♯.4 『鍛冶スキル』
炉に火が入ると工房の中が熱気で満たされる。
どうしてリタの工房の炉に火が入れられたのかということだが、生産スキル一つである≪鍛冶≫の参考にするためにリタが行うところを見てみたいと俺が言い出したことが切っ掛けだった。突然の申し出にも快く了承してくれたリタはすぐに所有している鉱石を武器強化に使う状態の素材へ精製するところから見せてくれることになったのだ。
「それじゃあ、始めるよ。しっかり見ててね」
炉の隣に立てかけられている金鎚を手に取り、炎が燃え盛る炉の中から取り出した真っ赤に熱せられている鉱石を叩き始めた。
カンカンとリズム良く叩く音が工房に木霊する。
一回二回と繰り返し叩き続けていると徐々に掘り出した原石のままだった鉱石の形が変わってゆく。
「ふう、こんな感じかな」
満足げに見下ろすそれは鉱石の形そのままだった石の塊がニュースやドラマなどで目にする金塊に似た形になっている。
リタが言うには元の素材の名称は『鉄鉱石』。乱暴な言い方をすれば未精製の鉄の塊のようなものらしい。それが今ではうっすらと輝く銀色の塊になっていた。それは生産スキルの参考云々の前に俺の興味をより強く引きつけることに一役買っていたのだ。
「原石の状態の鉱石がこの状態になると名称はインゴットに変わるの。だからこれは鉄鉱石のインゴットっていう名前の素材アイテムだね」
「それで、これはどうやって武器や防具になるんだ?」
「ちょっと待って、すぐに説明するから」
原石から武器や防具の強化素材となるインゴットを作り出せることは解かった。しかしそれをどのように使えばいいのかは見当もつかない。仮に他のゲームにあったようにメニュー操作で武器強化の項目を押せばいいのか。それともインゴットを作り出した時のように自分の手で加工しなければならないのだろうか。
自分の希望としては、やってみたいという興味を考慮して後者の方のような気がする。
「えっとね、NPCの武器屋とか防具屋に依頼するわけじゃないなら基本はこのインゴット制作と同じやり方だよ。熱して溶かしてから金鎚で叩いて整形して冷やして固めるの。だから自分で武器とか防具の強化や作成をしようって思っているなら専用の炉が必要になるの」
だが生産職といえど殆どのプレイヤーは個人で炉を持つことはないらしい。だから大抵はNPCの武器屋か防具屋、あるいは数少ない炉を持っているプレイヤーの知り合いに頼むことになるらしい。
「それで、ユウくんはどうするつもりなの? NPCの武器屋とか防具屋に頼む? それとも私みたいに自分でやってみる?」
ゲームの攻略を第一に考えるのならば武器の強化は手早く済ませられるNPCに頼むべきなのだろう。リタが問題視している成功率が低いということならば何度でもやり直せる分の素材を用意すればいいだけ話。
もし攻略の最前線に居続けようとするのならば自然と戦闘の回数も増える。だから大量の素材を用意することもさして難しくは無いはずだ。自分にとってどちらがより困難でより手間が掛かるのかはそれほど深く考えたりしなくても答えは容易に想像ができる。
それでも、と、俺はゆっくりと自分の中に浮かんだ言葉を紡いでいく。
「俺もリタみたいに自分でやってみたい、かな」
全くの初心者。スキルレベルも低く技術も無い俺ではプレイヤーよりも成功率が低いとされるNPCよりも失敗してしまうかもしれない。何よりもいつ上手にできるようになるかも分からない。けれど、それが自分の手で出来るのならやってみたいだと思った。
「うん。わかったわ。それならまずは剣銃の強化に必要な生産スキルの種類を確かめるのが先ね」
「確かめるって……もしかして一緒に考えてくれるのか?」
「当たり前じゃない。お姉さんに任せなさい」
今度もすんなりと快諾してくれるリタに俺は全幅の信頼を起き始めていた。言葉には出さなかったとはいえ実際は全て手探りの状態で始めなければならないことが不安で仕方なかったのだ。
何よりも必要なスキルの種類が異なるとなれば、既にベータテストの頃に剣なら剣、銃なら銃とそれぞれ決まった方法、決まったスキルが必要なのだと方法論が確立されているのかもしれない。
だとしても俺の持つ剣銃は少なくとも魔法系の武器では無い事だけは確かなのだが。
「ちょっとその剣銃を見せてくれる?」
「ああ」
手を伸ばしてくるリタに俺は素直に自分の剣銃を渡した。
「……やっぱり」
両手でしっかりと受け取った剣銃を穴が空くほどじっくりと観察するように見ること数秒、リタはあからさまに困った表情をした。
「どうしたんだ?」
「この剣銃を強化するには最低でも二つの生産スキルが必要みたいなの」
リタが目の前にある机に剣銃を置いて告げた。
「二つ?」
「簡単に言うとね、剣先の部分は普通に武器とか防具を作る≪鍛治≫スキルに対応してるけど、銃身に対応してるのはアクセサリを作ったりするのに使う≪細工≫スキルが必要みたいなの」
リタがたった今見せてくれたインゴット作成は≪鍛治≫スキルで出来ることの一端。このスキルはそのまま金属製の防具や剣や刀などの武器を鍛える為に使うスキルなのだということからも関係しているのだと容易に想像出来るのだが、アクセサリに使うという≪細工≫がどういった理由があって剣銃の強化に必要になのか解らない。
「えっとね、詳しく説明すると≪細工≫っていうのは本来アクセサリや防具とかの装飾品を製作するのに必要なスキルなの。まあ、もっと噛み砕いて言うなら細かい作業をするためのスキルっていうふうに考えてくれれば剣銃という武器種と全く関係無いってわけでもないと思えるでしょ。でも、まさか武器強化に必要なるなんてね」
「意外なのか?」
「まあね」
盲点だったと悔しそうに呟くリタを横目に俺は自分の習得可能スキル一覧の中から現時点で習得可能な生産系のスキルに注目して捜してみたが、残念なことにリタが言っていた≪鍛冶≫も≪細工≫もそこには記されていなかった。
それならばと習得不可能でも表示されている、所謂習得条件未達成の生産スキル一覧の中にないかと検索をかけたことでようやく文字が暗く表示されたままになっている二つのスキルを発見することができた。
「条件云々はさておいて、どっちから先に取った方がいいとかはあるか?」
「順番は別にどっちが先でもいいと思うけど、≪鍛冶≫スキルを取れる場所なら私知っているよ」
「ああ。そう言えばさっきクエストがどうのって言ってたっけ」
「そう。そのクエストが≪鍛冶≫スキルに関係しているの」
「だから≪鍛冶≫スキルを先に取った方がいいのか」
「まあ、そうかもね」
スキルの習得方法を一から調べて覚えるよりも、既にある程度の情報がある段階から挑んだ方が早いのは自明の理。俺がわざわざ遠回りをする趣味があるのでもなければこの選択は当然だともいえる。
「それでどうする? 私も手伝おうか?」
「いや、有り難いけどそこまで頼るのは気が引けるよ。だからスキルが取れる場所だけ教えてくれればいいんだけど」
「わかったわ」
一から十までリタの世話になるわけにはいかない。今はこうして俺と一緒にいるがリタにはリタの、自分の目的ががあるのだろうから。
「それならさ、≪鍛冶≫スキルが取れたら一度連絡してくれるかな? ユウくんに必要なもう一つの≪細工≫スキルは私も取るつもりだからさ、一緒にやってみようよ」
「一緒にか。うん。わかった。≪鍛冶≫スキルを覚えたら連絡するよ」
そう言ってリタと別れた俺は一人で町の中を進んだ。リタから教えられた≪鍛冶≫スキルの習得場所はリタの工房から遠く離れた町の反対側にあるNPCの鍛冶屋兼武器屋。聞いた話ではその鍛冶屋を営んでいるNPCの店主は既に鍛冶屋を半分引退したも同然で、半生を使い鍛冶師として培った技術を誰かに伝えたがっているらしい。
鍛冶師のNPCから技術を教わること。それがこの町における≪鍛冶≫スキルの習得条件であり、俺がこのゲームで行うことになる初めてのクエストだ。
「えっと、リタの話だとこの近くにあるはずなんだけど……お、あれかな」
町の外れに立ち、手元のマップを見ながら辺りをキョロキョロと見回しながら呟く。
程なくして見つけられた件のNPCの鍛冶師が居る鍛冶屋はリタの工房よりも遙かにボロボロの建物。窓ガラスは割れ、石の外壁には大きなひびが入っている。更には壁の下の方に小さな穴があるが、あれは家屋のデザインなどではなく鼠が空けたもののようだ。
何にしてもだ。その外見のありとあらゆる要因から、ここが廃墟だと言われれば信じてしまいそうになるのは否めない。
「って、そんなわけないか。すいません、誰かいますか?」
気を取り直し小さな覗き窓が付いているドアをノックして外から呼び掛ける。
すると鍛冶屋の中からしゃがれた声が返ってきた。
「何の用だ」
錆びた金属が擦れるキィっという音を立てて開かれたドアから顔を出したのは、無精髭が目立つ老人。一流の剣士を彷彿とさせる丸太のように太い腕。長年炉で炊かれる高温の炎の近くに居たせいか肌がこんがりと良く焼けており、短く切り揃えられている黒髪が殊の外この人を若く見せていた。
「貴方がここの鍛冶師ですか?」
「そうだが、なんか用か?」
「≪鍛冶≫スキルを教えて貰いたくてきたのですけど」
ハルもリタもキャラクターの外見が十代半ばから後半といった感じだったためか、鍛冶師のNPCの老人という外見は少しだけ新鮮に感じられた。
それにしても、と俺は鍛冶師NPCをまじまじと見つめた。NPCは当然のように誰が操っているキャラクターではない。予め組まれたプログラムに従い動く存在なのだと、現実に彼を動かしているプレイヤーはいないのだと頭では理解しているとはいえど、こうも自然に動く老人の全身から発せられる威圧感は紛れもなく本物で。
不意に本当は誰かが動かしているのではないかと疑ってしまったほどだ。
「あん? お前さんがかねぇ」
と、鍛冶師NPCが俺の全身を舐めまわすように観察してきた。
「あー、なんだ。その、本当にお前さんが鍛冶をするつもりなのか?」
「ダメ…ですか?」
俺の問いに鍛冶師NPCが丸太のように太い腕を組み考え込んだ。
「ふっ、まあ良いだろう。ついて来な」
何に納得したのか知らないが、鍛冶師のNPCは一度深く頷いて建物の奥へと入っていった。
慌てて鍛冶師NPCについて行き、建物の奥に入ったその瞬間にさっきと同じように金属の擦れる音を立てて扉が独りでに閉まる。奥へと進んだ室内は割れた窓の隙間から差し込む僅かな陽の光だけが部屋の中を照らしていた。
「ちょっと待ってろ」
鍛冶師NPCが点けた壁に取り付けられた燭台の明かりによって見通しが良くなった部屋の内装は見るからに物語に出てくる鍛冶屋の工房そのものといった様相を呈していた。この工房にはリタの工房にあったそれよりも遥かに巨大な炉があり、近くの壁には大小様々な金槌が等間隔で掛けられていた。
他にはNPCが作ったであろう刀剣が近くの木樽に乱暴に投げ込まれている。
「おい」
「なんですか?」
「持ってみろ」
短く告げた後、鍛冶師NPCは壁に掛けられている中で一番小さな金鎚を俺に目掛けて投げてきた。
「おっと! ……えっ!?」
咄嗟に受け取るとその重さに驚いた。俺が普段使っている剣銃よりも小さな見た目なのに重さはその何倍もあったからだ。
「ん……ぐぐぐ……」
決して落とすわけにはいかないと必死に持ち続けようとする俺を見て鍛冶師NPCは小さな溜め息をついていた。
「…ギリギリ、か」
感情が読み取れない声で告げられたその言葉は俺が一応認められたと受け取ってもいいのだろうか。金鎚を抱えたままじっと鍛冶師NPCの次の言葉を待っているとようやく、
「いいだろう。教えてやる」
と言ってきた。
プルプル震える俺から軽々金鎚を奪い取ると鍛冶師NPCはいとも容易く持ち歩き再び壁に掛け直していた。
「……凄っ…」
「こっちだ」
「え!? うわっ」
≪鍛冶≫スキル習得の目処が立ちホッとしたのも束の間、俺は鍛冶師NPCに荷物袋のように肩に担がれ鍛冶屋の外に投げ出された。
「……痛っ……くはないか。って、何するんだよ」
石が敷き詰められた固い路地で尻持ちをつかされた俺はあまりにも突然の出来事に自分の身に何が起きたのか理解できないでいる。
「これを集めてこい」
渡されたのは古く日焼けした一枚の羊皮紙。
記されている文字はこの世界独特なものなのだろう。一見しただけでは読むことができない。それでも書いてある内容が読めるのはそれに重なるようにコンソールと同類の画面が浮かんでいるからだ。
『鍛冶師への扉』――クエストを一件受注しました。
追加で出現したコンソールにシステムメッセージが表示される。
鍛冶師NPCに渡された羊皮紙に書かれている内容を見る限り、俺が集めるべき鉱石は三種類。先程見せて貰ったリタがインゴットに変えていた鉄鉱石の他に初めて目にする名前の鉱石が二つ。『瑠璃原石』と『琥珀の欠片』。この二つに『鉄鉱石』を合わせた計三つの鉱石をそれぞれ十個づつ集めてくること。それがこのクエストのクリア条件だ。
初めて受けるクエストということもあって、収集すべきこの数が多いのか少ないのかさえ判断できない俺は今なお戸惑うことしかできない。
地面に尻もちをついたまま固まっている俺に鍛冶師NPCが言ってきた。
「おっと、忘れモンだ。貸してやるからしっかり集めてくるんだな」
乱暴に投げ渡されたのは使い古されたピッケル。
間違い無い。
このクエストは鍛冶師NPCに言い渡されたものを集めてくる、俗に言うお使いクエストってやつだ。
17/5/7 改稿