ep.25 『人形』
カァンっという金属と金属がぶつかる音が響き渡る。
目の前に轟々と広がる爆炎は数秒後には極々小さな火の粉となって霧散していく。
戦闘体勢に入った俺とハルの後ろでリタがその手に自身の武器である大剣を持ち構えていた。
「一応聞くけどさ、あれはプレイヤーじゃないよな?」
咄嗟のこととはいえ俺が撃ったのは仮面を付けたプレイヤーの方だった。
場合によってはPK行為に取られる怖れすらある攻撃だ。
「今はそれどころじゃないだろ!」
「や、でもさ……」
戦斧を携え隣に並んだハルが兜の奥で眉間に皺を寄せながら言い切る。
「っていうか、お前にはあれが普通のプレイヤーに見えるのか!?」
俺が撃った仮面のプレイヤーは大きく後退していた。
それは着弾の衝撃が理由ではないはず。威力特化の射撃アーツを発動しているのならば分かるが、さっきのは通常攻撃。威力は勿論のこと、それが生む衝撃もアーツとは比べものにならないものだ。
なのに後退した仮面のプレイヤーは仰向けになったまま、不自然な動きで起き上がる。
腹部から伸びた糸を無理矢理引っ張られるように、重力を無視し、人の筋力では不可能な動きをする仮面のプレイヤーは例えここが仮想現実であるにしても異様で異常だった。
「ちょっと、モンスターの方も忘れないでよ」
大きく跳躍して大剣を上段から振り下ろすリタが言った。
彼女の前にいる全身が平面のモンスターはその腕を剣のようにしてその大剣を受け止めた。
「嘘っ!! ――ッ」
まさか受け止められるとは思っていなかったのだろう。リタが驚き一瞬その動きと止めてしまった。
そんな僅かな隙を狙い、平面のモンスターはもう片方の腕を振るってリタの横っ腹を殴り付けた。
「危ないっ」
吹き飛ばされるリタをハルが咄嗟に受け止める。
余程の衝撃を伴っていたのか、リタを受け止めたハルはその足元に二筋の溝を作っていた。
「大丈夫か?」
「ありがと」
「いや、それよりも……ユウ!」
「分かってる」
左右に分断できたといっても、状況が良くなったわけではない。
自分が撃った仮面のプレイヤーも平面のモンスターと同等の脅威と見定め、俺はそれぞれに向けて交互に引き金を引いた。
牽制にしかならずとも通常のモンスターだったのならばそれで多少は動きを止めることができる。
できるはずだった。
俺の予想は外れ、遅い動きながらも仮面のプレイヤーと平面のモンスターの接近を阻むことが出来なかった。
「怯む素振りすらないか」
「みたいだな。どうする? ここで倒すにしてもリタは……」
「大丈夫。私もそれなりに戦えるから」
分かりきっていたといように呟くハルにリタがはっきりと告げた。
リタが持つ大剣もぱっと見た限りではかなり強化を施していて、それこそレベルもランクも高い、所謂上級プレイヤーが使うような代物になっている。
言うまでも無くリタはその上級プレイヤーの一人に数えられているはず。
生産職であるとはいえ、これまでに戦闘を行ってこなかったわけではないのだと、パラメータという数字の上では少なくとも今の俺以上であることは間違いのないのだと、その大剣が思い出させた。
なおも心配しているのか、ハルが問い掛ける。
「分かっているのか? ここでHPを全損したら――」
「勿論承知の上よ。だから回復薬もいつもより質の高いのを限界まで持ってきたんだから」
「そうか。ならリタも一緒に戦ってくれ」
「ええ!」
ハルとリタが揃って平面のモンスターの前に出る。
仮面のプレイヤーよりも防御力が高く俺が戦うには不利と判断したのかもしれない。
「ユウ! そっちは任せる。一応言っておくけど、そいつはもう普通のプレイヤーじゃない。モンスターと一緒だと思っておけ」
「ああ」
「直ぐにコイツを倒して合流するからな」
「ああ、頼りにしてるよ」
モンスターと一緒。ハルにそう言われて俺は当然の襲撃に戸惑うあまりいつもの行動を取っていないことを思い出した。
そうだ。
俺には彼が本当にプレイヤーなのかどうかは簡単に判別できるじゃないか。
ガン・ブレイズの銃口を仮面のプレイヤーへと向け構える。正確には構え直す。
これまでも浮かんでいたはずのそれがようやく今になってはっきりと認識できた。
『操り人形』
それは確実にプレイヤーではなく、またこれまでに俺が戦ってきたどのモンスターとも違う名前だった。
この流れでハルとリタが戦っている平面のモンスターにも銃口を向ける。
見えたその名前は『傀儡』。俺の前にいる操り人形と似通った名前だが、不思議なことに俺はそれを知ったことにより妙に納得してしまっていた。
「確実にモンスターだってことか。それなら、遠慮無く」
安心半分、疑問半分に呟く。
プレイヤーとモンスターを見分けるにはその名称の下にあるHPゲージの色を見ればいい。
プレイヤーならば基本が青。そして半分になると黄色になり、二割を切ると赤になる。モンスターならば基本が緑。その後の変化はプレイヤーと変わらないが、ゲージの形状も違う。
シンプルな一本線が枠組みとして存在しているのがプレイヤーならば、モンスターにはそれがない。
ダメージを受けたようには見えなかった最初の銃撃も操り人形のHPを僅かに減らすことが出来たようで、減少したHPゲージには枠組みが見られなかった。
「はあっ」
気合い一閃、ガン・ブレイズを振り抜いた。
銃撃が通用しなくとも俺にはまだ剣がある。
何処かに落してしまったのだろうか、武器らしい武器も持たない操り人形は拳を握ることも無くその手を突き出してきた。
両手を雑に広げ突き出すその様は文字通りいくつもの糸によって操られた人形の如く。
本当に人形ならばそれを操っている糸を切れば脅威は去るのだろうが、これは違う。あくまでも操られた人形という形をしたモンスター。
「<アクセル・スラスト>」
避けられる怖れはなくとも的確に命中させるならばと速度特化のアーツを発動させた。
モンスターと判明したからこそ、躊躇無く攻撃することができる。
現実に人がいるプレイヤーに対しては戸惑ってしまう攻撃もモンスターが相手ならば繰り出せる。人の形、人の姿をしていてもその差は大きいように感じた。
狙ったのは操り人形の喉元。
剣道でいう突きだ。
ガン・ブレイズを細剣のように連続して突き出す。
操り人形に命中する度、硬い金属を打ち付ける音が響く。
そして、音と同じタイミングで操り人形のHPが減り続けた。
「このままっ!」
傷を付けることは叶わないまでもダメージは与えることができる。それはこの世界では敗北と死に直結する。
だから目に見える傷を与えられなくともそれは有効な攻撃であるはずだった。
「うおっ!?」
「きゃあっ」
聞こえてきたハルとリタの声に俺はガン・ブレイズによる攻撃を中断し、操り人形を全力で蹴り飛ばして瞬時に後ろに下がり二人の方へと視線を送った。
確実に実力を持つ二人のことだ。心配などしていなかった。なのに何故悲鳴を上げたのか。それは、二人が戦っていた傀儡が驚きの挙動を見せたからに他ならない。
一枚の板のようだった傀儡の体が各箇所、頭部、腕、足、胴体というように人でいうところの関節がある場所毎にバラバラに崩壊したのだ。
バラバラになってもそのHPは未だ残されたまま。
つまり倒したわけではないこと。
そういう意味ではハルとリタが使う武器は相性が悪かった。
戦斧と大剣という両手持ちの大振りで手数よりも一撃一撃の威力と重さを得意とする武器では崩壊した後の傀儡を狙うことは難しいみたいだ。
せめて全てのパーツが一箇所に纏まっていればどうにでもなったのかもしれないが、傀儡の体を構成していたパーツは辺りに散らばってしまっている。これでは二人が狙えるのは精々一つずつ。他のパーツは無視することになる。
それでも多少のダメージを与えられるのならと考えたのだろう。ハルもリタも咄嗟に自分の近くに落ちている傀儡のパーツを狙いそれぞれの武器を振り下ろした。
「…なっ」
「嘘っ、何で避けるのよ!」
二人が驚くのも無理はない。
少し離れた場所で見ていた俺の目にも確かに傀儡のパーツが動いたように見えた。風も無く、重力すら一定であるはずのこの場所で。
「――あっ」
戦斧の一撃を躱した傀儡のパーツを含めが全てのパーツが浮かぶ。
不気味な紫色に発光しているそれらがとある一点を目指し飛び立った。
「ユウ君!」
「危ないっ!」
リタとハルが叫ぶ。
傀儡のパーツが飛んで目指す先に立つのは俺。
凄まじい勢いで迫る傀儡のパーツである大小様々な板を打ち落とそうとガン・ブレイズを構え待つ。
「駄目だッ。避けろ!」
俺の選択が誤っているのだと即座に指摘してきたハルの声に引き寄せられるように前転しながら傀儡のパーツを回避した。
「うわぁ」
頬や肩を掠めて飛んでいった先。そこに立つことになったのは俺ではなく操り人形。そしてそれは数秒前の未来の俺だと云わんばかりに惨たらしい姿をしていた。
立ち尽くす操り人形の体に痛々しくもめり込んでいる傀儡のパーツ。
中でも頭部に命中した一際大きなパーツはその頭蓋を貫通させながら顔の中心で水平に突き刺さったまま。
残るパーツもそれぞれが肩や胴体、脚などに埋め込められ、それはまるでデザインが失敗したモンスターの亡骸を見ているかのよう。
「大丈夫だったか?」
「ああ、助かったよ」
駆け寄って来たハルに答える。
あの時、避けるように言われなくては俺もああなっていたのかもしれない。少なくとも一つでも打ち漏らしていたならば確実になっていただろう。
「にしても、気味が悪いわね」
「そうだな。ホラー系とはまた違う不気味さがあるな」
リタが姿形を変えた操り人形を見ながら頬を引き攣らせながら呟くとハルがそれに同意してみせた。
「それで、どうするんだ? このままアイツを見ててもどうしようもないだろ?」
傀儡のパーツを身に受けてからというもの操り人形は微動だにしていない。
まるで本当の人形になってしまったかのように固まり、その場で立ち尽くしているのだ。
このまま変化がないのならば脅威は去ったといえよう。
だが、この状況でそんなことを信じる人はいない。
俺たちは警戒心を緩めずに姿を変えた操り人形を見つめ続けた。
「やっぱり、か」
嘆息しながらハルが呟く。
傀儡のパーツを体に埋め込まれた操り人形が徐々に歪みだしたのだ。
片腕が肥大し、上半身が巨人のように膨れ上がる。それに反して下半身は以前の操り人形のまま。違うのは傀儡のパーツが腿や爪先に埋め込まれていることだけ。
頭部を貫く傀儡のパーツを境にして下である口元が開かれた。
顎が外れたかと思ってしまうほど大きく開かれた口から覗く歯はどれもが鋭く尖っており、人のそれよりも遙かに長い舌がだらりと露出して、それを伝い透明な唾液が地面に垂れた。
「まさにモンスターだな」
苦笑交じりに言ったハルは戦斧を構え、いつ戦闘が再開しても良いように意識を研ぎ澄ましていく。
「『傀儡人形』」
「え?」
「今のあれの名前だよ。傀儡と操り人形が合体して傀儡人形だとさ。何とも雑だと思わないか?」
銃形態に変形させたガン・ブレイズの銃口を向けて変化したモンスターの名前を確認した。
そこにあったのが『傀儡人形』という名。さらに二重に見えるHPゲージがあることからも傀儡が消滅してはおらず、操り人形と同化したと考えて間違いなさそうだ。
「名前のことはさておきだ。こうなってくれると随分と戦いやすく思えてくるな」
「どういうこと?」
「だってそうだろ。ユウは撃てば何とかなるかも知れないが、俺やリタは違うだろ。コレとかリタの大剣は相手が小さければ小さいほど真価を発揮できない。違うか?」
「確かにそうかも」
「だから、こうなったら俺たちに取っては好都合ってわけだ。解ったかな、ユウくん」
「何で君付けするんだよ」
「この方が先生っぽいだろ」
「別にどっちでもいいわ」
軽口を叩きながら傀儡人形が体勢を整えるのを待った。
実際に掛かった時間は変化が起こってから一分足らず。その僅かな時間で操り人形だったそれはシオマネキのように片手が巨大化し、上半身が肥大しながらも下半身は人のサイズのまま、頭部は怪物の様相を呈していた。
声にならない呻き声のような音が辺りに響く。
それは不気味ながらもこの戦いが再開する号砲だった。
「行くぞ」
まず先陣を切ったのはハル。
戦斧を腰を落して構え、正面から突撃を繰り出した。
「ユウくんはそっちからお願い。私はこっちから――」
そう言ってリタは倒木を見つけ駆け上っていった。
巨大な大剣を持ちながらも軽快な足取りで倒れた木の幹を上っていったリタが傀儡人形の背中側に回ると、すかさずジャンプして大剣を振り下ろしていた。
ちょうどそれに合わせるようにハルが前面からの突撃を加え、俺はリタの反対側に回り込み、
「<サークル・スラスト>」
範囲攻撃のアーツを放った。
三方向からの同時攻撃を受け、傀儡人形は大きく体を震わせる。
「効いてるの?」
「ダメージは通っているさ。けど、見た目からは解りにくいんだ」
「なるほど。そういや俺とリタが戦ってたあの板っぽいヤツも無駄に硬かったな」
俺が使う範囲攻撃は回転斬り。アーツ発動のライトエフェクトが残っている以上は、未だ効果が切れていない証だ。
左足を駒の軸のように踏み締めて体ごと回転して続けて斬り付ける。
ガン・ブレイズの刀身の光が消えるまで、何度も何度も攻撃を仕掛ける。
「ここまでか…」
光が消えたその瞬間に後ろに跳び、傀儡人形から距離を取る。リタとハルは先に安全圏へと下がっていた。
「にしても、頑丈な体のわりにダメージは普通に通るみたいだな」
「それって見かけ倒しってこと?」
「半分は」
「もう半分は?」
「コイツがただの雑魚モンスターかもしれないってことさ」
合流したリタとの話の中で、俺はこの短時間に自分が感じた違和感の正体に気付けた。
そうだ。いかに攻撃が効いていないように見えても確実にHPは減らせている。それはこれまで戦ったボスクラスのモンスターではあり得なかったこと。
「ハル! 一気に行こう」
「俺も同じ事言おうとしていたところだ」
「ホントかよ」
傀儡人形を挟んだ向こう側にいるハルの言葉に苦笑してしまう。
「リタ、行ける?」
「もちろん。狙うのはさっきと同じ場所でいいの?」
「いや、ここまで硬いとなると場所によるダメージの増減はなさそうだ。何処を狙っても同じだろ。それならより威力の高い攻撃をしてくれるか?」
「そういうことならちょうど良いアーツがあるわ」
「なら、それを頼む」
それがどのような攻撃なのかは知らないが、大剣という武器である以上は近づき放つものであるはず。ハルも同じ近接技となるはずだ。
加えて言えばハルが得意とするのは爆発を伴ったアーツばかり。リタは、どうやら炎系らしい。
攻撃アーツ発動までの事前準備なのかリタは小さく「<ファイア>」と呟いて持つ大剣に炎を纏わせた。
明らかに燃やすと意思表示されたそれを目の当たりにしつつ、ハルの攻撃の特性を考慮すれば俺も前に出て攻撃することは避けるべき。
ガン・ブレイズという武器は剣と銃二つの顔を持つ。なのに俺はこういう場面の多くは銃形態による攻撃を選ぶことが多い気がする。それに対して不満があるわけじゃないが、なんとなく感慨深くなってしまう。
「今だッ!」
ハルの号令が飛ぶ。
リタはまたしても倒木の上を駆け上り、ハルは傀儡人形の死角を攻める。
そんな二人を眺めながら、俺は慣れた感じでガン・ブレイズの照準を合わせた。
「喰らえ! <インパクト・ブラスト>!」
威力特化の射撃アーツが流星を描く。
「<ファイア・トルネイド>」
刹那、傀儡人形の体を下から天に昇る炎の竜巻が包み込む。
「<剛砕連爆斧>」
炎の竜巻の中に巻き起こる連続した爆発。
その全てを流星が貫いた。
前回から更新時刻を20時に設定しています。
これまで18時や19時などばらつきがありましたが、作者的に問題が無いようならば今後はこの20時に統一しようかと思います。
更新する曜日は変わらず金曜日になりますので、今後とも本作をよろしくお願いします。
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