ep.20 『金属板と強制ログアウト』
本作の章タイトルを若干修正しました。
【新章・序】を【第十三章】、【新章・Ⅰ】を【第十四章】に。
それ以前の章と同じ形式に変更しました。内容は現在変更されていないのであしからず。
静寂を取り戻した荒野。その一角には今だ戦闘の痕跡が残る。
地面が抉れクレーターとなっている場所。
元はそれなりに大きな岩があったと思わしき場所も今ではただの更地。
お世辞にも景色がいいなどとは言えなくなってしまったこの場所で、俺は静かに警戒心を募らせていた。
「そんなに挙動不審な様子で、一体どうかしたのかい?」
きょろきょろと辺りを見渡す俺に鬼化を解いていたムラマサが声を掛けてきた。
俺とハルもそれぞれの変身を解き、いつもと変わらぬ姿形に戻っている。
「前の時はこのエリア自体が崩壊したからさ」
「今回もここが崩壊するかもしれないと?」
「まあ、な」
自分たちをも巻き込む崩壊の様子は今もなお鮮明に記憶に残っている。
必至に走ることでギルドホームに逃げ帰ることはできたが、巻き込まれていてはどうなったかわからない。
だからこそ俺は、ほんの僅かな異変を察知できるようにと周囲の様子を探っているのだった。
「んー、ユウが経験した崩壊はどのくらいの間隔で起こったんだい?」
「あの時はスクエアっていうモンスターを倒してから直ぐだったと思うけど」
「だったら今回は大丈夫なんじゃないかな。これだけの時間が経過しても何も起こらないってことは、今回は崩壊しないってことなんだろう」
顎に手を当て思案しながらムラマサが告げる。
「落ち着いたか?」
「あ、ああ」
崩壊が起こるかもしれないと考えるばかり存外緊張してしまっていたのだろう。体から余計な力が抜けると、先程の戦闘の疲労がどっと押し寄せてきた。
現実ではないために肉体的な疲労は感じないが、精神的な疲労はより顕著に感じてしまう。
深呼吸してハルの方へと向き直る。
「もう大丈夫だ。それで、ハルは何をしてたんだ?」
「俺か? この辺りを適当に探索してたんだよ。何かあるかも知れないからな」
「で、何かあったの?」
「何も」
ハルが両手を挙げて苦笑してみせる。
スクエアの時もそうだったが、バルーンを倒しても何かしらのアイテムを手に入れることは出来なかったのだろう。
事前に聞いていた獲得出来るのは経験値だけという猫の人の言葉を思い出した。
「ドロップアイテムの類もなければ、素材が落ちるわけでもないときた。そういうものだと知っていても何となく徒労感があるよ」
ブツブツと文句を言うハルを横目に、俺は念のためと今回の戦闘のリザルト画面を見た。
やはりと言うべきか。そこにあったのはバルーンを倒したことによって得た経験値のみ。
視線でムラマサに訊ねてみるも、困ったような笑みを浮かべ頷くだけ。どうやら俺と変わらないらしい。
「こういうものだって割り切るしかないってことさ。というかエリアが崩壊しなかっただけでも良かったってことじゃないか」
「あー、そういう考え方もあるか」
「それに、オレやハルのレベルだとこれほどの経験値は正直、美味しいだろう」
「まあなぁ」
項垂れるハルを宥めつつ、俺たちは今後の方針を相談し合う。
荒野の探索を終えてギルドホームに戻るべきか否か。結果はハルの意見を採用してもう少しこの荒野を探索することにした。
バルーンとの戦闘である程度開けた荒野は、これまでにない程見通しが良い場所になっている。
視界を遮る岩山も、急な段差も何もかもが真っ平らになってしまった荒野では目印になるようなものはない。
そのため何か探そうとするのなら地面を掘り起こすような真似が必要となってくるのだ。
「スコップ持ってる?」
「あるわけないだろ」
「ムラマサは?」
「んー、オレも無いかな。というか生産職でもスコップは中々持ち歩かないと思うよ」
ガクッと肩を落しつつ、ハルは戦斧を使い地面を掘り起こす。というよりは地面に向かって攻撃しているという方が正しい気がする。
「あー、もうっ! やりにくい」
「だろうな」
「それに、そのくらいの深さだとさっきの戦闘の爆発で表面に出てきてるんじゃないかな」
というムラマサの一言でハルは戦斧を地面に突き立ててその柄にもたれかかった。
「やっぱり何もないのかぁ」
戦斧で掘り起こした僅かな土を乱暴に足で払う。宙に舞った土は風が無い為にそのまま落ちて行く。
「んー、何かあるとすればバルーンの最初の出現地点かもね」
「それって何処よ」
「さあ?」
「おい」
俺たちが戦ったバルーンは既に別のパーティが発見し戦い出現していたものだ。だから俺たちが最初に対峙した場所というのと最初の出現地点は別。
自分たち以外の戦いの痕跡を探そうにも、荒野は今や自分たちが来たときとも違う様相を呈している。
「そこはほら。ハルの野性的な直感でどうにかならないかい?」
「無茶言うなって。俺は犬じゃないぞ」
「分かっているよ。冗談さ」
いよいよやることが無くなったのかハルとムラマサが他愛もない会話に花を咲かせ始めていた。
「はぁ。そろそろ帰るか?」
「んー、オレはどっちでも良いんだけれど…」
「もう少しっ! もう少しだけ探して何もなかったら諦めるから」
「そうはいっても当ても無いんだろ」
「俺の野性的直感で」
「無いんじゃなかったのか」
突き立てていた戦斧を乱暴に引き抜き、ハルはドカドカと荒野を進む。
俺とムラマサはゆっくりとその後ろを歩いていく。
目印になりそうなものも無く、当ても無い。ただ勘が赴くがままに進むハルがカッと目を見開き立ち止まった。
「どうした?」
「あそこだ! 俺の直感がそう言ってる!」
刹那駆け出したハルを追って俺たちも走りだす。
目標に向かって一直線に走るハルが止まったのは何もない荒野の上。
俺たちが戦っていた場所を彷彿とさせるこの場所でハルはまたしても戦斧を使い、地面を掘り返し始めた。
固い地面は戦斧の刃を受ける度にザクッザクッと音を立てる。
手伝って良いものかどうか悩んでいると不意にハルの手が止まった。
「何かあったみたいだね」
「そう、だな」
正直ハルの直感は信じてなかった。結局何も見つけること無く諦めるとばかり思っていたのだ。
驚きながら駆け寄って行くと、ハルは戦斧を手放し素手で地面を掘り勧めていた。
「ここ! この下に何かあるっぽい」
ハルが掘り進める場所にあったのは四角い何か。
だいたい両手で抱えるくらいの大きさのそれはずっと地中へと繋がっているようにも見える。
「二人とも、何見てるんだよ。早く手伝ってくれ」
「お、おお」
「任せてくれ。ここを掘り進めればいいんだね」
「ああ!」
全員力を合わせて三方向から素手で掘っていく。
すると程なくして地上から五十センチほど顔を覗かせた四角柱が現われた。未だその全貌は土の中とはいえ、おそらくこれだけ出ていれば問題はないはず。
手に付いた土を叩いて落としながら、俺たちはその四角柱の天辺を見下ろした。
「ここからどうすればいい?」
「というか、ただの柱じゃないのかい? 埋もれていたそれを俺たちが遺跡のように掘り起こしたという可能性は……」
「ないっ!! 俺の直感が正しければ、これは宝箱のはずだ」
直感というものに固持するハルを初めて見た。
半ば自棄のように言い切るハルに俺はその四角柱を触ってみることにした。
「材質は石、いや、金属か。だとしたらまったく錆びてないのが気になるけど」
「だから宝箱だって言ってるだろ! どっかに開けるための鍵が……」
「んー、見た感じただの柱に思えるのだけど」
これまでもこの世界で俺たちは色んな宝箱というものを見てきた。それこそダンジョンの中やエリアに隠されているものなど。宝箱の大きさは様々で、木で出来ているものや、金属で出来ているもの、なかには石で作られた宝箱もあった。
けれど、形状だけは画一化されていた。
それはプレイヤーに宝箱がどういうものか分かりやすくするための措置であり、また運営としてもその方が管理しやすいのだろう。
ありとあらゆる理由を上げ連ねてもハルが宝箱と言いきったそれはこの世界の常識から外れている。
「ぜったい宝箱だ。見てろよ。ここら辺に隙間があるはず」
器用にも戦斧をナイフのように使い四角柱の表面を削っていく。
ガリガリと落ちるのは表面にこびり付いている土。金属の破片は微塵も混ざっていないのはハルの器用さが成せる技か、それともこの四角柱がハルの戦斧以上の硬度を誇っているのか。
真剣な眼差しで削るハルを見守っていると不意にその手が止まった。
「あった、ここだ!」
四角柱の天辺付近を指差す。
「どこ?」
「ここ!」
俺とムラマサはハルが指差す場所に顔を近付けて目を凝らす。
「あっ」
「おー、確かに」
「なっ。俺の言うとおりだったろ」
「そうだね。疑って悪かった」
「ユウもほら、俺に言うことあるだろ」
ニヤニヤとした笑みを向けてくるハルに俺は一度嘆息し、
「分かった。ハルの言うとおりだったのは認めるよ」
四角柱にある僅かな切れ目に指を這わす。
「でもな、これはどうやって開けるんだ? 手で開けるのは当然出来ないとしても、この薄さだと刃も通らない気がするんだけど」
「だいじょーぶ。こういうのは大概力尽くで動かせば――」
切れ目から上を右手で、その下に左手を添えて力を込めた。
すると徐々にではあるが四角柱の天板が動き始める。
「もう、ちょっと……どわっぁ」
無理矢理押され外れた四角柱の天板が荒野に落ちるとハルによって削られ積み重なっていた土が舞い上がる。四角柱に覆い被さるように前のめりになったハルを抱え起こすとその下には凹んだ箱のようになっていた。
「あ、助かる」
「さて、何が入っているかな」
「俺は無視かよ」
早速と手を伸ばしたムラマサは四角柱の中から一枚の金属板を取り出した。
「なんだそれ?」
「はえ? それだけってことはないだろ!」
純粋に浮かんできた疑問を口にした俺を押し退け、ハルが四角柱の中に頭を突っ込んだ。
「んー、残念だけど、オレが触れたのはこれだけだったよ」
「ホントだ。空っぽ」
四角柱から頭を出したハルはそのまま四角柱を抱え沈んでいく。
そして何か思ったらしくガバッと身を起こすと、
「はっ、それがかなりの貴重品とか。持っているだけで効果のあるアイテムとかいう可能性は」
「無いんじゃないかな。それに、一部だけど壊れているみたいだし」
「うそだ……」
何かの紋様が掘られている表面を見せるように持つムラマサがいった。
それを見てハルは地面に両手を付くという、より分かりやすい落ち込みをみせていた。
「どれどれ」
ムラマサが持つ金属板を見てみる。
そこに掘られているのは不規則に並んだ六つの図形。それらが一本の線で繋げられ紋様となっているが、六つの図形のうちの二つに大きな亀裂が入っていた。
「それにしても」
六つの図形には何か既視感を覚える。
勿論その単純な形状は現実、仮想二つの世界の様々な場所で目にしているが、不思議とこの金属板に刻まれているそれだけが異彩を放っているように感じられるのだ。
亀裂が入ってしまっている二つは推測するしかないが、その他の四つの図形は確認できる。
一つは板状の長方形。
二つ目は卵のような楕円形。
三つ目がドーナツのような穴の空いた円形。
そして四つ目が子供が書いた落書きのような羽のような形。
「この亀裂が入っているのは元はどんな形だったと思う」
「んー、元はサイコロみたいな立体的な四角とボールみたいな球じゃないかな?」
「あ、それって……」
「ハルも気付いたみたいだね。それに、ユウは聞き覚えどころか、見覚えがあるんじゃないかい?」
「一応は。ってか、やっぱりムラマサもそう思う?」
「んー、違うかも知れないけれど、今はそう考えたほうがしっくりくるかな」
「俺もユウとムラマサの意見に賛成だ。亀裂があるヤツはスクエア…だったか。そいつとさっきのバルーンを表わした図形だったってことじゃないのか」
「だとすれば、その二体が討伐済みだから亀裂が入っているってこと?」
「かもな」
裏を返せば亀裂が入っていない残る四つは未だ健在ということ。
それらと対峙するのが自分たちであるかどうかは不明でも、そうなる確率は自分たちが考えているよりも高いのかもしれない。
「とりあえず、この金属板はムラマサが持っていてくれないか?」
「ユウが持っていなくていいのかい?」
「何となく、そうした方がいい気がするんだ」
「ハルもそれでいいのかい? コレを見つけたのはハルが粘ったからこそだろう?」
「いいよ。俺が持ってても使い道分からないし」
「そうか。分かった。預からせてもらうよ。ただ、この先今回みたいなモンスターと戦うことがあれば、遠慮無く頼らせてもらうからね」
「ああ。任せてくれ」
金属板がすっと消える。ムラマサのストレージの中に収まったのだ。
「今度こそここでやり残したことはないね」
「ああ。もういーや」
「俺も大丈夫――」
ムラマサの仕切りで荒野から戻ることを相談しようとしたその時、俺たち三人の目の前に同時にコンソールの画面が浮かんできた。
『件名・システムメッセージ。
一時的な通信エラーが確認されました。突然ではありますが、ただ今よりメンテナンスを実施致します。この障害はゲームサーバのみに確認されていますので、現在プレイ中のプレイヤーの皆様はログアウトするか、近くのセントラルエリアへ移動して下さい』
俺たちは互いの顔を見合わせた。
これからどうする。そう言おうとして口を開いた瞬間、俺の体は淡い光に包まれていた。
バルーンが出現していた荒野という異常なる場所に居たためか、このメッセージが届いたのは他のプレイヤーよりも遅くなってしまったのだろう。
メッセージを目にしたときに、その着信時刻を見ていれば気付いたのかもしれない。けれど、あいにくとそんな時間も余裕も無かった。
俺はシステムに誘われるまま仮想の体の感覚を手放した。
次に目にしたのは現実の天井。
俺は強制的にログアウトさせられていたのだった。そして、俺は知らなかった。この強制ログアウトがどれほど異常な事態だったのか。
それを知るのは慌てて部屋に入ってきた夏音さんが自分の携帯を、そこに表示されているネットニュースの記事を見せて来た時。
『ARMS・ONLINE セントラルエリアを除く全てのゲームエリアにてログイン不能状態が続く』
という見出しの記事だった。