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迷宮突破 ♯.6

 危うげ無く蝙蝠モンスターを退治した俺たちは迷宮にある小さく拓けた場所。


 通常のエリアでいう所のセーフティゾーンでドロップしたアイテムを確認していた。


 迷宮の中にあるセーフティゾーンも通常のエリアにあるセーフティゾーンと同じでモンスターが攻撃して来ない、ダメージ判定が無効になるという特性があるようだ。


「マップが無かったら気付けなかったな」


 地面に直接座って一息付きながら俺はしみじみと呟いていた。


 踏破していくことで道が書き込まれていくマップを見ようとしない限りこの場所はただの行き止まりにしか見えてなかったのだろう。


「蝙蝠の皮膜か。これは何に使えるんだ?」

「それは革製の防具の強化とか修理に使えるよ」


 生産のことはまるで門外漢のハルはストレージに溜まったアイテムを眺めて尋ねていた。


「でも、革素材を使った防具は誰も使ってないんだよねー。マオはどう? 何か作れそう?」

「出来ないことも無いと思うけど、あんまりいいのは出来ないと思う」

「そっか。それにしても何も無いねー」


 辺りを見渡しながらリタが不満を溢す。


 ここに来るまでの道中にも、このセーフティゾーンのなかにも、俺たちが見てきた限りめぼしい素材は何一つ発見出来なかった。


 草一本、小石一つ道に落ちていないのだ。


「このままじゃ何も手に入らないかも」


 パーティの士気というものはリーダーの気持ち一つで良くも悪くもなる。リーダーが感じている不安はそのまま他のメンバーに伝わり、パーティ全体のテンションに影響を及ぼしてしまう。


 不満が不安になりズンとした重たい空気が漂い始める。


「まだ序盤だ。そう気落ちする必要はないさ」


 心配などなにもないというように明るくハルは不安を感じ始めていたリタに優しく告げる。


 迷宮に入って暫らくもしないうちに蝙蝠モンスターとの戦闘になり、安全な距離を保とうとした結果このセーフティゾーンを見つけた。


 それほど進んでいないのにもかかわらず行き止まりにぶつかったということはこの迷宮がかなり細かく入り組んでいるか広くないかのどちらか。


 集まって来ていたプレイヤーの数を鑑みるにこの迷宮が狭いということはないはず。他のプレイヤーとすれ違うことがなかったのだから、やはりこの迷宮の広さはそうとうのものだということか。


 マップを眺めて迷宮の広さを漠然と考えていると、どうしても腑に落ちないことが出てくる。迷宮の前の町は参加しているプレイヤー全員を収納出来るほどの規模があったとしてもその中心にある迷宮はその町の五分の一ほどの大きさしかない。現在は集まって来ていたプレイヤーの半分程度しか挑んでいないとしてもその全てが迷宮に収まり、まして一度もすれ違うことも無いということなど現実にあり得るのだろうか。


「そろそろ行こう。時間が勿体ない」


 立ち上がりながらハルが言う。


 次に向かうべきは未だマップに暗く表示されている道。


 一番近いのは蝙蝠モンスターと戦った場所の少し前、二つに分かれていた道とは違うもう一つの道になるのだろう。


 道の書かれているマップの通りに戻りそのままもう一つの道を選び進んでいく。


 マップでは暗く表示されていても実際の道は明かりが点され数メートル先まで見通せる。近寄ってくるモンスターを警戒しながらも道にある採集ポイントを探しながら歩いていた。


「だめだ。どこにもないよ」


 目視で探し続けている俺たちは勿論のこと、鑑定のスキルを有するマオも素材を見つけることが出来ていない。


「先に進んだ他のプレイヤーが根こそぎ持っていったのか?」

「それはないと思うけど」


 俺の言葉をリタが即座に否定した。


「こういうエリアで見つけられるアイテムっていうのは時間で復活するのが普通だし、あの人数が一斉に同じ場所を探すなんていう風にはしないと思うの。そうじゃないと最初に入ったパーティ以外なにも手に入れることが出来ないってことになるでしょ?」


 リタの言うことは尤もだ。


 だったら、一つの採集ポイントで順番待ちが起こっているならまだしも、その採集ポイント自体がないというのはどういうわけか。


「もう少し進んでみよう。それで半分くらいマッピング出来るはずだ」


 確実なことが何一つ分かっていない以上、俺たちは前に行くしかない。


 ここまでの迷宮は道に迷うような作りになっていない。殆ど一本道に近い迷宮を進んで来た俺たちは自然と迷宮の中心に近付いていくようになっているうずまき状の道を進んで来た。


 道中出会ったモンスターも蝙蝠型の雑魚モンスターだけ。


 このまま変わらないのならばイベントエリアとしての迷宮としては役割を果たせていないとさえ言える。


「これは……?」


 うずまき状の道の先。


 迷宮の奥に見えて来たのはより一層暗い光の挿さない行き止まり。


 よく目を凝らして見てみるとその暗闇は下の階層に続いているようだった。


「そういうことか」


 納得した声を出すハルが下の階層に続く階段を覗き込んでいる。


「初めからこの迷宮は多階層の造りになっていたんだ」

「だったら他のプレイヤーは下に?」


 階層が違ってすれ違わなかったというのなら納得出来るが、もしそうなのだとしたら現在迷宮に挑んでいるプレイヤーの中で俺たちは最も進行が遅いということになる。


「多分な。この第一階層がチュートリアルのようなものだとしたら、第一階層自体は参加しているパーティの数だけ用意されていてもおかしくないと思う」


 ハルがそう判断した要因は現状現れるモンスターの種類が一つだけであり、採取ポイントが皆無であり、なによりここにたどり着くまでの道が殆ど一本道だったということ。


 迷宮の進み方を学ぶためのチュートリアルだったとするのならこの先が本当のイベントエリアであり、本物の迷宮だということだ。


「行こう」


 リタが意を決したように告げる。


 四人揃って明かりの無い階段を下っていくと一瞬、揺らぎのようなものを感じたが、暗闇を抜けた先に現れた景色を目の当たりにしてしまえばほんの僅かな違和感は直ぐに消え去ってしまう。


「……凄い」


 感嘆の声が俺の口から零れる。


 静けさしかなかった第一階層とは打って変わって新たに足を踏み入れた第二階層はそれは賑やかなものだった。


 先を行く多くのプレイヤーが採集ポイントを見つけてはアイテムを集めていくその姿は俺が思い描いていた迷宮の進み方の一つ、そのものだった、


「やっぱり少ないね」


 自分も続けと喧噪の中に飛び込もうとする俺の隣でリタが呟いた。


「少ない? これでか」


 近くにいるプレイヤーだけでもそうとうの数になる。もっと先に行った数も合わせれば軽くこの二倍にはなりそうなものだが。


「思い出してみてよ。町に集まって来たプレイヤーの数はもっと多かったはずでしょ。それなのにここにいるプレイヤーはせいぜい二百人程度。同じ数だけ先に進んで、同じ数だけ町に残って様子見をしてたとしても数が合わないじゃない」

「どういうことなんだ?」

「つまり、このイベントに参加したプレイヤーの半分近くは既にリタイアしたってことだろ」


 あくまで冷静に告げるハルに俺は驚いて振り返っていた。


「そんなのおかしくないか? だって第一階層で戦ったモンスターは全然強く無かったし。ってかまだ初日だぞ。それで半分近くがリタイアだなんてイベントとして成立していないじゃないか」

「俺に言われてもな。正式稼働後の最初のイベントで運営側も手探り状態なんだろ。でも、そうだな。このイベントはそうとうな難易度になっていると思っても間違いないだろうな」


 β時代にもイベントは幾つか開催されていたらしい。


 それらは製品版のときのイベントための試金石のようなものであり、今回の迷宮攻略と銘をうったイベントも過去によく似たものが開催されていたと聞く。


「どうしたの、マオ」


 一人だけ静かなマオはじっと一点を見つめている。


「あれ、なんだろ?」

「どれ?」


 マオが向ける視線の先には採集ポイントで一喜一憂している他のプレイヤーの姿があった。真剣な眼差しで採集ポイントに向かい合っているということは二人と同じ生産職なのだろう。


 そこで喜びの声を上げているのだからそれは運営が言っていたここでしか手に入らない素材というものを手に入れたという事なのだろうか。


「行ってみるか?」


 正直俺もここでしか手に入らない素材というものに興味はあった。


 けれど一つの採取ポイントにこれだけ並んでいる人の数が多いだけに同じように俺たちが並ぶとすれば一日の制限時間の大半をここで消費するという覚悟が必要になってくる。


「やめとく」


 まず、後ろ髪を引かれていそうな声で答えたのはマオで、リタはそれに同意するように「私も」と告げた。


「よし、だったら俺たちは先に進もう。これからはいつ本格的なモンスターとの戦闘が起こるかわからないから警戒は怠らないようにしよう」

「了解」


 採集ポイントに出来ていた人だかりの隣を通り抜け、俺たちは迷宮第二階層の奥へと足を踏み入れる。


 第一階層とよく似た作りの第二階層でも同じようにまだ行ったことのない道はマップでは暗くなっていて、自分が通って初めて明るく表示されていくようだ。この仕様は全階層共通になっているようで、どのくらいの階層が残っているのか分からないが、新たな階層に足を踏み入れる度に新しくマッピングをしていく必要が出てきた。


 最初に多くの人が集まっていた入り口付近の広場から離れて迷宮の道を進んでいくと、自然とすれ違う人の数は少なくなっていた。


「ちょっと待った」


 突然マオが俺たちを呼び止める。


「そこに採取ポイントがあるよ」


 そう言ってマオが駆け寄った先にあったのは自生している植物。鑑定のスキルを持っているマオが手に取るとその植物が薬草の一種であることが判明した。


「これはユウに渡しておくから」

「お、おお。わかった」


 直接手渡してきた薬草の名前は上薬草。俺の工房がある最初の町では手に入れることが出来ず、樹上の町のNPCショップで売っている品物だった。この上薬草から作れるのはHPポーションの上位版であるハイポーション。回復量が多く使い勝手は通常のポーションと同じという代物だが、現在はその流通量が少ないのが難点だ。


 同じ上薬草が三つ。それがこの採集ポイントでマオが手に入れることの出来た数だった。


「皆も採っておいた方がいいんじゃない?」

「そうだな」


 調薬で作り出せるポーションは必ず成功して望んだとおりの回復量を持つものが出来るとは限らない。作製に失敗すれば回復量が減ったり、毒になったりしてしまうこともある。


 何度か作成を試みるためにも薬草の数は大いに越したことはない。


 マオに続いて残りの三人も同じ場所で薬草を採集した。


 四人がそれぞれ手に入れることのできた結果は上薬草が七個。通常の薬草が四つ。MPポーションのもとになる精力草が三つの計十四個だ。


「あれも採集ポイントじゃないのか?」


 一度迷宮内にある採集ポイントを目にしたことでハルは自力で隠されている採集ポイントを発見する事が出来るようになったようだ。


 確認のためにマオが鑑定のスキルを発動させると、ハルが見つけた採取ポイントでは鉱石が手に入ることがわかった。


「あ……ピッケルを持ってきてない」


 道具類は全部工房の中。それにこの町にある拠点としている建物にもあった道具類は鍛冶に使う槌や細工に使うもの以外はチェックしていない。


 植物系のアイテムのときには必要なかった道具が、鉱石を採れるポイントでは必要になってきていた。


 これでは折角ポイントを発見しても道具が無いが故になにも出来ないということになってしまう。


「大丈夫、道具なら私が持ってきてるよ」


 自分の準備不足に愕然としている俺にリタがストレージから取り出したピッケルを見せてきた。


「さ、早く採掘してみようよ」


 薬草とは違いここで採れる鉱石は自分の担当している防具の強化に使う素材だ。纏まった数が手に入ればインゴットにして新たな装備を作り出すこともできる。


 誰よりも早く採集ポイントに駆け寄り、勢いを付けてピッケルを採集ポイントの岩盤にあるヒビに打ち付ける。


 甲高い音と共に地面に崩れ落ちてくる鉱石を手にとった。


「へえ、銅鉱石かぁー」


 鉄鉱石の上に位置する銅鉱石は最初の町から行けるエリアでは手に入らない。もっと先のエリアで手に入る類いの素材アイテムだ。


 繰り返し三回ピッケルを振り降ろして四つの鉱石を入手したリタは持っていたピッケルを俺に渡してきた。


「よっと」


 リタと同じようにピッケルを振り降ろす。


 地面に転がった鉱石を手に取るとそこにあったのは銅鉱石ではなくルビーの原石という宝石の元となる鉱石だった。


「それなら私があげた指輪に合うんじゃないか?」


 俺の横から赤い結晶が混ざっている鉱石を持つ手を覗き込んでマオが言った。


 空白の指輪はそこに宝石を嵌め込むことで完成する。


 一度適当に磨き上げた宝石を取り付けた時は納得のいく出来にならずに直ぐさま取り外したがこの原石から作り出せる宝石を付けることが出来れば想像通りの性能を発揮してくれることだろう。


「だな。後で試してみるよ」


 採掘可能回数になるまでピッケルを振り降ろしたがこれ以上は同じような宝石の原石は手に入らず、銅鉱石が三つ手に入っただけだった。


 マオとハルも同じように採掘をし終えた後、俺たちは再び四人揃って迷宮を進んでゆくことになった。


 

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