ep.68 『魔導書のドクハク』
必要なのは『人』の領域を超えた存在、いえ、正確に言うのなら『人』の領域を超えながらも『人』で在り続けている存在です。
ユウさん、ムラマサさん、ハルさんはまさにそういう存在であると言えます。
ああ、他にも僅かではありますが皆さんと同じような力を持っている人はいますよ。ただ、この場に居られたのは皆さんだけのようでしたが。
何故と納得していない顔をしていますね。
先程も言ったように偶然以外のなにものでもないのですけれど、そうですね。ユウさんの場合はやはり獲得している力の源が『竜』であるからだと思われます。そしてハルさん。貴方が持つ『巨人』の力。それは本来この場に立つことは無かったのですが、こればかりは感嘆するしかありません。それに、もしかすると僕にとっては暁光になる可能性もゼロではないみたいですから。
加えて言えばムラマサさんはある意味で中心から外れていると思われます。『鬼』というのは物語によっては敵役であったり災厄であったり、稀に主人公だったりもしますが、僕が思い描くような物語では端役でしかないはずですから。
どういう物語なのかですって?
単純ですよ。
所謂『創世神話』というやつです。あ、正確にはそれに付随する神話、でしょうか。人の手によって生まれた世界が人の手を離れ、真に世界になっていく……そんな神話です。
理解不能って顔をしていますね。まあ、その気持ちは僕も分かりますよ。なんて言ったって最初にそう感じたのは他でもない僕なのですから。
最初に言っておきますが、この神話の筋書きを画いたのは僕じゃありません。僕の兄、皆さんもよく知る『アラド』というプレイヤーです。
ほら、見えますか?
あそこにあるでしょう。
竜となり鎮座している姿が。
ちょ、ちょっと、待ってください。
あれは別に囚われているとかそういうんじゃないですから。そもそも、あのキャラクターを動かす現実のプレイヤーはもういないんです。
一年とちょっと前のことでした。
居眠り運転をしている大型車に撥ねられて兄はこの世を去りました。
僕の兄、アラドはいちプレイヤーとしてこの世界で遊ぶこと以外にエンジニアとしてこの世界を作っていました。大袈裟でも何でも無く、この世界の原型――アーキタイプを作ったのは兄でした。それを叔父の会社が発表しゲームとして、また新しいプラットホームとしてこの世界を運営することになったのです。
最初の頃は兄もそれを手伝っていました。何せ制作者ですからね。他の誰よりもこの世界に詳しいのです。とはいえ徐々にゲームの運営からは離れ、システムの構築にだけ集中するようになっていたのですが。
ゲームのイベントとかは兄も僕も全く知らないことでした。そういう意味では皆さんと同じような立場だったと言えます。ですから、兄がユウさんと『竜』の力を分けることになったのも、それ以前に兄が『竜』の力を得ることになったことも偶然だったのですよ。
それ以前に『竜』や『鬼』や『巨人』などという特殊な力は元来兄が創作したものではなかったのです。
寧ろそれを得たことで兄は初めてこの世界の可能性に気が付いたと言っていました。
兄が気付いたこと。それはこの世界に『自律性』が生まれていたことです。まるで個の意思があるかのように世界が自ら運営にとってはシステム外となる、この世界にとっては存在することが当然と認識されている力が複数のプレイヤーに与えられていることに。
それからの兄はこの世界に次々と実験を繰り返しました。何をすれば、自律性が育つのか。自分が与えた何かはこの世界にどう影響するのか。
最終的な目標はこの世界が人の手を離れ存在し続けることだと兄はよく言っていました。
僕が引き継いだのはまさにそれです。
僕も兄と同様にこの世界を現実世界と同じように人の手の届かない存在へと昇華させることが目的なのです。
その為に必要だったことはいくつもありました。
まず、元来使用していたサーバ以外にそのデータを記録し続けることができ、稼働し続けることが出来る場所。仮想世界で在り電脳世界であるここはどうしてもそのようなものが必要になりますからね。
この条件をクリアする方法は既に兄が叔父と共に開発を完了しています。おそらくそう時間が経たないうちに発表されるはずですよ。
次の条件はこの世界の認知を高めること。
それをクリアするために作られたのがゲームエリア以外の『セントラルエリア』です。皆さんも徐々に生活に浸透してきているのを実感しているはずです。
ゲームをプレイしていなくても今やこの世界が日常生活に欠かせなくなっている人は大勢いますからね。
そして次なる問題はこの世界のセキュリティです。
それを解決するために兄が目を付けたのがこの世界が生み出した力。そう。皆さんが持つ力のことです。
元々兄は自分一人の力を元に複製や拡張することでどうにかしようとしていたみたいですが、それは本人が居なくなったことで叶わなくなりました。
ですから僕は多くの力を、ありとあらゆるサンプルを集めることにしたのです。
どうですか?
何も言わず僕に協力して頂けませんか?
まあ、すぐに首を縦に振って頂けないのは理解しています。そもそもこれだけのことをして納得を得ようだなんて思ってはいませんからね。
驚きましたか?
必要だったサンプルは力の有無問わず、この世界が人を学ぶために必要不可欠なのは数です。
そう怒らないでくださいよ。
この件に関わることになったときに言ってあったはずです。キャラクターをロストするかもしれないと。その理由と原因までは言っていなかったのですけれど。
念のために言っておきますが、現実にいるプレイヤーは無事ですよ。ここにあるのはあくまでもキャラクターのデータだけですから。尤も、そのオリジナルデータではあるのですが。
だからそういう意味ではキャラクターをロストしていないとも言えますね。
ええ。
皆さんの元にあるのはコピーデータです。とはいえその二つに大きな違いは無いはずです。あるといえばその中の数十名が持っていた力が消失していることだけでしょう。
さて、ここで一つ質問です。
皆さんは『力』に未練がありますか?
あるのならば、ここで戦いましょう。
ないのならば、ここで自らを差し出して貰えませんか?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この時の僕は、僕じゃない誰かを演じていました。
出来るだけ嫌われるように。
躊躇わずに、僕と戦えるように。
でも、彼にはおそらく気付かれていたのでしょう。
僕が本当は何を差し出そうとしているのか。
世界のために本当は何が必要なのか。
結果を受け入れることが僕の罰になるのならば、その過程を受け入れることもまた、僕の罰。
そして、そうなることを知りつつも決断したことこそが、僕の罪、なのでしょう。
だから、決して謝らないつもりです。
謝ることで許されるほどこの世界は小さくも、軽くもないのですから。
今回は完全なグリモア視点。
イメージとしてはト書きや他人の台詞が一切入らないグリモアの台詞オンリーみたいに書いてみました。
次回からは元の書式に戻りますので、今回は幕間か番外編のように思ってくだされば幸いです。
では、せっかくのあとがきですから、一つ。少しでも気になって頂けたならブックマークや評価をお願いします。
ほんの少しのポイントが作者のモチベーションアップに繋がるようです。