ep.42『至る道•その1』
この道を通ったのはこれが二度目だ。
けれど、この交差点は記憶にはない。
右側から延びる街道は一度目に俺たちが通ってきた道。それをまっすぐ進めば先ほどまでいた村に辿り着く。
覚えているのは一本道のはずだった。なのに今はもう一つ。別の場所へと続いている分かれ道がそこにある。
「ここを行けってことか」
ハルが先の見通せない道を見ていう。
新たな道は何故気付かなかったのかと思ってしまうほどの存在感を醸し出していて、そのことが殊更自分に対してどうしてと疑念を抱かせていた。
「村長の話ではここを進めば【守人の迷宮】があるらしいけれど…」
訝しむように目を細めるムラマサがいうと、
「なにも見えないわねぇ」
ライラが不安だと表情を曇らせて首肯していた。
二人が感じているように、俺もまた微かな不安を感じてはいる。
【守人の迷宮】は【ヴァルスパーダ山】に行くために超えなければならないダンジョンだ。詰まるところその先には必ず【ヴァルスパーダ山】が無ければならない。しかし、俺たちが立ち止まってしまっているこの場所からはそんな山は見えないし、そもそも【守人の迷宮】らしき建造物も見えなかった。
ダンジョンというものの体裁はある程度限られてくる。例えば天辺の見えない塔のような形。あるいは地底深く潜っていくように探索するもの。はたまた上や下ではなく平面に広大な、所によっては一つの街のようになってしまっているものもある。
だが、困ったことにここからはそのどれも見えないのだ。
「ある」という村長の言葉を信じることしかこの先に進もうとする自分たちを肯定できるものはない。
「どうしたんッスか?」
思いの外立ち尽くしてしまっていたのだろう。リントが不思議そうに聞いてくる。
「えっと…」
「……怖くない、の?」
曖昧に笑うフーカの横でセッカが平気そうな顔のリントに聞き返す。
「そうッスね。別に平気ッス」
「……なんで?」
「だって何があっても自分たちなら問題ないッスよ」
晴々とした笑顔でリントが言い切る。
この笑顔が重くなっていた空気を変え、俺たちに前に進む気持ちを蘇らせてくれた。
「そうね。私たちなら大丈夫よね」
「んー、そうだね。ここで立ち止まっていても埒があかないか」
「だな!」
自分が、そして仲間たちに向けてそれぞれが歩き出せるように声を張り伝えると、誰からということもなく歩き出す。
「行こう」
俺もその中に混ざり新たな道を進み始めた。
新しい道は村の近くのどんな道よりも綺麗だった。
あからさまに人の手が加えられているかのように、平坦で道には雑草ひとつ生えていない。道の小脇に旅人が腰掛けるよつな大きな岩などあるはずもなく、それどころか無意識に蹴飛ばしてしまう小石すらなかった。
当然動物もいなければ、モンスターの影すら見かけることもなかった。
平和といえばそうなのだが、ここまで命の気配が無いというのも気味が悪い。
ただ一つこの道にある生命は道の端をまっすぐ綺麗に植え揃えられた色彩鮮やかな花々だろうか。しかしそれも全ての花が揃って咲き誇っているとなれば不自然そのもの。
まるで物語によくある天国の道を歩いているかのような景色に、次第に俺は現実からの乖離を感じ始めていた。
言葉もなく、黙々と歩き続けることどれくらいの時間が経っただろう。
決して長くはないはずも、僅かな時間だったとは到底思えないような感覚だった。
手元にマップを出そうにもどういうわけか出てこない。
迷うはずのない一本道だということもあって歩き続けることを選択してまた暫く経った頃、突然霧が晴れるかの如く、目の前に白い石によって建てられた神殿のようなものが現れた。
「ここか?」
「んー、マップが使えないからね。断定はできないけれど」
暗に多分そうなのだと述べるムラマサに俺たちは目の前の建物を見上げる。
いわゆる古代ローマ的な柱と壁。扉や天井に刻まれた彫刻は何を模したものなのか。意図があるようで無いような抽象的なそれは風化することなく、最近施されたものみたいに新しく見えた。
「扉は開いている、か。入って来いってことだよな」
「ま、他に行くトコなんてないんだからいいじゃないか。むしろ望むところだろ」
「頼もしいことを言ってくれるね。それならハルには先方を切って行ってもらおうかな」
「んなっ!?」
「そうねぇ。ハルくんは防御力も高いんだから任せようかしら」
揶揄ってくるムラマサとライラにハルは腕を組みうんうん唸ってから、
「わかった。セッカ。何かあったら回復は頼むぞ」
「……ん。まかせて」
人一人が通れるだけ開かれている扉をハルは思い切って左右同時に開いた。
古い遺跡などでは扉が開かれる度に砂埃が舞ったり、何かが破損したりするのだが、真新しいこの扉は重々しい音もなく静かに間口を広げている。
ハルの後ろから中の様子を伺ってみると、そこにあったのは初めて見る神物の石像。
広場の中心に鎮座するそれは雄々しく剣と盾を持つ男神のようでもあり、人を導くために声を上げた女神のようでもあった。
「綺麗」
それは誰の呟きか。
確認する気も起きないほど、俺はその石像に魅入られてしまっていた。
作者の体調不良も病院で検査をして結果がわかったので、もうしばらくすれば文量もこれまで通りに戻るかと思います。
とはいえ、今回はショートバージョンでご勘弁を。
更新自体は次週も同じ時間にするつもりです。
なお、今回の空白の付け方の違いはスマホで書いたことによるためです。後日PCが使えるようになれば他の回と同様になるように編集するつもりなので、あしからず。