ep.41 『守人』
地竜が砕けて消えていく。
風に舞う粒子を眺めている最中、手元にコンソールが出現した。表示されているのはこの戦闘で得た経験値とドロップしたアイテム。ここ暫くドロップアイテムには無縁な戦闘ばかりしていたせいか、戦闘でアイテムを得ること自体が随分と久しぶりな気がしてくる。
久しぶりだったからか思わずというように今回得たモンスターの素材アイテムを取り出してみた。石のように硬い灰色の骨。片手に余るくらいの大きさのそれは『地竜の骨』というあまりにもそのままな名称をしていた。
「皆さん。無事でしたか」
近くの家屋の影から一人の老人が姿を現わした。
そこにいたはずの地竜が姿を消し、代わりにボロボロになった剥き出しの地面が一際目を引いた。
「村長、無事でしたか」
「皆さんこそ。怪我はありませんでしたか?」
「なんとかね。それよりも村人に怪我は無かったかい」
「ええ。おかげさまで。おや? それは――」
「これか? これは『地竜の骨』という素材みたいだけど」
「おおっ! やはり! 申し訳ありませんが見せて貰えることは出来ますかな?」
「別に良いけど」
近付いてくる村長に手の中にある『地竜の骨』を渡す。大事な物を手に取るように両手でそれを受け取ると村長はマジマジとそれを見つめている。
端から端、表から裏。ありとあらゆる角度から観察すると村長は目を大きく開き、
「こ、これは。凄まじいものですな」
そう戦いていた。
「そうなのか?」
「そうですとも。骨になっても感じられる地竜の息吹。力強さ。皆さんもわかるでしょう!」
「あ、いや。正直素材だけだとなんとも」
「そうなのですか。残念です。皆さんの中に生産職はおられないようですな」
がくりと肩を落す村長に対して、皆の視線が俺に集まる。内心「純粋な生産職じゃないから」と呟きながら視線だけで告げると、曖昧な笑みを浮かべてムラマサたちは頷いていた。
「もう良いかな?」
「あ、ああ。そうですな。中々眼福ものでしたよ。それにしても……」
「おや?」
周囲を見渡しながら口をあんぐりと開けている村長の目には驚愕なのか、それとも悲観なのか、複雑な感情が見て窺える。しかし結局は地面の崩れ具合に目が行ってしまうみたいだったが、その視線も時折目に入る崩壊は免れたものの住むことは出来なくなってしまった家屋という現実から目を逸らしているようにも思えた。
「ここの地竜はオレたちが討伐しはしたんだけど、念のために隠れてなくてもいいのかい?」
「どうやら村の危機は去ったようですからの。ホッホッホ」
「それって?」
「んー、そういえば、避難先から近いのはここよりも村の奥の方だったね」
得心がいったと独り言ちるムラマサはすっと視線を別の場所に向けた。
「どうやら、そっちも無事に勝てたみたいだね」
「おう。まあな」
「ハル!」
ガチャガチャと鎧を鳴らしながら声をかけてくるハルの後ろには共にもう一体の地竜を倒しに向かったライラ、フーカ、リントの三人が傷一つなく歩いている。
「皆も。地竜を倒せたみたいで良かった」
「あら? ユウ君たちは大変だったのかしら?」
「……皆は違った、の?」
「こっちはその、何というか……」
「相性が良かったのかな、結構簡単に倒せたんだよっ。でもHPが多いみたいで時間が掛かっちゃった」
明るい調子でそう口にするフーカに俺はこの四人がそれぞれ得意な戦術と四人が繰り広げる戦闘の様子を想像した。
そして答え合わせをするように、一つ一つ自分が想像した戦闘の光景を話してみる。
「まず、先制攻撃をしたのはライラが使う氷魔法。どのようなものを使ったのかまでは解らないけど、大地を操る地竜と大地をも凍り付かせるライラは決して相性の悪い相手じゃない。地力の差があれば相性など簡単に覆されるかもしれないけどさ、幸いにも地竜とライラの間にはそこまでの差はなかったんだろ」
ハルたちの顔を見渡しながらそう問い掛ける。
「どうだ? 合ってるか?」
「そうね。手の内を明かすようでちょっと気が退けるけど、ユウ君たちなら問題ないかな。最初に私が使ったのは地面に広範囲の霜を発生させる魔法よ。これを使うと氷系の魔法の発動速度があがったり範囲が広がるの」
「……それだと地竜が使う攻撃は防げない、よね?」
「そうね。でも――」
「ねえっ、地竜が使った攻撃に地面から無数の棘を生やす攻撃はあった?」
「……石の雨を降らせる攻撃もあった、よ」
「それは俺たちのほうにもあったッス」
「それは、か。つまり地面を操るような攻撃は無かったということかな」
村長と話し込んでいたムラマサが微笑を浮かべながら俺たちの会話に加わってきた。
「そうッス」
「成る程。確かに相性が良かったのは間違いなさそうだね」
「ええ。霜で覆った後に薄い氷で地面を覆えばその攻撃はしてこなかったのよ」
「おかげでちょっと動きづらくなったけどっ」
「あら。フーカちゃんなら慣れていると思ったのだけど」
「私じゃないよっ。リント君だよ」
「お、俺ッスか? 大丈夫ッスよ。そりゃあ最初は戸惑ったッスけど、途中からは普通に動けるようになっていたじゃないッスか」
「でも、いきなり靴を脱いだ時にはびっくりしたぞ」
「そっちの方が滑らないと思ったんッスよ。俺はリザードマンッスから」
竜というよりもトカゲの足をしているリントだからこそできる芸当だろう。咄嗟の場面で装備を外すという行動を選択できるのもまたリントの頭が柔らかいという長所だった。
「地竜の攻撃を妨害できたとすれば次に重要なのはこちらの攻撃力。俺の想像だとそれを担っていたのはハルとリント」
「ねえっ、だったらアタシはアタシは?」
「フーカは牽制。というよりもヘイトコントロールをやっていたんじゃないのか?」
「凄いっ。よく分ってるぅ!」
感心したように笑うフーカに俺はちょっとだけ得意気な笑みを向けていた。
「俺の爆発とリントが使う槍の刺突は良い連携になったぞ」
おおよそ自分が考えた通りの戦闘だったようで、それは確かに俺たちよりも相手と自分の戦力が上手く噛み合っていたらしい。
それから今度は自分たちの戦いの様子を話すとハルは、
「やっぱり力押しになったか」
と苦笑交じりに言ってきた。
それから暫くした後、隠れていた村人が恐る恐るといった様子で隠れていた避難場所から出てきた。なかには村の現状を嘆く人もいたが、大多数を占めていたのは自分たちの無事と村の存続を喜ぶ人たち。そして落ち込む村人に声を掛けて、これからの復興の算段を立て始める人もいた。
その中から一人離れ近付いてきたのは村と外を隔てる防護柵の前に立っていた男。俺たちを村長の下に送り届けた当人でもある。
男は村長の後ろに控え立つとこれまでとは違う警戒心の薄い視線をこちらに向けてきた。
「さて、皆さんには何かお礼をしなければなりませんな」
ちらりと後ろを振り返り村長は男の反応を見ると、男は厳しい表情で口を結んだまま僅かに頷いた。
「でも正直ここで欲しいものってなるとなぁ……あ、悪い」
何もないと言わんばかりに呟いたハルを村長の背後にいる男が睨み付けた。
「確かに。こう言っては何ですが村の備蓄はこれからに必要ですからの。あまり渡すわけにもなりませんが……」
「だろうね。だからオレたちも無理は何も言わないつもりさ」
「となれば……」
再び村長は振り返り、自身の背後にいる男に視線を送る。今度も男は難しい顔をしたまま頷くが、その表情にはどこか納得の意が込められているように見えた。
「皆さん。付いてきてくれますかな」
俺たち全員が頷くと村長は自分の家とは違う方向へと歩き出した。
ゾロゾロと全員揃って歩く俺たちは殊の外目立っていた。しかしその視線は余所者に向けられる好奇の視線ではなく、地竜という村の脅威を取り除いた者に対する感謝の意が込められているみたいだった。
村の表通りを抜け裏通りを更に村の外れの方に進んでいくと、先程村人が避難していた場所とも違う、村の周囲を覆う木々のよって隠された人一人が通れるくらいの細さの道と呼ぶにはあまりにもな道があった。
村長は自身の顔に掛かる枝を手で避けつつもその奥へと進んでいく。その後に並ぶ男も、そして俺たちもまた、前を行く人を見失わないように気をつけながら、不安定な足元の道を進んでいく。
いくつもの枝葉に覆われており、かつ日の光が届かないほどに木々が茂る森の中を進むこと十数分。ようやく微かな日の光が差し込む場所に出た。
僅かに開けた部分はこれまでの道中に反して定期的に人の手が入っていると思わしき芝生。中心には一メートルくらいの大きさの石が置かれ、そこには読めない文字が長々と彫刻されている。彫刻が施されている石となればそれはもはや石碑だ。
「これは?」
真っ先にそう問い掛けたのはムラマサだった。
誰とは言わないものの見慣れないオブジェクトにさほど興味を示さないメンバーもいるみたいだが、俺はこの石碑に妙に興味を引かれていた。
何故と問われても上手く説明できないが、目が離せないのも事実。
「我々の村の名前は話しましたかな」
石碑から視線を外さずに村長が徐に問い掛けてきた。
俺は無言のまま首を横に振ると、ムラマサが代表して「いいや」と答えていた。
「我々の村の名は【守人の村】。決して外に漏らしてはならない秘められた名だ」
思えば先程戦った地竜を村長は村の向こう側にある山の守り神だと言っていた。そして村の名前が【守人の村】なのだとすれば、
「ああ、勘違いしておられるようですな」
自分の中でなにか結論めいたものを作り出したそれを村長は俺の方を見ることなく即座に否定してきた。
「村の名にある【守人】というのは地竜のことではありません。この村で生きる人間が知らずと背負わされている役割。それこそが守人なのです」
まるでその重圧を一身に背負っているかのような物言いをする村長を男は悲痛な面持ちで見ていた。
「そのことを知っている人は村長以外にはいないのかい?」
「次期村長であるこのイヅキだけですな」
「……そう」
セッカは男――イヅキと村長を交互に見て小さく呟いていた。
「守人というのなら、何かから何かを守っているということになる。ならば、貴方たちは何から何を守っているというんだい?」
「世界から、世界を」
初めて村長の目が鋭くこちらを捉えた気がした。
飄々とした好々爺の顔でも、凜とした村長の顔でもない、別の顔。まるで戦士のような顔をする村長がゆっくりと振り返り、俺たち全員を見渡す。
「守人の村の役割は楔。決して消してはならない土地なのです」
「それが、俺たちをここに連れてきた理由ではないはずだ。秘密を打ち明けることに何の意味が?」
「皆さんが向かおうとしている【ヴェルスパーダ山】そこもまた守人の地の一つなのです」
「え!?」
「故に誰も足を踏み入れることの叶わぬ場所。しかしどんなことにも絶対は無い。必ず例外というものは存在するのです」
「ということは」
「ええ。先程は言えませんでしたが、皆さんが【ヴェルスパーダ山】に足を踏み入れる方法はあるのです」
「それを教えて頂けるのですね」
そう問い掛けると村長は目を瞑り深く頷いて見せた。
「守り神である地竜をも屠るほどの力があれば不可能ではないはずです。イヅキ」
村長に名を呼ばれたイヅキが懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出した。そしてそれを広げて俺たちに見せてくる。
「それは?」
「【守人の村】から【守人の迷宮】へと続く地図です」
マジマジとそれを見つめる俺にイヅキは再び地図を丸めると手渡してきた。
「覚えるだけでは辿り着けはしません。この地図を持っていなければ」
「待って。それだとユウ以外は行けないってことなのか?」
「問題は無いでしょう。伝承によれば地図を持つ者の仲間ならば共に行けるはずです」
困惑するハルが気にしたように、この仲間がパーティ単位なのだとすればハルたちは一緒に行けないということになる。パーティを組み直そうにもその最大人数は決まっている。結局誰かが漏れるしまうのだ。
そんな懸念も地図を手渡されたときに払拭された。レイド戦が始まる時と同じように参加するパーティを決定するための画面が出現したコンソールに記されていたのだ。
「確かに問題無いみたいだ」
手元のコンソールを可視化させてハルたちにも見せる。するとハルたちは皆が安堵した表情を浮かべていたが、俺は僅かな不安が脳裏を過ぎった。参加する最大パーティ数が六となっていたからだ。現状参加するのは自分たちとハルたちという二つのパーティだけ。それでは最大数の半分にも満たない。この先も参加するパーティが増えることなどあり得ないのだから、悩んでも仕方の無いことなのだが、この一点に関しては不安が残り続けた。
手早くハルたちのパーティも参加するメンバーに加えるが、俺の手はそこで止まってしまった。コンソールに『変更はできませんがよろしいですか?』という一文が表示されたからだ。
「ユウ?」
「どうしたんだい?」
「あ、いや。何でもないさ」
俺を心配してハルとムラマサが声を掛けてきた。
不安を振り払うように頭を振って、YESのボタンを押す。すると自身の視界の左端にあるパーティメンバーの簡易HPゲージの横にハルたち全員の簡易HPゲージが追加された。
「この【守人の迷宮】を超えることこそが【ヴェルスパーダ山】に至るたった一つの道なのです」




