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ep.33 『おにんぎょう』


 物言わぬ人間たちが設置された地下の繁華街。

 響くのは自分たちの足音だけ。


「こっちに引き込むつもりがむこうに引き込まれたみたいだな」


 硬い床の感覚を確かめるようにその場で足踏みをしているハルが呟く。

 モンスターが自分たちと同じことを考えていたとは思えない。ならば偶然このような展開になったのだろう。けれど、似た状況になったからといってもこれは自分たちが狙っていたのとは違う。


「とりあえず、コレ外すか」

「そうね」


 セントラルエリアから場所が変わったというのならば装備している必要は無いと右腕に填められているミサンガを触りながら皆に声を掛けた。このミサンガはセントラルエリアで自分たちの存在を誤魔化すためのもの。であるならばその役目は果たしたと言える。

 軽く結び目に触れるとミサンガは独りでに解けはらりと地面に落ちた。使用回数に限度が来たアイテムやその役目を果たしたアイテムは消滅してしまう。このミサンガも例外ではなく地面に落ちて数秒後には細かな光の粒子となって消えてしまった。


「にしても嫌な展開だな」

「あー、まあ、でもさ、どっちにしてもここに居るのが間違いないのなら、結果オーライだったんじゃないか?」

「ンなわけねェだろうが」


 楽観的なことを口に出したハルをアラドが一蹴する。


「分かってるって。冗談だよ」

「本当か?」

「当たり前だろ! いくら俺だってそこまで呑気になれないって」


 ハルをからかい、空気を軽くしようとしても漂う重苦しいそれは一向に晴れる気配はない。

 周りの人間が動かないことも一層この場所の不気味さを演出していた。加えて繁華街の全ての店内の様子も異様だと感じた。出来立ての料理が醸し出す芳しい香りや、今まさに料理を作っているであろう音。自分たちの足音に混じり聴こえてくるその音も動かない人間が出していると考えるとどうしても気持ちが悪く思える。


「オイ、喰うなよ」

「食べるわけないだろ!」


 余程出来上がった料理を見ていたのだろうか。アラドが俺にいった。


「にしても、結構広いんだな」


 十数分歩き回って街を一周。同じスピードで歩いて最初に訪れた場所に戻ってきた時にでた感想がコレだった。

 全ての店舗の中を見たわけでも、足を踏み入れたわけでもないが、それでも歩き回ったことで大雑把だとはいえここの広さは確認することができた。


「例のモンスターが出現するとして、ここは十分な広さがあるのよね?」

「ああ。ここならある程度巨大なモンスターだとしても十分出現できそうだ」


 リタの問いにハルが答える。

 その言葉が示したように、地下の繁華街は建ち並ぶ店を除けばかなりの広さがあった。そして巨大なモンスターというのは大概怪獣映画さながらに店や壁を破壊して現われるものだ。


「それで、いつ出てくるの?」

「どうだかな。今この瞬間になのか、それとも数分、あるいは数時間後になるのか。それこそ神のみぞ知るってヤツだな」


 元々自分たちを餌にしておびき出すつもりのモンスターだ。釣りと同じく方法はあってもそのタイミングは相手任せである部分が大きい。

 わざとらしく大きく立てた足音も、声高らかにしていた会話も全てが釣り餌でしかない。なのに、例のモンスターは現われず平穏無事に地下の繁華街を一周してしまった。


「もう一回見て回る?」

「そうするか」


 一度でダメなら何度でも。それが釣りの常套手段。

 コツコツ。

 カツカツ。

 カシャカシャ。

 似たような靴を装備している俺とリタは似た足音、全身を鎧で覆っているハルは金属が硬い石に当たるときのような音を。俺が装備している靴よりも靴底(ソール)が固いようでアラドは僅かに高い音を立てている。

 外周に沿って繁華街を歩いていく。

 今度はさっきよりもゆっくりと。一つ一つ店舗の中を覗き込みながら。

 大凡にして半分くらい進んだときのこと。ふと俺は立ち止まった。


「どうしたの?」


 隣を歩いていたリタが俺の方を向き訊ねてきた。


「何かがいたような」

「どこに?」

「えっと、あそこ」


 兜のバイザー部分を持ち上げ、ハルが俺の指差した方を見る。


「何も居ないぞ」

「…だな」

「気のせいだったんじゃないのか?」

「そんなこと無いと思うけど…」


 目を凝らし、何かを探すも、見つからない。

 動きを止めた人が立つ廊下も、椅子に座り空のカップを持っている人がいる店の中もこれまでと同じ。終ぞ自分の見間違いを疑い始めたその時、俺は咄嗟に振り返った。


「な、何っ!?」

「いや、今度はそこに――」


 いた気がするとは言えなかった。

 一度見間違ったから言い辛くなったわけじゃない。振り返り視線を巡らすも何も見つけられなかったからだ。


「ん? アラド? 何処に行くんだ?」


 何度も何度も振り返り探すを繰り返している俺たちを置いてアラドが一人先に進む。

 そして何もない場所で立ち止まると小さく舌打ちをして背中の大剣を抜き放ったのだ。


「ど、どうした?」


 それが奇行でなければ、何かを見つけたのかもしれない。否応なしに高まっていく緊張感に誘われるようにして、俺も腰のホルダーへと手を伸ばしていた。


「……っ!」


 ゆらりと景色が歪む。

 次の瞬間、近くに居たはずの二人と自分との間に白い靄のようなものが天井へと上り始めた。


「皆! 気をつけろ!」


 声が届いていれば良い。そう願いながら、俺は咄嗟に後ろに下がろうと足に力を入れた。しかし、両足は地面に縫い付けられてしまったかのように動かない。


「――っ! しまっ――」


 慌てて自分の足に目線を落す。そこには白い靄に反して真っ黒なラインがとぐろを巻きながら巻き付いていた。それが自分の腰くらいまで真っ黒いラインが伸びてくると、自分の意思で動かない場所も比例して増えていき、この僅かな時間で俺の下半身は自分の支配下から離れ、地面と同化してしまったかのように固まっていた。


「うぐっ、このっ」


 身を捩らせながらどうにか自由になろうともがく。

 真っ黒いラインが腹に上がり、胸に、そこから腕へと伸び、遂に首を這い上がり顔を覆う。最後まで残ったのは目。自分の体を見ることは出来ないが、見えているものはあった。白い靄の中に自分の体に這い上がってくる黒いラインと同じ物が虚空に出現した。その出現の瞬間を目撃していればそれがどんなに異様なことなのか気付いただろう。それが何もないはずの床から這い出でて成長する木々の如く巨大な幹を形作ろうとしているのだから。

 言葉にならない声を出しつつ、ことの成り行きを見守る。自分が解放されたのは目の前にある真っ黒なラインが人の形を完成させた瞬間だった。


「がはっ、ごほっ」


 首を絞められていたわけじゃないのに咳が出た。床に膝を付き、自分の首を左手で撫でながら慌ててガン・ブレイズの銃口を正面に向けようとして動きを止めてしまった。目の前のそれがまるで映し鏡のように自分そっくりな姿をして立っていたからだ。とはいえ、全く同じというわけじゃない。髪や防具のようなものはおろか、目や鼻や口もない。それこそ美術の授業で見たことのあるデッサン人形のよう。ユウというキャラクターを形作る上で、追加されたであろう要素を全て排除した結果残った素体とでもいうべきそれが立っていたのだ。

 真っ黒いラインが作る人の形が完成したのを切っ掛けに天井まで広がっていた白い靄が晴れていった。天井から床に向かい次第に消えた白い靄の向こうで俺と同じように呆然とした表情を浮かべるリタを見つけた。その近くでじりじりと後ずさるハルが、更にその向こうでアラドが剣呑な瞳をそれぞれの目の前に出現した黒いラインが螺旋を描く奇妙な人形が立っていた。

 真っ黒いラインには文字のような、それでいて絵のような読み取ることのできない紋様があり、それが理髪店の前に置かれている絶えず稼働する三色のポールのように動いている。


「ひっ!?」


 俺が膝立ちしていたからか、自分の前にいる奇妙な人形も同じように床に膝を付いている。瞳はおろか鼻も口も何もない、輪郭は動く真っ黒いラインがあるだけ。なのにどういうわけか、それを目の前にしたとき俺は見られている、と感じたのだった。


「このっ」


 先制攻撃というにはあまりにも杜撰に拳を突き出した。ガン・ブレイズを持つ右手ではなく、空の左手の一撃。それ自体に攻撃力は無く、ただの牽制と呼ぶことすらおこがましいような一撃だ。

 ゆらりと後ろに倒れて奇妙な人形は俺の拳を避ける。

 後ろに倒れた反動を使い身を起こすと、今度は奇妙な人形が左手を付きだしてきた。五本の指一つ一つが黒い。それを固めた拳はもはや真っ黒な塊としか見えない。


「…あっ」


 呆然とする俺の胸に奇妙な人形の拳が当たる。すると驚いたことに俺は簡単に後ろに吹き飛ばされてしまった。

 軒先の机や椅子を巻き込み近くの店内へと押し込まれた。けれどダメージらしいダメージはない。少なくとも視界の左上にある自身のHPゲージは微塵も変動していない。


「くそっ」


 乱暴に自分の覆い被さっている椅子を蹴り飛ばし起き上がる。

 ガン・ブレイズの銃口を立ち上がり振り子のように頭を揺らす人形へと向ける。そうすることで浮かび上がるのは奇妙な人形の名称と固有するHPゲージ。その数は一本。普通のモンスターと変わらないし何かしらの特別な仕様が施されているようにも見えない。そして奇妙な人形の名称は『ドール』読んで字の如く人形だ。

 仮称をそのまま採用したみたいなシンプルな名称はこれまでにも相対してきた仕様外のモンスターと同じ。つまり、このドールこそが自分たちが探し討伐しようとしていた相手に間違い無かった。


「<モード・ビースト>ォォ!」


 咆吼のような宣言が轟く。アラドがその身を人から竜に変えたようだ。

 床を叩く大きな音を伴って跳躍したアラドは目の前の自分の現し身であるドールへと襲いかかる。しかし、そのドールもまた一瞬にして人から竜へと変化を遂げていた。

 強力な両腕と化した手甲同士がぶつかり合う。火花を散らし、空気を振るわせ、足元に無数の亀裂を生じさせた激突は五分の結果に終わった。力比べでは埒が明かないとしてお互いに相手を投げ飛ばしたのだ。


 次いでハルの戦場に変化が現われた。

 構えた戦斧とドールの腕、それもハルが使う戦斧と似た形状に変化したそれが打ち合いを始めたのだ。自分の腕も同然に使えるようになっているとはいえ、ドールは正真正銘自分の腕。加えて痛覚などないと言わんばかりに関節の制限を度外視した挙動でハルの戦斧を撃ち払い、時には反撃を加えているのだ。


 拮抗するハルの戦場の向こうでリタは困惑の表情を浮かべていた。対峙するドールが使うのはリタが己の専用武器としている大剣ではなく、巨大な鎚だったからだ。無骨な形状をしたそれが手の代わりに腕となり、まるで鍛え上げるかのようにリタの大剣を打ち付けているのだ。けれどその意味は真逆。不壊特性を有する精霊器となっていなければ破壊されていたであろうと容易に想像がつくその攻撃に、攻める手を躊躇させられてしまっていた。


 近くの物を払い除けて俺は店舗の中から飛び出した。相手の挙動がどのようなものなのか。どれくらいのダメージを与えられるのか、またどの程度のダメージを受けてしまうのか。何も分からない状況ではアイテム使用不能という大きなディスアドバンテージを負うことになる竜化は出来ない。通常時の姿のままガン・ブレイズの引き金を引いた。

 相手を視認することなく撃ち出された弾丸は全てがドールに向かっていったわけじゃない。近くの壁や天井、床に当たったものも多くある。牽制と攻撃を兼ね揃えた攻撃のはずだったそれは自分に向かって飛んできた紫色をした光弾によってその殆どが撃ち落とされてしまっていた。残されたのはドールを大きく外れたものばかり。


「それならっ」


 俺ができる攻撃は銃撃だけじゃない。ガン・ブレイズという武器の特徴でもある二形態の使い分け。紫の光弾による銃撃をくぐり抜けたその先、剣形態へと変化させたそれで勢いよく斬り掛かった。


「って、やっぱりこうなるのね」


 溜め息と共に言葉が出た。

 ドールの右手が子供の粘土細工のような片刃の剣へと変貌していたのだ。よくよく見れば左手は銃らしきもののまま。どうやら二つの形態を使い分ける俺とは違い、目の前のドールは二つの武器を使うらしい。そうなれば当然ドールの攻撃方法は同時に二つということになる。拮抗する鍔迫り合いの最中、左手の銃口が火を噴いた。


「げっ」


 真下から向かってくる紫の光弾を首を捻って避ける。天井に当たり霧散し振ってくる紫の光を身に受けつつ強くドールの腹を蹴り飛ばした。


「ぐっ、これも合わせてくるのかよ」


 俺が蹴り飛ばしたのと同じタイミングで突然腹部に衝撃を感じた。後ろに飛ばされた俺とドール、という状況を鑑みるにドールもまた俺を蹴り飛ばしたようだ。


「全く、やり辛いな」


 ガン・ブレイズを銃形態に変え魔力弾を撃ち込む。するとドールもまた左手の銃で紫の光弾を撃ち出していた。

 空中でぶつかり合い弾け飛ぶ互いの弾丸。

 舞い散る光の向こうで顔のないドールがその銃口を俺に向けている。

 二つの特徴的な銃声が重なった。



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