ep.65 『虚偽』
「ハル!」
咄嗟にガン・ブレイズを銃形態に変えて引き金を引く。
針の穴に糸を通すときのような繊細な射撃などではなく目標に命中さえすればいいという雑な射撃だ。それでも目的を果たすには十分。
大鎌を振りかぶったセッカの偽物は体に弾丸が命中したことで受けたダメージを考慮してか、追撃を諦めたように後退しながら俺の撃ち出した弾丸を迎撃している。
ダメージ与えられてたのは最初の数発だけで、今ではもう全弾打ち払われてしまっている。とはいえ反撃の隙を与えないことには成功しているみたいだ。
「おい、無事なのか?」
射撃を続けながらもハルに近付き声を掛ける。
自分のHPゲージの下にあるハルのHPゲージで確認した限り、ハルが受けたダメージは軽視できなくとも深刻に思うほどではないはず。けれどもハルはその場で蹲ったまま動こうとしなかった。
「聞こえているのか?」
ほんの一瞬視線をセッカの偽物から外してハルを見る。
するとハルの周りにいくつもの金属片が血飛沫の如く散っているのが目に入ってきた。
「ハル!」
再び名前を呼んでその肩を左手て掴む。
銃口はなおもセッカの偽物に向けられたままであったが引き金を引く指は止まったいた。
「…っ、あ……ああ。大丈――」
肩を掴まれたことで気付いたのか、ハルがこちらに顔を向けてきた。その途端にガシャンっと音を立てて兜が地面に転がった。
突然の物音に焦り、ハルを見ると幸いなことにその首は繋がっていた。どうやら単純に兜が破壊されただけのようだ。
「二人とも。無事かい?」
俺がほっと胸を撫で下ろしていると、周囲を警戒しながらムラマサが駆け寄って来た。
その手に持たれた刀の一振りからは水滴が滴っている。その向こうには壁のような氷が一面に張られており三人の偽物が近付いてくることを妨害している。しかし、その高さは十分と言えるまでではなく現実離れした身体能力を持つことが出来るこの世界ではある程度の助走を以て跳べば何とかなりそうな高さでしかなかった。
「なんとか?」
戦斧を地面に置いたままハルが自分の首を撫でるとハルは小さな声でそう呟いていた。兜が外された為に声は籠もっていない。なのにどういうわけかその一言はあまりにも聞き取り辛かった。
「ハル。しっかりするんだ。武器を持って、構えろ」
「お、おお。そうだな。大丈夫、俺は大丈夫だ」
発破を掛けるようなムラマサの声にハルはようやくいつもの顔を取り戻していた。
戦斧を拾い上げてハルがその切っ先をセッカの偽物に向けるのと同時に俺の竜化が強制的に解かれてしまう。牽制のつもりでセッカの偽物に射撃を続けていたのだが、遂にMPが一定の数値を下回ってしまったのだ。
「――くっ、二人とも」
「任せてくれたまえ。<鬼術・氷旋華>」
銃口を下げて二人と合流しようとする俺と入れ替わるようにムラマサが前に出てアーツ発動のために刀を振るう。
碧色の刀身が描く攻撃の軌跡を辿り氷の刃が放たれる。
「ハル? どうした? やっぱり何かあったのか?」
「やっぱりって何だよ?」
「や、それは分からないけどさ。どうみても今のお前の様子は普通じゃないだろ」
どことなく感じられるハルの違和感に俺は真っ直ぐ告げた。
ハルは視線を下げ目を伏せると軽く自分の胸を鎧の上から叩いてみせる。するとパラパラと大小様々な金属片が剥がれ落ちてきた。
「おい…それ……」
「見ての通りだ。とはいえ、防具であるこの鎧が破壊されただけ、みたいだけどな」
だけ、というにはあまりにも重要な問題だと思えた。
初心者が使うような防具ならまだしもハルが装備しているのは一級品を通り越して特級品だ。当然防御力もさることながら、破壊に対する耐性も高い。ちょっとやそっとの攻撃どころか大抵の攻撃では防具破壊にまで至ることはあり得ない。
それが不意打ちとはいえ単純な大鎌の一撃でこの惨状なのだとすれば、やはり軽視すべき事柄ではない気がする。
「もう大丈夫。これくらいならまだやれるさ」
自分に言い聞かすようにそう呟きハルは残る胸部の鎧も自ら破壊した。残っているのは両腕と両足の部位だけ。それ以外の鎧の部分はもう塵となって消えてしまっていた。
「……っ!」
三人を妨害していた氷が砕ける。
そして氷の欠片が宙を舞っている中を三人の偽物が同じ大鎌を持って飛び出してきた。
「行くぞ」
戦斧を構えてハルが三人に向かっていった。
鎧が破壊されたことで身軽になったのか、ハルの走る速度はさっきまでよりも速い。俺はそれを追いかけるように駆け出すと、直ぐにムラマサが隣に並んできた。
「あっちは……」
「暫くは保つはずだ。今は一人にならない方がよさそうだ」
「わかってる。ハル! 一人で突出し過ぎるんじゃないっ」
そう叫ぶもハルは応えない。
「聞こえていないのか」
「だとしても、オレたちでフォローすればいい。そうだろう」
その一言に頷くと俺とムラマサは左右に分かれハルの背中を追いかける。
程なくして前に出ていたハルと偽物の三人が激突した。
相手の武器はどれも同じ。攻撃の動作も射程も何もかも同じ。だというのに微妙にずらされた着弾のタイミングで斬撃がハルを襲う。
「させるか」
ハルの体の陰に隠れる正面のリントの偽物には無理でも両サイドから迫って来ているライラとフーカの偽物には届く。
時間経過によって回復した僅かなMPを消費して撃ち出された弾丸がかの二体の行く手を阻む。
「くっ、足止めにもならないか」
「問題無い。このまま行くぞ」
大鎌に撃ち落とされた弾丸が地面を穿つのを見て悔しげに呟いた俺にムラマサは走る速度を緩めずにいった。
完全に攻撃を阻むまでには至っていなくとも今回の銃撃はほんの僅かに相手の動きを阻害することはできた。それだけでハルの元に大鎌の刃が届かなかったのは勿論、ムラマサと俺が両サイドの二体に接近するに必要な時間は稼ぐことができたのだ。
同じ構えで繰り出される横薙ぎの一閃。大鎌を以てして繰り出されるそれは文字通り死神の鎌の如く。
それに対し俺とムラマサは回避よりもそれぞれの武器を使っての防御を選択した。
俺は剣形態に変えたガン・ブレイズの刀身の背に左手を添えて刃を寝かせる防御を。二振りを刀を交差させて防御するムラマサ。
がンッと大きな音と一瞬の衝撃波を伴って停止した二人分の戦闘の中心でハルは戦斧を力一杯振り回して正面に立つリントの偽物と対峙していた。
「ぐっ、見た目に反して戦い辛い……」
俺の前にいるフーカの偽物はその獲物が大鎌であることとその体躯も合わせて記憶のなかの彼女と目の前の現実の差異が俺に独特な違和感を抱かせる。
当然のように目の前の相手がフーカ本人では無いと理解しながらも視覚から入ってくる情報はまた別のこと。仲間と同じ外見は僅かにこちらの行動を躊躇させるし、大鎌という本来の彼女の武器とは違うそれは接近こそしてしまえばこちらに有利になるという安易な考えを簡単に覆してしまっていた。
大鎌という大振りにならざる得ない武器でも扱う人が慣れていれば戦いようがある。当たり前のことを失念していたと言われればそうだ。
しかし、そんなことを言ってはいられないほどこの戦闘は自分の意志とは違う場所で始まっている。そう思えたのだ。
漠然と思考を巡らせていた俺にフーカの偽物が大鎌の石突きを巧みに操り槍のように突き出してきた。
適宜ガン・ブレイズで打ち合いながらもどうにか反撃の隙を探していると大鎌の攻撃が刀身と石突きが入れ替わるほんの一瞬にそれがあることに気付けた。
そこからはこの一瞬の狙った攻防が始まる。
攻撃、防御、反撃、回避の全てに神経を研ぎ澄ませ、遂に見つけたその一瞬にガン・ブレイズを振り抜く。
「<アクセル・スラスト>」
狙えるのが一瞬だけということもあり速度特化の斬撃アーツを発動させる。
攻撃の切り替えの空白を狙って繰り出された一撃は正確にフーカの偽物の喉元を突いた。しかし切っ先が届くかと思われたその刹那、見えない壁に阻まれるように停止してしまう。
「ぐっ、この……」
無理矢理押し切ろうと体重を乗せてガン・ブレイズに力を込める。
ダメージを与えられずともこちらの攻撃が命中しているからだろう。フーカの偽物の攻撃の手も止まっている。ならばと再び両腕に力を込める。そして、
「<インパクト・スラスト>」
威力特化の斬撃アーツを発動させる。
刀身に宿るライトエフェクトの色が変わりぐんっとガン・ブレイズに加わる圧力が増した。
ミシミシと軋む音を上げるのは俺のガン・ブレイズか、フーカの偽物の見えない壁か。この答えが出た瞬間。それはこの一時の戦闘に何らかの変化が訪れる時。
意外なことにそれが訪れたのは俺の元ではなく、同じように拮抗しているムラマサの方。
パリンっと砕け散るライラの偽物を守る壁。僅かに景色を歪めながら舞い散る欠片に乱反射して映る辺りの景色。その中にあるハルの戦いはさらに意外なことにハルがリントの偽物を圧倒し始めている様子だった。
「おおおっ」
気合いを込めて足を踏み出す。
次の瞬間、自分を押し止めていた何かが掻き消えるように体が前に進み、ガン・ブレイズの刀身がセッカの偽物を捉えた。
「もう一度、<アクセル・スラスト>」
アーツによって加速する斬撃が自分の背中を押てくれる。
一歩。ほんの僅かに一歩だけ接近できた俺は表情を変えずもどことなく焦ったような雰囲気を醸し出すフーカの偽物に対して、優位に立ったと直感した。
そうなれば次の一手は決まっている。
「さらにっ、<インパクト・スラスト>」
より大きく、致命傷と成り得るダメージを与えるための攻撃だ。
四度色を変えた斬撃がフーカの偽物を斬り裂いた。