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ep.50 『変貌して』


 ハルに向かって突進していくマグナ・ブルの片側に攻撃を集中させることで突進攻撃の進行方向を変えることができた。その結果、生じるのは空気を震わせるほどの轟音。まさしくマグナ・ブルが俺たちを外れ壁へと激突した音である。


「はぁはぁはぁ、びっくりしたぁ」


 膝に手を突き前屈みになって息を切らすハルが兜の上から額の汗を拭うような動きをしていた。

 平常時ならばそんな無駄な行動に突っ込んだりしたりするのだが、生憎というか、当然と言うべきか今はそんなことをしていられる余裕はない。何故なら、壁に激突したマグナ・ブルが向きを変えより殺意に満ちた瞳をこちらに向けているのだから。


「三度来るぞっ」

「……今度は、誰、に?」

「自分じゃないみたいッスけど」


 攻撃を集中させていたために集合していたムラマサとセッカとリントは僅かながらも自分たちへ向けられていた視線が外れたことに気付いていた。故に狙われているのは自分以外の誰かだと素早く視線を巡らせた。


「今度は私、かしら?」

「いやいや、また俺かもしれないぞ」

「あたしかもよっ」


 ハルの周りに集まっていたライラとフーカがそれぞれ警戒心を高めながら、その場で突進攻撃を繰り出す前の予備動作として後ろ左足で地面を蹴り続けているマグナ・ブルを見ていた。


「ユウは自分かも、とか言わないんだな?」

「あ、ああ。そうだな」

「あら? どうかしたの?」

「いや、少し簡単すぎるきがしてな」

「と言うと?」

「あの突進。直撃を受ければかなりのダメージを受けることは間違いなさそうだけど、正直そこまで回避できないような攻撃じゃ無い。そうだろ」

「まあ、な」

「成る程。それで釈然としていないのね」

「ああ。この攻撃前の予備動作だってそうだ。ボスモンスターならこんなあからさまなもの無くたっていいはずだ。これではまるで……」

「倒されることが前提になっているみたいってこと?」


 思案顔で長杖を抱え込むようにして腕を組んでいるライラの問い掛けに俺は深く頷いた。


「って、そんなこと考えるのは後だ。今はアイツを倒すことだけに集中するんだ」

「お、おう」


 俺が曖昧な返事をしているとそんな自分を責めるようにマグナ・ブルが動き出した。

 体を震わせて全身に付いた泥を払う犬のように一瞬だけ全身を震わせたマグナ・ブルは頭を低くし、その剣のような角を立てて向かってきた。

 規則性のある重低音の足音が木霊する。

 今度の狙いは明らかに俺だ。


「ユウ!」

「わかってる」


 俺の防御力では向かい打つことは困難。となれば避けるしかないわけだが、ふと足を止めた。


「何をやっているんだ!?」


 眼前へと迫ってくるマグナ・ブルから伝わってくる威圧感は凄まじい。拭えない妙な違和感は今も変わらずに残り続けているが、それよりも別のことが気になってしまった。

 逃げることを止めた俺に仲間たちがいくつも声を掛けてくる。

 それでも、俺は自分の目で見た異常を確かめずにはいられなかった。

 ガン・ブレイズを銃形態に変え、とある一点に照準を定める。


「<アクセル・ブラスト>」


 着弾のタイミングが遅すぎては自分をも巻き込んでしまう。例えそれが攻撃そのものではなかったとしても。

 だからこそ威力よりも攻撃の命中速度のほうを優先した。その為の射撃アーツだ。

 まっすぐ流星のような光の筋となって飛んでいく銃弾はマグナ・ブルの足、ではなくその胸の一点。そこに命中したその瞬間、まるで見えない糸に引っ張られるみたいに動きを止めた。

 急ブレーキを掛けた車とは違い、まるで慣性の法則など無視したかのようにピタッとその場で硬直し微動だにしなくなった。


「な、なにをしたんだ?」

「あそこ。胸殻の中心部に全身にある赤いラインの起点みたいなものがあるだろ」

「どれだ?」

「今じゃ解りにくいけど、あそこら辺」


 戸惑いながら駆け寄ってくるハルの問い掛けに答える。

 動きを止めたマグナ・ブルの全身に行き渡っているラインの光は消えている。そのために見えづらいものの、よくよく目を凝らせば僅かな溝のような跡を見つけることができた。


「ええっと、ああ、あれか」

「そう。んで、そこを狙ってみたってわけ」

「そんな簡単にいうけど、かなり無謀よねそれ」

「……ん。無事だったからいいけど、危ない」

「わかってるって。でもやってみたくなったんだから仕方ないだろ」

「……むちゃはだめ」

「はい」


 念を押すようにセッカにしては強い口調で訴えてくる。ついその勢いに押されて頷いていた。


「で、これはどういうわけなんだい?」

「さあ?」

「――おい」

「や、だって、俺もこうなるなんて思わなかったんだからさ」

「んー、だったらなんで回避を止めて攻撃しようだなんて考えたんだい?」

「なんとなく?」


 即答する俺にムラマサは言葉をなくしていた。

 俺自身何かがあるという予感があったからこそ攻撃を仕掛けた訳だが、それがここまで効果があるとは正直に言って予想外だった。それにアーツを発動させているとはいえ俺のたった一度の攻撃が皆の力を合わせてようやく突進の方向を変えるに至った攻撃よりも強いとは思えない。だからこそマグナ・ブルの停止には疑問を抱かずにはいられなかった。


「とはいえだ。これで終わりなんてことはないんだろうな」

「んー、それは間違いないはずさ。なんてったってヤツのHPはまだ八割近く残っているんだからね」


 腰を低く屈め、刀の柄に右手を添える。片足を下げ、身を乗り出す。

 ムラマサが見せるいつもの居合いの構えだ。


「さて、それで皆に一つ質問なんだけどね」

「何だ?」

「ここで追撃を行うか否か」


 マグナ・ブルが健在ならば当然ながら戦闘は尚も継続中。マグナ・ブルが動きを止めたのに合わせて自分たちも攻撃の手を止めているにすぎないのだ。

 そう問い掛けるムラマサに同じように武器を構えるという動作で返答してみせたのはハル。それに反して武器の先を下げたのはリントだった。


「成る程。他の皆は?」

「私は防御の方が適任だと思うから、今回のこの問答はパスで良いかな?」

「んー、そうだね。それも立派な意見の一つだと思う。何も問題は無いよ」

「……だったら、私もライラと同じ」

「分かった。フーカはどうする?」

「あたしは追撃に賛成かなっ」

「俺は、今のところ反対……かな」


 今ひとつはっきりと答えない俺に意外だと目を丸くしてムラマサが「ほう」と唸っていた。


「オレは見ての通り追撃に賛成。つまり賛成3、反対2、パスが2。というわけだね」


 構えを解かず全員の顔を見渡して結果を告げた。


「んー、これが多数決なら追撃するので決定というわけだけど、予めそうだとは言ってなかったからね。もう一度聞くよ。どうするべきだと思う?」


 同じ事に対する再度の確認というのは意味を成さない場合が大半。しかし今回に限っていえばそうではないだろう。無策に自分の考えだけで突っ込んで行っても自滅するだけと理解しているからこそ全員の意思の確認は意味を成す。

 まして片方が絶対的に正しいなんて保証はないからこそ、選択に対するリスクは同等だとみるべきだ。


「うぅ、分かったッス。こうなったら俺も腹を括るッスよ」

「俺も異議はない」

「だったら、タイミングを合わせて行こうぜ。バラバラに仕掛けても効果は薄そうだ」

「分かってる。さっきのはあくまでも例外ってこともな」

「それなら良いんだ」

「良し。ヤツが動き出す前に行くぞ」


 防御に徹すると告げたライラとセッカ以外の五人はそれぞれ武器を構える。

 ジリジリと距離を測りながらその瞬間を待つ。


「――ッ、待てッ」


 全員の意識が攻撃に向けられたその刹那、ムラマサの声が響いた。

 前のめりになって出足を挫かれたフーカが不満気たっぷりムラマサに向かって叫ぶ。


「何よっ。いきなりっ」

「どうやら長話をし過ぎたみたいだね」

「え!?」


 困惑というよりも後悔を滲ませた呟きに振り返ったフーカはそのままの勢いで停止しているマグナ・ブルを見る。

 するとこの時間の経過が理由なのか、それとも自分たちが戦闘を再開しようとしたからなのかは不明だがマグナ・ブルに変化が起きていた。

 消えていたはずの赤い光が再び全身のラインを通って行き渡り明滅を繰り返しているのだ。


「何か起こるならその前に叩くべきだろ!」


 そう言って飛び出していったハルだったが、振るう戦斧の切っ先がマグナ・ブルに届くことは無かった。

 ハルがマグナ・ブルに接近したその瞬間、強烈な圧力を有する蒸気がマグナ・ブルの全身から噴き出してきたのだ。


「うあっ」


 熱気を含んだ白い蒸気に追いやられ俺たちの傍まで押し戻されたハルは即座に立ち上がる。


「無事か?」

「ああ。このくらいなら」


 鎧に触れることで冷やされた蒸気が無数の水滴を作り出す。軽く手足を振って水滴を飛ばしながらハルは僅かに減った自身のHPゲージを確認して告げた。


「蒸気を取り払うわ。<アイス・ウインド>」


 ライラが使う冷気の風が周囲に蔓延し始めていた蒸気を吹き飛ばす。

 体感温度までも下げたその風が収まった後、マグナ・ブルが居た場所には物言わぬ巨大な岩があった。

 ゴクリと息を呑む音がする。

 ボスモンスターが姿を変えた場合、大半はより強い形態をとって自分たちの前に立ち塞がる。マグナ・ブルも例外ではないのだとすれば、この後に待っているのはより過酷な戦闘で、その変化途中の攻撃は無効化されてしまう場合が大抵だ。

 大人しく変化が完了するのを待つしかない。

 ただ、幸か不幸か変化に要する時間はほんの僅かだった。

 岩の表面が爛れるように崩れ始め、地面に溶けた溶岩のように広がっていく。

 時折立ち上がる蒸気は直ぐに霧散して消えていく。


「ひっ、何よこれぇっ」


 大慌てで飛び退いたフーカの足元には岩の下に広がっているのと同様の何かが迫って来ていた。


「皆っ下がれ!」


 俺たちもそれぞれ自分の足元を確認して即座にバックステップした。

 目の前の岩の変遷に気を取られてしまい自分の足元への警戒が緩んでしまっていたのだ。


「前!」


 ライラが杖で指す。

 ドロドロに溶けた岩の中から新たなモンスターが現われたのだ。


「まさか、あれも『マグナ・ブル』だってのか」


 驚愕の言葉を漏らすハルに俺は小さく「そうだ」と肯定した。

 一度ガン・ブレイズの銃口を向けて表示させたHPゲージと名称はその存在そのものが変わらない限り表示され続ける。

 その事実が物語っているのだ。

 両手に一対の大剣を携え、血のように赤い鎧に身を包んだ騎士こそがそうであると。


「――ッ!?」


 刹那、騎士となったマグナ・ブルが足を踏み出した。

 その一歩は既に人のよう。だが、明らかに俺たちとは違う。まるで映画のスーパーヒーローのような急激な加速を伴った一歩が俺の眼前まで迫っていた。

 声もなく、言葉もなく放たれた一対の大剣による攻撃。それを左手の魔導手甲(ガントレット)で防御出来たのは暁光だったと言わざる得ない。

 それでも俺はこの戦場の遙か後方へと吹き飛ばされてしまった。

 飛ばされている最中。もう一つ目撃した異変。

 マグナ・ブルが攻撃を仕掛けてきた俺以外の仲間たちの元に子供が作った泥人形のような牛の形をした新たな敵が出現していたのだ。

 こうして中断していた戦闘は再開された。


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