ep.67 『在り方』
拍手がする方に目を凝らす。
徐々に弱まっていく光によってくっきりとしていく人影の姿形。それは自分たちがよく知る人物のもの。自分たちをこの事態に送り出したかの人『グリモア』であった。
見慣れたはずの表情を浮かべているにも関わらず、光の中に佇むグリモアは知らない人に思えてならない。
「どうしてここにいる? 何故ここに来たんだ?」
しかも何故このタイミングでとまでは口にしない。けれどグリモアはハルの言いたいことの全てを理解しているようにも見える。
「すいません。驚かせてしまいましたね。皆さん無事ですか?」
温和な柔らかい声色で語りかけてくるグリモアだというのに、一言言葉を発せられるごとに何故か緊張感が高まってくる。
言葉にも、態度にも出さずにいる俺とは違いハルは感じたままを声にする。グリモアに投げかけられたはずの言葉は軽く無視されてしまっていた。それどころかグリモアは敢えてハルという個人を無視しているようにすら見えるが。
「俺は何とも……」
「でしょうね。正直、予想以上でしたけれどハルさんならば納得出来る気もします」
「どういう意味だ?」
「『巨人』の存在を得た貴方ならば、という意味ですよ」
その場から動かず、こちらとの距離を詰めようとする様子のないグリモアは一人訳知り顔で告げた。
「君は何を知っているんだい?」
咄嗟に刀を持つ手に力を込めてムラマサが問い掛ける。
何かあれば即座に攻撃に移れる。そんな雰囲気を醸し出す彼女を見てグリモアは小さく「『鬼』か」と抑揚もなく呟いていた。
どんなに小さくとも戦闘が中断し生じた静寂の中。その声は確かに俺の耳に届いていた。
「そうですね。ここまで来ればお話してもいいのですが……」
すうっと目を細めグリモアはとある一点を見つめた。それは自分たちの後ろの方で、思わずといったように振り返った先では動かなくなっていた件の偽物たちが人ならざる動きで起き上がった。
「まずは邪魔者を排除しましょうか」
言い切るや否や自身の武器である魔導書が出現した。宙に浮かぶ魔導書のページが独りでに捲られてピタッと止まる。そのまま開かれたページの上に手を翳すと、無言のまま魔法アーツを発動させた。
放たれる魔法は雷。
天からではなく、グリモアの周囲から偽物たちにむかって飛ぶ稲妻がそれぞれを一瞬にして焼き尽くす。
それなりに自分たちが苦労した偽物たちをいとも容易く葬るグリモアに俺たちは揃って言葉を失ってしまっていた。
何かが焦げる嫌な臭いが鼻をつく。
思わず顔を顰めるも鼻を覆うことはせずにすぐさまグリモアへと視線を移す。
「あれ? 一体だけ残っている?」
心底不思議だというように首を傾げるグリモアの前にその残る一体が起き上がった。
この一体はそれまでの三体とは違い人の動作で立ち上がり、その足元の影が頭上へと伸び体を覆い尽くした。
「ああ、そういうことですか。まったく、仕事熱心なのは関心しますけどね。これは些か越権行為ではないのですか?」
影に覆われた偽物に辟易した様子でグリモアが語りかける。すると偽物だったそれが言葉を発した。
「それは認識の違いというものだよ。どちらかと言えば今は君の方が自らの領分を超えているのではないかな」
口らしい口もなく、開かれた口らしき場所から放たれた言葉は異様に籠もって聞こえる。何より瞳もなく、最初のキャラクタークリエイトの時に目にするマネキンのような外見をしながらも自然に動く偽物はもはや自分の知る偽物とは全くの別物に思えた。
「それこそ見解の相違ですよ。僕はずっとこの“世界”の為に動いているのですから」
「にしては些か世界を乱している気がするのだけれどね」
「少なくともあなた方がちょっかいを掛けてこなければ、物事はすんなりと進んだのですが」
互いに円滑に話をしているように見えてその実喉元にナイフを突きつけているかの如き緊張感が漂う会話だった。
俺はその意図が計りきれずことの成り行きを見守ることにした。
「というわけで、ここでご退場してくれると助かるのですけれど」
「生憎と今の君を放置することはできないのですがね」
「どうしてですか?」
「言わなくても理解しているでしょう」
流暢に話す偽物だった存在は肩を竦めてみせる。
「そうですね。では、強制的にご退場願いましょうか」
ワントーン声を低くしたグリモアがそう告げると偽物の足先から見たことのある結晶が出現した。
「な、何を――っ……」
一瞬にして偽物だった存在は結晶の中に封じ込められてしまう。その様子を見て俺はグリモアへの不信感を募らせた。
「おや? どうかしたましたか?」
まるで何もおかしなことは無いと言うように訊ねてくるグリモアに対しハルが無言のまま突っ込んで行く。
「はあ。いきなりですね」
「何っ!?」
溜め息を吐きつつグリモアはハルの突進を片手で受け止めた。
巨人となったハルの陰に隠れてしまい見逃しそうになったがグリモアの手には複雑な紋様が魔方陣のように広がっている。それがハルの攻撃を防ぐ盾の役割を果たしているようだ。
「驚いたな。俺の攻撃を簡単に防ぐなんて」
「そうですか? 僕からすれば何故攻撃してきたのか拝聴したい気分なんですけれど」
「さっきのアイツを閉じ込めた結晶。あれがどういった類のものなのかは知らないけどさ、俺たちが何と戦っていたのかくらい、グリモアも把握しているんだろ」
「なるほど。ですが、迂闊だった、とは言わないのですね」
「グリモアがそんなミスするはずはないさ」
「意外ですね。そんなに僕のことを買ってくれていたとは」
「仲間には甘くなってしまうんだ。良くも悪くもな」
防がれているのとは違うもう片方の手で巨人の体格に合うように変化した戦斧を振るう。
しかし、それもグリモアが出現させた魔方陣が空中で受け止め、
「来ないのですか?」
視線をハルから外し、俺やムラマサに声を掛けてきた。
「んー、まだ何も聞かせてもらっていないからね。話はそれからでも問題はないさ」
「なるほど。では、お話しましょうか。とはいえ、何から話せばいいやら」
明らかな体格差のあるハルと組み合ってその場に縫い付けたまま、グリモアが困ったというように微笑みながらいった。
「だったら、答えろ。お前は何がしたいんだ?」
「単純ですよ。“世界”のためです」
「意味が分からないっ!」
「では少し踏み込むとしましょうか」
そう前置きをしてグリモアは少しだけ両手に力を込めた。
途端にハルは後ろに押されてしまう。力の拮抗が破られたと察したハルは瞬時に後ろに下がり臨戦態勢を保ったままグリモアに刃を向けている。
「皆さんはこの世界が何処に存在しているか解りますか? 広大なネットの海の中? 運営が所有している専用サーバの中? 正解はその両方です。ただし、基本は専用サーバでネットはあくまでもバックアップになるのですけどね」
「それが何だってんだ」
「もし、サーバが何らかの理由で破壊された場合、この世界は消えてしまうと思いませんか?」
「んー、それこそバックアップされているんじゃないのかい」
「一度消失したデータを復元したとして、それが消えたデータと同一であると思いますか? 消えた世界を何から何まで完全に復元することが可能だと思いますか? 少なくとも消失してから復元するまでの時間は消えてしまう。そう思いませんか?」
「だからそれがどうしたってんだよ!」
声を荒らげるハルにグリモアは冷淡な視線を向けている。
「僕はその僅か一時でも世界が消えてしまうのが嫌なんです」
そう言ったグリモアはここに現われてから初めて感情を露わにした。
「ま、あくまで仮定の話なんですけれどね」
などと戯けてみせるも俺にはその目が冗談を言っているようには見えない。
「さて、次の質問はありますか?」
「俺たちだけがここに残った理由はあるのか?」
「偶然です。といってもユウさんは納得しないのでしょうね」
「ああ」
「そうですね。皆さんが残ったのは実力以外のなにものでも無いのですが、このことに関連しているちゃんとした事由は確かにあります。例えばハルさん。貴方の場合はまさしく『巨人』になれることです。ムラマサさんは『鬼』そしてユウさんは『竜』でしたよね。その変化能力こそが皆さんがこの場に居続けられた最大の理由です」
確信、あるいは自信があるのか、力強く話すグリモアに俺は何を言うべきか困ってしまっていた。
嘘を言っているようには見えず、かといってすぐに信じられるような理由というわけでもない。ただ、俺はそれに反証する言葉は持っていない。そのことこそ俺が無言になってしまった理由でもあった。
「分からないな。それとグリモアの行動にどんな繋がりがあるというのさ」
「僕には必要だったんですよ。皆さんのような人の枠を超えた力を持ったプレイヤーが」
そうしてグリモアは語り始める。
その目的と、手段の全てを。
うーん、話を進めているつもりなのに今ひとつ進んでいない気がする。
それから、おそらく今回と次回は少しファンタジー色が強まると思います。
まあ、異世界に行ったり、ゲームが現実に、みたいなことではなく作中の世界観に関するものになりそうってだけですけど。
その場合視点を主人公から別の人物に変えるかもしれません。しっくり来なければ主人公視点は続行されますが。
久々のあとがき。あとがきってこんな感じで良かったのかしら?