ep.49 『マグナ・ブル』
偉大な雄牛――『マグナ・ブル』が突進を仕掛けてきた直後、俺たちのいる場所にも変化が起こった。
地面が揺れ、隆起し、自分たちの周りを囲っていく。
それはまるで天然の闘技場。
逃げ道を塞ぎ、行く道をも塞ぐそれは限りなく広大な戦場であり舞台。
「皆っ、逃げてっ!」
今回、最初に指示を出したのはライラだった。戦闘が始まったと判断した瞬間にいつものように各々に適した位置に移動していたために、一番俯瞰で物事を見ることが出来ていたからだ。
とはいえ、俺たちはその言葉などなくとも即座にマグナ・ブルの射線上から外れるべく動いていた。左右に分かれて移動し背中に巨大な雄牛が通り過ぎるのを感じた。
「うおっ」
背後を通り過ぎたマグナ・ブルが勢いよく壁に激突する。
凄まじい轟音が響き渡りまたしても地面が大きく揺れた。
「――っ、二人とも、大丈夫か?」
「……ん、へーき」
「俺も無事ッス」
右に避けていたムラマサの問い掛けにセッカとリントが答える。
「みんなは無事か?」
「大丈夫。ダメージは無いわ」
「あたしもっ、まだまだこれから戦えるよっ」
ハルが兜の奥で目線を巡らせ訊ねライラとフーカがそれぞれ自分の無事を告げる。
「ユウは?」
「ああ、俺も問題無いさ。ただ……」
「ただ?」
「それは向こうも同じみたいだ」
壁に激突したマグナ・ブルはゆっくりと向きを変え無造作に頭を振ることで付いた土埃を払っていた。
ブルルっと鼻息荒く鼻を鳴らすと同時に突進の前行動として右の後ろ足で何度も地面を削っている。
「来るぞっ」
ハルが叫ぶのと時を同じくしてマグナ・ブルが再び突進を繰り出してきた。狙いは俺たち。ハル、リント、セッカの三人に比べて俺たちは四人。どちらがより狙いやすいかなど火を見るより明らか。
凄まじい足音が迫ってくる。
明滅する体から僅かな黒い煙が立ち込めている。それが飛行機雲のように空中に軌跡を描き巨大なマグナ・ブルの体をより誇張しているかのようだった。
「どうする?」
咄嗟にバラバラに逃げる俺たちのなか、マグナ・ブルが狙いを定めたのは最も後方に構えていたライラ。
誰か一人に狙いを付けることもなく繰り出された最初の突進とは違い今度はハル一人だけに狙いを定めている。そのために俺やムラマサとフーカは難なく回避できたが、狙われているライラは違う。どんなに射線上から逃れようとしてもほんの僅かな軌道修正だけで追いつかれてしまう。
こうなれば突進自体を止めるしか無いのだが、あの勢いを持った突進を真正面から受け止めることなど出来るはずが無い。一番防御力が高いであろうハルでも不可能に思えてくる。
だからといって何もしないわけにもいかない。突進を得意とするモンスターに対する常套手段を試してみることにした。
それは足を狙ったカウンター攻撃。
無論離れた場所からでも的確に攻撃できる武器と技術がなければ不可能なことだが、俺にはそれができる自信がある。後はそれがどの程度の効果を発揮するかどうかだけ。それも実際に行動に移せばすぐに判明することだ。
「<インパクト・ブラスト>」
確実に大きな衝撃を与えるためにと威力特化の射撃アーツを発動させてみる。
撃ち出された弾丸が違えずにマグナ・ブルの前足を穿つ。
突進を繰り出すマグナ・ブルの足音にかき消されてしまった銃声も確実に命中したのはその足にくっきりと残る弾痕を見ればわかる。問題だったどれほどの効果があるかという疑念も杞憂に終わったようだ。
微妙な違いではあるがマグナ・ブルは突進の方向を変えた。しかし、今だライラに狙いを付けていることも、このままでは激突してしまう事実も変えられてはいない。
「一発じゃ足りないなんてことは最初から分ってたんだよ」
自分を鼓舞するように告げ、再び<インパクト・ブラスト>を発動させる。そのまま三度、四度と同じマグナ・ブルの片足を狙い続ける。
攻撃によって与えられる衝撃は一撃毎に増していく。
MPの消費に糸目を付けずアーツを使い続けた結果、そして仲間たちが俺の意図を汲み取り同じように行った攻撃を受けてその鼻先が向ける方向を変えた。
強引に変えられてしまえば修正は容易ではないらしくマグナ・ブルはライラへの直撃コースから外れ左側へと駆け抜けていった。
「ありがとう」
通り抜けていったマグナ・ブルから視線を外さずにライラがその足音にかき消されないようにと声を張って言った。
「安心するにはまだ早いみたいだぞ」
「ええ。わかっているわ」
ライラの元に駆け寄り声を掛けるとライラは平然とした様子でいってきた。
事実彼女に油断した様子は窺えない。それが頼もしく思えて俺は知らず知らずのうちに僅か表情を緩ませていた。
「む?」
通り抜けたマグナ・ブルが先程と同じように壁に激突しゆっくりと体勢を整え向きを変える。血走ったように真っ赤に光る目は敵意を剥き出しにして俺たちを見ていた。
さらにと言うべきだろうか。それとも二度の突進も空を切り、誰にも明確なダメージを与えられていないことに憤慨しているとでもいうのだろうか。マグナ・ブルの全身に血管のような真っ赤な脈動するラインが広がっていく。
明滅する赤いラインに包まれ全身を溶岩のように赤く染めたマグナ・ブルはその頭にある二本の角の形状も変化させていた。
横に並ぶ巨大な剣を彷彿とさせる角。
変貌したとすら思えるマグナ・ブルに俺はケンタウルスという半人半馬のモンスターを思い出していた。
実際には巨大な雄牛の姿は変わっていない。それでも剣みたいな角を備えた牛の頭部が人の上半身のように見えるし、真っ赤に染まった巨大な胴体はそのまま巨大な雄牛そのままであるはずが、より異様に映っていた。
異形なる存在となった偉大な雄牛がその体勢を低く、剣のような角を突きつけるようにして襲いかかってきた。
「くっそ、今度は俺かよぉ!」
慌てながら情けない声を出してハルが逃げ出した。
俺たちは再びマグナ・ブルの突進を妨害すべく攻撃に移ったのだった。