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ep.28 『毒の脅威・後半』


 脳内で繰り広げた傀儡人形との戦闘におけるシミュレーションのうち、実際に行動に移したのはほんの僅か。それこそ片手の指の数よりも少ない。

 最初に考えて試したのは切り落とした傀儡人形の四肢が毒を撒き散らすよりも速く追撃を繰り出し、大きいダメージを与えること。

 しかし、それは失敗してしまった。

 自分たちの予想よりも速く周囲に毒の煙が充満してしまったのだ。


「拙い――っ」


 咄嗟に息を止め、口元を外着の袖で塞ぎながらその場から離れる。

 毒が充満したとなれば次のプランを試すチャンスだ。

 これまでも試しはしたが今度は最初からダメージを与えるのが目的ではなく、この毒の煙を晴らすことを念頭に置いて武器を振るう。

 普通に振ったのでは意味が無いことは実証済み。となれば当然、より威力や速度を高められる一撃を使うことになる。


「<アクセル・スラスト>」


 細い刀身のガン・ブレイズでは威力を上げたところで巻き起こせる風はたかが知れている。だからこそ俺は速度特化の斬撃アーツを発動させた。

 一刀両断するためには刀身に掛かる風の抵抗を極力抑えなければならない。そのためにといつもは刀身を寝かせて風を切るのをイメージして繰り出していた。実際意識するのとしないのではどれくらい威力に差が生じるのかの検証をしたわけじゃないからはっきりとは言えないが、手に返ってくる感触は意識せずに繰り出した時とそうじゃない時では違いがあった。


 ただ、今回は斬ることが目的じゃない。あくまでも毒を晴らすのが目的なのだ。だとすれば風の抵抗は別の使い道が出てくる。

 剣を振って発生させる風圧を可能な限り大きくすることで、より強い風が巻き起こるはず。

 あえて刀身を立たせ、団扇で扇ぐときのようにガン・ブレイズで風を目の前の毒の煙に向けて送った。


「――どうだ?」


 ガン・ブレイズを振り抜いた格好のまま、目の前を注視する。

 残念なことに毒の煙は一瞬だけ吹き飛ばされたものの、直ぐに元に戻ってしまった。


「チィッ、面倒くせェ!」


 俺がどうにか毒を晴らそうと試している傍でアラドが業を煮やして毒の煙の中へと飛び込んだ。

 瞬間、アラドのHPゲージの下に毒を受けたことを示すアイコンが表示された。


「アラド!? 早く解毒を!」


 戸惑いと驚愕に満ちたハルの声が響く。


「煩ェ! このくらい何でもねェンだよ!」


 煙の中からアラドの苛立ちを含んだ声が轟く。

 面食らったように立ち尽くすハルが首だけを動かし俺の方を見た。


「まあ、アラドがそう言うなら大丈夫なんじゃないか? アラドはムチャはしても無理はしないタイプだからさ」

「た、確かに……」

「そっかぁ。少しの間なら大丈夫なんだ」


 神妙な声色で一人納得するようにリタが呟く。


「そんな呑気なこと言ってる場合か!?」

「あ、そ、そうよね。ごめんなさい」


 警戒しながら見守る俺たちの前で徐々に毒の煙が薄くなってきた。

 澄んでいく視界の向こうでは竜化したアラドが不気味に蠢く傀儡人形の正面に立ち睨み合っている。


「そうは言ってもこのまま何もしなかったら拙いことには変わらないよな」

「え?」

「アラド! 俺が前に出るからその間に回復するんだ」


 返事を待たず俺は傀儡人形の前に出た。

 四肢の崩壊を招かねない攻撃は避け、最低限注意を引くことだけに集中する。

 程なくして俺の直ぐ傍を黒い影が通り過ぎた。

 視線だけで追い掛けたその先で竜がその顎を開けて見慣れた瓶の中身を一気に飲み干した。


「毒は消えたみたいだな」


 視界の左上にあるアラドのHPゲージの下にある毒のアイコンは消えていた。

 しかし、状況は何も好転してはいない。

 自分たちの状況で言えば最初の段階に戻っただけに過ぎないのだ。

 迫る傀儡人形の腕を斬らずに払い退けて、後退する。


「ダメージを与えるには攻撃するしかない。でも……」

「斬ってしまうと毒を発生させることに繋がる」

「どうするの?」

「どうもしねェ。このまま最後まで削り取るだけだ」


 アラドが獰猛な竜の顔で不敵に笑い、低く唸り、前屈みになって拳を握る。それはまさに獣が狩りを行う時の姿勢そのもの。そして、アラドの戦闘体勢そのもの。

 背中から生えた尻尾で強く地面を叩き、その反動を利用して高く飛び上がる。

 アラドが戦闘開始直後に見せるいつもの急加速方法だ。

 一瞬にして傀儡人形の頭を飛び越え、その頭上で再び尻尾を強く打ち付ける。虚空とぶつかり激しい破裂音が鳴り響くとアラドは急激に進行方向を変えた。


 硬く握っていた拳を開きながらも指先に至るまで力を行き渡らせる。

 そして手を開いたまま力強く抱き寄せるようにして両手を振り抜いた。アーツではないはずのその一撃は見慣れないライトエフェクトを伴って傀儡人形の頭部を引き裂いた。

 砕け、飛散る傀儡人形の頭部の破片。


「――ッ! 今度は再生と毒の発生が同時かよ」


 辟易したようにハルが呟く。

 空中に漂う毒の煙を突き破ってアラドが着地した。


「見てるだけならジャマだ!」


 竜の眼が今ひとつ踏ん切りが付いていない俺たちを捉える。


「あーっ、もうっ、分かったよ。そうだよなっ、毒を喰らってもすぐに死ぬことはないんだよなっ」


 先程のアラドの様子を見る限り毒を受けて数秒でHPがゼロになるなんてことは無いはず。こういう気持ちを破れかぶれと言えば良いのか、それともヤケクソとでも言うのか。

 言葉には出さずハルとリタに合図を送ると、俺たちは揃って傀儡人形に向けて走り出した。

 俺たちよりも一足早く攻撃に向かったアラドが頭部の再生を終えた傀儡人形に向かって飛び上がっていた。


「回復と解毒のラインは皆の自己判断に任せる。いいな?」

「任せろ」

「もっちろん」

「良い返事だ」


 再生した頭部を再びアラドがその両手の爪で穿つ。

 次にハルが戦斧で脚を薙ぎ払い、その上からリタが大剣で重さを掛けて叩き切る。

 二人の後ろを駆け抜けて、辿り着いたのは傀儡人形の正面。左右不揃いな腕を振り回しながら俺たちを迎撃しようとする傀儡人形の腕をくぐり抜けてその都度、的確にガン・ブレイズで斬り付けた。


 一斉に繰り出される四人の攻撃によって周囲に漂い始める毒の煙。

 視界を遮る煙に構わず攻撃を続ける。

 案の定と言うべきか、俺たち全員のHPゲージの下には毒を現わすアイコン。


「――だああっ、もうっ、嫌なチキンレースだな、ホントに!」


 傀儡人形の攻撃は直撃こそ避けられているものの、その周囲に漂う毒の影響で絶えずHPは減少を続けていた。

 解毒や体力回復のポーションを使えばすぐに対応できるが、それも数に限りはある。

 自分たちの攻撃によって与えられるダメージと毒によって減らされるHPと残存するアイテムの総数。そして、いつ直撃を受けるかという恐怖を抱えた状況は想像以上に精神を疲弊させていく。


「ギリギリか?」


 双方が受けるダメージ量を考えた場合、傀儡人形のHPを全損させるのは可能だと思う。けれどそれはあくまでも現状のままの話。

 この先、どちらかの状況が変わればこの均衡は容易く崩れてしまう。


「結局力押しになるとはな……」


 しかもその方が何かと策を考えていたときよりも戦闘がすんなりと行っているというのが納得できない。

 それからどれくらいの時間が経っただろうか。

 持っている二種のポーションも残りは数えられる程度。それに対して傀儡人形の残るHPは四割近く。目測を誤ってしまったのだとすれば何が原因だったというのだろう。

 自分たちの力量か。それとも傀儡人形の潜在能力の方か。


「これで解毒ポーションの残りは三本か」


 カシャッと音を立ててハルの兜の面が再び降りる。

 空になったポーションの瓶を適当に投げ捨てると直ぐさま砕けて消えた。


「皆はどうだ?」


 と言葉を投げかけるハルの様子は最初に比べると満身創痍といった出で立ち。

 長時間毒に触れていたからだろうか、全身を覆う鎧は所々が錆びたみたいに色が剥げてしまっている。それはリタが装備している軽装の金属鎧(プレートメイル)も同様で、竜化している為に鎧では無く生物的な鱗と化しているアラドや殆ど金属的な部位を持たない俺を除けば、無事なのはそれぞれが持つ武器くらい。


「私は、残り少ないかな」

「俺もハルと似たようなもんだ。全快できるのは三回くらい。アラドは……」


 心配になるのは自分たちよりも先に戦っていたアラドの現状。

 使用しているアイテムの数は俺たちよりも多いのは間違い無い。その証拠に戦闘が進むに連れて解毒するために使用するポーションの種類が俺たちとアラドとでは違ってきていた。

 品質の高い物を使う俺たちに対してアラドは質の劣る解毒ポーションを使わざる得なくなっていたのだろう。俺が見た限りでは一度の解毒の為に使うポーションの数が増えていたのだ。


「いちいちそンなコト気にしてンじゃねェよ。どのみち状況は変わらねェんだからよ」


 他人事のように言い捨てるアラドに俺は苦笑しながらもその言葉には納得してしまっていた。

 品の劣る解毒ポーションを使わざる得なくなったアラドもさることながら品質の高いポーションだからとそれ以下のポーションを持ってきていない俺とでは、解毒の回数という意味では大して違いはないのだから。


「だったら、回復までの間隔を伸ばしてでも攻撃に集中するしかない!」


 ハルが号令を掛けるように、声を上げて言い切った。

 それぞれが頷き、攻撃を再開する。

 見た目では何一つダメージを受けた様子が見られない傀儡人形でもそのHPは確実に減らしている。ならばと、このまま攻撃を続けることでHPを全て削りきれば倒せる。

 デジタルな数字に支配されたゲームだからこそ、いつかの限界は訪れるはずだ。


 全員が自分のHPを気にしながらも最大の攻撃を繰り出す。

 そして傀儡人形の残りHPが三割を下回った時に一度距離を作り、解毒と減少したHPの回復を行った。


「これであと二回……」


 いよいよ本格的に心許なくなってきた。

 それでもと、前に出て攻撃を続ける。


「――何だ?」


 いったい誰の攻撃がきっかけになったのだろう。

 全員ががむしゃらに攻撃を加えていたから分からないが、確かに戦闘に変化が訪れた。

 それは、大抵のボスモンスターにも見られる変化。HPの残量が一定値を下回ったり、弱点ともいえる特定の場所に攻撃を繰り返していると訪れる明確な変化。

 波が砂山を浚うように、積み上げた石が崩れるように、傀儡人形の四肢が崩壊を始めたのだ。

 腕が溶け、脚が胴体から離れ、頭がぐらりと揺れ地面に落ちる。

 地面に落ちた四肢は瞬く間に溶け、これまで以上の濃度を誇る毒の煙が辺りに充満した。


「倒せた……わけじゃないのよね」

「――多分。ハルは何が起こると思う?」

「少なくとも歓迎できることじゃないと思うよ」

「チッ、毒がジャマで届かねェ!」


 変化を見守る俺たちの横でアラドが万に一つの可能性に賭けて攻撃を仕掛けていた。


「こういった変化は大概が攻撃が無効になるだろ」

「ンなコト、試してみねェと分からねェだろうが!」

「でも、効かなかっただろ?」

「チッ」


 バツが悪そうに視線を逸らすアラドを見て、全身を崩壊させる傀儡人形を見た。

 フルダイブのゲームでは珍しいが、この変化は所謂ムービーシーンというやつなのだろう。

 この間に毒を受けるわけにはいかないと数歩下がって事の成り行きを見守る俺とハルとリタ。アラドはその直ぐ傍で自身の解毒と回復を行っていた。


「うげっ、また気持ち悪いのが始まったな」


 兜の奥で顔を顰めるハルが言うように、人間の体の形を成す様相を失った傀儡人形は内側から膨れ始めた。

 心臓の鼓動のように全身を脈動させるたびに、体から顔や手足が新しく生えていく。

 しかし、肥大した胴体に比べてその手足は異様に小さく、また短く、生えた場所も、その数もバラバラ。

 体に浮かぶ顔の表情も様々で、苦痛に歪んだものもあれば歓喜に満ちた顔もある。


『オオォォオォオォォォォオオオオオオオオオオオオンンンンンン』


 男のようであり女のようでもあるその顔から一斉に怨念に満ちた唸り声が発せられた。


「毒が……消えた!?」


 驚きのあまり声に出した俺の近くにもあった毒が綺麗さっぱり消えた。傀儡人形が変化を完了させたその瞬間、辺りに舞っていた毒の煙が一斉にその身に吸収されたのだ。

 空中に浮遊するのは変貌した傀儡人形。

 胴体から生えた手足が蠢き、いくつもの顔が虚空を見つめ言葉にならない呻き声を上げている。


「ハッ、随分と変わったもンだな」

「アラド、油断するなよ。ここまで変化したんだ。さっきとは違うモンスターだって割り切った方が良さそうだ」

「チッ、わかってンだよ。オラッ、行くぞッ」


 またしてもアラドが尻尾を打ち付けて跳躍したその瞬間に傀儡人形の変化によって中断されていた戦闘が再開した。




前回の続きです。


本来ならばこの変化が起こる前半戦までで一話。変化後の後半戦で一話の前後半の構成で『傀儡人形』との戦闘を描くつもりでした。

ので次回はまさに後半戦で決着となるはずです。


冬の寒さも堪えますが、夏の暑さはそれ以上。クーラーの故障は勘弁して欲しいものです。


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