ep.53 『星の戦士』
「ユウっ!?」
自身と対峙していた二体のデミ・ブルが同じタイミングで爆散したのを見届ける間もなくムラマサは駆け出していた。
焦燥と困惑が入り混じった視線が向けられる先。そこは先程までユウがマグナ・ブルと戦っていた場所。
「ムラマサ待つんだ。無謀が過ぎるぞ」
咄嗟の加速で追いついたハルがムラマサの腕を掴み制止する。
「だけどっ」
「あいつなら大丈夫だ。ムラマサもそう思ったからマグナ・ブルを任せたんじゃないのか」
「それとこれとは違うだろう!」
ムラマサがデミ・ブルを二体引き受けてまでマグナ・ブルの相手をユウに任せたのはそれが相応しいと判断したからだ。ユウが竜化してからはその直感は正しかったのだとより確信めいたものを感じていた。さらに言うのなら相応しいのではなく、一対一で相対することが元より決まっていたかのように当然であるようにすら思ってしまっていたのだ。
だが、その判断がもたらした結果はどうだ。
厳しい視線で指差した先にユウはいない。それどころかマグナ・ブルもいない。残されているのは大口を開けた虚空だけ。
自分を責めるように唇を噛むムラマサにハルは真剣な眼差しで告げる。
「分かってるさ。それでも落ち着けと言っているんだ」
ハルがムラマサの肩を掴み強引に振り返らせる。するとムラマサはハッとした顔をした。自分を心配する仲間達の顔を見てムラマサは幾ばくか平常心を取り戻すことができた。
「すまない。冷静さを欠いていたようだ」
「まあ、気持ちは分からなくもないけどさ」
兜にあるバイザーを上にずらし困ったように眉尻を下げた。一応の戦いが終わったのにもかかわらず戦斧を背中に収めていないのはハルも直感で感じ取っているからだろう。この続きがあると。
「そうは言ってもここでじっとしているわけにはいかないでしょう」
「……ん、当然」
「早くユウさんを助けに行くッスよ!」
「もっちろんっ」
決意を固く集まってきたライラとセッカとリントは真っ直ぐ虚空を見つめ、その後ろにいるフーカは自身の直剣を御旗のように天高く掲げて跳ねていた。
「それよりもさ。どっちに行けば良いと思う?」
「へ?」
突然のハルの問い掛けにフーカが素っ頓狂な声を出した。
ユウが落ちたのとちょうど反対側に位置する場所に空間が渦巻いているのが覗くドアの無い扉が出現していた。
「扉……?」
「んー、多分だけどここから先に進むためのものなのだろうね。それに対してユウが落とされたのは別の場所のはず。二手に別れるという手もあるんだけど」
「……ん、それは、ダメ」
「そうね。先を急いでいるのは確かとはいえ、ユウ君を見捨てるわけにはいかないわ」
「他の皆も同意見かい?」
フーカ、ハル、リントの三人は揃って首を縦に振った。
「わかった。けどその前に、体力を回復しておこうか。この向こうで何が起きても良いようにね」
当然時間による自動回復には頼れないのだとすればアイテムを使って即座に回復するしかない。全員が所持しているポーションをストレージから取り出したその時、全員の表情に緊張が走った。
それまで一切変化していなかった視界の左端に映るHPゲージの一つ、パーティを組んでいる間だけ見ることの出来る自分以外のHPゲージがガクンっと減少したのだ。
息を呑み互いの顔を見合わせる。
静寂に包まれたこの場にいる誰かが見て分かるほど極端にHPを減らすことはあり得ない。だとすればその一人が誰なのかなどという問いは愚問以外の何ものでも無い。
「行くぞ!」
真っ先に飛び出していったのはハルだった。
さっとバイザーを下ろし戦斧を持ち構えたまま虚空のなかへと飛び込んでいく。
ハルと殆ど変わらないタイミングで虚空に飛び込んだのはセッカ。一瞬戸惑った素振りを見せたリントもその後に「せーのっ」と息を合わせて飛び込んだライラとフーカも虚空へと消えていった後をムラマサも追いかける。
虚空の内部を落ちている間ずっと転移のときに似た揺れのようなものを感じていた。重力に従い真下に向かっているはずなのに、感じるのは足元が覚束ない、ふわふわとした不思議な感覚。ほんの十数秒でしかないはずのそれが何倍にも思えるそれが終わった瞬間、出口から差し込んでいた一筋の光が一気に広がった。
「――これはっ」
思わず漏れた声が虚しく消えていく。
落ちていたのは間違いないが眼前に広がる光景は想像の遙か上。煌めく星々が散りばめられた漆黒の空が凹凸の無い平面的で広大な大地を形作っていたのだ。
「皆は何処に?」
目を奪われる光景よりも先に飛び込んだ仲間の姿を探した。
果てが見えない漆黒のなか、星とは違うキラリと光る何かがある。目を凝らしてみるとそれこそがムラマサの探していた仲間たちだった。仲間を見つけることが出来れば次なる問題はどう着地するかということ。かなりの高度と速度を伴う落下は普通ならば即死コース。それは仮想であってもHP全損という死を招く事態であることは間違い無い。
発動させたアーツの反動でどうにか落下の勢いを相殺できないかと腰の刀に手を伸ばしたその刹那、ムラマサの下で断続的な爆発が起こった。もくもくと立ちこめる黒煙に混じって熱風がムラマサを包み込んだ。
そのまま足が地面に付くまで徐々に規模を小さくした爆発が続いたのだった。
「ありがとう。助かったよ」
着地してすぐにそう言ったムラマサの近くには戦斧を持ったハル。自分を救った爆発がハルのアーツによるものであるということは誰に言われるまでも無く理解できた。
「ん? どうかしたかい?」
膝立ち状態から体を起こしハルの顔を見ると驚くくらいに険しい表情をしているではないか。
多少疑問に思いながらもそのまま他の仲間たちを見るとハルと同じような表情を浮かべている者と今にも悲鳴を上げそうになっている者に二分していた。
「ムラマサ。拙いことになったぞ」
「何が――っ!?」
そういうハルの視線の先で漆黒の闇が揺らぐ。
思わず何処に隠れていたのかと思ってしまうほどの巨体を誇る巨人がそこにいた。
巨体といっても三メートルほどだろうか。プレイヤーではあり得ない体格と背丈をしているが、マグナ・ブルを見た後ではそこまで驚きはしない。戸惑ったのはその巨体が掲げている突撃槍の穂先に人型の何かが突き刺さっているという事実。
そしてその何かが自分たちがここに来る目的であった人物だという現実。
「ユっ――」
「だめっ」
咄嗟にムラマサの口をフーカが塞いだ。
「な、なにを」
小声で制止されたからだろう。ムラマサもまた小声になっていた。
「大声を出すとあれに気付かれるんッス」
「どういうことだ?」
同じように小声で話すリントに訳が分からないという視線を向ける。するとライラが足音を殺しながら近付いてきて、
「さっきフーカちゃんがユウ君を助けようとして叫んだの。するとあのモンスターが動きだしたってわけ」
「今は止まっているみたいだが?」
「いや、少しずつだけど確かに動いているぞ。どちらかといえばこっちを見失っているって感じだな」
「見失っている?」
「因みにさっきフーカちゃんが叫んだのがあそこよ」
「なるほどね。了解した」
ライラが指差した場所の地面には見え辛いが確かに亀裂が入った跡があった。あの大きさから察するに突撃槍の石突きで作られたのだろう。
「ところでユウは無事は確認できたのかい?」
「いや。それは無理だった。だが、HPゲージが全損していない以上今はまだ無事だと信じるしかない。というか正直は話、俺もまだここに来てそれほど時間が経っているわけじゃないからさ。確かなことは言えないんだ」
自信なさげに言ったハルを責める人などいない。それだけこの状況が謎に包まれているのは誰の目にも明らかだった。
「皆、聞いてくれ。これからの行動についてだ」
出来るだけ小声で話が出来るように全員が近くに集まった所でムラマサが口火を切った。
「第一目標はユウの救出。それに異論はあるかい?」
「いいや。何も無いさ」
とハルが言うと、残る四人が揃って首を横に振った。
「わかった。続く第二目標だが、それはあのモンスターの討伐になるのだろう。しかしそれは今は考えなくてもいい。ユウを救出しなければこちらも本気で攻撃は出来ないだろうからね」
本格的な戦闘を始めて捕らわれているユウのHPが全損しては意味が無い。出来るだけ穏便に事を進めたいというのがムラマサの本音であり、ここに居る全員の共通認識でもあった。
「作戦はまずあの穂先を下げなければならないだろう。その為には防御力の高い者がわざと攻撃を引き出すか、どうにかしてあの槍を下げさせる必要がある。これにはオレとハルとリントの三人で担当する。セッカはMPを維持するためにも後方で控えていてほしい。ユウを救出してすぐに回復を頼みたい」
「……ん、任せて」
「私たちはどうするの?」
「ライラとフーカも待機だ。おそらくオレたちだけではあのモンスターの攻撃そのものを防ぐことは出来ないと思う。その場合、もし俺たちが失敗していたらライラが魔法アーツでモンスターを拘束してフーカがユウを助け出して欲しい」
討伐とは違う救出という普段と違う戦闘の目的が困難であることは明白。それにはいかにパーティの中核を担うムラマサとて自信を持てないでいるようだ。
「ちょっと待って欲しいッス」
そんな気弱な部分を的確に察知したのかリントが小声ながら声を上げるという妙技を披露した。
「最初にユウさんの救出に向かうのは自分とハルさんだけにすべきッス」
「だが――」
「自分とハルさんは敏捷よりも防御力の方が高いッス。だからちょっとくらい無茶しても耐えてみせるッス。ハルさんもそれでいいッスよね」
「ああ。あいつを拘束するのが目的ならそれが一番いいはずさ。ムラマサはその後にユウを救出することだけに集中してほしい」
力強い目で二人にそう言われてはムラマサは「頼んだ」と言うほかになかった。
それでもいざとなれば自分が前に出ると決意していると不意に肩を叩く暖かい手を感じた。驚いたように顔を上げるとそこには穏やかな微笑みを浮かべたライラがいた。
「大丈夫よ。二人なら、ね?」
「信じて下さいッス」
「そうだな。信じているともさ」
何を焦っていたのだろう、とムラマサは胸の中で独りよがりになっていたことを反省した。それと同時に信頼できる仲間がいることに感謝も。
「初撃のタイミングは二人に任せる。そのあとは状況をみてオレがユウを助け出してみせる」
「大丈夫。もし失敗しても私とフーカちゃんがいるのだから」
「んー、でも、出来れば失敗したくはないかな」
ムラマサがそういうと皆が小声で笑いあった。
「それじゃ自分たちはちょうど良い位置を探してくるッス」
とリントとハルは離脱し、忍び足で細心の注意を払いながらモンスターに近付いていった。残されていたムラマサたちもそれぞれ物陰に隠れたり、モンスターの死角をついてそれぞれが得意な距離を取る。
アイコンタクトと身振り手振りでタイミングを計りリントとハルが駆け出した。それも第一歩でわざと大きな音を立てて。
突撃槍を構えるモンスターがその音を頼りに襲い挙動をみせる。地面に亀裂を入れた時と同じ攻撃が足元を駆けるリントとハル目掛けて繰り出された。
地面を突撃槍の石突きが穿つ度に響き渡る轟音。それと同じくして揺れる大地。
それでもモンスターの動きが襲いからこそ直撃を受ける人は居なかった。
ゴンッと固い金属を打ち付ける音がする。ハルが戦斧でモンスターの足を叩きつけたのだ。しかし、その音に反してモンスターは体勢を崩す素振りは微塵もない。
ならばと今度はリントがモンスターの後ろから膝の関節を狙って槍を突き出した。どうやらアーツ<回刃槍>を発動しているようで、よくよく見ればその穂先が凄まじい勢いで回転していた。回転する刺突はモンスターの膝裏の表面を削るだけでその身に突き刺さることはなかった。だが、それでも生み出した衝撃はかなりのものだったようでモンスターはぐらりと体を揺らし前のめりに倒れた。
「ムラマサさん。今ッス!」
声を掛けられるのと時を同じくしてムラマサは走り出していた。
目標は突撃槍の穂先が地面に着く先。
「まだだ。もう少し寝ていろ!」
体を起こそうと突撃槍を持ったまま両腕で地面を付き、顔を上げたその瞬間を狙いハルが戦斧を振り下ろす。
「<重爆斧>」
引き起こした爆発の勢いを一方に掛けることで強烈な圧力を与えるアーツが放たれる。
後頭部に命中した爆発は再びモンスターの体を地面に縫い付ける。
二人が作り出した時間内に穂先を地面に付けた突撃槍の先端に突き刺さるユウのもとへムラマサが辿り着いた。
「ぐっ、硬い。だけどこの好機を無駄にするつもりはない!」
ユウの体を抱き寄せ強引に突撃槍から引き抜こうとした。
深く突き刺さっているもののプレイヤーの鍛え上げられた筋力を以てすれば不可能なほどではない。気になるのは少しずつ突撃槍から引き抜かれるごとにユウのHPゲージが減っていること。このまま引き抜けば全損させてしまうかもしれないという嫌な予感が一瞬、ムラマサの手を止めてしまう。
「何をしているんッスか!? 早く引き抜くんッスよ!」
叫ぶリント。
爆発と槍の一撃から復活したモンスターは徐々にその身を起こし始め、突撃槍もまた地面から離れ始めた。
「一度離れるんだ。もう一回同じ事をすればいい」
やり直せると言うハルだったが、その実それは難しいだろうとムラマサは考えていた。
一度目が成功した理由はモンスターがまだこちらの攻撃を認識していなかったからという要因が大きいのは間違い無い。どんなに動きが遅くとも二度目ともなればなんらかの対処法が取られてしまうことは容易に想像がつく。
二度目はない。そんな風に思えば思うほどムラマサは抱きかかえるユウの体を離そうとは思えなかった。
「<アイス・ウェイブ>」
モンスターが身を起こす寸前、その手が地面を離れる直前に漆黒の地面を冷気が包み込んだ。ライラが使用した広範囲凍結魔法アーツがほんの僅かな時間モンスターの拘束を継続させたのだ。
巨大な氷の柱によって捉えるのではなく地面に凍り付かせて貼り付けるのは範囲が広いからこそ持続力に難がある。ピキピキッと氷にヒビが入る音と共に細かな氷の粒が空気中に舞った。
「<ライトニング>」
僅かな光を反射する氷の粒の中をフーカが流星の如き光を放ちながら走り抜ける。
突撃槍の先端にまで辿り着いたフーカは素早く直剣を鞘に収め、ムラマサと同じようにユウの体をしっかりと抱きかかえた。
「一気に引き抜くよっ」
「だが、このままだとユウのHPが……」
「だいじょーぶっ」
ちらりと視線を外すとその先ではセッカが回復アーツの待機状態に入っているのがムラマサの目に入った。
「そうか…そうだったな……フーカ、手伝ってくれ」
「うんっ」
憂う必要はなにもないとムラマサとフーカはその手に力を込めた。
「はあああっ」
「そぉーりゃあっ」
減少するユウのHPは横目で確認しながらも大丈夫だと自分に言い聞かせて強引にユウの体を突撃槍から引き抜いた。
「ムラマサさん。お願いっ」
「任せろ」
ずしっと感じるユウの重さを手放してしまわないようにしっかりと抱きしめてムラマサはモンスターから離れていった。
そのまま急いで走り抜けた先ではセッカがメイスを胸の前に抱えて待っている。
「頼む」
「……ん、<ハイ・リカバリー>」
竜化が解かれて腹部に大きな傷跡を刻むユウを暖かい光が包み込む。
幾度となく減少しレッドラインを切っていたHPゲージがみるみるうちに回復していた。そして半分を超えた辺りで腹部の傷が塞がる。腹部の傷は『裂傷』という状態異常も伴っていたらしい。
「……これで、大丈夫。なのに…どうして?」
目を覚まさないのか。
体力を回復し傷を癒やしたユウが未だ動かないことにセッカはムラマサに不安そうな目を向けた。
「回復は問題無く成功しているさ。目を覚まさないのだとすれば、それはおそらく――」
別の原因がある。ムラマサがそう言おうとした矢先、地面に広がっていた星空が動き始めた。
円を描く星の軌跡写真の如く流れる星々が集まる先にいるのは当然突撃槍を構える巨人。
まるで吸い上げられるようにして体に飲み込まれて行く星々が地面から消えたその瞬間。巨人の頭部が砕け弾けた。
剥き出しになる巨人の頭部。それは獰猛な獅子のもの。
人の如く立ち尽くす体には地面から消えた星々が満遍なく広がっている。
『グオオオオオオオオオオオオオオッ』
獅子頭の巨人が吠える。
突撃槍を持ち、星々煌めく鎧のような肉体を持つ獅子の名は『レグルズ』。
マグナ・ブルから間を置かずムラマサたちの前に立ち塞がったモンスターである。
二月もどうにか更新を続けられました。三月も頑張りますので、これからもどうぞ本作をよろしくお願いします。
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