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ep.39 『村の脅威』


 大陸を渡ってまで向かっている目的地が人の及ばない領域と言われ愕然とする俺たちに村長は奥の棚から一冊の本を持ってきた。くすんだ色味の金属によって縁取りされた装丁が目を引くが、その中の紙も程よく日焼けして黄ばんでいる。本自体の大きさも普通に読むにしては大きく、どちらかと言えば記録を保存するために本という体裁を取っているだけのものらしい。

 村長は件の本の表紙を捲り慣れた様子で目的のページを開いて見せる。


「それは?」

「この本には皆さんがお知りになりたいことが記されているのです」


 全員の視線が開かれたページに集まる。そこに描かれていたのはこのゲームの舞台である【四天大陸(してんたいりく)】の絵。プレイヤーが公式のHPで見ることのできるそれと酷似していた。


「ここが今いる大陸です」


 最初にそう言葉を発した村長は【ジェイル大陸】のある一点を指差す。そこが現在地であることは言われるまでもない事実。老人といっても男性の村長の指はそれなりに太く、この指が指し示した場所はあくまでも大凡といった感じだ。


「そしてこちらが【ヴェルスパーダ山】」


 すっと指を動かし別の場所を指し示す。


「やっぱり近く見えるな」


 腕を組み納得がいかないというような顔でハルが呟いた。実際の距離と地図上の距離とでは感じ方に誤差が生じてしまう。それのことが目で見ればこんなに近いのに辿り着けていないことが歯痒くて仕方ないといった空気を滲ませている理由に思えた。


「申し訳ないが、それとオレたちが【ヴェルスパーダ山】に行けない理由とどう繋がっているのか分からないのですが」

「こちら側。【ヴェルスパーダ山】付近のこの線から向こうには誰も行けないのです」

「だから、その理由を教えて頂きたい」


 強く詰め寄るムラマサに村長は言葉を詰まらせている。話せない理由が分からず俺は近くの仲間の顔を見た。


「どうする?」


 誰にというわけでなく訊ねた。しかし返ってきたのは苦笑という曖昧な反応だけ。

 顔を見合わせ、肩を竦め、緊張が緩む。重い空気を入れ替えるためにフーカが窓を開けた。吹き込んでくる風は涼しく、仄かに自然の匂いを含ませている。

 それでも、微妙に空気は重いまま無言の時間が流れた。

 静かになった俺たちを見て、村長は徐に本を閉じた。どうやら俺たちが【ヴェルスパーダ山】に行けないことを納得したと判断したらしい。当然俺たちは納得などしていないが、残念なことに何も反論らしい反論はできないままだ。


「皆さん、まだこの村にいるのならば、この部屋からは出ないように願います」


 本を片手に立ち上がり村長は部屋から出て行った。それを見送ると俺は座っている場所はそのまま脱力し壁に体を預けた。


「本っ当に、これからどうすれば良いんだ?」


 目的地は見えているが、そこに辿り着く術がない。これでは八方を塞がれたも同然だ。


「そう荒れるなって。ハルだって分かっているだろ」

「ああ、そうだな。俺たちは行かなきゃならない。けど、行く方法がサッパリことか」

「だからそう言うなって。それでもどうにかしなきゃならないんだからな」


 声を荒らげるハルを宥める俺を近くのセッカが背中をポンッと叩き落ち着かせようとしてきた。


「大丈夫。俺は落ち着いているから」

「……そう?」

「そうなの。ってか、そんなことよりもこれからのことについて話し合いたいんだけど」

「ええ、賛成よ」

「わたしも賛成っ」


 ライラとフーカが俺に賛同したことでハルもまたどうにか自分を落ち着かせて相談に加わってきた。


「目的は変わらないで良いんだよな」

「まあね。今のところそれを変えるつもりはないかな」


 ムラマサがはっきりとそう告げるとハルは自分の手元にコンソールを呼びだした。そこに表示されているのは先程村長が見せた本のページを撮った画像。


「いつの間に?」

「大事だろ、こういうの」

「……ん。抜け目ない」

「どうだ? 少しは見直した?」

「ああ、見直した見直した。それでどうしてこの画像を出したんだ?」

「見比べる必要があるだろ。色々とな」


 するとリントがこの世界の全てを写した地図の画像を。ライラが【ジェイル大陸】の大雑把な地図の表示した。

 都合三つの地図が並んだのを注視して俺は視線を忙しなく動かした。


「……違いが多すぎて分からない」


 描かれた年代が違うのか、全ての地図に大小様々な差異が見受けられた。しかし違いがありすぎてどれが大事な違いなのか見分けることができない。


「とりあえず、大事なのは今いる場所の近くだ」

「確かに。ならそこだけを拡大させましょうか」


 全ての地図に同じ地点が表示された。


「だめだ。見ただけじゃ何も分からない」

「んー、地図だけじゃこれくらいで限界かな」


 溜め息を吐きつつ立ち上がったムラマサは窓の外を見る。

 映し出されたままの三枚の地図の画像は今もなおテーブルの上にあるが、そこに集められていた視線はそれぞれ思い思いの場所に向けられることになった。


「……ねぇ、何か、変」


 三人が画像を消して直ぐのこと、セッカが窓から身を乗り出していった。


「どうかしたの?」

「変って何が?」


 セッカのもとに近付くライラとフーカ。そのままセッカが見つめる先を見ると二人は微かに眉間に皺を寄せた。


「皆っ、外を見てっ」


 慌てたような声を出したフーカに誘われるように俺たちもまた別の窓から外の様子を覗う。

 余程集中していたのか、それとも窓の外に身を乗り出さなければ気付かないようになっているのか、いつしか村の中は慌ただしくなっていた。

 急いで部屋を飛び出し、そのまま家屋の外へと出る。するとこの村の異変はより顕著に感じられた。


「ちょっと、いいかしら。一体何があったの?」


 ライラが近くを駆けていった村人の女性を呼び止め訊ねる。女性の顔には恐怖が滲んでおり、周囲を見れば悲鳴を上げないように堪えながら逃げていく村人の姿があった。


「え? あ、あの……」


 言い淀む女性にどう接したらいいものか悩んでいると逃げていく村人の流れに逆らって村長と俺たちを村の中に案内した男が姿を現わした。


「皆さん!」

「村長、何があったのですか?」

「それよりも、君、早く逃げなさい。話は私が代わりにしておきますから」


 声を掛けてきた村長の横で男が女性に早く逃げるように促す。俺たちとしてもそれを邪魔する意図はなく、事情を聞ける相手が現われたことからも黙って道を譲ったのだった。


「いいですか?」

「ええ。事情をお話ししましょう」

「それなら自分が」


 村長に代わり前に出た男が神妙な面持ちで前に出た。


「『地竜』が現われたのだ。それも、二体」


 腰に提げられた剣の鞘を握り絞め告げる。


「この様子だとただ現われただけ、というわけじゃないんですね」

「然り。『地竜』とはこの先の山の守り神のようなもの。それが我らに牙を剥いたとなれば、この村はおろか、近くの村々も……」


 顔を伏せ、堪えるように拳を握る男にハルが、


「倒すことは出来ないのか?」と訊ねていた。

「無理だ。言っただろう、『地竜』は守り神だと。それは自然を荒らす者に災いを及ぼすことから言われているわけじゃない。我らの力を遙かに超える存在であるからこそ言われているのだ。倒すことなど、不可能だ!」

「……それじゃあ、どうするの?」

「この先にモンスターの襲撃があったときに使っている避難所の洞窟がある。村が壊されるのはやむを得ないが、それで人命だけは救えるはず」


 つまりこの村の建物や田畑は諦めるしかない。だが、それでは命が助かっただけでこれからも同じ生活が営めるとは到底思えない。

 あくまでも苦渋の選択なのだろう。しかしそれを選ばざる得ないのだとすれば。


「皆さんも早く避難なされよ。良ければ共に洞窟へ向かいますか?」


 地竜というのがどのようなモンスターなのか分からない。おそらくただの雑魚モンスターではないはず。ボスモンスターであることは疑いようがない。ならばどの程度のボスモンスターなのかが問題だった。個人、あるいはパーティで戦える程度ならばいいが、レイドボスクラスだとすれば俺たちの手に負える相手ではない。けれど、


「いや。オレたちは行かないよ。皆もそれでいいかい?」

「何故!?」


 驚く男に対して俺たちは全員揃ってムラマサの言葉に頷いていた。その様子を見て村長だけが何か得心がいったという顔をして何か決意したように見えた。


「もしかしてですが、『地竜』と戦うというのですかな?」

「はい。そのつもりです」


 きっぱりと告げたハルに男が、


「駄目だ! 勝てるわけがない。それに村にどのような被害が出るか……」

「被害なんて、俺たちが戦おうと戦わまいと同じだろう」

「何っ!?」

「けれど俺たちが戦えば多少は被害を抑えられるかもしれない。違いますか?」

「それは君たちが勝てたらの話だ! 言っただろう『地竜』には勝てないと。それならば、戦闘によって興奮した『地竜』が村を襲わないという保証はどこにある? そのことによって被害が大きくならない保証がどこにある? 下手に手を出したりしなければこの村を荒らさずに去ってくれるかもしれないのだぞ!」

「だが、この村を荒らし尽くすかもしれない」

「村長!?」

「お主が言いたいことは分かっておる。それにお主が皆さんのことが信じきれていないこともの」

「……っ」

「それならば可能性を増やしても悪くはないだろう」


 村長が顔を上げて俺たちを見る。

 はっきりと正面から捉えた村長の瞳はこれまでにないほど力強い光が込められていた。


「皆さんが戦ってくれるということで間違いないですか?」

「ええ。そのつもりです」

「ならば報酬を一つ提示しましょうかの」

「報酬、ですか?」

「もし、双方が生き残ったならば、皆さんにはかの山に関する情報を差し上げましょう」


 この双方というのは言わずもがな。俺たちとこの村の住人のこと。守り神と称されど村に対する脅威である『地竜』はそこに含まれているはずもない。


「この村の村長の地位に就いた者だけに伝えられている情報。本来秘匿されるべきものですが、この村を救って下さるとなればお伝えしても問題はないでしょう。ただし、その場合は他言無用で願います」

「勿論ですとも」

「ですのでくれぐれも……」

「大丈夫。さあ、二人は早く避難を――」


 避難を促そうとしたその時、村の両端にて大きな爆発が二度起こった。


「あの方向は――」

「村の入り口と隣も森に続く道の先ですな」

「そこに『地竜』がいるんだな」

「っく、そうだ」

「わかった。二手に別れよう。村の入り口付近にはオレたちが。この先にはハルたちが向かってくれ。目標は『地竜』の討伐。そして、村の防衛」


 瞬時に意識を切り替えてムラマサが指示を飛ばす。

 俺たちはそれを瞬時に理解し、ハルとライラとフーカとリントは駆け出した。


「お二人は?」

「儂等のことはお気になさらず。時間さえあるのならば避難所までならば安全に行けるでしょう。それに村の中に人が残っていないか確認しなければなりませんので」

「その時間ならばオレたちが作りましょう」

「でしたら、少しの間同行させて貰いますぞ」

「分かっています。全員の避難が出来たと確認したのなら」

「ええ。我々も避難しますとも」


 ムラマサと俺が前に出て、真ん中に村長と男が、最後尾にはセッカが位置取って走り出した。道中、家屋の中を覗き込み逃げ遅れた人がいないか確認しながら。そうこうして村の入り口に近付いてきたあたりで、村長が「どうやら逃げ遅れた人はいなかったようですね」とほっと胸をなで下ろしながら言い、自分たちも避難すると来た道を戻っていった。

 村長と男の背中が小さくなった頃を見計らいムラマサが口を開く。


「この先に誰かが残っていないとは限らない。セッカは戦闘に参加する前にオレとユウが戦っている間に確認を頼めるかい?」

「……ん、わかった。念のため?」

「そうだね。念のためさ」

「……じゃあ、先に、行く」


 主な道を外れ家屋の影に隠れながら残された人の確認に向かったセッカと別れ、俺は真っ直ぐ走り続けた。

 入り口に近寄るごとに徐々に姿を見せる『地竜』。その姿は大きな岩が動いているよう。四足歩行で尾は短く、首も短い。どちらかと言えば陸亀のようでもあるが、伝わってくる迫力は確かに雑魚モンスターではないらしい。


「かといって、レイドボスモンスターってわけでもなさそうだ」


 などと安心したのも束の間。『地竜』が大きく口を開き叫声を上げた。空気を振るわす重低音が響き渡り『地竜』の体の端々が鋭く尖っていく。

 刹那、乾いた土の地面に無数のヒビが走る。どうやら『地竜』の重量が一気に増したのが原因のようだ。


「んー、自重に潰されることはないみたいだね」


 地面を割るほどの重量をものともせず歩く『地竜』にムラマサは冷静に見ていた。

 そして次の瞬間、『地竜』が再び咆吼する。ひび割れた地面に無数の影が生じ、その上には巨大な氷柱を彷彿とさせる尖った石が浮かんでいる。


「ムラマサ!」

「分かっている!」


 嫌な予感を感じムラマサと二手に別れたその時、無数の石の礫が降り注いだ。



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