの頭部が俺の目の前を通り過ぎて空へと昇っていく。そのまま骨格翼を広げ上昇したザ・ビーストは空中で再び七つの頭に七色の光が灯った。
そのまま放たれた光線は闇雲な軌跡を描く。
まるで誰も狙っていないような乱暴な攻撃だからこそ、俺は不意の被弾を避けるべく光線の軌道に注意を向けていると、突然自分の足元が揺らいだ。
大地の揺れに耐えながらその大元を探る。
七色の閃光が行き交う最中それを見つけた。
ザ・ビースト自身の影に隠れ伸びた尾が地面に深く突き刺さり、さらには自分目掛けて何かが迫るように地面が盛り上がって来ていたのだ。
地面を掘り進み迫るそれが何なのか。それは言わずもがなザ・ビーストの尾、いや、正確には八つ目の頭。他の七つの頭よりも二回り以上大きな頭だったそれは現在の尻尾という体裁をいとも簡単に棄ててしまう。
狩猟用の罠であるトラバサミを彷彿とさせるその形状は、最初に見た時の顎とは比べものにならないほど広く巨大。
自分の足元まで迫った尾が地面を喰い破り飛び出してきた。
どんなに避けようとしても到底逃げ切れないであろう顎に俺は反撃を試みることにした。
大きく跳躍して連続して引き金を引く。それこそ自身のMPが切れたとしても構わないと言うようにがむしゃらに。
だが、撃ち出された大半の弾丸は地面を砕くだけで、その奥にあるであろうザ・ビーストの尾の顎にまでは到達しない。
重力に従い地面に付く自分と、その地面ごと飲み込むべく迫ってくる顎。
両足の底が地面に接触した瞬間にガン・ブレイズを剣形態へと変形させて、
「<インパクト・スラスト>」
残り僅かなMPを使い威力特化の斬撃アーツを発動させた。
逆手に持ち替え突き立てるように振り下ろしたガン・ブレイズがアーツの光を伴いながら地面にめり込んでいく。その途中でガン・ブレイズを突き立てていた地面が砕け、顔を覗かせた顎の中身。まるで星一つない夜の空のように漆黒に染まったそれはどういうわけか延々とガン・ブレイズを飲み込んでいった。
「――何ッ!?」
慌てて引き抜こうとするも刀身が底なし沼の泥のなかで固定されてしまっているかのように動かせない。それならと意を決して体重を掛けてガン・ブレイズを押し込んでみることにした。抜こうとしても動かないが、押し込もうとすれば動く謎の現象に合いながらも、より強く、より深く踏み込んでいた自分の体が突如ガクッと前に倒れた。
原因は二つ。
足場になっている口の中の地面が崩壊したこと。そして、自分の想像を裏切り、ガン・ブレイズが闇の中に飲み込まれてしまったこと。
ザ・ビーストが口を閉じたために前後から迫ってくる顎。
ガン・ブレイズを放すまいと力を込めていた左手を動かして前から迫る顎を抑えようと手を伸ばした。しかし、左手までもが闇に飲み込まれるように空虚な感触に襲われたのだ。
刹那、視界が暗転した。
飲み込まれてしまったと認識するよりも全身を包み込む妙な感覚が先にくる。温度のない水の中とでもいえばいいのだろうか。呼吸や体を動かすことには何も影響は無さそうだが、消失したと感じてしまう感覚がいくつかあった。
まず、自分が何の上に立っているのか解らない。あったはずの地面は完全に崩壊しているのか、それとも飲み込まれた瞬間に消えてしまっているのか。どちらにしても立っているという感覚はありつつも、何処にという部分だけが綺麗に抜け落ちてしまっているのだ。
そしてこれも大切なことで視覚が朧気だった。見えなくなったという感じではない。ただ、見えているのが闇だけ、僅かな光源もなく自分の体すら視認できなくなっている感じなのだ。
触覚はまだ残っているはずだ。ただし、右手で掴むガン・ブレイズのグリップ部分の感触だけに限ればだが。魔導手甲を付けている左手は元々感覚を素手に近しいものがあったために自分の体に触れようとしている意思はあるというのに、体に触れているという感触がやってこないのだ。とはいえ、何かに触れているだろうというあやふやなものはあるのだからそこに集中していれば感覚が鋭くなって、何に触っているのか感知できるようになれるきはする。
しかし、それを試すよりも前に俺はソレに意識を向けた。
そう、この闇の中、あらゆる感覚が鈍くなる場所で自分を呼んだであろう声がしたのだ。
聴覚はまだ無事ということだろう。ならば、と、深く息を吸い、
「誰だッ!」
声を張り上げてみた。
よかった。自分の声は聞こえてくる。
そして、この一言を機に闇の一部にほんの僅か、ロウソクの炎のような小さな光が自分の目の前に灯された。
風もないのに揺らめく炎に照らされてなお見えてこない闇の中の自分。
若干不安に苛まれそうになった俺の耳に炎の向こうから誰かが歩く足音が聞こえてきた。
『お待ちしていました。ユウさん』
それは自分よりも前にザ・ビーストに喰われたはずのグリモア。しかも俺がザ・ビーストと戦うよりもずっと前、それこそアラドと共に出会った時のような穏やかな笑みを浮かべる彼の姿がそこにあった。
長々と続いていたこの戦闘もようやく終盤に突入できました。
この戦闘回は作者の文字量が安定しないこともあって想定よりもかなり長引いてしまった。
いつか、書き直す機会を作れるのならばこの戦闘回を大体二回、多くても三回くらいに纏めたいものです。
とはいえ、八月の更新はここまで。そのまま九月に突入します。
更新頻度は変わる気がしませんが、途中で辞めたなんてことにはしないのでどうか本作を宜しくお願いします。
加えて、評価、ブックマークも宜しくお願いします。
作者が大変喜びます。