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ep.38 『人がいない地』


 【ジェイル大陸】にある港町についた俺たちはまずそこにある教会を目指すことにした。理由はそこにあるこの大陸の主要な街や建物、それから自然を記した地図があるからだ。もっとも地図といっても縮尺はデタラメ。あくまでも何処に何があるのかが大体で記されているだけで、プレイヤーがコンソールに表示する簡易マップのほうがより詳細に描かれているくらいだ。しかし簡易マップでは遠く離れた場所のことを知ることは出来ないし、現時点の俺たちに必要なのはその大体の位置情報。より正確にいえば【ヴェルスパーダ山】の場所。この大陸に来て直ぐにマップで確認したものの、より正確な位置を知るには別の地図が必要となるのは自明の理。大勢のプレイヤーの歩みの流れに沿って辿り着いた神殿の壁一面に描かれていた【ジェイル大陸】の地図を確認すると港町を出ることにした。


 幸いなことに目的地はこの港町からさほど遠くはないらしい。どんなに縮尺がデタラメなのだとしても限度があるはずと、とりあえず徒歩で向かうことにしたのが失敗だったとすぐに思い知ることなる。なにせそこまで文明が進歩していない世界観なのだ。山が切り崩されているはずもなく、町の外、取り立て遠くの方には様々な形をした山々が悠々と聳え立っている。

 その中のどれが【ヴェルスパーダ山】なのか見ただけでは分からない。教会の地図で見た限りだと前方に見える山々のどれかであることは間違いなさそうなのだが。


「うーん。困った」


 立ち止まり腕を組み、首を傾げたのはハル。

 総勢七人での移動は通常のパーティ単位の移動に比べて大規模で、荷物を運ぶ荷車などがないのはプレイヤーだからこそなのだとしてもぞろぞろと連れだって動くのは周囲から多少なりとも浮いてしまったりしてしまう。それに何より凶暴性が高いアクティブモンスターからすれば格好の餌がやってきたように映るのだろう。俺たちの方がレベルが高いとしてもそれを理解しないモンスターは多く存在する。その為、歩いている道中に何度か【ジェイル大陸】に出現するモンスターとの戦闘に発展することがあった。

 しかし、レベル差を理解しない程度のモンスターが相手では大して警戒心を抱く必要も感じられず、襲撃してきたモンスターの近くにいる誰かがその都度討伐することで難なく終えられていた。


「どうしたんだいきなり」

「いやな。正直もうちょっと近いと思ってたんだよ。でもなぁ」

「ああ、成る程。確かにあの地図で見たよりも【ヴェルスパーダ山】は距離があったみたいだね」

「そうなんだよ。俺たちの足だからさ、それなりのスピードで進んでいる気はするんだ。それなのにさ」

「んー。確かに。まったくと言って良いほど近付いている気はしないね」


 そう苦笑しながら答えるムラマサにハルは大袈裟に肩を落していた。


「そうねぇ。実際に見るのと地図上で見るのとは違うってことかしら」

「あー」


 平然と言ってのけたライラにハルは膝を折ってしゃがんでしまう。


「しかし、この調子ではいつ着くのか分からないかな」


 思案顔でそう呟いたムラマサにセッカが、


「……どう、するの?」と聞き返す。

「どうするもなにも歩くしか方法はないよ…」


 いつもの元気がどことなく損なわれている調子でフーカが答えていた。


「そうッスよねー。実際問題転送ポータルがあの山の麓にあったとしても俺たちはまだそれを使えないッスからねー」


 このゲームにおける転送ポータルは一度行ったことのある場所に瞬時にもう一度赴くことができるというもの。それは裏を返せば一度も行ったことのない場所は普通に自分の足で赴かなければならないということだった。

 元来それが冒険の醍醐味となるはずだった。一度も行ったことのない場所というのは文字通りの未知であり、その道中に出会う人も戦うことになるモンスターも全てが知らない存在となる。そして新たな出会いは不安と期待をかき立てる。けれど、自身がプレイヤーという力を持った存在であるからこそ、その不安は軽減され、新しい敵との出会いはおのずと心を躍らせた。


 呆然と考え事をして立ち尽くしていると仲間たちはそれぞれ何か話し合っているみたいだった。その会話に俺が参加していないことに疑問はそれほど抱いていないように見えた。普段から一人でひっそりと考えこむ悪癖が俺にはあるとそれなりの付き合いある皆は理解しているみたいだった。


「ちょっと良いッスか?」


 片手を挙げて全員の顔を見渡しながらリントが問い掛ける。


「俺たちは今いつまで経っても【ヴェルスパーダ山】に着きそうもないからこうして休憩しているんッスよね」

「んー、そういうことになるね」

「でもそれっておかしいと思うんッス」

「それは、こんなに不便だと誰も行きたがらないってことかしら?」

「そうッス」

「ああ、それなら簡単だと思うぞ」


 頭の上に疑問符を乗せたリントにハルが軽い調子で告げた。


「何かしらのクエストを受ければ道中をショートカットできる何かがあるんじゃないかな。そうだな、例えば乗り合いの馬車が使えるとか、人を運ぶことができる動物に乗ることができるとかな」

「えっ!? それなら俺たちもそのクエストを受ければ良かったんじゃないんッスか-」

「んー、オレたちには無理だよ。そもそもそのクエストが実在するかも知らないし、何より受けたクエストを進められる時間も余裕もないからね」

「確かにそうッスよね」


 がっくりと肩を落すリントを慰めるようにセッカが無言でその背中をポンポンと叩いている。


「さて、そろそろ行くか!」


 自分を鼓舞するかのようにハルが膝を叩き立ち上がる。しかし立っただけ歩き出すことはしなかった。俺を含め残る六人が再び果ての無い移動に対する疲労が色濃く現われ始めていたからだ。


「おい……」

「や、だって、えへへ」

「そうねぇ。フーカちゃんじゃないけど、このまま歩き続けるのはちょっとねぇ」


 苦笑交じりの穏やかな微笑みを浮かべ頬に手を当て言ったライラにセッカとフーカがコクコクと小刻みに頷いていた。


「二人とも。諦めろ」


 清々しい笑顔でそう告げたハルをフーカが恨みがましく「う~~」と声を漏らしながら見つめている。しかしハルはその視線もどこ吹く風というように平然と受け流し、


「もう少し行くだけ行ってみてどうにもならないようならまた考えれば良いさ。そうだろ?」

「かもな」


 結局は歩くしか無いと理解しているからこそ、こんな簡単な口約束で納得し全員が歩き出した。

 港町から離れていく毎にどんどん街道は人の手が入っていないものになっていく。舗装されていない道の脇は自然のままに生い茂っている名も知らぬ草花。雲一つ無い青空の下、のどかな道を行くことは気持ちの良い散歩も同然。目的もなく彷徨うのもまた散歩みたいなものだと思えば多少はこの足も軽快に動きそうな気がする。

 残念ながらそう思えたのも僅かな間で、少し歩いただけで辟易してきてしまうのだが。


「ねえ、やっぱり近付いている気がしないよ」


 十分にも満たない移動だが、ゲーム世界での十分はかなり長い部類に入る。それこそ大抵の場所ならば着いていてもおかしくはない頃合いなのだ。目的としている【ヴェルスパーダ山】に近付いているとすら感じられていないのは、距離があるというだけでは解決できない何かがあるからのような気がする。


「んー、そうだね。これだと、いつ辿り着けるかどうか分からないね」

「でしょっ!!」

「とはいえだ。オレたちに他の移動手段がないのも事実だけど」

「……やっぱり、あの山に行くためのクエストを探した方が早い?」

「でも今更さっきの町に戻るのもなー」


 【ヴェルスパーダ山】には辿り着かなかったもののそれなりに歩いてきた自負がある。来た道を戻るには長い距離を進んでしまっていることが即座に戻ることを決断させるのを邪魔していた。


「んー、だったら別の町に行ってみるのはどうだい?」

「別の町? そんなのがこの近くにあるの?」

「マップを見た限りだと小さな町があるはずさ。ほら」


 そう言ってムラマサが見せたマップを全員が覗き込む。


「あのさ、自分のマップを見ても変わらないと思うんだけど。第一見辛くないのかい?」

「え、あ、ははははー」

「そ、そうよね。つい」


 ぱっと離れ自分の手元にマップを表示させた人もいれば人が減ったこと幸いとムラマサの腕の中に体を滑り込ませてムラマサのマップを見ている人がいる。前者は俺、ハル、リント、ライラ。後者はセッカとフーカだ。

 180を超える身長と戦士然とした体格があるムラマサだからこそ小柄な二人くらいはなんてこと無いというように気にも留めないままマップを指差す。


「どうかな? 現状が好転しないのなら情報収集するのも手だと思うんだけど」

「ああ、それも悪くないかもな。俺は賛成だ。みんなは?」

「おうっ。俺も賛成だぜい」

「私もそれでいいわよ」

「……ん、それで、いい」


 リントは黙ったまま力強く頷き、フーカはムラマサの腕の中で満面の笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、とりあえずマップにある町を目指すってことで、いいかな?」


 全員が口を揃えて「異議なし」と伝えると、俺たちは進んでいた道を外れて別の町に向かった。足元をよく見ればうっすらと道が残っており、他に比べると僅かながら雑草の生え具合が少ない。それを道だというのならば確かに道はある。だが、半分以上消えてしまっているそれは不穏なものを感じてしまう。

 草原というよりも平原に近いこの道を進むこと数分。今度はあっけなく目的の町の入り口に辿り着いた。マップを見た時には町の規模があると思っていたが、実際にその外観を目の当たりにすると町というよりは村としか思えない。外から窺える町の中にはいくつかの家屋があり、そのことからもそれなりの人数が暮らしているように思えるが、全体の規模が想像していたよりも小さいのだ。何故だろうと疑問を感じつつも当たりを見渡すと、村の周囲に大きな町にある市壁とは比べものにならない簡素な木製の柵があり、その中にある簡素な小屋の前に剣を携えた男が一人立っていた。


「そこで止まれッ!」


 一度に七人ものプレイヤーが近づいて来ること自体が稀なのか若干緊張した面持ちの男が声を張り上げた。


「この村に何の用だっ!」

「ちょっと聞きたいことがあるの。他意はないから警戒しいないでくれると嬉しいのだけど」


 鞘に収められたままの剣に手を添えながら警戒心を剥き出しにする男に応対したのは物腰が柔らかいライラ。鼻息を荒くしている男に反してほんわかとした雰囲気を醸し出している。


「何だ?」


 男からすれば俺たちは皆武器を持った異邦人。村に災いをもたらすかもしれない相手。どんなに友好的な態度を見せようともすぐに信用することなど出来るはずが無い。それでも敵意は無いと判断してくれたのか、柄に手を添えつつも今にも斬りかかろうとする意思は感じられなくなっていた。


「【ヴェルスパーダ山】という場所に行きたいの。この村に行き方を知っている人はいるかしら?」


 何気ない質問に、男は怪訝な顔を向けてきた。

 俺たち全員の顔を見渡し、


「本気で言っているのか?」

「まあね。オレたちはその山にちょっとした用事があるのさ。でもオレたちが思っていたよりも遠くてね。近道があれば助かるし、そうでなくともちゃんとした行く道を知りたいというわけさ」

「そうか……」


 どうしてそんな風に聞いてくるのだろうと眉を顰める俺たちに向かって男が頭を振り何かぶつぶつと呟いたかと思うと、


「おれの口から言っても納得しないか。いいだろう。村長の元に案内する。着いてきてくれ。ああ、くれぐれも村の中で暴れたりしないでくれよ」

「ええ。それは勿論。約束するわ」

「それと、武器も抜かないでくれ。ここに居るのはただの村人ばかりなんだからな」

「ああ。分かった」


 男の案内のもと俺たちは村の中へと足を踏み入れた。

 突然現われた来訪者に村人の訝しむような視線が向けられる。


「……何か、居心地悪い」

「まあ、そういうなって。この人が俺たちを警戒するのは理解できるだろ。それに見た限り俺たち以外のプレイヤーはいないみたいだし、元からあまりプレイヤーとの交流を行っていないのかもしれない」


 村の中には老若男女問わず人族のNPCがいる。その多くが俺たちを見て不安げな表情を浮かべているが、俺たちの先陣を切っている男を見て僅かに安心しているようにも見えた。


「招かれざる客、か」

「……何か言った?」

「いや、何でも無いよ」


 苦笑しながらNPCたちの様子を伺っている俺の呟きにセッカが聞き返してきた。誤魔化すように笑い返していると男が、


「こっちだ」と村の西側にある他に比べて大きな家屋を指差した。


「ここが村長の家だ。ここで少し待っていろ。くれぐれも――」

「好き勝手動き回るなってんだろ? 分かってるから、出来るだけ早くお願いするよ」

「む。ああ、分かっているならいい。おいっ、そこの子供達。こっちには近付くんじゃない」


 俺たちの様子を覗き見していた三人の子供を追い払うように男が手を振ると、子供たちは無邪気な笑い声を上げながら別の家屋の陰に隠れていった。


「くどいようだが、村の人との接触は避けてくれ。あまりこの村に居る人は外の人に慣れていないんだ。そっちも不用意に近付かれても困るだろう」

「あら? 私は結構子供好きなのよ?」

「………」

「分かってる。アンタが心配なら村人には近寄らない。俺たちはここで大人しくアンタが戻ってくるのを待っているよ」

「ああ。そうしてくれ」


 疲れたように言い残し、男は村長の家の中へと入っていった。


「ライラ」

「ふふっ、ごめんなさい」

「それにしても、どうしてこんなにプレイヤーがいないんだろうな」


 兜を小脇に抱えたままハルが言った。


「ここじゃクエストが発生しないのかもしれないッス」

「……他にも、近くのモンスターが弱い、とか?」

「それに得られるアイテムもいいの無いんじゃないの?」

「んー、どれもありそうだけど」


 腕を組み困ったように肯定も否定もしないムラマサはすっと目を細めた。こちらの様子を覗ってきたのは子供たちだけではない。それどころか無邪気な視線を向けてくる子供たちに比べて大人たちはそれぞれ警戒心丸出しの視線を向けてきてた。

 この警戒の度合いだが、どうやら年齢が高くなるごとに強くなっているようで、年若い男や女は突然現われた余所者を警戒するというまだ理解できる警戒の仕方だったが、老人たちは違った。家の中から顔を覗かせ、まるで親の敵を見るように何処か睨み付けてきていたのだ。


「あまり長居しない方がよさそうだね」

「ああ。村長に話を聞いたらすぐに出よう」


 短く確認しただけだが、俺とムラマサの意見は一致していた。

 それから数分後。村長の家の扉が開き、中から先程の男が現われた。


「どうでした?」


 再びライラが前に出る。


「村長が話を聞いてくれるそうだ。付いて来い」

「あの、全員で?」

「そうだ。正直に話すと監視の意味もある」

「監視、ですか」

「不満か? なら――」

「いいえ。分かりますよ。突然オレたちのようなものが現われればそれも道理でしょう」


 男の言葉に被せるようにムラマサが言ってのける。


「そうか。ならいい」


 ぶっきらぼうに言い放ち村長の家の中に入って行った男を追って俺たちも家屋の中へと入っていた。

 そこは電灯などないように、窓から差し込む真昼の太陽の光だけが光源となっている、薄暗い家だった。それでも広さは俺たち全員が入ってもなお余裕がある。床に直接座布団のようなものが並び、その中心には高さの低いテーブル。昔の日本の家のようなその奥に、一人の老人が佇んでいる。


「貴方がこの村の村長ですか?」


 座る前にムラマサが問い掛ける。その老人の顔には影が掛かり、今ひとつどのような表情をしているのか判らなかった。

 老人の格好はどこにでもありそうなシャツとズボン。家の中で靴を履いていないのはやはりここが日本家屋のようであるが所以だろうか。


「いかにも。どうぞおかけになって下さいな」

「では、失礼します」


 村長に言われるまま俺たちは適当な場所に座った。


「さて、皆さんは【ヴェルスパーダ山】への行き方が知りたいとか」

「ええ。故あってオレたちはそこに向かわなければならないのです。ですが、困ったことにどれだけ歩いても辿り着けない。ならばと何か事情を知らないかと近くの村を訊ねてみることにしたのです」


 ライラに代わりムラマサが事情を説明した。すると村長は顔を顰めて告げる。


「申し訳ないが、我々はその方法を知りません。いや、おそらくはそのような方法など誰も知らないのでしょう」

「何故、と伺っても?」

「それは、かの山は人の手が及ばない領域に存在しているからです」



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