ep.37 『再開』
明日からの台風。皆さん最大限気をつけてください。
四者四様の必殺技を受けモノリスは跡形もなく消し飛んだ。モンスターが消滅する時に見られる光の粒子の残滓も確認することは出来ず、ただ静寂を取り戻したこの場所に立ち尽くすだけ。
戦闘が終わると訪れるのは静寂だけじゃない。謂わば収束というなの終わりもまた、同じように訪れる。元々イレギュラーに発生したような場所だ、終わりと共に消えるのもまた当然。世界が歪み、足元が朧気になり、景色が変わる。
一瞬にして入れ替わった世界に突如として現われた俺たちは言うなれば異物。それもそのはず。ここに居る大抵の人の格好は現実にもあり得るものばかり。全身を鎧で覆っているハルですら浮いてしまっているのだ。竜化という姿を変える技を発動させてモンスターのようになっているアラドに向けられている視線は奇異と恐怖、あるいは好奇だろうか。場所も兼ね合って過剰なコスプレをしていると思われているのならばまだ良いか、アラドの格好を見て僅かでも何かが起きているのかもと感付かれると困る。俺も俺で竜化して全身を鎧に包んでいるが、ハルに比べれば多少生物感があるために、どちらかと言えばアラドと同一視されている気がする。
それよりも気になってしまったのは唯一まだ普通に見える――あくまで俺たちに比べればだが――リタが俺たちから距離を取っていることだ。まるで自分は関係ないですよと言わんばかり。一瞬目が合った気がしたのだが、その時苦笑交じりで申し訳なさそうにしているのがなんとも言えない気持ちになった。
「チッ、目立ってきやがったな。先に抜けさせてもらう」
「え!?」
言い終えるや否や俺たちの返事を待たずしてアラドはログアウトの光に包まれた。光が消えると共にこの場所からいなくなったアラドを追うように俺たちもまたログアウトする。
現実に戻った俺は自室のベッドの上で目を覚ました。
仮想世界で一身に受けた視線から逃れられたことにほっとしたのも束の間、携帯にメッセージが一通届いた。送り主はグリモア。彼のリアルの名前である赤間狭霧ではなく、ゲームの名前であるグリモアだった。その理由は多数に向けて一斉送信されたものであり、送られたなかにはまだ顔をつき合わせていない人もいるために、誰が送ったのか明瞭にするためにその名前を使ったのだろうと推測できた。内容は『数日中にはゲームエリアの復旧が完了しますので、その後はゲームエリアで今後のことを話し合いましょう』というもの。返信の必要はないと書かれていたのでメッセージは目を通しただけで終え、俺はベッドに倒れ込んだ。
どっと疲労感が押し寄せてくる。
自分の現状を訊ねてきたハルのメッセージに返信を打ち終えて窓の外を見た。当たり前といえば当たり前のことだが、仮想世界とは違う現実の風景に違和感を感じながらも、ゆっくりとかの世界での出来事を思い出していた。
戦いに赴いたのだから平穏であるはずもないとはいえ、毎回自分の予想を超える状況に陥りながらもどうにか切り抜けていることに自嘲気味な笑みが漏れてしまう。それから自分の中に拭い去れない戦闘の緊張が続いていることを自覚すると数回頭を振り、与えられた時間で日常の感覚を取り戻すことに努めた。
グリモアのメッセージにあった通りモノリスとの戦闘から四日後、公式にゲームエリアの再開がアナウンスされた。更に翌日。実際にゲームエリアの再開の当日はかなりの人がログインしていたらしい。とはいえかなり性能の高いサーバを用いているのか混線しラグが起こったり、フリーズしたりすることはなかった。その盛況ぶりは夜中を超えて翌日の早朝まで続き、落ち着いたのはそれから土日を挟んだ次の月曜の朝。
実質一週間近くが経過した月曜日の朝。『黒い梟』ギルドメンバー全員とリタとグリモアとで再集合の日程を合わせた結果、その日になってようやく俺は自分のギルドホームに戻ってきた。
一週間前と何も変わっていないギルドホームに安心しつつ、集合場所にしているギルドホームの応接室へと向かう。通い慣れた建物を進み、これまた見慣れたドアを開ける。大きなソファと長いテーブル、それに相応しい装飾が施されたいくつもの椅子に座っているのは黒い梟のギルドメンバーのボルテックとアイリとリント。ヒカルとセッカも既に席についており、その隣の席にはムラマサもいた。俺から遅れること数分。リタを引き連れてハルとライラとフーカがやってくると、それから直ぐ後にグリモアがやってきた。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いや、まだアラドが来てないから」
「その、兄さんでしたら今回はちょっと別件が入ってしまって。あのっ、今回の話は僕から伝えておきますから――」
「あ、ああ。わかった。そうしてくれ」
「はいっ」
グリモアに空いている席を勧めながら、俺も適当な席に着いた。
「まずは今回のことに関しての報告からですね。まず現状ですが、ゲームエリアは正常に稼働しています。障害となっていたのはやはりモノリスでした。皆さんが討伐したことにより解消されました」
「それなら頑張った甲斐があるってもんだな」
嬉々として耳打ちしてくるハルに苦笑しつつ、
「グリモアが言っていた人たちはどうなったんだ?」
「皆さん無事が確認されています。といっても、半数近くはキャラクターデータがロストしているんですけど」
「それって……」
「おそらくモノリスやドールにやられてしまったのでしょう。彼らは皆さんのように承諾している人達でしたし、一般の人に被害が及ばなかったのは不幸中の幸いでした」
プレイヤー側である俺たちと半分運営側に立っているグリモアでは被害に対する受け取り方に差があるようだった。困惑といよいよ現実味を増した自分たちへの被害を目の当たりにしたことでヒカルやアイリといった普段前戦に出ないメンバーがぐっと息を飲む気配がした。
「ともあれ、これで事態の収拾はつきました。ありがとうございました」
さっと立ち上がり頭を下げた。
「そうは言っても、全てに片が付いたというわけじゃないのだろう?」
シンッとした空気にムラマサの落ち着いた声が響く。
「ええ、そうですね。未だ問題は残っています。ですが、今回の事で多少の目処が立ったのも事実です」
「どういうことだい?」
「おそらくユウさんが持っているこれも同じ状態になっているのではないですか?」
グリモアが取り出したのは一枚の金属板。六つのレリーフのうち五つに亀裂が入っている。俺も自分のストレージからグリモアが持っているのと同じ金属板を取り出すと、そこにも同様の亀裂が見られた。
これまでの経験からこのレリーフはこの世界に現われた仕様外のモンスターを表わしたものだった。そして亀裂はそれがこの世界から消えたことを示している。つまり五体もの仕様外のモンスターが討伐されたということになる。自分たちが倒したドールとモノリスというモンスターのことを合わせても、他にもう一体、名前も姿も知らない仕様外のモンスターが誰かの手により討伐されたようだ。
残っているレリーフは一つ。羽を象ったものだけ。これが最後の仕様外のモンスターなのだとすれば、それを倒した時に何かが起こるのだろう。
「誰がこの一体を倒したんだ?」
これまで黙りを決め込んでいたボルテックが徐に口を開いた。
「それは……」
「僕達には言えないかい?」
「いえ。ここで黙っておくのはフェアではありませんね。名前やドコの誰とまでは話せませんが、皆さんのように今回の事の解決に協力して頂いているプレイヤーですよ」
そのことは何となく察していた。あえて聞いたボルテックは偶然居合わせた一般のプレイヤーである可能性を潰したかったのだろう。しかし、その場合でも一つ気になることが出てくる。
「何時、討伐されたんだい?」
ムラマサが訊ねたように、気になるのはそれが討伐された時期。俺たちがドールやモノリスを倒した時と同じなのだとすれば、その人たちもまた封鎖されていたゲームエリアにログインしていたということになる。だとするならその方法は何だったというのだろう。疑問を抱いたムラマサが訊ねたのと似た疑問を感じていた俺もじっとグリモアの返事を待った。しかし、困ったように笑い返してくるだけで、これに関することは決して口を噤んだまま話そうとはしなかった。
結局先に折れたのは俺たち。無意味な沈黙に耐えきれなくなり質問を変えた。
「それなら、今回の事を解決する目処が立ったと言っていたね?」
「ええ」
「詳しく聞いても?」
「その金属板を調べた結果、その役割が判明しました」
「役割だって?」
「仕様外のモンスターを表わした、言ってしまえばスタンプラリーのシートみたいなものじゃなかったのか?」
訝しむムラマサと独自の予測を立てていたボルテックがほぼ同時に問い掛ける。
「おおよそ合っています。ただ、これにはもう一つ役割があるみたいで」
一拍呼吸を整え、重大な事実を告げる前の予言者のようにグリモアが思い口調で告げる。
「これはこのゲームの根幹のシステムに手を加えるためのゲーム内コンソールキーのようなものだったんです」
「それが運営が持っているような『管理者ツール』だったということかい?」
「そうです。ただ、外から手を加えるのと内から手を加えるのでは同じようで違いがありました」
「違いだって?」
「本来は外からの方が権限が大きいはずだったんですが、どうやら今回の事件が起きてからは内からのほうが権限が大きく設定されているみたいなんです」
「……それってどういう意味があるの?」
「権限によってどこまで制限されているかによるわね。その当たりどうなのかしら?」
素朴な疑問を口にするセッカにライラが答えつつ、質問をグリモアに流した。
「そうですね。小さな違いでしたら色々とありますが、大きな違いはそれほど多くありません。その中でこの状況に関係しているものといえば、採用前の基礎データでしょうか。例のモンスターもこれに起因しているのは明らかです」
「ってことはこの金属板を使ってシステムを弄ればそのモンスターたちは出てこなくなるのか!」
「まあ、そうなるんですが……」
「んー、今ひとつ煮え切らないみたいだね」
「ええ。これを使うためにはそのモンスターを討伐してロックを外す必要があるみたいなんです」
「つまり使えるようにした段階で使おうとした目的は果たしたも同然ってことか。成る程。グリモアが微妙な顔をした意味がわかったよ」
納得したと頷いたムラマサにグリモアは同じく首肯した。
「一応使い道はあるんです。権限先の変更や、これ以上仕様外のモンスターの出現を防ぐためのプロテクトとか。ですので、皆さんには最後の一体の討伐をお願いしたんです」
これが本題だというようにグリモアが身を乗り出して告げた。
「と言っても今は何も起こってないだろ? それじゃあドコにいるのかすら分からないんじゃないか?」
ハルが何気なしにいったその一言にグリモアは意外なことに首を横に振った。
「遅すぎるかも知れませんが、この金属板の解析が成功したことによって最後の一体の出現場所が判明したんです」
長いテーブルの上にこの世界の地図が表示された。
「人族の大陸である【ジェイル大陸】そこにある【ヴェルスパーダ山】の山頂にある祭壇。ここに現われるはずです」
「んー、時期は分かるのかい?」
「いえ。おそらくですが、僕やユウさんが持つ金属板を持つプレイヤーが近付くと出現するはずです。それが守護者システムである仕様外のモンスターの役割のはずですから」
「そこまで分かっていてどうして俺たちなんだ? 運営がやれば――」
「どうせ無理だって言うんでしょ。確か前にも言ってたんだよね? 手を加えたデータは元の状態に戻されるって」
「ああ。成る程」
ハルが聞いたことに反応したのはフーカで、その一言にハルは納得していた。
「まあ、大体お察しの通りです。それに、あくまでも出現するかもという話ですし、皆さんにはその検証も含めてお願いしたいのですが」
何となくこれまでとは違う依頼のされ方に違和感を覚えつつも、俺はそれを受けた。ここまできたら最後までつき合おうと決めたからだ。
「わかったよ。全員で行けば良いのか?」
ハルが俺の意思を汲んで了承して訊ねる。
「いえ、あまり大勢で行くのも何ですし、また一パーティだけ選抜して行けば良いのではないかと」
「因みにアラドは行けるのか?」
「あ、申し訳ないんですが、兄さんは今回無理だと思います。ちょっと別件で忙しくなりそうだと言っていたので」
「そうか。わかった。行くメンバーの選抜はこっちに任せてもらえるよな」
「勿論です。今回は急ぐ話ではありませんから十分に準備してから向かっても問題無いと思います。勿論あまりにも遅くなるのは困りますけど」
「大丈夫。それほど遅くなったりはしないはずさ」
アイコンタクトを送ってくるハルに「ああ」と答え頷く。
「そうですか。いつも頼って申し訳ないんですが、今回もお願いします。それでは、僕はこれで失礼します」
と立ち上がったグリモアは颯爽とギルドホームから出て行った。その去り様がどことなくアラドの去り際に似ていて、アラドを知る俺は一人妙に納得していた。
ギルドホームの応接室に残った俺たちは向かうメンバーを決めるべく相談を始めた。
十数分にも及ぶ相談の結果、【ヴェルスパーダ山】に向かうメンバーが決定した。一つ目のパーティは俺、ムラマサ、セッカの三人。もう一つのパーティはハル、ライラ、フーカ、リントという四人パーティ。
グリモアの話を聞いて二の足を踏んだヒカルとアイリ、それから常にバックアップをしていたボルテック、加えて初心者であるキョウコさんはギルドに残ることになり、結果二つのパーティで【ヴェルスパーダ山】にある別の登山道を使いアタックを掛けることになった。一緒の道を使って向かわないのは登山道の難易度に違いがあるため、それと決まった道を上る必要がある場合、二度登る手間を省くためだ。
それぞれ準備のために今日一日を使い、挑戦するのは明日。それもパーティで時間を照らし合わせた結果俺たちは夜の八時に向かうことになった。
消費したアイテムの補充と装備の消耗具合の回復を終えて、今日はログアウトする。
そして翌日。現実の用事を全て終わらせ、夕食も終えた俺は再びこの世界に戻ってきた。向かうのは待ち合わせ場所でもあるこの町にある港。そこから出ている船に乗り【ジェイル大陸】に向かうためだ。
ゲームエリアが再開してまだそれほど時間が経っていないためか、普段より人の数が多い港で待つこと数分。合流したムラマサとセッカと共に船に乗る。昔、四天大陸が実装された時、獣人族の大陸である【ヴォルフ大陸】に向かう時に使った船とは違い、今ではそれこそ瞬く間に大陸間を移動できた。
普段の活動場所である【グラゴニス大陸】とは違う空気に不謹慎ながらも心が滾る。新しい大陸に降り立った俺たちはすぐに颯爽と歩き出したのだった。