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ep.71 『枝葉』


 仕切り直しされた戦闘は新たな展開を迎えていた。

 何より顕著だったのはグリモアの戦闘スタイル。全身を変化させて応戦するその姿はもはやいちプレイヤーとは思えない様相を呈していた。


 グリモアに向かっていくハルとムラマサ、その後に続く俺。絶妙にタイミングをずらしながら攻撃を仕掛けているのだが、困ったことに一度たりともクリーンヒットすることはなかった。しかしそれはグリモアの攻撃も同じで俺たちには掠めることすらない。

 先程のグリモアの発言を耳にしてからというもの、彼の攻撃は全て一撃必殺の攻撃であるかもしれないという懸念が拭いきれないでいる。

 だからだろうか。俺たちは皆、大袈裟とも思えるくらい余裕を保ってグリモアの攻撃を避けていた。



「このおっ」



 武器を持たない手で拳を作りハルが思いっきり殴り付ける。

 巨人となったハルの拳は巨大なハンマーも同然。当たれば容易く岩を砕き鋼鉄までも圧し潰すことすら可能なのだ。だのに、そんな拳もグリモアには届かなかった。避けられたわけじゃない、いとも簡単に受け止められてしまったのだ。

 腕から腕が生えてくるとでも言えばいいのだろうか。グリモア本来の腕から肥大した腕が伸びハルの拳を掴んでみせると今度はその拳から生えた手がハルの手首をがっしりと掴んだ。




「このっ、放せ………いや、このままだ。ムラマサ!」

「任せろ!」



 掴まれた自らの腕を反対の手でグリモアの手ごと掴み返して動きを止める。

 動きを止めたグリモアに今度はムラマサが斬りかかった。が、あくまでもハルが固定出来ているのはグリモアの片腕だけ。その場から移動することそのものは阻害できているものの、反撃まで封じきれているわけじゃない。

 グリモアは迫るムラマサに手のひらを向けると、腕から枝葉のように複数の刃を持つ武器が伸びていく。剣や刀の刀身は勿論のこと、鎌の刃部分や槍の穂先まで、なかには単純に大きな針のようなものまで。それらが津波のようにムラマサに押し寄せていく。



「くっ、だが、このくらいなら――」



 二刀の刀を振るい迫り来る数々の武器を迎撃していくも、ムラマサは前進することが出来なくなってしまっていた。

 まるでほんの僅かでも触れれば死んでしまう致死性の毒が塗られた刃を避けているかの如く、防御や回避を繰り返すもそれだけでは一手足りない。一人では届かず、二人でもまだ足りないのだとすれば、三人で仕掛ければ良い。

 一瞬、ムラマサの視線が俺に向けられる。

 その瞬間、俺も一転して攻勢に出た。

 ガン・ブレイズを構え無防備を曝すグリモアの背後から突きを放つ。



「なにっ――」



 その刃が届くかと思われたその刹那、グリモアの背中から生えた四対八本もの刃状の骨格翼が重なり合うようにして防御したのだ。

 鋼鉄を叩いたような感触に阻まれノックバックしたその瞬間を狙ったかのように、重なり合っていた骨格翼の一部が俺に向かってきた。

 レイピアの刺突を彷彿とさせるその攻撃は後ろに下がるだけでは回避出来そうもない。それならばと左右に体を動かしながら避けようとするも、自在に伸びるそれは回避して動く自分を追いかけてくる。

 間を置かず前後から迫る骨格翼を迎撃することだけで手一杯になってしまっていたのだ。


 望む望まずとしてその場に縫い付けられてしまった俺たちをグリモアは表情の見えない顔で見渡した。

 最初に状況が変わったのはハル。掴み掴まれている現状のままグリモアは力を込めてハルを片手で持ち上げると、そのままハンマーのように振り回したのだ。

 突然の攻撃に呆気にとられたムラマサは回避が間に合わず出来たことといえば防御だけ。それも自信の体格以上の物体がその身に迫るとなれば、大きく吹き飛ばされてしまっても仕方の無いこと。


 斬り付けられるのとは違い、ハルの体を武器にして殴り飛ばされただけならば、大きなダメージを受ける心配はないだろう。

 受け身を取りつつ地面に転がったムラマサに向かっていた片腕から生えた刃の枝葉が残る俺へと矛先を変えた。



「くそっ」



 咄嗟に方向転換して走り出す。

 当初から対応していた骨格翼に加えて手から伸びる枝葉が追いかけてくる。

 時折その一部が速度を上げて攻撃してくるがそれは何とか走りながらガン・ブレイズで叩き落とすことが出来ていたとはいえ根本的な解決には至らない。それどころか一度としてミスをしてしまえばなにか致命傷になるような気がしてまったくと言って良いほど気が抜けない状況が続く。



「ぐぅ、ダメージは軽い、か。なら――ユウ! そのまま走っていてくれ」

「わかった」



 体を起こすと、走る俺を目で追ったムラマサが告げる。

 一瞥した先では用が済んだとでも言わんばかりに投げ捨てられたられたハルは呻き声を上げているが、無事であることは間違い無い。



「オレは、これを、切り飛ばすッ!」



 落としていた刀を拾い上げ走りだしたムラマサは最も近い枝葉の一つを切断してみせた。



「まだッ、もっと、もっとだ!」



 自分鼓舞するように叫びムラマサ次々と枝葉を落としていく。

 切り落とされ地面に落ちた枝葉はほんの数秒で霞みとなって消えてしまう。が、次から次へと生えていく枝葉が相手では些か分が悪い。

 特に追いかけてくる骨格翼がその矛先を変えればムラマサは切断するということに失敗してしまうだろう。そう察した俺は意を決して逃げることを止め自分を追いかけてくる骨格翼と向き合うことを決めた。

 明らかに自分よりも手数の多い攻撃を捌くには自分の行動速度を上げるしかない。

 立ち止まったその瞬間に、



「≪ソウル・ブースト≫」



 を発動させて一歩前に出る。

 自身の正面に出現した半透明な魔方陣。その中を抜けた瞬間に、俺は竜化を果たしていた。

 全身を包み込む力を感じながら、迫る骨格翼を叩き落とす。

 竜化して攻撃力や速度を上げたにも関わらず、骨格翼を破壊するには至らない。それでも八本全てを自分に引きつけることには成功したようで、ムラマサはグリモアの腕から伸びる枝葉に集中することができているようだ。


 とはいえこの均衡は長く続かない。

 それは声に出さずとも理解しているここにいる全員の共通認識だった。自分たちだけじゃない。対峙しているグリモアも同じなのだろう。

 それを物語るかのようにグリモアはハルを投げ捨てた方の手をムラマサへと向けたのだ。

 ボロボロと剥がれ崩れる肥大した手。その中から現われた元のサイズのグリモアの手からは、もう片方の手と同様に無数の枝が伸び、そこに生えた無数の葉が生い茂っている。それがムラマサに向かうであろうことは想像に難くない。違うのはそこから伸びるものが剣状の武器などではなかったこと。

 吸血鬼を倒すための杭のような形状が、巨大な弾丸のようなものが、鋭く研がれた鉱石や金属で作られた鏃のようなものなど、貫くことを目的に作られた武器が大群の魚のようにムラマサへと向かっていくのだ。



「ムラマサッ!?」



 声を掛けるも意味は無い。

 ムラマサは既に自分に迫る枝葉を迎撃することで精一杯だ。

 俺も骨格翼と打ち合うことで他にまでは手を回すことができない。このままムラマサが投擲武器に変質した葉に貫かれる様子を見せつけられる、そう思いながらも目を瞑ることは許されず、また、この場から動くことも状況が許しはしなかった。


 いくつものザンッという音が続く。

 それがグリモアが放つ葉によって貫かれる時の音であることは明らか。自分の想像と違ったことといえば一つ。

 貫かれたのがムラマサではなく、ハルであったこと。



「ぐあっ、大丈夫か?」

「あ、ああ。すまない。すぐに回復を――」



 絶えず向かってくる枝葉を切り落しながらもムラマサは利き手じゃない方の手を動かしてストレージを探る。そこからHP回復用のポーションを取り出してハルに使用として一瞬動きを止めてしまった。

 目に飛び込んできたハルの姿が、攻撃を受け止めた場所から黒染み始めさらにかさぶたのようにして淀んだ色をした結晶が覆っているからだ。

 それは結晶に囚われ姿を消した仲間たちを彷彿とさせ、無意識のうちにその視線を壁にある無数のキャラクターへと向けさせていた。



「チッ、それはムラマサが自分で使ってくれ。それから、アイツの攻撃を受けることが拙いのは本当みたいだ。HPが残っていてこれじゃあ、な」



 自嘲気味にいうハルの体にできた結晶はゆっくりと全身に広がっていく。

 膝を付き苦悶の表情を浮かべるハルにムラマサは掛ける言葉を失しているようだ。

 一人、捉えたことでグリモアの攻撃は中断される。それはまるで俺たちにハルとの最後の会話をする機会を与える慈悲のよう。

 しゅるしゅると戻っていくわけでもなく、ただ霧散する枝葉から解放されたムラマサがハルに駆け寄っていく。

 俺を襲っていた骨格翼も当初の大きさに戻り、その時には既にこちらを攻撃してくる気配は消えていた。



「わりぃ。ここまでみたいだ」



 そう言った瞬間、ハルの体に広がっていた結晶は全身を包み込んだ。

 地面から生えた結晶の塊のようになったハルは程なくして結晶ごと砕け散った。

 空中に漂うキラキラとした結晶の欠片。どこからともなくこの空間を照らす光を反射して輝くそれは、一見すれば綺麗なのかもしれないが、俺にはとても悍ましいものに見えた。

 睨み付けるようにグリモアを見るとすっと指を立て壁のとある一点を指した。そこには壁を覆っている結晶があり、なかにはキャラクターが封じられている。

 そう、俺が見間違うはずがない。ハルというキャラクターがそこにいた。



「グリモアァッ!」



 激昂という言葉が相応しいだろう。

 ガン・ブレイズを持って駆け出した俺にグリモアは何気ない様子で拳を突き出してきた。

 肥大化したのとは違う、巨大化したそれはたった今まで共に戦っていた巨人化したハルの拳を彷彿とさせるそれに俺は思わず飛び退いていた。

 距離を取った瞬間にもとの大きさに戻っているグリモアの手。

 怒りや恐怖、戸惑いといったいくつもの感情が俺の心を掻き乱す。



「冷静になるんだ」



 ムラマサの檄が飛ぶ。

 ハッとして深く息を吸い込んで吐き出す。そうすることで多少冷静さを取り戻した俺の目に一つ目の仮面のような頭部に隠れているグリモアの顔が見えた、気がする。

 それは、言葉一つ発していないグリモアの意思が垣間見えたようなものだったのかもと思う。

 瞬きをする合間、僅かな瞬間に見えたグリモアはゾッとする笑みを浮かべていたのだ。

 その笑みが何を言わんとしているのか。

 俺はまだその真意を知らない。




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