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迷宮突破 ♯.3

 【ARMS・ONLINE】初の大型イベントが開催されるまでの一週間はそれまで一切ログインしなかった反動とばかりにゲーム漬けの日々を送っていた。


 ハルとリタとマオの三人とパーティを組むことになってそれぞれが準備に勤しんでいるなか、俺は皆の武器の強化を引き受けていた。

 時折エリアに出て鉱石を集めてきてはそれを使い武器を鍛え上げるを繰り返す。元々かなり強化されていたハルの斧を筆頭に、俺の剣銃にリタの大剣、そしてマオのハンマーのレベルを軒並み上昇させていった。


 斧や大剣は俺の剣銃と同じ刀身を持つ武器で強化の方法もそんなに変わることはなかったのだが、ハンマーは全くといっていいほど勝手が違った。

 加えて剣の類も打ち直すことはせずに霊石を使った強化と同じ手順で鉱石を使った強化を施していくのだが、ハンマーはそれを一度全体に馴染ませた後に剣の時とは違う方法で研磨していったことで金属特有の輝きを放つようになったハンマーは素人目に見ても満足のゆく出来だった。


 それからもう一つ。この一週間の中の一日はリタとマオのクエストに付き合うことにした。

 前に約束していたオーガ討伐のクエストだ。

 一緒にパーティを組んでいるハルもこのクエストに協力してくれるということになり、ハルの参戦理由は出来あがった防具の性能テストも兼ねて挑戦したいということだった。


 件のクエストの短期クリアの条件ともいえる武器に鬼払いの追加効果の付与は俺の手で成され、既にオーガとの戦闘を経験したプレイヤーが二人も参加したということもあってか特に目立ったピンチを迎えることも無くクリアする事が出来た。


 約束も果たし、武器の強化も終えた。

 マオとリタも依頼されていた装備品の製作を全て済ませ、ハルもまたこの一週間でレベルを二つも上げていた。


 準備万端。

 いつイベントが始まっても大丈夫だという体勢が整っているのだが、実際は全てのプレイヤーが等しく一つ大きな問題が残されていた。


 いつまで経ってもイベントの詳細な説明がされなかったのだ。


 開始される日と時間は最初に報じられたのだが、このイベントがどういう感じになるのか予想と立てようとしても雑誌や情報サイトに並ぶ情報はどれも推測の域を出ないまま、遂にイベント開始前日を迎えてしまっていた。


「本当に今日発表されるのか?」


 最初の町であるウィザースターの中心部、噴水広場に集まって来ているのは当然俺たちだけではない。イベントに参加する意思のある他のプレイヤーも軒並み集まっているようだ。


「そろそろ時間だ」


 コンソールに表示されているデジタル時計が午前11時を示した瞬間、空中に金色の巨大な玉が出現した。


『ハジメマシテ。ぼくのなまえはゲート。みなさんをイベントエリアに送る者です』


 金色の球体が発する声は機械音声にしか聞こえないが、あまりに自然に話す口調にその奥で誰かが話しているのではないかと思ってしまう。


『それでは明日のイベントの説明をさせてもらいます』


 突然の宣告に、集まって来ているプレイヤーにどよめきが巻き起こった。

 元々今日この場所で何らかの発表があると公式からのアナウンスがあったのは昨日の晩。そして実際に更なる発表があるとあの球体が宣言してみせた。


『明日開催されるイベントのタイトルは『迷宮攻略』。プレイヤーの皆さんはこれから我々が用意した町に転送してもらいます』


 これからという一言に皆動揺を隠せないようだ。


『イベントに参加する意思があるのならコンソールの『YES』を押してください。『NO』を押された場合は今回のイベントに参加する意思が無いものとして、この通常エリアに残ってもらいます』


 どのような内容になっているのかも分からないイベントに参加するもしないもプレイヤーの自由。

 この町に残って他のプレイヤーがイベントに熱中している間に通常のクエストをしたり、人の少なくなったエリアでこれまで以上の採集をするのもいいのだろう。


「どうする?」


 一応、他の三人に尋ねてみた。


 生産職の二人にはある程度とはいえ、素材を独占出来るようになる状況が待っているのだ。ここでやっぱり参加しないということもあり得るのだろう。

 しかし三人の意思は変わらず、


「もちろん参加するわよ」

「私も参加するぞ」

「俺もだ」


 と三人はそれぞれコンソールに表示されている『YES』を押していた。


「ユウはどうするんだ?」

「当然、参加するさ」


 初めから『NO』を押すことなど考えていない。

 折角の初イベントなのだ。

 参加しなかったら後悔してしまうだろう。

 俺が『YES』を押したことでパーティ全員の意思が決定したとみなされたのだろう。四人は瞬く間に光に包まれウィザースターの町から姿を消した。



「ここは……どこだ?」


 四人揃って転送されてきた場所は見覚えの無い町。

 石造りの建物が建ち並ぶウィザースターの町でもツリーハウスが建ち並ぶ樹上の町でもない。

 建物は石造りだが妙に古く、石壁や土壁は所々崩れ、今はどうにか建物としての体裁を保っているだけに過ぎない。


「ユウ、あれを見てみろ」


 ハルが指差した先で俺たち以外のパーティが次々と転送されてきている。しかし、その数は思ったよりも少なく、せいぜいあの時に噴水広場に集まって来ていた人数の三分の一程度といったところだ。

 これからも俺たちの後に転送されてくるパーティもいるのだろうが、それでもこの時点で来ている人数がこの程度のはずがない。


「参加しないことにした人が多かったのか?」


 理由が解らず思ったままをそのまま口にした俺にリタが答えを返してきた。


「違うと思うよ。ほら、あれがこの町の地図のはずだけど、この町はもっと広いみたいよ」

「…本当だ」


 転送されてきた場所から見える看板に書かれているこの町の地図は町の建造物が何かを中心に丸いドーナツ状に広がっているようにして描かれている。

 地図の中心は黒く塗り潰されていて何があるのかはっきりしないが、中心に沿うように作られている町の形状から推測すれば、自分の目で見えている風景はこの町の全体図からすれば極一部ということになるようだ。


「これからどうするんだ?」


 立ち尽くしまま動かない俺たちにマオが問い掛けてくる。

 俺はリタとハルそれぞれと顔を見合わせ苦笑で返した。

 参加の意思を表したとはいえど、強制的に転送されてきた俺たちはここで何をすればいいのか知らされていない。

 この町がイベントのために作られたことは想像がついたのだが、実際にこの町がイベントにどう関係しているのかは分かっていないのだ。


『はーい。第一陣のみなさん。無事に転送されてきましたかー?』


 金色の球体と同じ機械音声がどこからともなく聞こえてきた。

 声のする方を見上げると、金色の球体が暗い曇り空に太陽のように輝いていた。


『それでは、イベントの説明を始めましょう』


 その一言を切っ掛けに空に金色の球体が現れた。


『今回のイベントはその名の通り迷宮を攻略してもらいます。その迷宮があるのはこの町の中心部。突入は無数にある扉から自由に出入り出来ますが、一つだけ条件があります。迷宮に挑める時間は一人一日五時間まで。

 さらにこのイベントに参加している間はこの町に滞在し続けてもらいます。イベントの開催期間は八日間。その間に迷宮を攻略できたプレイヤーにはイベント終了後、特別な報酬を進呈します』


 特別な報酬、その一言に町に滞在しているプレイヤーの多くから歓声が上がった。

 俺もその特別な報酬という言葉に心が引かれたが、裏を返せば攻略しなければ報酬はないのだと言われたようなものだ。


『攻略できなくても迷宮にはここにしか出現しないモンスターやここでだけ見つけることのできる素材アイテムが用意してある。さらには迷宮内には特別な装備品も隠されている。迷宮の攻略に集中するもの自由、アイテムの収集に集中するのも自由だ。

 プレイヤーのみなさんには自分で自由に遊んでみてくださいねー』


 なるほどと俺は静かに頷いていた。

 攻略できなくても道中で手に入れたアイテムはある意味イベント報酬として持ち帰ることができるということのようだ。

 これならば生産職以外のプレイヤーも貴重な素材アイテムを手に入れることができれば後にそれらを売って多額の金額を手に入れることも、それらを用い自身の装備を強化させることも出来るというわけだ。


『最後に、プレイヤーのみなさんは明日になったら一時的に新たなスキルの習得が出来なくなります。

 迷宮に挑みそこで出会ったモンスターとの戦闘に有用なスキルを入手することも、町での活動に必要になったスキルの習得も不可能となります。

 そこで、この一日を準備期間として用意しました。この期間内では生産スキルに限り習得条件は省略されます。

 さて、運営としては各々考えを巡らせ最高の状態でイベントに挑んで戴きたい。そこで、我々からプレイヤーのみなさんに贈り物を進呈しよう』


 この声の後、俺の手の中に小さな砂時計が出現した。サラサラと流れる蒼い砂がガラス管に入っている手のひらサイズの砂時計が測れる時間は金色の球体の言葉通りとするのならば五時間のはず。


『それでは明日、午前十時に再び出会う時までさよならだ』


 この言葉を最後にいつの間にか声は聞こえなくなり、空に見えていた金色の球体が姿を消した。


「これは、なに?」


 とリタが金属製の鍵を見せてきた。


「砂時計と一緒に現れたんだけど…」

「どこの鍵なの?」

「さあ?」


 リタと首を傾げ合っているマオは二人揃って俺とハルのの顔を見てきた。

 その鍵は所々錆びかけてはいるがまだまだ使用出来る範囲だろう。

 どうして四人のなかでリタの元にだけ鍵は出現したのだろうかと考えている俺と不思議な現象を目の当たりにしたというような顔をしているリタとマオにハルが提案してきた。


「とりあえず、俺たちもこの町を散策しないか?」


 これから最長で八日間、自分たちの拠点となる町だ。出来得る限りここにある施設は把握しておくべきなのだろう。そう考えたのは俺たちだけではないようで、俺たちと同じように転送されてきた他のパーティもまた同じように各々町の散策を初めていた。


「そうだね。もしかするとこの鍵の使い道も見つかるかもしれないし」

「早く行こう」


 誰よりも散策に乗り気なのはマオだった。率先して歩き出した彼女を追って俺たちもまた町の散策に出かけることになった。

 といってもこの町はどこまで行っても同じような建物が並ぶだけで特別な施設はおろか、それまで拠点にしていたウィザースターの町にあったようなNPCショップも見つからない。


 注意深く町の様子を観察していると俺はある違和感に気が付いた。

 それはこの町にいる人は皆プレイヤーが操るキャラクターだけでNPCは一人として見つけられなかったということだ。


「これは…」


 深刻そうな顔で呟いたのはリタだ。


「みんな、ちょっと来てくれない?」


 そう言うとリタは建物の陰に隠れるように移動して手招きをした。

 一体どうしたのかと集まった俺たちにリタは真剣な眼差しで告げる。


「もしかすると今回のイベント大変なことになるかも」

「どういう意味だ?」


 聞き返したのは俺一人で、ハルとマオは何かに感付いたようにお互いの顔を見合わせていた。


「ユウ、ここにNPCショップが無いのには気付いているか?」

「そりゃあ、まあな」


 町の半分近く見て来てもNPCはたった一人すら見つけられなかったのだ。もうこの町にはNPCがいないと判断してしまってもいいかもしれない。


「…って、ああ、なるほど。そういうことか」


 そう。NPCがいなければ当然NPCショップもない。

 それはプレイヤーがNPCからアイテムを購入したり武器を強化したり防具を調整したりすることができないのと同じことだった。

 生産職のプレイヤーがいても所有している工房は元の町にある。イベントの期間中は装備の強化どころか、消耗した武器や防具の修理や調整すら困難になってしまったということだ。


「リタ。その鍵を見せてくれないか?」

「いいよ」


 差し出した手に乗せられた鍵からは昔の祖母の家で触ったことのある金属製のそれと同じような重さが感じられた。

 今の時代、普段現実で使っている鍵は電子キーが殆ど。このような金属製の鍵はもはや旧家にある蔵などでしか使われていない。


「この鍵、なんでリタにだけ現れたんだ?」


 先程感じた疑問をそのまま口にする。


「えっと、それは…なんでだろ?」

「多分、リタがパーティリーダーだからじゃないか?」


 分からないと首を傾げるマオとは違い、ハルは自分の考えを告げた。


「だとすれば……探してみた方が良いかもしれないな」

「なにを?」

「この鍵が使える建物を、だ」


 町の至る所にある建物は恐らくイベントに参加登録したプレイヤーないしパーティの数と同じかそれ以上、存在するのだろう。

 拠点となる町がここだとするのならば、パーティ単位で拠点となる場所が用意されていてもおかしくはない。


 鍵を持って一軒一軒確かめるために足を運ぶことで拠点となる建物を発見できるのだとしても、見つかるまでどれほどの時間が掛かるか解からない。

 今日一日の余裕があるとはいえど全てのプレイヤーが確実に拠点を探し出せるとは限らないのだ。だとすれば何らかの処置が施されていると考えて間違いないはず。

 その何かを求め歩いていると突然リタが立ち止まり、一軒の建物を指差した。


「あった。多分あそこだと思う」


 リタが言ったその先にあったのは他の建物と同じ造りの建物。

 二階建ての建物で、入り口となる木製の扉に付いている金属製の錠に鍵を差し込んでみると、綺麗にすっぽりと収まった。


 リタが慎重に鍵を回すとカチッという音と共にロックが外れ、ドアノブを回すことができた。


 キィっと金具の擦れる音を立てて開かれた扉の向こうにあるのは一つの大きなテーブルと使い古された中型の鍛冶に用いる炉。

 部屋の広さは俺の工房の軽く二倍で、店を始めたリタの持つ工房と同じくらいの広さがあった。




2017/05/30 改稿

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