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迷宮突破 ♯.5

 次の日、イベントの開催初日を迎える俺たちは誰に呼び出されるでもなく町の中心部にあるとされている迷宮の前に集まって来ていた。


 既にパーティ単位で出来ている人だかりは少し離れた場所に立つだけで壮観な景色と化している。


 それこそ千差万別の装備を身に纏っているキャラクターたちのレベルはかなりのもの。そのなかで偶に見かける初心者装備丸出しのキャラクターが浮いてしまうほど。


 製品版が稼働開始して、さらに言えば最初のイベントの告知がされてまだ間もないというのに皆準備は万全のようだ。


 それにしても、昨日この町に送られた人の数と今ここに集まって来ている人の数が違うのはどういうことなのだろう。


 少なくなったというのならまだ分かる。予想されるイベントの内容に興味を失くした人や次のイベントに焦点をあてて今から準備に入る人。そして現実の予定が合わずに参加を断念した人が多少出てくるだろうことは予想出来ていた。


「一日ってのは準備期間じゃなくてイベントに参加するかどうかの意思確認の時間だったみたいだな」

「どういうことだ?」

「つまりこれからイベント期間中ならいつでも参加できるってことだ」


 ハルがポツリと溢した言葉に俺は人知れず納得していた。


 考えてみれば当然のこと。あの時あの場所にいなければ参加すら出来ないイベントなど運営として成り立つわけがない。イベントの期間である八日中ならいつでも新しい参加者が現れる可能性があるということだ。


「いよいよだね」


 四人の中心に立つリタが緊張した声を発した。


「ああ、そろそろだな」


 コンソールの時計はまさに十一時になろうとしている。アナログ時計のように針が動くわけではないが一秒一秒時を刻む時計は確実に開始時刻に近付いている。


『お待たせしました。迷宮攻略イベントの開始時刻になりました』


 空に浮かび上がる金色の球体がこれまでにない明るい口調で喋り出した。


『さあさあ、このイベントのルールを再確認するよ。開催期間は八日。プレイヤーのみんなが迷宮に挑める時間は一日五時間まで、その時間内なら迷宮に出入り自由だから何度でも挑戦してね』


 まるで子供をあやす保育士のような話し口調に戸惑っているのはここにいる誰もが同じようで横に並ぶプレイヤーと顔を見合わせている。


『そしてこれからが新情報。大事なことだからしっかり憶えてね』


 昨日の情報の確認。そう思っていたプレイヤー達の間にどよめきが起こった。


『このイベントではデスペナルティは設定されてません。その代わり、HPを全損したプレイヤーにはこの町から退去してもらいます。具体的に言うと強制的に元の町に転送されるようになっているから気を付けてね。あともう一つ。プレイヤーの皆さんにはあるパラメータが追加されてると思うのだけど確認できたかな?』


 また口調が変わった。


 一体何人の人がアナウンスについているのだろうと考えていると一層迷宮前が騒がしくなった。


 皆が皆、自分のコンソールを出現させて新たに加わったとされるパラメータがどれなのか探しているが、問題なのは別のことのように思える。元の町とこの町を行き来する事は俺たちプレイヤーには昨日から許されていない。つまり一度の死がそのままイベントのリタイアに繋がっているのだ。


 不意に遠くから誰かの大きな声が聞こえてきた。


『見つけたみたいだね。そう、それが今日から追加された項目である武器と防具の耐久度だよ』


 球体から聞こえてくる声を確かめるように装備の詳細画面を表示させる。するとそこには今まで存在しなかったゲージが装備の一つ一つに追加されていた。


『これまでは最初に選んだ武器は壊れないとされてきたけど、これからは違うよ。同じ装備を使い続けるとそのゲージは減少してくからそのつもりで。あ、そうそう。回復させるのは簡単だよ。修理すればいいんだ。強化してもいいけど、修理の方が素材が少なくていいから簡単だと思うよ』


 戸惑いを見せるのは純粋な戦闘職だけで構成されたパーティの人達。


 昨日言われたことを考えると今日はもう新たなスキルを習得出来ないはずだ。そもそも武器や防具の強化や修理に使う≪鍛冶≫などの生産職向きのスキルはある種のクエストのようなものをクリアしなければならない。つまりNPCがいないこの町ではイベントが終わるまで習得はおろか修理が出来ないということに他ならない。


 イベントの開催期間中だけその限りでは無かったとしても、やはりやり慣れていない修理はまともに成功するとは思えない。


「なるほどな。この仕様変更を見通しての施設だったってわけか」

「どういうこと?」


 納得したように呟くハルにマオが尋ねていた。


「わざわざ装備生産の設備を全ての建物に設置していたのが疑問だったんだ。だってそうだろ。生産が出来るプレイヤーは戦闘が出来るプレイヤーより確実に少ないんだから」


 ハルのように戦闘をメインで行うプレイヤーには無用の長物。同じパーティにリタやマオのような生産に力を入れているプレイヤーや俺のようにどちらも出来るようにしているプレイヤーがいない限り意味のない設備だったというわけだ。


「もしかするとこのイベントかなりエグいことになるかもな」


 考え込むハルが呟いた言葉に俺たち三人は意味が分からないといわんばかりに顔を見合わせた。


「最大で八日。戦闘の頻度にもよるだろうがその間ずっと武器と防具の修理が出来ないということになりかねないんだ。クリア自体難しいかも知れないぞ」


 はっきりと言われてようやく俺たちは事の重大さに気付いた。


 自分たちが生産スキルを持っているが故に忘れていたが、常に万全の状態で戦闘が出来ないというのはかなり自分たちに不利なことのように思える。純粋な戦闘職と純粋な生産職の戦力差を埋めるための措置なのだとしたらあまりにも戦闘職プレイヤーのとって過酷な状況だというしかない。


「しかも修理に使える素材も迷宮のなかにしか無いのでしょう。それじゃ、生産職プレイヤーが他のプレイヤーを助けることすら難しいかも……」


 重々しい口調でリタが告げる。


 生産職は自分たちの分の素材アイテムを集めるだけで精一杯になるかもしれない。迷宮の攻略に乗り出そうとするのなら予備の素材は常備していたいところだ。他人に分け与える余裕などないかもしれない。


「ハル。ライラ達は大丈夫なのか?」


 思い起こされるのは以前同じパーティを組んでいた仲間のこと。


 このイベントでは別のパーティを組むことになったとしても協力出来ることはしてやりたいと思ってしまう。


「どうだろう? 後で連絡とってみるか」

「そうだな。その方が良いと思う」


 今連絡したとして俺たちに出来ることはない。それよりも今は自分たちのことに集中すべきだ。


『では、そろそろ始めようか。いくよ? 迷宮攻略スタート!』


 そう告げられた瞬間に弾けた金色の球体から紙吹雪のような光の塊が降り注いできた。


 イベント開始のくす玉をイメージしての演出なのだろうが、誰一人としてその演出に気を向ける人はいない。目の前に突然出現した迷宮の入り口と新たな事実に戸惑い、足が竦んでしまっているようだ。


 誰が先に行くかと牽制しあっている他のプレイヤーを嘲笑うように、あるひと組のパーティが迷宮の扉を開けた。ざわめき始めたプレイヤー達の注目の的になっているそのパーティは涼しい顔をして迷宮の中へと進んでいく。遠くから見ただけでも真っ先に進んでいったパーティの纏う装備は俺が知るどのプレイヤーよりも強化されているように見えた。


 たったひと組のパーティに感化されたのか、他のプレイヤーも負けじと迷宮のなかに入っていく。


「俺たちも行こう」


 他のプレイヤーより遅れることを心配したのかハルが先を促してくる。


 自分たちだけ出遅れたくはないという気持ちを俺は理解できるのだが残りの二人は不思議と平然として迷宮に入っていく他のパーティを見つめていた。


「行かないのか?」


 動こうとしないリタに尋ねてみる。


「その前に、持っているアイテムを確認してみて」


 四人はそれぞれコンソールを出現させて所持アイテムの数と種類を確認する。


 俺が持つアイテムは回復用のポーションがHPとMPが十個づつ。他の四人も数に違いはあれど持っているアイテムの種類にはそれほど差がなかった。


「迷宮の中がどうなっているかは分からないから今日は安全第一で。ポーション製作の為の薬草と装備修理のための素材集めを中心にするよ」


 これがパーティリーダーとしてのリタの判断だ。


「わかった。それで行こう」


 過去に同じようにパーティリーダーを務めていたハルにはリタの意図は伝わったようで、それに倣う形で俺とマオもリタの指示に従うことにした。


 集まって来ていたプレイヤーの半分以上が迷宮の中に挑んでいった。それに混じるようにして俺たちも迷宮の中へと進んでいく。無数にある入り口から一つを選んで一歩迷宮の中に足を踏み入れるとそこには俺の想像していた景色とは違う景色が広がっていた。暗くジメジメとした洞窟に燃え続けている松明、それに道に転がっている正体不明のオブジェクトといういかにも迷宮の内部というイメージからかけ離れたものだった。人の手によって補整されたとしか思えない道に松明や陽の光がなくても明るい内部。その一つ一つがミスマッチに思えて足場がしっかりしている安心感よりも誰がここを整備したのかという不安感が上まってしまっている。


「他の人は先に行ったのかな」


 マオが真っ直ぐ進行方向を見つめて呟く。


 同じ入り口から入ったパーティはいなかったが皆が目指す迷宮はこの一つだけ。中に入ってしまえば他のプレイヤーと顔を会わせることもあるだろうと思っていたのだが、入り口付近で立ち止まっている俺たちの先を行く人も後から追ってくる人も見かけることはなかった。


「とりあえず先に進んでみようよ」


 入り口近くには危険もないが得られるものもない。


 無駄に時間が流れていくだけなのは誰も望んではいないことを享受し続ける必要は皆無だ。


 リタの一言で先に進むことになった俺たちは慎重に迷宮の中を歩いている。四人が固まって移動する関係で自然と隊列を組んでいるようになった。一番前をリタとハルの二人が入れ替わりながら進み、それを後ろから眺める形で俺とマオが進んでいく。


 持っている武器の特性を考えて隊列を組むのが定石となるのだが、四人が皆、近距離武器を選んだこともあって誰が前に出ようとあまり変わらないという稀有な状況になってしまっていた。唯一遠距離攻撃ができる俺は列の中心に居続けることを注意するだけで済むのは楽なのだが、それ以上に出現したモンスター次第ではまともに戦うことが出来ないという事態になってしまうかもしれないという不安も残されている。


「迷宮というだけあって迷いそうだな」

「そうか?」

「目印になりそうなものも無いし、どこまで行っても同じ景色の繰り返しなんだぞ。これで迷うなっていう方が無茶だろ」


 変わり映えのしない景色に辟易する俺が呟いた言葉にハルが問い返してきた。


 いつの間にか俺の隣まで来て手元に出現させたコンソールを可視化モードに切り替えて見せてきた。


「マップを見てみろよ」


 ハルが見せてくるマップは大半が暗く何も書かれていないが、僅か一本の道だけが明るくマップに刻まれている。この明るく表示されてる道がこれまで俺たちが進んで来た道を示しているのだと気付くのにそれほど時間はかからなかった。


「どうだ。これで迷うことはないだろ」


 自分が進んだ道が自動的に刻まれていくマップを見れば少なくとも帰り道に迷うことはないはず。それでも進むべき道は自分で選ぶべきだ。


 自慢げに話すハルの顔を憎らしげに睨みながら歩く俺の前に突然モンスターの群れが現れた。咄嗟に臨戦態勢をとった俺たちに襲いかかってくるモンスターの正体は蝙蝠型のモンスターで今回の迷宮専用に用意された雑魚モンスターの一種だった。


 蝙蝠モンスターが近付いてくるタイミングで討ち落としていくハルは慣れた様子で戦っているのに対してリタとマオは飛行するモンスターに上手く攻撃を当てることが出来ずにいるようだ。これが生産職と戦闘職の違いというものなのだろうか。


「リタとマオは無理をするな」


 戦闘に入った途端、ハルがそれまでは見せなかったリーダーシップを発揮し始めた。


 一体たりとも二人に近付けるつもりはないといわんばかりに俺は剣銃の銃形態で迫りくる蝙蝠モンスターを射抜いていく。


 前から来るモンスターをハルが、後ろから近付いてくるモンスターを俺が倒していくことで迷宮に入って最初の戦闘は難なく終わりを迎えた。




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