ep.72 『超爆発』
グリモアの攻撃手段は殊の外、多くないらしい。
基本となるのはその両手。そこから大樹の枝葉のように武器を伸ばす斬撃。それと拳を巨大化させて繰り出す打撃。
後は背中に生えた骨格翼。
全方向、隙の無い攻撃手段を持っているからこそ、俺とムラマサはグリモアの周囲を駆け回りながら攻撃を仕掛けていた。
ただし、一度としてちゃんとしたダメージは与えられていないのだが。
刃の届く距離にまで近付いた瞬間に突きを放ってみるも、両サイドから迫る枝葉の刃がそれを妨害する。
枝葉に触れるわけにはいかないと咄嗟に下がった俺を枝葉は急な方向転換を行い追いかけてくる。立ち止まらずに退がり続けることでグリモアとの距離を作ろうとするも、枝葉は変わらぬ勢いで迫ってくる。
「せやあっ」
気合いを込めたムラマサの一閃が俺を追いかけてくる枝葉を途中で両断してみせた。
ボタッボタッと地面に落ちる切断された枝葉は一瞬にして消滅し、切られた枝葉は何の影響も無いと言わんばかりにまたしても伸びて向かってくるのだった。
「くっ、この――<アクセル・スラスト>!」
意を決し立ち止まり速度特化の斬撃アーツを発動させる。
細かく切り刻まれていく枝葉も直ぐさま再生することで勢いは弱まることをしらない。
何よりもこちらの攻撃は枝葉の対処で手一杯なのに対して、グリモアはまだ背中の骨格翼といった攻撃手段も残している。
ふと過ぎった次なる攻撃の手は予想に違わず此方を狙うべく大きく広げられた。手を力一杯広げたようなシルエットの骨格翼の先が俺を捉えたように折れ曲がる。再び広がった骨格翼の先が自分へと伸びて向かってきたのだ。
「拙いっ――」
「任せてくれ」
焦る俺にムラマサが力強く告げてきた。
両手に持たれた二振りの刀を駆使してムラマサは迫る骨格翼の攻撃を迎撃していく。けれど、出来ているのはあくまでも迎撃に過ぎず事態が好転することもない。
それにこれまで移動して攻撃してを繰り返していたことで直撃を受けることを避けていたというのに、今ではある程度止まって迎撃することだけに集中させられてしまっていた。
今のままならばまだいい。しかしグリモアの攻撃手段はこれだけでないことを知っているのだ。いつ巨大化した拳が向けられるのかと戦々恐々とする俺の目に怪しく光るグリモアの単眼が見えた。
「何か、来る――ッ」
迎撃の手を緩めずにいながらも咄嗟に身構えたその瞬間、一筋の光が俺の横を通り抜けた。
光は自らの枝葉をも巻き込んで彼方へと消えていく。
生物を焼いたときのような焦げた匂いが辺りに広がった。
「嘘…だろ……」
「まさか、まだあんな攻撃を残していただなんて――」
愕然と呟くムラマサに俺は浮かんだ可能性を口にした。
「さっきハルの力を吸収して使えるようになったのかもしれない」
「んー、今のグリモアが他人の力を吸収できるのだとしてもだ。ハルの力は『巨人』の力だったはずだろう。あんな怪獣のような光線を吐くとは思えないんだが……あ、いや、そうか。もしかしたら……」
「ああ。ハルが得意としていた『爆発属性』を使ったと考えればあの光線も納得できる」
自分でそう言っておきながら戦慄した。
たった今、見せたように他人の力をも扱えるのだとすれば、グリモアが使える攻撃は自分が考えていたよりも豊富だということになる。
それは大勢のプレイヤーと相対しているも同然だった。
「――っ、今なら距離も取れるはず。ムラマサ、いいか?」
「全く以て同意なのだけどね。それは…難しそう、だ……」
疑問符を浮かべる俺の目前でムラマサが二刀を振る速度を上げた。
骨格翼の一本一本が違う光を伴って突き出されたのだ。その攻撃の大半はムラマサがその切っ先を逸らせることで防御していた。他は軸を動かすことで避けている。ムラマサを外れた攻撃が地面を抉る。抉られた地面に付いた攻撃の痕は焦げ付いたり、凍り付いたり、砂になったり、湿ったりと様々。
攻撃の痕を見たことで俺とムラマサはそれぞれが抱いた想像が的を射ていたと気付くのだった。
「それなら、俺が…攻める!」
勢いを緩めた枝葉の攻撃の合間を縫って前に出た。
わさわさと揺れる枝葉から鋭く研がれた刃みたいな葉っぱが地面に落ちる。
落ちた葉っぱがそれぞれ違う変化を覗かせる。それは、ムラマサが対峙している骨格翼と似ている。同一といってもいいくらいだ。
足元に広がる様々な属性の残滓。
囚われそうになる意識を強引に外して走る俺にグリモアの腕から伸びる枝葉とは違う、腕が四本。自分を捕らえるべく伸びてきた。
「その、くらい――ッ」
斬り付けることよりも回避を選択しながら前に進む。
「この距離なら――<インパクト・スラスト>」
今度は威力特化の斬撃アーツを発動させた。
下から上へ、切り上げの軌道を描く一撃はグリモアを捉えたかに思えた。しかし、体に重なるように出現した複数の装甲のようなものが俺の攻撃を阻む。
一枚、二枚と装甲は破壊されていくが、その奥にあるグリモアの本体にまでは届かない。
ならばもう一度とガン・ブレイズを引こうとして想定外の手応えに顔を顰めた。
「動かない――しまっ――」
突如、装甲の一部が変化したその形状はまさに爪甲。
俺を飲み込もうと口を開けた獣のような印象を与えてくる光景に息を呑んだ。
動きを止めてしまうわけにはいかない。ならば選択肢は二つ。ガン・ブレイズを手放すか、甘んじて飲み込まれてしまうか。
当然そんな選択肢を取れるはずもなく、俺はこの短い間に第三の選択肢を探すことにした。
刹那に浮かび上がるいくつもの可能性。それをアレも駄目だ、これも駄目だと浮かんでは棄て、最後に残ったそれは酷く自虐的に思えた。
「くそっおお」
腹を括りガン・ブレイズを持つ手に力を込めて、体重を乗せる。
引くのでは無く押し込んだのだ。
グッと反発するまで押し込まれた切っ先が装甲に覆われているグリモアの体に当たるかどうかという刹那、軽くなった感触に思わず前のめりになってしまう。
硬いようで柔らかな装甲に左手を付いた。その体勢のままガン・ブレイズを掴む手を逆手に変え、両手に力を入れて体を起こした。
背後に迫る爪甲を逆手に構えたガン・ブレイズで斬り飛ばす。
開けた爪甲の中から転がるようにして飛び出した。
「はあ、はあ、はあ、危なかった」
危機一髪、俺が回避した瞬間に切り落とされず残った爪甲が閉じられた。
伸びきっていた枝葉を生やしていた腕が巨人の腕となり至近距離から迫る。
枝葉とは違い刃のないそれを受けても一発で倒されるということはないだろう。身を固め防御した俺は全身に衝撃を感じながら殴り飛ばされてしまった。
「大丈夫かい?」
「ムラマサこそ」
「んー、オレは、まあ、何とかね」
「俺も何とか、だな」
転がった先で合流したムラマサは苦笑しながらも視線をグリモアに向けている。
その体にはいくつもの傷、ではなく、いくつもの何かしらの痕が残っている。焦げたような、奇妙な液体がこびり付いたような、変な痕がムラマサの体と防具に残されていた。
「ユウ! また、来るぞ!」
「タメも無しか」
巨大な拳が消え再び枝葉が伸びていく。
それを避けるべく左右に分かれた俺とムラマサはそれぞれ自分に向けて伸びる枝葉を切り落とす。
両手から伸びる枝葉は立ち止まり斬り付けなければ防御することはできないが、片手ならば動きながらでも防御することができる。
実際、俺とムラマサはゆっくりとではあるが防御しながらでも前に進めていた。
「今だッ、行けッ、ユウ!」
ムラマサは右手の刀で自分に迫る枝葉を防ぎながらも、徐々に左手の刀で俺に向かっている枝葉の一部を捌き始めたのだ。
そうして、再び一度の突進で接近できる距離にまで近付いた瞬間、ムラマサが叫ぶとそれを合図に俺は大きく踏み出した。
ガン・ブレイズを構えて攻撃を仕掛けようとする直前、またしても複数の装甲がグリモアの体を覆うべく出現した。
「打ち砕く! <インパクト・スラスト>」
決意を込めて叫ぶ。
発動させるは威力特化の斬撃アーツ。前と変わらぬ攻撃手段だとしてもその使い方は異なる。雑に狙った一撃を当てるよりも、より正確に、より緻密に穿つべく放たれたそれはグリモアを覆う装甲の最も外側を砕いてみせた。
「さらに<インパクト・スラスト>」
一度の発動で砕ける装甲が一枚だけならば、何度も発動させればいい。
砕けた装甲の奥に潜む更なる装甲を狙うには袈裟斬りでは無理。刺突ならばと発動させた斬撃アーツは狙い通りに二枚目の装甲を貫いた。
それから何度も繰り返し威力特化の斬撃アーツを発動させてその度に装甲を砕いていく。
連続した刺突によって砕き続けるも最後の方になるとガン・ブレイズの刃が届かないような気がするほど闇に包まれていた。だからこそ俺は一度<インパクト・スラスト>を発動させて傷口を広げるとすかさずガン・ブレイズを銃形態へと変形させた。
銃口を押し込むようにグリモアの腹部に近付ける。
「喰らえッ<インパクト・ブラスト>」
眩いばかりの閃光が迸る。
威力特化の射撃アーツがガン・ブレイズから撃ち出されたのだ。広がる衝撃は砕けた装甲をも吹き飛ばし、グリモア本体へと命中した。装甲を失い剥き出しになった腹部を曝すグリモアの反撃として背中の骨格翼が俺へと迫る。
だが、その穂先が届くよりも早く俺はガン・ブレイズの引き金を引いていた。
「<インパクト・ブラスト>ォォ!!」
二度目の射撃アーツが放つ光は地平線の彼方へと消えていく。
変貌したグリモアの腹部に拳くらいの大きさをした穴ができた。その下にあったのは見覚えのあるグリモアの装備。
つまりグリモアの変貌は肉体を変化させるムラマサの鬼化とは違い、俺の竜化と同じように全身を鎧のようなもので覆うものだったということだ。
ピキッピキッと腹部の穴の周囲に亀裂が走る。
わずか数センチ単位の破片が剥がれ落ちていくのを見ていると不意にグリモアの頭部が俺を見た。
「――ッ」
瞬間、グリモアの単眼から放たれる光線はそれまで俺が居た場所を真っ赤に染めた。
咄嗟に避けた俺が不格好にも膝を付いている傍をムラマサが駆け抜ける。
「何を……?」
その意図が読めず疑問符を浮かべる俺の前でムラマサは素早く両手の刀を腰の鞘に戻している。そして鬼化して強化されている力を十全に込めて<インパクト・ブラスト>によってできた穴に手を伸ばしグリモアを掴んだのだ。
「オオオオォォォォォ!」
自身の中身を引き抜かれる苦痛に蠢くグリモアを前に、咆吼をあげて強引に引き抜かれたムラマサの手には素顔のグリモアが。
防具を掴み猫のように持たれたグリモアは微動だにしない。
「何をボサっとしているんだッ。早く離脱するぞッ」
グリモアを引き摺ったまま走るムラマサの後を追いかける。
グリモアの叔父だというキャラクターがいるこの場所の端にまで辿り着いたその瞬間、残されていたグリモアを覆っていた何かは重力に負けたように崩壊した。
ドロッとしたタールみたいに広がった水溜まりは不気味にも消える気配はない。それどころか溜まった水に水滴が落ちる時のように小さな波紋が広がっているのだ。
徐々に間隔を短くしていくその波紋は次第に鼓動のような音を発し始めた。
ドクンッドクンッっと生物的な脈動に変わった頃に件の水溜まりに一つの変化が訪れていた。脈動と共に波打ちながら収縮と拡張を繰り返し、重力に逆らうように浮かび上がっていく。
ほんの僅か一滴すらも残さずに宙に浮かんだ球体が吸収したその瞬間、鼓動は一際大きな音へと変わった。
そしてその中心に吸い込まれるように収縮した球体は小さなビー玉くらいの大きさへと変わったのだ。
浮かぶ小さな球体は次に拡張を始める。
野球のボールくらいの大きさになり、サッカーボールくらいに、そして子供くらいの大きさになると、そのまま二メートル近い大きさに。
球体の拡張が停止した次の瞬間、それは超爆発を起こす。
爆発の中。
球体が浮かんでいた場所に現われたのは巨大な四肢を携え、見たことのある翼を生やした獣。それは何処か先程までのグリモアが変貌した姿に似ていた。