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ep.34 『モノリス・リターン』


 まるで鏡に映る鏡像のように同じ動きで攻撃を繰り出し合う俺とドール。

 剣と剣。

 打撃と打撃。

 弾丸と弾丸。

 蹴りと蹴り。

 ありとあらゆる攻撃が相殺される攻防も決して俺の近くだけではない。ハル、リタ、アラド。それぞれの戦いの様子も似た感じだった。均衡というにはあまりに作為的なそれを破るための方法を探してできる限りの攻撃方法を試してみた。しかし、結果は芳しくない。

 こうして今もなお同じような攻防を演じていることがその証拠。

 幸いなのか、生憎なのか、攻防が拮抗している状態では俺にだけ大きなダメージが入ってしまうということもなかった。勿論ドールに大きなダメージを与えることも叶わなかったが。


「ハッ」


 虚を突くように剣形態のガン・ブレイズを突き出す。だが、それもドールには通じず、平然と右手の剣を前に出した。交差し頬を掠めるドールの刃。それはすなわち俺の刃がドールの頭部を掠めるのと同義で、互いの刃がそれぞれの顔の横で止まる。

 互いに咄嗟に首の角度を変えてドールの刃を避けたのだ。故に減少したHPは僅か。


「ぐふっ」


 ガン・ブレイズを持つ右手を引いて代わりに無手の左でドールの腹を殴り付ける。同時に俺の腹に鈍い衝撃が走った。ドールが銃のような形状をした左手で俺の腹を殴り付けたのだ。

 気を緩めることは許されず、それでいて思考は絶えず目の前の相手を出し抜くにはどうすればいいのかと脳裏を駆け巡り続けた。答えらしい答えなど浮かばないまま俺の体は動き続ける。

 意識せずに全ての攻撃を捌くことができるほど俺は達人でもなければ、武芸に秀でた人間でもない。この世界では現実より少しだけ自分の体をイメージ通りに動かせるだけだ。けれど、そのイメージが自分のできる範囲から逸脱してしまえば、途端に俺の体の動きは鈍ってしまうだろう。足は縺れ、体のバランスは崩れ、届くはずの腕も届かない。切っ先は震え、銃口は狙いを外す。

 だから俺は極力務めて冷静でいるように心懸けた。そうでなければ考えは纏まらず、余計な事に意識を持っていかれてしまうからだ。


「だめだ、埒が明かない」


 攻撃を受けた腹を押さえつつ下がる。

 ユラユラと頭部を揺らしながら後退したドールはその虚ろな顔で俺を見ていた。


「気味が悪いな」


 ドールの足元を狙い撃つ。

 俺が撃ち出した弾丸が地面に着弾したその瞬間、俺の足元からも破裂音が聞こえてきた。火花が舞い、硬質な床に複数の焦げ痕が付いた。

 意思を強く持ってドールを見つめる。

 お互いの銃口が相手を捉えまたしても銃声が重なった。

 カンっと甲高い音がした。撃ち出されたそれぞれの弾丸が相手の弾丸に命中しあらぬ方向へと弾け飛んだのだ。


「全く。ここまで一緒とはな」


 嫌になると肩を竦めながら呟く。効果が無いのならばと攻撃の手を止めて近くの店の中へと飛び込んだ。乱暴にテーブルや椅子を倒し即席の障害物を作ると、そのまま備え付けのカウンターテーブルの後ろに潜りこんだ。


「どうせすぐに見つかるだろうけど」


 ここならば外で戦っていたときとは違い正面だけを警戒していればいい。壁に背を付け息を整える。ガン・ブレイズの銃身をそっと撫でた。


「ドールの弱点は何だ?」


 自分と変わらぬ戦い方。自分と同じ武器を用いて迫ってくる相手というのは存外戦い難い。加えてこの思考も幾ばくか精神を疲弊させる。ドールの弱点を探すということは裏を返せば自分の弱点を探すことと変わらないからだ。しかし、そう考えると不思議と活路が見出せそうな気がしてくるから困ったものだ。

 まず自分が不得手としている相手を思い浮かべる。真っ先に思い至ったのは強固な体を持った相手。堅牢な鱗を有するドラゴンや、凄まじい硬度を誇る貴重金属で出来たゴーレム。しかし、俺がこの瞬間にそれに匹敵するほどの防御力を持てるかといえば否だ。そもそも欲しいのは防御力ではなく攻撃力。

 なれば弱点を探すのではなく、ドールに通用しそうな攻撃方法を模索することにした。同じような攻撃が相殺されるのだとすれば、ドールにできないことを探すべき。カウンターの向こうにいるドールを意識しつつ、俺は自分の手札を一つ一つ思い浮かべる。

 剣形態ではだめだ。銃形態も同じ。蹴りも大したダメージを与えるには至らず、拳打も同様。そもそもこの後者二つは武器を用いた攻撃ではない。だから効果が薄いのも理解できた。

 しかし、そこに違和感を覚えた。

 ドールと俺。同じような攻撃を繰り出しながらも完全に同一ではない存在のなか僅かに隠れ潜む差異。それこそが攻略の糸口となるような気がしたのだ。


「剣……銃……蹴り……拳打……拳?」


 先程思い浮かべたのと同じことを今度は一つずつ声に出しながら目で追っていく。すると最後の一つが妙に気になった。ガン・ブレイズを持つ右手は何の変哲も無い。何も持っていない左手も変わってはいない。そのはずなのに俺は自分の左手がそれまでとは何処か違うように見えていた。

 左手に嵌められている魔道手甲(ガントレット)。それはこれまで意識の外にあった存在(もの)だ。けれどこれこそがこの状況を打破する重要なファクターである。何故ならこの魔道手甲は防具などではなく、拳を守り、拳による攻撃の威力を増加の効果を有するもう一つの武器であることを再認識したからだ。


「使えるアーツはない。でも……」


 魔道手甲に付随するのは拳打を攻撃へと引き上げるためのスキル≪ガントレット≫だけ。意識的に使ってはこなかったそれを今は戦術の主線に置かなければならなくなったとはいえ、出来ないことじゃない。

 ガラガラと音を立ててテーブルや椅子を蹴り飛ばしながらドールが近付いてくる。

 俺はカウンターの陰から顔を出し、銃口を向けて引き金を引く。

 そんな俺の行動を予期していたかの如くドールもまた左手の銃口から複数の弾丸を撃ち出してきた。

 狙いを定めていないからこそあらぬ場所に着弾した二人分の銃撃の最中、ドールは俺を見つけ駆け出し、それを迎撃すべく俺もまたカウンターの陰から飛び出した。

 先に振り下ろされたのはドールの右手の刃。すかさずそれをガン・ブレイズで打ち払い、返す刀で斬り付ける。ドールは体を強引に後ろに曲げそれを避けると、右足を軸にして横薙ぎの回転斬りを放った。素早く突き出していたガン・ブレイズを戻し胸の前で構え自分の身を守る。

 ガキンッと大きな音を立てて動きを止めた俺とドールは相手を押しやろうとして前へと体重を掛けるも、空虚なドールという印象なのに不自然な質量が感じられた。

 この地面が砂地だったのならば、二人の足元にはしっかりとした足跡が刻まれていた事だろう。だが、ここは固いコンクリートで覆われた人口の地面。滑ることはなくとも足を突き立て踏ん張ることも出来ない。押し合いは拮抗しているからこそその場で留まり続けられているだけで、どちらかが力を緩めればバランスを崩して転んでしまうかもしれない。


「はああッ」


 気合い一発拳を突き出す。

 魔道手甲を嵌めた左手の一撃は仄かな光を帯びていた。それはアーツの光に酷似しており、自動発動する拳打の威力上昇の効果が発揮されていることの証だった。

 ドールもまたそれを迎撃しようと銃の形をした左手を打ち合わせる。

 三度響く重い金属製の音。けれども結果は違った。俺の拳がドールの左手の銃身を圧し曲げその体を捉えたのだ。


「一気に叩く!」


 ドールが体勢を崩したその瞬間、俺は一気に攻勢に出た。

 しっかりと大地を踏み締め、ガラ空きの体にガン・ブレイズを叩きつける。発動させるアーツは<アクセル・スラスト>。一撃の重さよりも手数の多さを優先させた。連続して発動される速度特化の斬撃アーツを受け、みるみるうちにHPを減らしていくドール。

 こうして攻撃をクリーンヒットさせてみるとなんとなくだが分かることもある。それはドールというモンスターが存外プレイヤーを攻撃したのと変わらぬ手応えだったことだ。モンスターを攻撃したときに返ってくる手応えといえば獣の姿をしていればその毛皮を通したもの、鱗を持つものであれば当然それを通した手応えがあった。ならばプレイヤーはどうかといえば、防具の材質や出来などの違いはあれど、人を殴ったとは思えないものがあった。例えるならゴムだろうか。人間を攻撃することを忌避する人もいるだろうということから、ことプレイヤーを相手にしたときにだけは現実離れした感触になるように設定されているのだった。


「これで、とどめだッ<インパクト・スラスト>」


 程よくHPゲージが減ってきたのを視認すると俺は威力特化の斬撃アーツを放った。この頃はもうドールは体勢を整えこちらの攻撃を迎撃しようとしていたが、一度傾いた戦いの流れというものは容易に覆ったりはしない。

 アーツを発動させた上段からの袈裟斬りがドールの体に一筋の軌跡を描く。

 一瞬、ドールの体が震えた。

 虚ろな眼が俺を見たその瞬間、ドールの体が光の粒子となって弾け消えた。


「ふぃ。……ッて、余裕ぶってる場合じゃない。皆はどこだ!?」


 戦闘が始まってすぐ散り散りになってしまったパーティメンバーを探す。そしてようやく自分の戦場以外の場所から聞こえてくる別の戦闘音に意識が向いた。


「近いのは――こっちか!」


 駆け出した先にいたのはリタ。彼女も俺と同じように一人で自分を写したドールと戦っていた。とはいえ、その戦況はもはや終局を迎えている。

 俺がドールになかった魔道手甲を使って攻略の切っ掛けを得たように、リタもまたドールが持たないものを活用して勝利を引き寄せているようだった。

 リタの周りには大小様々な鎧が転がっている。それは防具屋であるリタが作ったものであり、その全てに巨大な刀傷が付いていた。傷を付けたのはリタではなくドールなのだろう。彼女が持つ大剣と同じような幅と長さをした剣が腕に直接くっついているドールの攻撃は重く、鈍い。鋭さを以て斬るのではなく重さで断ち切る大剣特有の傷だ。

 この状況を鑑みる限り、どうやらその攻撃を受けるための盾として、またあるいはドールの気を引くための囮として、自身が製作した鎧を利用したみたいだった。

 鎧を斬り付け空振りしたドールの刃を避け、リタが大剣を勢いよく振り抜いた。横一線に振り抜かれた大剣の一撃を受けたドールは腰より少しだけ高い位置に深い斬り傷を受け、その身を霧散させた。


 リタの戦闘が一段落を迎えると、次いで別の戦場の様子が窺えた。

 ハルが目の前のドールの脳天に戦斧を叩きつける瞬間だった。加えるならどうしてそうなったのか、予想も付かない光景が広がっている。壁に突き刺さったままの鉄パイプとか、何故か天井にあるテーブルの天板とか。少なくとも俺が戦っていたあの場所ではあり得ない。


 何がともあれ勝利を収めたハルは爽やかに手を振ってきた。

 俺と後ろから駆け寄って来たリタは引き攣った笑みでそれに応えていた。


 最後にアラドの戦いの様子を見る。

 竜化したアラドを模して唯一人の姿をとっていないドールをめり込まんばかりに床に押しつけていた竜の爪がドールの両腕を貫き、地面に縫い付けていた。そのまま獣のような唸りをあげて背中の尾がピンッと伸びる。尾先の剣がアラドの意思に従い自身の顔の横を通り過ぎドールの頭を穿った。

 重なる二体の竜の影から現われた無数の黒い腕がドールの体を貪っていく。

 見るも無惨な肢体を曝したドールは砕け消えた。


「全員勝ったみたいだな」

「そうね」


 最後の戦闘が終えたことを見届けたことでハルが言った。それにリタは苦笑しながらも答える。俺はアラドのもとへと近付いていき「お疲れ様」と声を掛ける。

 竜化を解かないままこちらを向いたアラドは突然何もない空中を見つめた。釣られ俺もそちらを向くと奇妙に歪みが何もない空間に現われる。その歪みは透明な水を溜めた皿に波紋が立つように揺らいでいた。

 歪みの中から現われたのは捩れた何か。

 黒いようで、透明なようで、また玉虫色に輝いている正体不明の存在。それが突然出現したのだ。


「ユウ!」


 アラドが俺を呼んだ。その意味を察して俺は直ぐさま銃形態のガン・ブレイズの銃口を向けた。


『モノリス』


 やはりというべきか。突然現われたそれはモンスターだった。モノリスの上には三本ものHPゲージ。つまり何らかのボスモンスターである証だ。しかし、問題なのはそれじゃなかった。自身の歪みを解くように捩れていくモノリスが一枚の板のようになったと思ったその瞬間。モノリスの平面の体に四つの波紋が立った。

 波紋が広がるとそこから這い出てくる存在がある。空虚な目を持ち、人のようであり人ではない化生。俺たちがたった今、倒したばかりのドールが再び倒した数と同じだけ自分たちの前に現われたのだ。


「アラド! ハル! リタ!」


 全員の名前を呼ぶ。

 三人の返事を待たずして俺は引き金を引いていた。

 撃ち出される弾丸はまっすぐモノリスへと飛んでいく。四体ものドールを吐き出したモノリスは再び体を捻らせていく。強引に捻られた金属版のような容姿へと変貌を遂げたモノリスに俺が撃ち出した弾丸は弾かれてしまう。

 そして再び歪みが発生し、その中へとモノリスが消えていったのだ。


「チッ。また倒せってのか!」


 開口一番アラドがその爪をドールの一体へと突き刺した。

 爪を受け地面に叩きつけられたドールがアラドの下でアラドと同じ姿へと変化していく。


「面倒クセェ! ここで潰すッ!」


 一気に爪で引き裂いた。

 変化の途中という場面でドールの一体が砕け消える。

 残る三体のドールが幾ばくかの戸惑いを見せた次の瞬間には俺たち全員の攻撃が繰り出す。

 自分たちの姿へと変化を果たしていない状態のドールが三体ほぼ同じタイミングで消滅したのだった。



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