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ep.26 『傀儡人形』


 人を一人すっぽりと隠してしまう巨木の影に隠れながら俺たちは自分たちではない誰かが行っている戦闘を見守っていた。

 それは人族とモンスターの戦闘。

 この人族は何処にでもあるような皮鎧を身に纏い武器もどこにでも売っているような片手用の直剣。武器、防具ともに初心者といった風貌。それと対峙しているモンスターはやはりとでも言うべきか、俺たちが戦った『傀儡』という名のモンスターであった。

 つい先程自分たちも戦ったからこそ理解できる傀儡の厄介さというものがあれど、俺たちはあの人族を手助けしようとは思えないでいた。

 注意深く観察するまでもなく人族らしき人物のその動きには人成らざるものが感じられたから。

 そして、その顔にピッタリと張り付く目の穴も口の穴もない仮面が見られたからだ。

 この仮面が指し示す事実は一つ。あの人族がプレイヤーでもNPCでもない。『操り人形』という名のモンスターであるということ。


「ここも、か」


 ハルが落胆と疲労が入り交じる声で呟ていた。

 腰低く屈み、戦斧を地面すれすれに持ちながら物音をさせないようにゆっくりと後ずさるハルに続いて俺とリタもこの場から離れることにした。

 それぞれが手早く武器を所定の位置に戻し足音を殺しながら移動する。

 戦闘の音と気配が感じられなくなった場所で三人揃って一呼吸吐いたのだ。


「さっきので三ヶ所目だったよね?」

「ああ。んで、残念ながらいたのは全部『傀儡』と『操り人形』というコンビばっかだったってわけだ」


 アラドという人物を探すことになって一番確率が高いとふんだのが戦いがある場所。

 だから俺たちは戦闘の音がする方へと進むことにしていた。

 その結果がこれだ。

 確かに戦闘は繰り広げられていた。けれどそれは近づいてくるプレイヤーを待ち構える罠でしかなく、自分たちが探しているアラドどころか、ここに居るかもしれない他のプレイヤーの影すらも発見できずにいた。


「にしてもだ。ユウはいったい何をしてるんだ?」


 辟易しながらリタと話していたハルが近くで立ち尽くしている俺に声を掛けてきた。


「え? ああ。これだよ」


 そう言ってハルに見せたのはストレージにあった一枚の金属板。


「その金属板がどうかしたのか?」

「や、ここにも例のモンスターが出現しているのは間違い無いんだよな」

「まあ、グリモアからはそう聞いているな」

「だったらさ。どれだと思う?」


 金属板に刻まれている紋様のなか、二つには大きな亀裂が入っている。そして残る四つは綺麗なまま。

 この紋様が自分たちが戦ってきた規格外のモンスターを現わしているかもしれないことは想定済み。だからこそ考えてしまうのだ。ここに居るのはいったいどれなんだろうかと。


「モンスターを現わしているんだからこの平面な板っぽいヤツなんじゃないか」


 ハルが指差した先にある長方形の一枚板のようなレリーフ。


「まさにあの傀儡って言うモンスターそのものだろ」

「でもでも、あの傀儡ってボスモンスターじゃなかったよね?」

「確かに。精々ちょっとレベルの高い場所に出現するような雑魚モンスターって感じだったな。ランクとかレベルが低ければ確かに対応が難しいんだろうけどさ、ここに来るようなプレイヤーにとってはそれほど問題無い気がする」

「じゃあさ、こっちなんじゃない?」


 今度はリタが別の紋様を指差した。

 卵のように楕円形のレリーフは一見すると今回とは無関係のような気がするが。


「ほら、これってさ、あの操り人形の仮面の形に見えない?」


 などと言われ思い出してみると確かに似ている。

 特に目や鼻、口のようなものがない仮面を付けていた操り人形を思い出せば金属板に描かれているものと瓜二つだった。


「いやいや、操り人形だって強さでいえば傀儡と大差なかっただろ。っていうかそいつらが合体した傀儡人形だって、ボスモンスターとはいえない強さだったじゃないか」


 自分に投げかけられた否定の理由と同じ理由でリタの言葉をハルが否定する。


「そもそも何でその二体が戦ってるの?」

「俺はプレイヤーを誘い込む罠だと思ってたんだけど…」

「それができるのって最初の一回だけでしょ」

「まあ、今じゃあ俺たちもこうして遠目に確認しながら戦闘は避けているけどさ」


 戦闘が好きなら全てに参戦するんじゃないか、と平然と言い放つも、この状況でそんな酔狂なことをする人はいないように思えた。

 普段のエリア探索やダンジョン攻略ならば、出会うモンスターを全て討伐することもあるだろう。それだけドロップアイテムや経験値を得られるだろうし、討伐数によっては何らかの報酬を得られることもあるかもしれない。

 しかし、この場所にはそれがない。

 経験値は得られるがドロップアイテムは無いし、素材アイテムすらも得ることはない。


「どっちにしても確証はまだ何もないんだ。今は先に進もうか」


 と提案するも返って来たのはハルの微妙な表情。


「なんだよ」

「いや、お前が言うか?」

「だって、この話を切り出したのユウくんじゃない」

「まあ、それはそうなんだけどさ――ん?」


 ふと自分たちが今だ進んでいない方角を見る。

 風が吹いているわけではないのに木々の葉が揺れるも一切音はしない。

 本来すべき音がしないだけで不気味に思えるのは、この世界が現実よりもリアルに表現されているように思えるからだろうか。


「向こう側に何かいるの?」

「多分、傀儡と操り人形はいるんじゃないか」

「それ以外で!」

「どうだろう。行ってみないとなんとも……」

「なら行ってみればいいって事だろ」

「あ、ちょっと待って」


 ずんずんと歩き出したハルを追いかける。

 道なき道、いわゆる獣道を背高く伸びた草を踏み締めながら進んでいると、道中にはやはり傀儡と操り人形という組み合わせはちらほらと見受けられた。

 戦う気が起きないために俺たちはそれらをその都度避けながら進んでいく。

 近付きすぎれば気付かれてしまうかもしれないと、しっかりと距離を保ちながら迂回しているために、俺たちの探索は遅々として進まない。


「そろそろ何かしら見つかっても良い気がするんだけど…」


 ぽつりと呟くハルにリタは頷くことで同意を示した。


「全体を見渡せるマップじゃないからはっきりとは言えないけどさ、それなりに奥には来たはずだろ」

「奥…ねぇ」

「違うってのか?」

「端かもしれないってことさ」

「どういう意味?」

「この場所の全貌は未だ不明。そして手元のマップはせいぜい半径一キロ程度までしか表示しない。ならばこの向こうが妖霊の森林の中心ではなく、端である可能性も大いにあるというわけさ」


 妙な屁理屈を捏ねながら言い放つハルに俺とリタは互いの顔を見合わせた。

 二人の表情から窺える感情は同じ。面倒くさいというものだけ。


「そんなの別にどっちでも良いでしょ。それよりもこの先に本当にアラドくんは居るの?」

「解らない。グリモアの話の通りだとしてもそれが妖霊の森林の中心であるとは言われてないからな」

「なら、なんでここを目指したのさ」

「全ての場所を探すことができるとしても行き違いになってしまうかもしれない。それなら、自分たちが気になった場所から探しても良いとは思わないか」

「そうね。だったら早く行きましょ。違った場合は別の場所を探さなきゃいかないんだから」


 次に先んじて前に出たのはリタだった。

 その後に続いて俺とハルが進む。

 モンスターの影が無く、眼前に広がるは一段と高い木々が天をも覆い尽くさんばかりに伸びている。


「ねえ。本当にここなの?」


 空を見上げ、目を細めながらリタが誰にということもなく問い掛ける。


「静かだな」

「静かね」

「平和だぁ」

「ああ、平和だな」


 俺が呟くとそれにリタが答え、ハルが呟くとそれに俺が答える。

 しかしそのどれもが空返事も同然。

 何せ今俺たちが立つこの場所は気味が悪いくらいに平穏な時間が流れているのだ。


「やっぱり、ここじゃないのかな」


 いち早く見切りを付けたのはリタだった。

 ぐるりと一通り周囲を見渡した後、さっさと来た道を戻ろうとしていた。

 それを止めたのは俺やハルの言葉じゃない。静寂を斬り裂くような突風と独特な風切り音だ。


「何だっ!?」


 咄嗟に戦斧を引き抜き、音のする方へその矛先を向ける。

 リタはその背にある大剣の柄に手を伸ばし、俺は腰のホルダーに収まっているガン・ブレイズを引き抜いていた。

 巨大な影が縦横無尽に木々の合間を跳び回っている。

 影が移動する度に揺れる木々からは何も音がしない。あれだけの緑が生い茂り、先や影が重なり合うように生えているのにもかかわらず。


「傀儡と操り人形なの?」

「にしては動きが違いすぎる。影も一つしか……いや、二つなのか?」

「だったら何だっていうの?」


 しっかりとその正体を見極めようとする俺は、ほんの一瞬、僅かにずれて動いた影を見て思わず声に出していた。

 突然のことに戸惑うリタを一瞥し、今のところ襲撃ではなく出現に留まっている現状に思考を巡らせた。


「俺たちに襲いかかってくる気配はない、か。……何故だ?」


 あれだけの動きみせているならば、あの二つの影がこちらから手を出さなければ襲ってこないノンアクティブモンスターではないことは明らか。

 かといってこちらに向かってくる素振りもなければ、空中を飛び回って地上に降り立つような感じでもない。

 目的もその正体すら不明な相手に俺はぐっと息を殺し事の成り行きを見守っていた。


「ユウくん。あの影の正体は分からないの?」

「あの速さに照準を定めることは難しいんだ。それにはっきりと俺たちとの戦闘が始まったわけでもないみたいだし、その行為そのものが戦闘を引き起こす場合もある。だから今は不用意なことは出来ないよ」


 自分に言い聞かすようにいう。

 すると納得したのかリタは大剣の柄を掴んだまま、忙しなく視線を飛び回る影へと向けていた。


「どうするつもりなんだ?」


 戦斧を構えたまま、狙いを定めるようにゆっくりと矛先を向けるハルに問い掛ける。しかし、二つの影に感付かれないように声を潜めるあまり、俺の言葉は届いていないようだ。


「――っ!?」


 仕方なくそれなりの大きさで声を掛けようかと思った刹那、爆発のような音を伴って目の前の地面に何かがぶつかった。

 もくもくと立ち上がる砂煙。

 一斉に木々を揺らすほどの衝撃が広がり、近くに居た俺たちを強引に後ろに押しやった。


「大丈夫か?」

「え、ええ。なんとか……」


 互いに無事を確認できたのはリタとだけ。より爆心地に近い場所にいたハルはどうなったかと言えば、


「ハルくんは?」

「ああ、あそこだ」

「何をしてるの?」

「さあな」


 ハルは砂煙の中にいた。

 その手にある戦斧が振り抜かれる度に、砂煙に切れ目が入り薙ぎ払われる。けれどもハルが戦斧を振るったことで舞い上がった砂がその切れ目を埋めていく。

 結局視界の悪さはそのまま、俺の居る場所からはハルが何と戦っているのか、それともこの砂煙を払おうとしているだけなのかすら判別できない。


「そういえば、さっきの影は?」

「解らない。今のあそこにいるのか、既に何処かに去ったのかすらな」


 どうすれば視界を確保出来るか、リタと話ながらも考えるのはそのことばかり。

 ハルの持つ戦斧ですら出来なかったのだ。ガン・ブレイズの剣形態で払おうとしても、銃形態で撃ち払っても無駄だろう。

 ならばリタの持つ大剣ならばどうか。

 それも結局はハルの持つ戦斧とは大差ないはず。

 考えられるのはより大きな道具を使い吹き飛ばしてしまうか、自然と砂煙が落ち着くのを待つかだ。


「そんな…いったい何処に……?」


 何も見えないと知りつつもリタは必至にその向こう側を見通そうとする。

 目を細め、目を凝らし、せめて一点だけでもと集中しているようだった。


「ユウ!」


 砂煙の中から自分を呼ぶ声がした。

 当然、声の主はハル。

 それがどこに居るのか解らないならば音を頼りに大体の方角を探ると、俺はすかさずガン・ブレイズの銃口を向けた。


「ダメだっ! やっぱり何も見えてこない……」


 HPゲージが見えてくればその姿が確認できずともどうにかなるかもと考えていたからこそ、この現状には悔しさしか感じない。

 どうすればいい。そんな風に自問自答を繰り返す。

 時間が経てば自然と砂煙は晴れていく。けれどその時間がどれだけ必要となるかは解らないまま。

 何かを探るように銃口を動かしながらも一向に事態は好転する気配がない。

 余程焦りを感じてしまっていたのか、知らぬ間に俺の右手の人差し指は引き金へと掛けられていた。


「ユウくん! 見て!」


 声に驚きビクッと硬直する体を意思で強引に動かしてリタが促す場所を見た。

 そこにはまるで一筋、天から伸びる光が差し込んでいる。光の中には小さな砂粒がキラキラと煌めき、場違いながらも荘厳な光に思えてきた。

 実際はただの光であり、ただの砂粒。

 そこには何も意味は無い。だが、意味は無くとも、俺たちに取っては一筋の光明であることは明らかだった。

 光の切れ目とでも言えば良いのだろうか。

 その光を起点に砂煙は左右に分かれ、大きく広がった。


「ハル! それに、あれは――」


 視界を防いでしまうほどの密度を無くしたことで辺りの様子は見えてくる。

 爆発によって足元の草が地面ごと捲れ、剥き出しになった地面は件の人物を中心に五メートル近く広がっている。


「アラドくん…なの?」


 リタが戸惑うのも無理はないと思う。

 俺が使っているのと同様、アラドもまた普段の姿から違う姿へと変貌してしまっているのだから。

 前傾姿勢になり、全身が大きくなっている。それは巨人のように変わるハルのようでもあるが、その皮膚は大きく違う。肉体そのものを大きくする巨人化とは違い、アラドのそれは体を大きくするのでは無く、変化させるものだからだ。

 まるで鎧のように金属質な鱗が全身を覆い、頭部は人のそれを離れ竜のものへ。両腕はその身に相応しく太く鋭くなり、両足はその体を支えるのに適した形へと。

 その背中、正確には首の付け根から背骨に沿って意思を持つムチのように動く尻尾が生えている。

 俺のそれとは違う『竜化』が成された状態のアラドは俺の知る時のものよりもより強大な力を秘めているように感じた。


「あン? なンだ。オマエらかよ。何しに来やがった」

「随分な言いようだな。グリモアからアラドを探すように言われて、遙々ここにまで来たってのにさ」

「なら、サッサとどっか行け」


 アラドが話すのに合わせて動く竜の顎。

 魔人族(まびとぞく)の一種である竜人で慣れている人も多いだろうが、それに比べるとアラドの頭部は鋼鉄の竜というに相応しい。

 機械的でありながら生物的。それは俺がする『竜化』と共通するものがあるが、それは当然のことといえる。今でこそ個人別々に使えているそれも、元を辿れば一つ。同じものを起源とする力なのだ。


「悪いけど、そういうわけにはいかない。俺たちもここに居るモンスターに用があるからな」


 あからさまに自分たちを遠ざけようとするアラドにはっきりと告げる。

 それだけである程度察したのか、それとも気にするまでもないと無視することにしたのか、アラドはその竜の鼻先を別の方向へ向けた。


「あそこなのか?」

「知らねェよ」

「まあそう言うなって。俺がこういう時引かないって知ってるだろ?」

「チッ」


 一時期パーティを組んでいた事があるからだろう。アラドは早々に俺を説得するのを諦めたようだ。


「で、どんなヤツと戦ってたんだ? やっぱり能面みたいな仮面を付けたのと板状のモンスターのコンビか」

「なンだソレ」

「違うのか?」

「違う」


 アラドが言い切るよりも早く、それは姿を現わした。


「成る程。確かにどっちでもなさそうだ」


 戦斧を持ちながらハルがワクワクとした目をそれに向ける。


「というよりも、何なのよ、あれ……」


 戸惑うリタが背の大剣を勢いよく引き抜いた。

 横に並ぶ俺たちの前に立ち塞がる存在は確かに傀儡とも操り人形とも違う。

 それらが雑多に混ざり合ったモンスターである『傀儡人形(かいらいにんぎょう)』。それも俺たちが戦ったヤツよりも多くの傀儡と操り人形が集合しているように見える。

 巨人のような体に浮かぶ無数の仮面。

 その合間には大小様々な板が埋め込まれている。


「傀儡人形ね。相も変わらず気味が悪い見た目だな」


 獣のような唸り声を上げるアラドの横でガン・ブレイズを構える。


「邪魔すンじゃねェぞ」

「解ってるって。それよりもだ、パーティに入ってくれるか?」

「チッ。仕方ねェな」


 先程の砂煙のせいか、それとも俺たちの介入で戦闘が中断したことになったのか、思ったよりも簡単にアラドがパーティに加わった。


「それじゃ、行きますか」


 そうして俺たちを含めた四人と異様なほど強化された傀儡人形との戦闘が始まった。




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