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ep.54 『吹雪く鬼』


「全員散開! セッカはそのままユウのHPゲージを見てその都度回復を頼む」

「……ん、任せて」


 突撃槍(ランス)を左手一本で軽々と持つレグルズが完全に身を起こす。

 その体に吸い込まれるように消えた地面の星々はいまやレグルズの体を構成する一部でしかない。それに何も持たれていなかったはずの右手には漆黒の大盾が出現していた。

 プレイヤーにもNPCにも獣人族という種族が存在する以上、獅子の頭の重戦士というもの自体は存在している。しかし一介のプレイヤーではありえないと思わせる何かがレグルズにはあった。


 ユウの救出に成功したのはそれがレグルズにとってあまり重要なことではなかったからかもしれない。それどころか突撃槍を振るう際に邪魔になっていたかもしれない要因が取り除かれたことでレグルズは本来の攻撃行動をとることが出来るようになっていた。


 最初の一撃はおよそ攻撃とは思えないような代物だった。

 大盾を壁に見立てて体の前で構える。その後の行動として尤も予想できる攻撃は大盾に隠れ突撃槍による刺突攻撃を繰り出すもの。しかし、現実はその大盾を構えたままの突進。

 まさに巨大な壁が迫ってくる。

 少なくとも正面に立っているムラマサには脅威以外の何者でもなかった。


「せいやっ」


 フーカが突進を繰り出すレグルズをサイドから斬り付けた。

 その反対側からはリントが槍を突き立てるべく飛び掛かっていた。


「あれ? 案外簡単に突き刺さったッスよ!?」


 硬い鎧を纏ったかのような外見に槍が弾かれることも考慮していたのだろう。意外だという顔でリントはレグルズの肩に突き刺さった槍を掴んだままその背に両足を付けている。


「リント! ちょっと退いてくれ!」

「はいッス」

「よっし、<爆斧(ばくふ)>!」


 レグルズの背を蹴り、槍を引っこ抜いてそのまま飛んだリントと入れ替わるようにハルが戦斧を振り下ろす。戦斧の刃がその背に当たった直後、爆炎がレグルズの上半身を飲み込んだ。


「これでどうだ!」

「ほら、油断しないで。<アイス・アロー>」


 炎が消え黒煙が立ちこめる様を見て自信があり気に呟いていた。その僅か一瞬の気の緩みを察してかライラが一言諫めるとそのまま複数の氷の矢を放つ魔法アーツを放った。

 黒煙の中に降り注ぐ氷の矢。

 瞬く間に黒煙が消えていく。その代わりレグルズの背に氷の膜が広がっていった。


「それでも動きは止まらないのか!?」


 仲間達による連続攻撃を受けてもなおレグルズはその突進の勢いを緩めることはなかった。

 驚愕し戦慄を覚えながらもムラマサは腰の刀を引き抜いた。


「だったら。<鬼術(きじゅつ)氷壁(ひょうへき)>」


 刀の切っ先を地面に当てて、そのまま一筋の線を描く。その線に沿って発生した氷は瞬く間に広がり、レグルズが構える大盾とぶつかり合った。

 激しい轟音を伴って砕け散った氷壁とそれを突き破って現われたレグルズ。

 一瞬振り返り自分の背後にいる二人を見てムラマサはもう一方の刀も引き抜とすぐにそれを振り抜いた。ただし、レグルズに目掛けてではなく、背後にいるセッカとユウに向けて。


「<鬼術(きじゅつ)風陣(ふうじん)>」


 風で斬るのではなく、風で相手を押し退けるためのアーツを使い二人をレグルズの突進の射線上から強引に退かした。

 キラキラと輝く氷の粒のなかを突っ込んでくる黒い塊が眼前に迫る。ムラマサは襲い来る衝撃に備え全身に力を込めた。


「くっ、ああっ」


 ムラマサがレグルズの大盾に吹き飛ばされ地面を転がる。

 それでもレグルズは突進を止めようとはせずにそのまま壁と大盾でムラマサを挟み潰す勢いで駆け抜けていく。


「拙い! リント行くぞ」

「はいッス!!」


 レグルズを止めるには力が必要となる。しかし力が強い二人はスピードが若干遅い。ランクもレベルも高い二人だとしても速度を重視して高めているプレイヤーと比べればその差は歴然だった。


「まかせてっ。<ライトニング>」


 本来高速攻撃用のアーツであるはずのそれをフーカは自分の移動手段として用いることが多い。自ら流星となって駆け抜けた彼女はそのまま、


「掴んでっ!」

「――っ!」


 転がって勢いを殺しているムラマサは差し伸べられた手を掴んだ。そのまま急な方向転換による強い加速を受けつつも急速にその場から離れていく。

 フーカに連れられてムラマサがその場から去った跡をレグルズは大盾で押し潰した。

 大聖堂が鳴らす鐘のような音が鳴り響き、壁面に巨大なクレーターが刻まれる。


「助かったよ」

「どういたしましてっ」


 立ち上がり走り出した二人を獅子の瞳が追いかける。隙間なく壁に付いていた大盾を引き抜き、代わりに突撃槍の矛先を向けた。


「タイミングを合わせるッスよ! <螺旋槍(スパイラル)>!」

「ああ。<爆斧>」


 二種類の攻撃がレグルズの背中に命中した。この攻撃を受けて僅かに身を捩らせるレグルズは突撃槍による攻撃を中断して大盾で後ろにいるリントとハルを払い飛ばした。

 壁から離れ、ムラマサ達に睨みをきかせるレグルズは低く唸る。


『ゴオオオオオッッ』


 咆吼を上げた後、その手にある大盾を前に、突撃槍を低く構え駆け出した。

 狙いは一定のタメが必要となる強力な魔法アーツを発動させようとしているライラ。動けないライラは真っ直ぐその突進をみつめ返す。


「フーカ。オレの時のようにライラを助けられるかい?」

「だめっ。そうするとアーツを止めちゃうっ」

「くっ。だったら!」


 二振りの刀を携えてムラマサはレグルズを追いかける。

 何処を狙えば動きを止められるか。ムラマサは走りながら一心にそのことを考え続けた。

 振り払った大盾に飛ばされていたハルとリントが受けたダメージなど気にも留めずに起き上がり、そのまま走り出していた。ライラの一撃が有用なものであるかは不明でも、その一撃が強力なものであることは理解している。だからこそ、レグルズの突進を止める必要がある。二人はそう微塵も疑わなかったのだ。


「<鬼術・氷閃(ひょうせん)>、<鬼術・風華(ふうか)>」


 氷と風の飛ぶ斬撃がレグルズの足を傷つける。しかしそれだけでは止まらない。


「あたしもっ<ライトニング・スラッシュ>っ」


 流星の如き剣閃がもう片方のレグルズの足を切り付けた。

 両足にダメージを受けたことでレグルズは急激にその速度を落とした。


「ナイスッス!」

「<轟爆斧(ごうばくふ)>」


 足を止めたレグルズに対してハルが咄嗟に正面に立ち威力を高めたアーツを放つ。広範囲に及ぶ爆炎がレグルズを前面から押し返した。


「行くわよ! <アイス・シューティング>」


 物理的な氷ではなく極寒の光線が放たれた。大盾ごとその光線に飲み込まれるレグルズは瞬く間に全身を凍り付かせた。

 一気に温度を下げた空間が静寂に包まれる。

 しかし、その静寂もほんの僅かな間だけ。次の瞬間には氷に覆われたレグルズの全身に無数の亀裂が生じていた。


「これでもダメなのね」


 僅かな落胆をちらつかせながらもライラは冷静にどうして駄目なのかを考えている。


「氷が効かないのかもしれないのだけど…」

「いや、ムラマサが使った氷の斬撃もライラの氷の光線も無効化されているようには見えなかった」


 真剣な面持ちでそうハルが言うとムラマサは「同感だ」と答え、


「純粋に属性に対する抵抗力が高いのかもしれない。それにハルが使った爆発も効果はバツグンだとは言えない」

「それなら俺が使ったアーツはどうッスか? 属性のない強攻撃なんッスけど」

「んー、それも似たような感じだったね」

「そう言えば、ムラマサさんが使った風も同じように見えたわね」

「つまりっ、どーいうこと?」

「単純に耐久力が高いってことさ」


 ハルが下した結論にムラマサ達は異論は無いと納得していた。

 それは裏を返せば全ての攻撃が一定の効果があるということ。特定の属性や攻撃だけを無効化してしまう類の相手よりも戦いやすいだろうというのが共通の認識となった。


「さて、ここからは純粋に攻撃力で上回る必要があるってことだけれど」

「だとすると、やっぱりユウ君が復帰してこないのが痛いわね」

「それを妨げている原因もアイツッス。倒せばユウさんが戻ってくると思えば頑張れるッスよ」

「ふふっ、頼もしいわね」


 やる気に満ちたリントにライラが穏やか笑みを向ける。


「そろそろ拘束が解けそうだよっ」


 レグルズを覆う氷に入った亀裂が大きくなっていく。おそらく指先でも自由になればそこから全身が解放されてしまうのだろう。


「分かった。今度は各自威力を高めた攻撃を中心に戦ってくれ」

「おう!」

「はいッス」


 指示を受けてハルとリントが再びレグルズの左側へと向かっていった。

 フーカは右側に向かい、ライラは再び高威力の魔法アーツを使うためにMP回復用のポーションを使用していた。

 ムラマサは意を決したように目を瞑り、自然体のまま両の刀を構えている。

 レグルズを拘束している氷が砕け散る。


『ガッ、ゴォォォォオオオオ』


 獅子の咆吼が宙を舞う氷の塊を砕く。

 極細の氷の粒が宙に舞い、ダイヤモンドダストが煌めている。

 空気が咆吼で震える最中、ムラマサはカッと目を開いた。


「<鬼化術(きかじゅつ)吹雪鬼(ふぶき)>!」


 右の刀からは冷気が体へと昇り、左の刀からは旋風が昇る。

 二つの風が混ざり合い、ムラマサの体を覆っていく。

 風が止み、その中から現われたムラマサの額には二色の角。青く透明に輝く二本角、さらにその間に生まれた緑色に輝く一本角。計三本もの角がムラマサの力の象徴として出現した。



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