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ep.70 『異転』


 グリモアが歪な形になった両手を広げる。

 最低限、人の手という体裁は保たれているが、その指先や肘の関節などが人間という枠組みから逸脱してしまっているよう。

 グリモアの叔父だという人物の登場により中断されていた戦闘が再開された。

 先陣を切ったのはハル。巨人化した拳を変貌したグリモアへと突き出す。



「甘いですよ、ハルさん」

「何っ!?」



 余裕綽々といった顔でグリモアはその拳を受け止めた。それも片手で。



「おいおい。グリモアって魔法使いだった気がするんだが」

「今の僕はそんな枠組みに囚われたりはしませんよ。それに、皆さんだって似たようなものでしょう。その変異はパラメータを逸脱した能力値を与えているはずですからね」

「違いない。だがな、だからこそお前が平然と受け止めたことが不自然に思えるんだがな」

「そうでもないですよ。これまでになってようやく受け止められるようになったんですから。皆さんのように適性がある人に比べれば言うまでもないことですよ。そう思いませんか? ムラマサさん」



 ガキンッと硬い金属同士がぶつかり合う音が響いた。

 それは鬼化したムラマサが振るう刀と剣のように変化したグリモアの右手が激突した音だ。



「まったく、なんなんだいそれは」

「おそらく『鎌鼬』、いえ、これは『蟷螂』ですかね」



 自分の手を見てまるで他人事のように呟くグリモアにムラマサは怪訝な目を向ける。



「あ、もしかすると両方かもしれませんね」



 苦笑なのか、それとも微笑なのか。曖昧に口元だけで笑ってみせるグリモアが両手に力を込めた。すると途端にハルが押し込まれ、ムラマサの刀が簡単に弾かれてしまった。



「くっ」

「ぐおお……」

「おや。避けられましたか。だけど……放しませんよ。ハルさん」



 飛び退いたムラマサとは違い、ハルはその手を掴まれたまま。どうにか離脱しようとしても、純粋な力比べではグリモアに分があるらしく、その場に縫い付けられてしまっている。



「と、そんなことよりも。どうしたんです? ユウさん。てっきり一番に向かってくると思っていたのですが」

「そう…だな。解っているさ。解っているとも」



 剣形態のガン・ブレイズを握り絞めたまま動き出さずにいた俺は意を決したようにグリモアを見た。

 歪んだ腕でハルを押さえ込んでいる様子や、無意識のうちに刃を生やした腕でムラマサを牽制しているグリモアは俺の視線を正面から受け止め、



「来ないんですか?」



 挑発するかのように告げた。



「行くぞ」

「ええ。どうぞ」

「はあっ」



 強く地面を蹴り前に出る。

 余裕なのか無防備を曝すグリモアに向かってガン・ブレイズを振りかぶる。そのまま気合い一閃。思いっきり振り下ろすその刹那、俺の視界をハルの巨体が埋め尽くした。



「避けろ、ユウ!」

「ちょっ――」



 咄嗟に急ブレーキをかけしゃがみ込む。

 俺の頭の上をハルが通り過ぎた。

 一際大きな衝突音が後方から聞こえてくる。俺は振り返ることすら叶わず、いつの間にか握られていた剣を振るうグリモアに応戦することになった。



「それはお前が作ったのか?」

「いいえ。これは『騎士』の剣です」

「もう、武器を作っていないのか」

「必要がなくなりましたから。兄もいませんし、僕には必要の無い代物ですから」



 地力の違いなのか、あるいは武器の差なのか、打ち合う度に俺は僅かに体を後ろに下げられてしまう。それどころか激突の度に弾かれるガン・ブレイズに体勢を崩されないようにするのが精一杯。

 それでもと力を振り絞りながら打ち合う視線の先で、ムラマサが斬りかかってくるのが見えた。



「せやあっ」

「残念。見えてますよ」

「解っているとも。だがこれで……」

「両手は塞がれたってことだッ!」



 ハルが拳ではなく戦斧による攻撃を繰り出す。



「そうでもないですよ」



 打ち合っていた剣を興味なさげに手放し、無手でガン・ブレイズの刀身を掴んでみせる。傷を負うリスクを承知したうえで強く握り絞め、そのまま俺を一つの棍棒のようにしてハルへをぶつけた。



「――がっ」

「うあっ――」



 激突した俺たちはその場に崩れ込んだ。

 自由になったグリモアの手には傷一つ付いていない。それでも追撃には手を使わず足を使ってきた。

 単純な蹴りとはいえ、攻撃の瞬間にハンマーのように硬く肥大化する足は武器として十分すぎる威力を持つ。

 地面に転がる俺とハルを一度に蹴り飛ばそうとしたグリモアだったが、その蹴りは俺には届かなかった。巨人化したハルが俺を守るように体で庇ったからだ。



「ハル!」

「このくらいのダメージなら問題ない。行けぇ」



 その言葉に促されるように、ハルを跳び越えて再びグリモアへと斬りかかる。



「ムラマサ、合わせてくれ!」

「勿論だとも」



 前後左右、動き回りながらムラマサとタイミングを計り、息を合わせ攻撃を仕掛けるもその全てがグリモアの手によって軽々と迎撃されてしまっていた。



「ユウさん。竜化しないんですか? それとも、まさかですけど、手を抜いて僕に勝てるつもりでいるんですか?」



 少々苛立ちを含んだ口調でまくし立てるグリモアに俺は何も返せなかった。

 今日はまだ竜化の回数を残していることなど重々承知のことなのだろう。だからこそ、そうしない俺を侮っていると感じているのかもしれない。



「俺の竜化のデメリットはグリモアも知っているんだろう。今のグリモアみたいな奴を相手にするのなら、そんなデメリットを取るはずがない。違うか?」

「嘘、ですね」



 瞬時にきっぱりと言い切られてしまい、思わず息を詰まらせた。

 その指摘が的外れだからじゃない。的を射ていたからだ。

 竜化のデメリットなど今更気にするまでもない。十全に理解しているデメリットなどそれを補ってあまりあるメリットを考慮すれば、竜化しないという選択肢を選ぶはずがない。



「何を怖れているんです? それともまだ、僕と本気で戦う気にはなれませんか?」

「本気、か。竜化が俺の本気だとでもいうのか?」

「違うとは言わせませんよ。貴方が持つ最大の≪スキル≫であり、能力が『竜化』なのは間違いないはずです」

「だけど、それを使うかどうかは俺の意思で決めることだ」

「状況が許すとでも?」

「何?」

「よく分かりました。未だ本気を出せないというなら、相応しい舞台へと招待しましょう」



 そう言って、グリモアは再びどこからともなく取り出した剣を振るい近くにいる俺とムラマサを殴り飛ばした。

 鬼の力によって守られているムラマサには刃は届かず、俺はガン・ブレイズを体の前に構えることでどうにか防御に成功していたためにダメージは軽微。それでも強引に距離を取られてしまった俺たちはそれぞれの武器を向けて牽制をしながらグリモアから視線を外さずにいた。


 グリモアがパンッと両手を合わせ手を叩いたその瞬間、世界にノイズのようなものが迸った。

 壁、天井、床、この場所のありとあらゆるものが歪みブレて次の瞬間には暗転する。

 前後不覚になるような感覚は襲ってこなかったが、俺は倒れてしまわないように片膝を付き、ガン・ブレイズの刃を地面に突き立てた。


 歪みの中に迷い込んでいた時間は僅か十秒にも満たない。

 だというのに俺の目に映る景色は一変していた。

 辺りを覆っているのは怪しく輝く結晶の壁。天井は消え、無数の星々が輝く空が広がっている。地面は無機質なまでの黒い鉱石に覆われていて、地面に突き立てていたはずのガン・ブレイズの切っ先は地面そのものに拒絶されているかのように弾かれてしまい、体を預けていた俺は思わずバランスを崩しかけていた。



「っと、これは?」



 変化した景色を見渡す。

 ここに立っているのは変貌したグリモア。その叔父らしき人物。そして俺たち三人。だけのはずだった。なのにどういうわけか景色が変わってからというもの他の誰かの視線を感じて止まない。その原因を探るべく目を凝らすと程なくしてそれを知ってしまった。



「――っ!?」



 思わず息をのんだ俺の目に映る景色。それは闇のように暗い色をした結晶に封じられた無数の人の姿。

 人族(ひとぞく)獣人族(けものびとぞく)魔人族(まびとぞく)問わずありとあらゆる種族がある。封じられている人たちの姿もバラバラで、性別や体格など一切関係ないというように、知らない顔が無数に並んでいるのだ。



「ユウ、ムラマサ、あれ――」



 戸惑ったように上擦った声でハルがとある一点を指差した。

 俺とムラマサもその先へと目を凝らすと、そこに居たのは、



「皆っ!!」



 そう。この場にはいない、ギルドホームで待機しているはずの仲間たち。そして、先程結晶に囚われてしまった仲間たち。



「どういうことだっ!」

「ここに居る多くは皆さんと同様、変化する能力を与えられた人達です。そして他にもその仲間が封じられています。

 ああ、先程も言ったように現実(リアル)は無事ですよ。ここにあるのは彼らのオリジナルデータだけですから」



 何でも無いというように平然と言って退けるグリモアに俺は戦慄を覚えると同時に、これまで今ひとつ踏み出しきれなかった戦意というものを漲らせていた。

 そのことに気付いたのか、それとも狙っていたことが成功したと確信したのか、グリモアはまたしても両手を広げ、



「始めましょう。ここからは本気の………殺し合い、です」



 そう宣言したのだった。




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