ep.48 『偉大な雄牛』
扉の向こうに続いていたのは磨かれ整えられた石段の螺旋階段だった。
その階段を俺たちは淡々と登っていく。
白の守護者との戦場跡に現れたのは扉のみ。だからその先があるとするなら、それは下なのだろうと考えていたのだが、実際には登っている。
不自然なくらいに先の見えない階段。どこにあったのかと疑いたくなるようなそれはここがやはり通常の場所では無いことを物語っているかのようだ。
扉を開けてすぐに次の戦闘が始まるかもしれないからと、念のため扉を開けずにHPとMPの自動回復による全回復を待つことにしていた。
そのために階段を登ることを決めた時には俺たちは万全の態勢を整えてある。気を引き締めて登っていくさなか、モンスターに襲われる危険があることも考慮していたというのに、今のところ平穏そのもの。
モンスターが出現する気配すら微塵も感じられないのだ。
「ったく。どこまで続いてんだよ。この階段は」
ハルが辟易した声を出す。
誰もそれに声を出して返事はしなかったがそれは否定しているのではなく、むしろ肯定しているから。実際に疲労を感じるなんてわけでもないのに、俺たちの大半が同じことを思っていたからで、一度声に出せば否応なく疲労感に襲われると予感していたからでもあった。
立ち止まらずな登り続けていると、しばらくして自分たちが入ってきた扉が見えなくなっていた。
先も見えず、後も見えない。そんな道中。
途方に暮れず進んでいくと階段の終わりではなくその向こうに『空』が見えてきた。
「晴れて……はない、よな」
雲一つない、という表現はある意味で正しいのだろう。
問題は空の色。
晴々とした澄んだ青空などではなく、どんよりとした曇り空。
「どう見ても」
「オレたちの未来を暗示してなければいいんだけどね」
困ったように眉を潜めながらムラマサが呟く。
「そんなことにはならないわよ」
「え!?」
「ほら、先が見えてきたんだもの」
ほんわかとした口ぶりでライラが指をさした。
全員が今いる場所で立ち止まり一点を見つめる。そこに現れたのは入ってきたときに入ったのとは違う扉。
色合いも見えている空と同じ淀んだ灰色。コーヒーに垂らしたミルクのように混ざり始めたばかりといった模様が特徴的なそれは不気味な雰囲気を醸し出している。
「この先に行くんッスよね」
「……当然」
「そうッスよね」
躊躇なくセッカが扉を開く。
すると、どこか遠くから何かが崩れる音が聞こえてきた。
「何なのっ? この音っ」
フーカが驚きビクッと体を震わせる。そして咄嗟に階段から下を覗く。
「うそ……」
「急げ! 階段が崩れてきてるぞ!」
扉を押し開けたままムラマサが叫ぶ。
その横を通り過ぎるように、フーカが走り、その後をライラが追いかける。さらにリントが駆け抜け、セッカが僅かに焦った顔をしながら扉を潜った。
ハルは瞬時に兜のバイザーを下げ、戦斧を掲げて走り去っていた。
「ユウ! 君も急ぐんだ」
「ムラマサは?」
「直ぐに後を追うさ」
「駄目だ。思っていたよりも崩壊が早いみたいだ」
聞こえていた螺旋階段の崩壊音。それが徐々に大きくなってきているのと同時に崩壊の光景が目前まで迫っているのだ。
これまで誰かが扉を潜る時、次の人が通れるようになるまで僅かなタイムラグがあった。
そして螺旋階段の崩壊もまた俺たちの人数を考慮したかのようにギリギリのタイミングを攻めてきていた。それでも全員が通り抜けるまではどうにか間に合うかと思っていたのだが、難しくなってしまっている。
「んー、これはどうやら一人は残らざるを得ないということかな」
「それはどうかな」
「何?」
「まだ試してないことがあるだろ」
「成る程ね。いいのかい? このまま行けばユウは安全に行けるのは決まっているんだよ」
「悩むまでもないさ。俺たちは全員でこの先に進むんだ」
頷き合い俺たちは崩壊する螺旋階段を背に前を見つめる。
「行くよ。タイミングを合わせるんだ。3」
「2」
「1」
「今だっ!」
二人同時に飛び出した。
背後では俺とムラマサがいた踊り場が崩れ去る音がする。
俺たちが通り抜けると扉は消失し、自分たちは扉の向こうの世界に倒れ込んだ。
「ユウ君!?」
「ムラマサも何をやってるんだ?」
仲良く並んで倒れている俺とムラマサにライラとハルが声を掛けてきた。
「いや、なんでもない」
「ふう。どうやら無事に来られたみたいだね」
それぞれに答えながら立ち上がると、先程とは違う雰囲気の景色が飛び込んできた。
「なんとも、これは……」
息を呑むムラマサ。
俺はゆっくりと振り返り、周囲を見渡した。
「まるで戦場跡だな」
燻った煙が立ち込め、それが空を覆い尽くし太陽を隠す。
漂ってくる臭いはどれも焦げ臭く、何が燃えたからなのかは想像に難くない。
それほどまでにここは生命の息吹というものが感じられないのだ。
不意にドシンっという大きな音が大地を震わせる。
その音に引き寄せられるように全員の視線が集まる。そこに居たのは、黒々とした巨大な雄牛。
心臓の鼓動のように黒い体に真っ赤な脈動が見られる胴体。頭部には前面に大きく突き出した二本の角。
怪しく光って見える瞳からは意思のようなものは感じられず、静かにこちらを見つめている。
「これが、今回の相手か」
「みたいね」
戦慄するハルとライラが息を呑む。
俺は瞬時に銃形態のガン・ブレイズを引き抜き、その照準を彼方の雄牛へと向けた。
『マグナ・ブル』
牛とは思えない、まるで大地の嘆きのような声で吠えたそれが俺たちに向かって突進を繰り出してきた。
さあ、新しい戦闘の幕開けです。
ぶっちゃけますと、この章のイメージはRPGのラストダンジョン。
そのために次々とボスモンスターが立ち塞がります。
とは言え、本作のラストかとなるとまだ先の話のイメージもあるので続けますけどね。
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