ep.44 『白の守護者』
カツカツカツと七人分の足音が鳴り響く。
歩幅、材質、重さ。全てが違う足音が時には重なり、時には反響して聴こえてくる。光源不明な明かりが階段を自分たちの足下まで照らしていること、さらに階段の一つの段の幅が広いおかげで足を踏み外すなんてことにはならなさそうだ。
危うげない足取りでゆっくりと階段を下っていく。
真っ直ぐ下に伸びているのではなく、螺旋のように曲がりくねった階段だ。
地上にあった神殿のような場所から地下に向かっているのだから外の明かりなど僅かも、どこからも漏れることはない。
階段には手すりがないために時折壁に手を付きながら降りていくこと数十分。ようやく最後の一段を降りて広い空間に出た。
「これはまた凄い光景だね」
感嘆の声をムラマサが漏らす。
扉もなく大口を開けたままの入り口をくぐり抜けるとそこは四方から溢れんばかりの光で満たされていたとても広い部屋だった。この光によって影が出来ない作りになっているようで、自分たちの真下だけが微かに暗いだけだ。
目に飛び込んでくる色はまさに白。
大理石のような床と光と同化してしまっている天井と壁。そのせいで自分たちがいる空間がどれほどの広さがあるのか把握することが困難だった。
「……何も、無い」
「ほんとうだっ。何もないねっ」
遠くを見渡すように手を翳して背伸びをするフーカの肩にライラがそっと手を置いた。
「落ち着いて。フーカちゃん」
「見た限りだと次の場所に続く階段もないみたいだな」
ハルがここでもまた困惑の声を上げる。
実際、最初に訪れた最上部もそうだったが、一見すると行き止まりのような印象を受ける。さっきは隠されていただけだが、今回はどうなのか。
俺は無言のまま部屋の奥へと進む。
まるで何かに誘われるかのように、とある一点に興味を引かれて止まないのだ。
迷いの無い足取りの俺を訝しみながらも仲間たちは止めようとしない。どのようなものにしろそれで事態が変わるのならば望むところなのだろう。
「――っ!」
緊張ひとつせずに力を抜いて歩いていると、ふと四方からの光が強くなった気がした。
思わず自分の顔を腕で隠し顔を隠すもそれだけでは眩しさを軽減できずに無意識に目を瞑ってしまっていた。そのまま時間の経過を待っていても光が弱まる気配はない。多少光に慣れた頃、少しだけ目を開き、腕の下から辺りの様子を窺ってみる。
程なくして大きな揺れが俺を襲った。
瞬時に片膝立ちになり、右手を床に付く。
緊急事態になったことで意識が切り替わったらしく、眩い光のなかでも両目をしっかりと開くことができた。
「皆は!?」
自分を襲った揺れに皆も襲われているのかもしれないと目線を向けるも、仲間たちは何が起こったのか解らないという顔をしていた。
「揺れているのは俺だけなのか? どうして?」
誰かに聞くまでもなくその原因はひとつしか思い当たらない。それは部屋の中を進んだこと。歩いた行為自体が引き金になったのか、あるいは今自分がいるこの場所に来たことがきっかけとなったのか、もしくはその両方か。どちらにしても異変が起こっているのは自分の周りだけならば、考えることはそう多くない。
まずは皆をここに呼ぶかどうかだ。
叫べば聞こえる距離にいるし、もう少しすれば俺の異変を見て駆け寄ってくるかもしれない。ならばどうするか。
「皆のことは皆に任せればいい。それに揺れも収まってきた……だとすれば」
顔を覆っていた右手を腰のホルダーに伸ばす。顔を上げ周囲の微細な変化を探す。
「やはり、来た!」
部屋の全てを覆っている白が風に靡く砂漠の砂のように波打ち始める。そしてその波はゆっくりと渦を巻き小規模な竜巻を形成し始めた。
ホルダーから引き抜いたガン・ブレイズの銃口を向ける。
「くっ、早すぎたか」
完全な実体化に至っていないらしく、いつものように名前をHPゲージは見えてこない。
「ユウ! 無事かって、なんだこの揺れ!?」
「だから呼ばなかったのに」
「お前は平気なのか?」
「慣れた。ハルもそのうち慣れるさ」
微細な振動を全身に感じながら平然とした顔をしている俺にハルがなんともいえない顔を向けてきた。
慣れない揺れを感じてがくりと膝を付いたハルに他の皆は奇異の視線を送っている。
「というわけだ。ハルみたいになりたくなかったら、皆は離れた場所で備えていてくれ」
ハルの変調を目の当たりにして異変を感じ取ったのか全員が真剣な顔をして頷くと、俺たちに近付こうとする人は居なくなっていた。
「これで妨害できればよかったんだがな」
「出来ないのか?」
「無理だな。HPゲージもなければ、いつものターゲットサークルすら浮かんでこない」
「ってことは、アレはまだモンスターにすらなっていないってことか」
「らしいな」
「くそっ。それじゃあ完全に現われるまで手が出せないのかよ」
「ああ。だけど、それならそれだけこちらの準備を整える時間があるってことだ」
左手を床に付ける。そうすることで揺れをより感じることができるからだ。
白い竜巻が肥大化するごとに、感じる揺れも小刻みになっていく。
戦斧を床に突き立てじっと堪えているハルもまた、俺と同じモノを見ていた。
「準備って、何をするのさ?」
「勿論。心構えだよ」
「ははっ、なるほど」
更に揺れの幅が小さく、短くなっていく。比例して竜巻がより大きくなっていく。しかし、いや、やはりというべきか。この竜巻は自然現象のそれとは違っているようだ。
巻き上げた砂の色をそのままに純白ということもあるが、何よりあれだけの規模なのにそよ風ひとつ感じない。目の前の竜巻はあくまでも現象だけが存在し、それが及ぼす影響は微塵も出ていないのだ。
音もなく広がっていた竜巻も徐々に収まっていく。
最初に揺れが収まり、次に風のうねりが止まる。
まるで一時停止した動画の如く、動きを止めたそれは一瞬にして崩壊した。
「うわっ」
今度は白い砂粒を含んだ突風が俺たちを襲う。
頬を、全身を通り抜けていく白き風は俺とハルを超えて少し離れた場所にいるムラマサたちの元にまで届いていた。
「見えた!」
突風の中、ガン・ブレイズを構えていた俺の目にひとつの名前と一本のHPゲージが浮かび上がる。
その名は『白の守護者』。HPゲージの色はその名の通り白。
HPゲージの色が違う相手はこれまでも何度か目にしてきた。だが、白は始めてだ。あらゆる色が重なったことで黒くなるのは想像に難くないが、白になるのはどういうことなのか。
これまでに対峙したことがないくらいに数多くのHPゲージが重なっているということなのか。それともその存在があまりにも稀薄だというのか。
竜巻が巻き上げていた砂が全て落ち、その中から現われた白の守護者の姿を一言で表わすのならば巨人。それもハルのように全身鎧を纏った屈強な巨人だ。
右手には巨大なメイス。ぶ厚い剣を十字に組み合わせたような特殊な形状をしたそれは打撃武器でありながら斬撃武器でもあるらしい。
左手にあるのは身の丈ほどの巨大な盾。俗に言うタワーシールドと呼ばれているそれだが、持っている白の守護者自身が巨大であるからこそ軽々と持ち構えられているように見えた。
兜の奥、人で言う眼球の有るべき場所に虚ろな黒い光が灯る。
全身が白いからこそ、その黒がより異質に際立って見えていた。
「――! 来るぞ!」
俺たちよりも離れた場所に居たからだろう。その挙動に真っ先に気付いたのはムラマサだった。
その声が届くよりも早く、白の守護者が動いた。
自分たちの身長を優に超す巨体を誇る白の守護者はその身に似合わないほどの速度で前に出てメイスを振り下ろす。
凄まじい勢いで振り下ろされたそれが穿つのは大理石のような床。俺とハルがいる場所とムラマサたちがいる場所の狭間を打ち砕いた一撃は否応なく強敵との戦闘を実感させた。
「きゃあっ」
「大丈夫ッスか」
「……ん、ダメージはない、よ」
轟音に混じり聞こえてきたフーカたちのそんな会話を耳にしながら、俺はガン・ブレイズの引き金を引いた。
撃ち出される弾丸が白の守護者の肩を掠める。
そして驚いたことに白の守護者の肩の一部が弾丸によって削られたのだ。
「まずは一太刀」
「俺も行くぜ!」
白の守護者を挟み前後から繰り出されるムラマサとハルの攻撃。それも白の守護者は盾で防御することなくその身で受けてみせた。
ムラマサの刀が白の守護者の胴体に大きな切り傷を刻み、ハルの戦斧が背中を凹ませいくつもの亀裂を生じさせていた。
「どうして防御しないのかしら?」
魔法アーツを発動させる準備を整えながら控えていたライラが疑問を声に出していた。
そしてその答えはすぐにひとつの現象として現われた。
目視では解らないほど広範囲に散っていたはずの白い砂粒が吸い込まれるように白の守護者の傷を修復したのだ。
「ダメージは?」
見た目の傷が治ろうとも与えたダメージが回復していなければ攻撃自体に意味がある。
戦闘が始まったことで全員に見えるようになっている白の守護者のHPゲージを確認しながらハルがいった。
「嘘…だろ……」
「これは。ノーダメージとはね」
全身全霊の一撃とまではいかなくとも決して手を抜いた一撃ではなかったはず。だからこそ驚愕するハルと苦笑するムラマサは危機感を強め、追撃せずに白の守護者と距離を取った。
「攻略法があるはず。それを探さなければ戦闘にすらならない相手なのかもな」
そんな俺の呟きが双方の攻撃が止んだ一瞬の間に響き渡る。
そして誰の肯定も否定も得られないまま白の守護者が再びメイスを大きく振り上げた。
【守人の迷宮】戦闘パート開始です。
はてさて、今回はどのくらい続くことやら。あまり間延びしないように頑張ります。
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