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ep.57 『ユウの視点から』


 目を覚ました時、そこに繰り広げられていたのはまさに戦場といった光景だった。

 戦っているのは自分の仲間。そしてその中央に位置するのは獅子の頭を持つ重騎士。手には突撃槍と大盾。全身を漆黒に染めたその存在は強靱な肉体と武器を振るい仲間を襲っている。


 この状況を目撃する前。覚えているのはマグナ・ブルを倒した直後のこと。不意に開いた大穴に吸い込まれたこと。その次は地面に寝かされていた。

 目を開けられず、体も動かすこともできない。ただ、ぼんやりとした感覚で寝かされていると知覚しているだけ。

 薄い膜に包まれているかの如く聞こえてくる周囲の音の中には仲間たちが戦う音があった。


 もどかしい。

 出来ることなら自分もその中に行きたかった。

 隣に並び、共に剣を取り、目の前の障害を乗り越えたかった。

 けれど、それは叶わない。

 指一本動かせず、出来ることはただ待つことだけ。

 自分の意識がはっきりしていることも伝えられないまま、ただ、事の成り行きを見守っていた。


 どのくらいの時間が経ったのだろう。

 耳を澄まし音だけを頼りに周囲の状況を想像するだけでは長い時間が流れたかのように感じられた。しかし、実際はそのようなことにはなっていないのだろう。短くて数分。長くとも十数分しか経過していないはず。

 それでも戦況が変わったことは伝わってくる。

 最初に感じたのは冷たさ。次に熱気。断続的に何かと何かがぶつかり合う音がしたかと思えば訪れたのは静寂。


 それが一つのきっかけだったと思う。

 聞こえていた戦闘音の質が変わったのだ。

 一つ一つが重く鋭くなり、あからさまにプレイヤー側の攻撃の頻度とでもいうべきものが増していった。


 この間、俺はなんとも言えない感覚に苛まれていた。

 まず一つ。体の中を何者かが蠢いているかのような感覚。もし、これがゲームではなかったら。もし、仮想世界ではなかったら。多分、とてつもない痛みと形容のしようが無い不快感に襲われていたことだろう。なにしろ虫が全身を這いずり回っているのではなく、体の中を動き回っていると言ったほうが正しいとすら思えてしまうのだから。実際は痛みも痒みもなく下手なマッサージを受けているかの如く、微妙な圧迫感を体の至る所に感じるだけだったが。

 その圧迫感がランダムに体を襲ってくるも、俺は声を上げることは出来なかった。体の自由が戻っていないのだから当然と言えばそうだが、この時ばかりは苦悶の声を出さずにすんだと思ったものだ。


 声も出さずに耐えていると、件の圧迫感はその頻度と強さを増していった。

 軽く片手で押されていた程度だったものが強く両手で押されているかのようになり、さらにはそれが足で踏まれているかのように。果ては全身に体重を掛けて硬い棒で押されているかのような強い圧迫感が絶え間なく襲ってくるようになったのだ。


 そこでもう一つ。別の感覚が全身を包んだ。(ぬる)いお湯に浸かっているかの如く、全身の緊張を(ほぐ)す温かさだった。

 幸いにも俺はこの温かさかと感覚に覚えがある。回復系のアーツを受けた時の感覚だ。ポーション等のアイテムでは感じることのないそれをこの状況で感じたとなればそれを施したのは一人しかいない。てっきき戦闘に参加しているとばかり思っていたセッカが俺の傍に着いていてくれているのだろう。


 圧迫感が増していき一定の強さになった時にセッカが回復アーツを使う。この一連の流れが何度も何度も繰り返された後、不意に体のなかにあった嫌な感じが消えた。


 再び静寂が戻ってきたというのに、どういうわけか安心できるという確信は持てなかった。それどころかもっと嫌な感覚がずっと背中にピタッとくっついたまま離れないとすら感じてしまうのだ。

 もう何度目になるだろうか。全身に力を込めて体を起こそうとした。しかし、それは未だ叶わず、それでも指先は微かに動いた、ような気がした。

 その直後。先程までとは別の温みが地面を這って広がったのを背中越しに感じた。


 おそらく戦闘が再開されたのだろう。三度騒がしくなってきた。

 それと同時に背中に別の硬いものが当たった気がする。床じゃ無い別の何か。それは壁。多分セッカが回復したと判断してより攻撃の届かない壁際に連れていってくれたようだ。

 聞き馴染んだ戦闘の音が聞こえてくる。戦っているのが仲間たちなのは明白、相手もおそらくは変わっていないのだろう。

 だとすればさほど心配する必要はないのかもしれない。

 指先から徐々に戻ってくる感覚に手応えを感じながら深く息を吸い込む――つもりで心の内から気持ちを整えた。


 手の指先に体温が戻り、次に戻ったのは足の指。血が全身に巡るようにゆっくりと感覚が戻ってきた。それでも筋力が衰えてしまっているみたいに体を動かすことは叶わなかったが、どうにか瞼を上げることはできた。


 霞みぼやける視界がゆっくりとカメラのピントが合っていくように精彩を取り戻していく。

 そこで俺の目に入ってきたのは頭部のない巨人と仲間たちが戦っている様子。

 ムラマサは鬼と化しているし、ハルは爆炎を撒き散らしながら戦斧を振り回してる。リントはその穂先を回転させながら繰り返し槍を突き出しているし、ライラは無数の氷の矢を雨のように降らせている。フーカが光を纏いながら超高速で攻撃を繰り出し、セッカがメイスを使い打ち砕いていた。


 一騎当千の活躍をみせるみんながついに首の無い巨人を追い詰めた。

 次の光景は凄まじく綺麗であり、同時にあまりにも強烈だった。

 全員がこのタイミングに繰り出せる最大級のアーツを放ち首の無い巨人にダメージを与えていく。


 だが、それじゃ足りない。

 不思議とそう思ってしまった。


 旋風を伴って氷の華が咲き乱れる。

 首の無い巨人を花瓶にして出現した氷の華が弾けるのと時を同じくして首の無い巨人もまた弾け消えた。

 微かに残り漂っていた首の無い巨人から漂っていた黒色の靄も風に流されてゆっくりと薄くなり消えていく。


 ムラマサの鬼化が解かれた。

 ハルも戦斧の刃を下げ、

 リントは槍を折り畳み背中の定位置に戻す。

 ライラは杖を持ちながらも戦闘が終わったとほっと胸をなで下ろしている。

 フーカは鞘に直剣を収め、

 セッカがメイスを所定の位置に戻しながら仲間の元に駆け寄った。


 まさにいつもの戦闘が終わったときの風景。

 けれど、まだ、足りない。


 軋む体を強引に動かす。

 ぎこちない動きながらガン・ブレイズを掴み、右手を支えるように左手で掴む。

 壁にもたれ掛かったままの背中に体重を預けぶれる照準で対象を捉える。

 精一杯、全力を掛けて引き金を引く。

 狙いは黒い靄が収縮してできた獅子の頭。牙を剥き襲いかかってくるそれに向かって弾丸は撃ち出された。

 射撃の反動に表情を歪ませながらも、銃口から放たれた弾丸は違わず真っ直ぐ飛んでいった。


 突然の銃声と閃光に驚きハルが振り返る。

 そして素早く目線をこちらに戻し、悲喜交々な表情を浮かべていた。

 だから俺は言ってやるのだ。


「ったく、気を抜きすぎじゃないか?」と。



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