ep.47 『砂遊びのように』
白と青の奔流が全てを飲み込んでいく。
ただ、最初の砂津波のときに比べると一つ大きな違いがあった。眼前まで迫る砂津波の勢いはそのままに、俺たちの背後から押し寄せるライラが放った水の津波。それが砂津波と真正面で激突し当たりに砂と水を撒き散らせる。視界の全てを飲み込んでしまうかの如き凄まじい衝突だったが、俺たちは変わらぬ位置で平然と立っていた。
その代わりとでもいうべきか、白の守護者が苦しそうに全身を軋ませているのだ。水と砂の激突音にかき消され気味なせいでよくよく気をつけなければ聞き取れないような音だったが、一度認識してしまえば比較的はっきりと聞こえるようになる。加えて微妙な違いでしかなかったが白の守護者の動きそのものが鈍くなったように見えたのだ。
これを好機と見て一気に攻めることもできたはずなのに、俺は、いや、他の誰もがその選択肢を取ることが出来なかった。
何故か。
答えは簡単。
自分たちがこの奔流の中でも平然としていられるのは頭の天辺まで覆い尽くす水の中にいるからだと感覚で理解してしまっているからだった。
「見てるしか無いのか」
自ら出てしまえば先程と同じように砂津波に飲み込まれてしまうだろう。だから踏み出せない。それが悔しくて思わず出た言葉だ。
この場所がある種の安全地帯となっているいま、少しだけ余所のことを気に掛ける余裕が出てきたのか俺は漠然と水の中なのにはっきりと喋られることに驚いていた。咄嗟に左手で口を塞ぎ呼吸の有無を確かめようとして、元々仮想空間では呼吸を必要としていないことを思い出し一人苦笑を浮かべる。
「そろそろ津波が収まりそうだ」
動くに動けないでいる俺にムラマサが告げてきた。
「双方の津波が同時に収まるっていうのか?」
「んー、おそらくね。そもそも白の守護者の砂津波が収まっていないのにライラが魔法の発動を中断すると思うかい?」
「いや、そうだな」
自信ありげな微笑みを浮かべ言い切るムラマサに俺は思わず笑い返していた。
考えるまでもなくライラは自分の行動がパーティ全員の命運を握っているとなれば最後まで気を抜くような気質をしていない。寧ろ一切手を抜かずにそれを平然と微笑みながらやってみせるような人だ。
「だからこそ白の守護者の放つ砂津波の勢いが弱まっていっているように見える今、ライラが発動させている魔法も弱まっていくはずってことさ」
確信のある物言いで事の成り行きを見守りつつ静かに腰を落すムラマサは目を鋭く腰の鞘に刀を収めた。そして柄に手を添えてその時を待ち続ける。
徐々に水と砂の流れる轟音が消えていく。
頭上の遙か上にまで満ちていた水位が下がり眉の上、そして鼻、口、顎、首、と水から抜け出た。
「みんなっ! そろそろよ。気を引き締めてっ!」
杖を掲げた格好のまま水の中から頭を覗かせたライラが叫ぶ。
自分のアーツだからだろう。どのタイミングで何が起こるのか大体は把握しているらしい。実際、程なくして二種の津波に異変が起こった。
威力を弱めた砂津波が水の津波を吸収し始めたのだ。
水位が胸くらいにまで下がると程なくして腰の下にまでなった。
「この位なら……」
真っ先に飛び出したのはハル。
全身鎧という重装備であるにも関わらずいつもとそう変わらない動きを見せるハルは戦斧を頭上で振り回し白の守護者に向かって吠えた。
「いくぞぉぉぉッ!」
ぎこちない動きの白の守護者が眼下に迫るハルを捉える。しかし、先程のような動きの早さはない。メイスを水平に振り抜いたが、それは軽いバックステップするだけで空を切った。
すかさず空振ったメイス目掛けて戦斧を振り下ろす。これまでならもう片方のメイスで迎撃されていたのだろうが今回はそうならなかった。バリンっという音と共に戦斧に穿たれたメイスが砕けその持ち手部分から真っ二つに折れた。
武器として使えなくなったと判断し手放されたメイスは先の盾のように砂となって崩れ消える。しかし、その色が違う。これまでは文字通りの純白であったそれが、いまではくすんだ灰色。乾燥し固まる前のセメントのような色になっていた。
ハルの一撃がメイスを叩き折ったその瞬間を目撃した頃になると水位が更に下がった。自分の膝下くらいにまでなるとようやく水に動きを阻害されることは無くなったと判断したムラマサと目が合った。互いに頷きあい意思を確認すると他の皆にも聞こえるように声を張り上げて、
「この位の水位になれば俺たちでも行けるッ」
「ああ。全員、攻撃を仕掛けろっ」
号令を出すムラマサに促されるように先行していたリントとフーカが左右に分かれ白の守護者に攻撃を仕掛けた。
この時、白の守護者に起きた変化をようやく間近で確認することができた。その名の通り白色だった白の守護者の体も砕けたメイスと同じように灰色の染まっていたのだ。
海水浴の時にする砂遊びのように水を含んだ砂は固まる。これまでこちらの攻撃を受け流していた砂の体も今では強度の脆い砂の塊と大して変わらなくなっていた。そして色の変化がもたらすものは硬度の変化だけではなかったのだ。何度攻撃しても減ることの無かった白の守護者のHPゲージの色がその胴体と同様に灰色に変わっていた。走りながらこの変化の意味を考えてみる。
意味の無い、単純なカラーリングの変化だけだとは思えない。ならばやはり先程のメイスの破壊に成功したことを考慮することで一つの答えに行き着いた。もし、与えるのがダメージという概念になるのではなく、もっと単純にその体を砕き破損させることこそが討伐する唯一の手段なのだと仮定すれば、HPゲージの色の変化こそが光明に思えた。
「考えるよりも実際に試して見た方が早いか」
手早くガン・ブレイズを銃形態に変えて引き金を引いた。
撃ち出される弾丸は白の守護者に命中するとその灰色の体、その左側の足のすね部分に着弾の痕が出来た。そしてそれはこれまでのように瞬く間に修復とはいかなかったようだ。パラパラと固まった砂粒が零れるだけ、さらには灰色の変化したHPゲージが僅かに減少したのだ。
「よしッ」
続けて何度も何度も引き金を引く。
攻撃をばらけさせるよりも一ヶ所に集めた方が効果的な相手なのは一目瞭然。一つめの弾痕を狙い射撃を繰り返す。
徐々に傷跡が広がっていく。
痛覚が無いのか、あるいはダメージとしては少なすぎる所以なのかぎこちない動きで近くに迫るハルたちを振り払おうと両腕を振り回している。
小さな点の攻撃では劇的な変化は望めない。射撃を繰り返しながら近づき足元の近くでガン・ブレイズを剣形態へと変えた。
「せあッ。<インパクト・スラスト>」
弾痕の残る足を狙いガン・ブレイズを振り抜く。
威力特化の斬撃アーツのライトエフェクトが綺麗な軌跡を描き命中した一撃はドゴンっというもはや斬撃武器による攻撃とは思えない音を響かせた。
この一撃は白の守護者の左足にひびが生じ広がり崩壊を招く。
自重を支えることだけに集中したのか攻撃を受けた左足を引き、膝立ちになると空手となっている左手を床に付けた。
二種の津波が収まったあと、この空間の地面は泥濘んだ土のような感触に変わっていた。硬い床ではなく踏ん張ると足がめり込んでしまうこの地面に自重の重い白の守護者の左手がその甲まで沈んでしまっている。
「流石に俺じゃ砕くまでにはいかないか。でも、一回でダメなら何度でも――」
一歩下がり距離を取ると体勢を整えて再びガン・ブレイズを振り抜く。
自分の攻撃だけじゃない。断続的な攻撃の音が聞こえてくる。白の守護者を取り囲みそれぞれが繰り出す攻撃によってHPゲージは少しずつであるが削られていった。
不意にピキピキっという音が聞こえてきた。
破壊するに至らない攻撃が残した亀裂が次第に広がって全身にまで行き渡ったのだ。
「全員、一度下がるんだッ」
再びムラマサの号令が飛ぶ。
全員の戦い方を把握出来るほど付き合いの長いパーティだ。今更自分たちが優勢なのにと文句を言う人はいない。タイミングこそ異なれど全員が白の守護者と距離を取った。
「<アイス・アロー>」
皆が下がった瞬間を目掛けライラの魔法が白の守護者の頭を撃ち抜いた。
白の守護者の頭を貫通した氷の矢が虚空に消えたのと時を同じくし、全身に行き渡っていたひびを起点として白の守護者の体が砕け散ったのだ。
「うわっ!?」
砕けて床に落ちた白の守護者の体が大量の砂埃を巻き上げる。
湿気と埃が混じり合う砂が目に入らないように腕で顔を覆うとそこに立っていたのはそれまでとは一線を画す姿の白の守護者だった。
「あれが本体なんッスか!?」
驚いたように、あるいは戸惑ったように呟くリントに曖昧に頷くフーカとセッカがいた。
全身を崩壊させた白の守護者は理科室に飾られている骨格標本のような姿になっていた。人のそれと白の守護者が違っている証左としては頭がい骨があるはずの部分にはまるでのっぺらぼうのような頭が、全身の骨の各関節には人形に用いられる球体関節がある。色は外観とは正反対で黒、全ての色の絵の具を適当に混ぜたような気味の悪い黒色をしていた。骨なのだから当然と言えばそうなのだが、人の心臓があるはずの部分も空洞で、代わりに腹部に蜘蛛の巣のようなものが張られていて、そこには暗く輝く宝石の原石みたいなものが脈動を打ち存在をアピールしているかのようだった。
「あの宝石が弱点だッ。全員狙えぇ!」
確証はない、が、指示を出す以上曖昧な表現を避けたのだろう。言い切るムラマサが出す指示に従い、手早く狙うことの出来るライラが先程頭を撃ち抜いたのと同じ魔法を発動させた。
命中する氷の矢が消える後に続き全員が一ヶ所を狙い攻撃を仕掛けていく。
リントはその槍を突き出し、
ハルは戦斧を振り抜いた。
セッカは自らが使える数少ない攻撃用のアーツを使い、
フーカは身軽にも軽快な連撃を繰り出す。
ムラマサが居合い斬りのように刀を振るうと、
その後ろからガン・ブレイズで撃ち抜く。
全員の攻撃が宝石を的確に穿ち、白の守護者のHPゲージが瞬く間に削れていった。
「これで決めるわ。<アイス・ランス>!」
なかでも最も効果的であったのがライラの使う魔法の攻撃。
属性が関係しているのか、それとも魔法という攻撃がより効きやすいようになっているのか解らないが、自分が使った威力特化のアーツよりもライラも魔法の方がダメージがあったのは事実。
それを理解しているからこそライラもより威力が高い魔法を発動させたのだ。
巨大な氷の槍が白の守護者を貫く。
HPゲージが全て削り取られ糸の切れた操り人形のように白の守護者が崩れ落ちた。
「た、倒せた、のか?」
今ひとつ実感がないのか、ハルが戦斧で動かなくなった白の守護者をつつきながら呟いている。
「だといいがな」
「ユウは納得してないみたいだな」
「そういうハルこそ」
「まあ、な」
歯切れの悪い物言いをするハルと俺は警戒心を緩めずに動かず物言わない白の守護者を見つめ続けた。
「ん?」
「これは」
何者かに摘ままれるように背中を掴み持ち上げられた白の守護者はまるで四方八方から引っ張られるようにして四肢をバラバラに引き裂かれた。
「うげっ」
「何が起きた!?」
解らないという意味が込められた沈黙が皆から返ってくる。
そして全ての関節がバラバラになったことで白の守護者は消えていった。白の守護者が消えると同時に床一面に広がる泥濘みとなっていた砂も消えた。
砂が全て綺麗さっぱり消えたあと。そこには何の装飾も施されていない真っ新、真っ白な扉がぽつんと残されているのだった。
2020年の更新も本日からスタートします。
本年の目標としましてはこの章をちゃんと完結させること。それとここ数年同じ事を言っているような気もしますが、本作のブラッシュアップですかね。
あ、仮に改稿するとしても本作はこのまま残すつもりですので、念のため。
アップするとしたらタイトルに改訂とか何かを付けて新規の投稿の方が良いですかね。
では、重ね重ねではありますが、今年も本作をどうぞよろしくお願いします。