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ep.52 『大剣が打ち合う先に』


 赤い煙を全身から漂わせているマグナ・ブルと斬り合うこと数十合。かろうじて俺がマグナ・ブルが振るう一対の大剣に対抗できているのは俺もまたガン・ブレイズと魔導手甲(ガントレット)という二種の専用武器を使っているからだ。

 互いに決定打を与えられていないのはマグナ・ブルというモンスターが殊の外プレイヤーによく似た攻撃を繰り出してきているから。そのせいでお互いの隙を潰し合いながらのパリィ合戦みたいなことになってしまっていた。

 それはまるで強力な装備を揃えたレベルの高いプレイヤーと戦っているような感覚がこの時の俺にはあった。


「ふっ」


 短く息を吐き出す。

 ガン・ブレイズと大剣がぶつかり合い生じた衝撃に弾き飛ばされ出来た僅かな時間。その間に俺は再び武器を構え目の前に立つマグナ・ブルを見た。

 鼻息荒くこちらを見ているマグナ・ブルは先程よりも多くの煙が纏わり付いている。

 それに反して自分の身体はどうだ。

 見なくとも分かる。

 減少したHPゲージはまだ安全圏。しかし、おそらく無数の傷が全身についてしまっていることだろう。マグナ・ブルとは違い俺の体に刻まれた傷が自動修復することはない。この傷を治そうとするのならば一度竜化を解きポーションを使用して体力を回復するしか方法は無い。だから現状回復は考えていない。


 感覚で把握出来る自分の状態と目の前のマグナ・ブルの状態。どちらか優勢で劣勢なのか。それはまだ確定していない。だからこそ、前に出なければならない。ガン・ブレイズを後ろに、左手を前に。深く、低く構えた。

 マグナ・ブルが身を屈める。

 頭にある角を前に、両手の大剣を地面すれすれに持ち、構え、低く唸る。


 ほぼ同じタイミングで駆け出した。

 竜化している俺の速さと現在(いま)のマグナ・ブルの速度は同格。ただし、体格差は明確。

 正面からぶつかり合ったとき、その体格差が大きな違いを生み出してしまう。


「おおッ」


 左右同時に振り抜かれた大剣を俺はガン・ブレイズ一本で受け止める。正確にはガン・ブレイズの背を魔導手甲を付けた左手の甲で支えている。

 両足が地面の表面を削っていく。

 全身を襲う強烈な衝撃。

 これ以上後ろに行かないようにと奥歯を噛み締め両足で踏ん張る。

 戦場の中心で拮抗する押し合いを繰り広げていると突然目の前から熱波のようなものが迸った。


「ぐっ」


 思わず苦悶の声を出していた。

 HPにダメージは僅かでも、突発的な熱さには戸惑いを覚える。

 熱波にどう対処すべきか思考を巡らせているその間に、マグナ・ブルは僅かに背中を丸めた。頭をより低く下げたその様は以前の雄牛に戻ったかのよう。


「何をするつもりだ? ――まさかッ」


 体勢を変えたことで弱まった圧力に前のめりになりそうになるのを堪えながらもマグナ・ブルが何をしようとしているのか考える。

 この均衡を崩しても尚やろうとすることは一つ。攻撃だ。


「このッ。やられるかよォ」


 予想通り繰り出された攻撃はマグナ・ブルが繰り出したのは角を駆使した掬い上げの一撃。

 微妙に一対の大剣が引かれた瞬間を狙いガン・ブレイズの刀身を滑らせる。そうして自由になった途端に大剣を足場に駆け上がりマグナ・ブルを跳び越えた。


「っと、このまま素通りってわけには行かないさ」


 着地のことなど考えずに空中にいる間にマグナ・ブルの背中を斬り付ける。

 ようやくちゃんとしたダメージを与えられた手応えを感じた。だが、与えた傷は直ぐさま赤い煙によって塞がれてしまう。


「それでもッ。<アクセル・スラスト>」


 若干体勢を崩しつつも繰り返しガン・ブレイズを振るう。

 右へ左へ。

 速度特化のアーツによって加速された乱雑な剣戟はその度にマグナ・ブルのHPを削り続ける。


『ブモォ』


 軽い連撃がうっとうしく感じてきたのか、マグナ・ブルも忌々しげな雄叫びを上げながら大剣で後方を薙ぎ払う。


「当たらないっ」


 魔導手甲で防御すると体ごと吹き飛ばされそうだと直感で判断して、即座に刃の届かない距離までバックステップする。

 しかしそれは裏を返せばこちらの刃も届かない距離に行くということ。本来ならばそれで小休止になるはずのそれも、俺には未だ継続させる手札がある。

 ガン・ブレイズを銃形態に変え引き金を引く。

 大剣を振り抜いたことで正面を向いたマグナ・ブルに連続した弾丸が命中した。


「えっ!?」


 本来MPをそのまま撃ち出す弾丸は特殊な能力は何もない。例えるなら純粋な力の塊だろうか、それがマグナ・ブルに着弾した瞬間に爆発したのだ。

 爆発を引き起こすからには何か理由があるはずと注意深くマグナ・ブルを観察する。すると俺の撃ち出した弾丸がマグナ・ブルの身体の周囲に漂う赤い煙に触れたことで爆発が起こったのだと気付いた。

 可燃性のガスか。あるいは火薬そのものなのか。

 剣形態で斬り付けていた時には爆発は起こらなかったために発見が送れたこの副次効果は俺に良い結果をもたらせてくれればいいが。

 そんなことを考えつつも攻撃の手は止めない。


 剣による連撃よりもこの爆発を引き起こす射撃のほうがダメージが少ないというのも納得できない気がするが、ふと昔見たなにかにあった自ら爆発を起こしダメージを減らすという『リアクティブアーマー』なるものを思い出し、マグナ・ブルの周囲を漂う赤い煙は天然のそれなのかもしれないと疑問を意識の外へと追いやった。

 爆炎を切り裂いて中からマグナ・ブルの大剣が振り下ろされる。だが、爆炎そのものは視界を奪うほどでは無かったために横に跳べば回避はそう難しくはない。


「――ッ、まだ来るのかっ」


 一撃目は回避出来てもその後の追撃が待っていた。

 まるで予めこの二撃目こそが本命だとしていたかのようにマグナ・ブルの大剣の一方が迫ってきた。


「それなら――」


 大剣を迎撃するには剣形態のほうが適している。しかし、今は変形させるには時間が足りない。となれば銃形態のままどうにか妨害するしかない。そう考えたとき、脳裏を過ぎったのは銃撃を受けて引き起こされた爆発。爆発の威力そのものは低くとも到底無視できるものでもない。

 照準を定め確認したマグナ・ブルの手には予想通りに赤い煙が纏わり付いている。

 これならと大剣を握る手を狙い連続して引き金を引いた。

 ドンッドンッといつもの銃撃では耳にしないような爆発音が鳴り響く。

 俺を追って迫ってくる大剣は俺の体に届く前に動きを止めた。


「<インパクト・ブラスト>」


 通常の銃撃であの程度の爆発を引き起こすのならアーツを使えば、それこそ威力特化の射撃アーツを使ったのならばどれほどの爆発が起こるのだろう。

 疑念を抱くよりも先に俺はそれを使っていた。

 想定通りより大きな爆発がマグナ・ブルの手を爆炎で包み込む。

 熱か痛みか、それとも衝撃か。何がそれを引き起こしたのかは検証する必要などないというように目の前の現実が自分の行動が功を奏しているのだと訴えていた。


 苦悶の表情を浮かべながら右手を抱え込んだマグナ・ブルの足元には一つの大剣。それが今までマグナ・ブルが振るっていたものと同一であることは言うまでも無い。


「オオオォッ」


 咄嗟に俺は飛び出していた。

 片手で操作しガン・ブレイズを剣形態に変えるとすかさずマグナ・ブルに攻撃を仕掛ける。

 マグナ・ブルの脇をすり抜けるように駆け、すれ違い様に横一線の斬撃を放つ。

 さらにマグナ・ブルの左側に抜けたその瞬間、反復横跳びのようにして再び元の位置へと戻るべく強く地面を蹴った。この時も斬撃を加えることは忘れない。

 往復する剣閃を受け、腹部から赤い煙を吐き出しながらもマグナ・ブルは残る左手で持つ大剣を振り下ろした。

 大剣そのものの重さに自身の重さを加えた勢い任せの一撃。それをガン・ブレイズで受けようとした自分の姿が突然脳裏を過ぎる。

 刀身の腹で大剣を受けようとしてガン・ブレイズごと両断される自分だ。

 一瞬にも満たない未来の自分(すがた)を見て俺は即座に違う行動をとった。それもこれまでにない行動。魔導手甲を使い防御するのとも違う。

 俺が咄嗟に取った行動。それは落ちているマグナ・ブルの大剣を掴み、振り下ろされる大剣目掛けて力任せにぶつけたのだ。


「――あ、ぐっ」


 右手にはガン・ブレイズが握られているから自然と魔導手甲を付けた左手でソレを掴んだのだが手に返ってきたのは大剣同士がぶつかり合って生じた衝撃だけではなかった。まるで熱された鉄の棒を掴んでいるかの如く鋭い痛みが走ったのだ。

 互いに弾かれ体勢を崩す俺とマグナ・ブル。

 違ったのは俺の方は拾った大剣を手放してしまっていること。それでも全く同一の質量を持つ武器同士がぶつかり合ったからなのだろう。マグナ・ブルが未だ離さない大剣にはくっきりと見て分かるくらいの大きな刃毀れが出来ていた。


「このっ」


 地面に落とした大剣を咄嗟に拾い上げ再び振り下ろされるマグナ・ブルが持つ大剣の腹を穿つ。

 ガイィンと重い金属の衝突音が広がり、俺は大きく体を仰け反らせていた。


「あ、ぐっぅ」


 一度受けたことで耐性が出来たのかマグナ・ブルはその衝撃を受け止め利用することで即座に二撃目を放とうとしていた。

 そんな姿を前にすれば容易く体勢を崩してはいられないと思うのは至極自然なこと。ダンッと強く地面を踏み締め堪え、痛みを無視して強く大剣を握りしめた。


「ハアアッ」

『ブモォォォ!』


 三度大剣同士がぶつかり合う。

 一打一打ごとに刃が欠け、振るう自分たちも疲弊していっているのが分かる。それでも、と、意識を集中させていく。持ち手から刃の先に至るまで、全てを自在に操れるように。

 次第に大剣そのものが摩耗していっているのが理解できた。大小様々な刃毀れや亀裂などという見た目は勿論のこと、刀身を通じてその耐久度が下がっているのが分かったのだ。

 なれば後どのくらい打ち合えるのか。

 積み重なっていく大剣を持つが故のダメージ。一つ一つは小さくとも時間を掛ければかけるほど無視できなくなっていく。


「くっ、それならっ」


 多少無謀にでても均衡を崩そうと決意したのは俺が振るう大剣からピキッという嫌な音を聞いたからだ。

 一瞬、刀身に目をやるとそこには雷のように走った一筋の亀裂。刃毀れを繰り返しているマグナ・ブルの持つ大剣に比べてこの亀裂が致命的であることは言わずもがな。

 グッと左手に力を込め、弾き返していた剣筋を僅かに変える。目標は一点。だがこれには大きなリスクが含まれていた。


「………あっ、ぐあっ」


 鈍く広い衝撃が俺を襲う。

 マグナ・ブルの大剣の刃がノコギリのように俺の体を切り裂いたのだ。

 みるみる減少するHPゲージを尻目に、俺は亀裂の入った大剣を二歩前に出て大きく振り上げた。大剣に亀裂がさらに広がっていく。しかし、その代わりにマグナ・ブルの大剣がその手ごと宙を舞った。


「――ッ、今だァッ」


 自分を鼓舞してさらに前に出る。

 大剣はもう使わないと投げ捨てて、自分の武器――ガン・ブレイズに渾身の気合いを込める。


「<インパクト・スラスト>!」


 威力特化の斬撃アーツのライトエフェクトが流星のように輝く。


「もう一回! <インパクト・スラスト>」


 流星が落ちたその地点から今度は天高く打ち上がる花火のように垂直に光が伸びていく。

 そこからさらに下、左右、もう一度上へと繰り返し光が駆け巡る。

 ぐらりとマグナ・ブルの巨体が揺れた。

 膝を付き、片手を地面に付けながらも、その瞳だけは敵である俺を捉えて離さない。


「これで、トドメだァ! <レイジング・バースト>」


 マグナ・ブルの腹部に最接近して竜化状態で必殺技(エスペシャル・アーツ)を放った。

 極大の光線が天高く昇っていく。

 必殺技と同じ色をした光の輪がガン・ブレイズの銃口とマグナ・ブルの遙か頭上から迸ったその数瞬後に光は途切れ、霧散する。

 視界の端では七体ものデミ・ブルたちが一斉に乾いた泥の塊が風に薙いだように消滅していく。

 目の前に聳えるマグナ・ブルが消えたのはそれとほぼ同じタイミングだった。


「ふぃ。終わったか…………っ!?」


 HPゲージの減少よりも精神的な疲労が凄い。

 竜化を解くよりもそのまま地面に座り込もうとしてバランスを崩してしまった。

 いつの間にか俺の足元にある地面が消失していたのだ。

 俺は、重力に従い空洞となったその穴に飲み込まれて行った。



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