ep.18 『破裂する巨人』
「いたぞ。あそこだ」
ギルドの転送ポータルを使い荒野にやってきた途端ムラマサが叫び駆け出していた。
「――っ!?」
荒れ果てて乾いた土色の大地の上に寝そべる人影が三つ。そのうちの一つに駆け寄り慌てて抱き起こそうとするも触れたその瞬間に泡となって弾け消えてしまった。
「戸惑っている暇は無いぞ。近くにあのモンスターがいるはずだ」
「わかってる!」
駆け出したムラマサを追いかけながら忠告するハルに応えて俺も走り出した。
程なくしてムラマサの傍で立ち止まったハルが険しい表情をして辺りを見渡している。ギルドホームで見た映像のなかにいた例のモンスターを探しているのだ。
特徴的で個性的なあの形状はこの閑散とした荒野では目立つはず。障害物もなく見通しも良いはずなのにどういうわけかその影も形も見つけられない。
「どこに居る? まさか消えたわけじゃないよな」
「そんなことは無いと思うけど、どこかに隠れているんじゃないかな」
実際に歩いて移動したのではその可能性もあるだろう。しかし、俺たちがここに来たのは転送ポータルとこのエリアに直接移動するための水晶を併用する方法。移動に掛かる時間はほぼゼロに近く、荒野に着いてからもわりと早く消えたプレイヤーを見つけられた。だからあのモンスターがいなくなったわけでは無いはずなのだ。
「隠れてるって言ってもな。隠れられそうな所なんてないだろ」
「んー、そうなのだとすれば、見えなくなっているかもしれないね」
「見えなく……?」
ムラマサの一言を受けて目を凝らして辺りを見渡してみる。するとここから少し離れた場所の景色がほんの少しだけ歪んでいるのが分かった。
「二人とも、あれを見て」
歪みを指差して二人を呼ぶ。
「あそこだけ景色が変じゃないか?」
「んー、確かに、違和感があるね」
「ということは何かきっかけを与えられれば良いんだな」
ハルが足元にある小石を拾いながらにやりとした笑みを浮かべている。
荒野という場所だけあってここには大小様々な石が転がっている。ハルが拾ったのはその中でも野球のボールよりも一回り小さいくらいだが、その目的から察するに十分な大きさとも言える。
「そぉらぁ、ピッチャー振りかぶって第一球ってか」
全身鎧を纏っているのに綺麗なピッチングフォームを繰り出すハルが投げた石はもの凄い勢いで真っ直ぐ飛んでいく。
これが現実ならプロ野球選手にもなれるのではないかと思うくらいの投球に惚れ惚れとしながら成り行きを見守ることにした。
歪みの中心に正確に命中した石は小さな破裂音を伴って消えた。
空中でパラパラと砂が落ちるのを確認し、俺たちは一気に意識を戦闘へと切り替えていた。
「来るぞ……たぶん」
「多分ってなんだよ!?」
鞘に収めたままの刀の柄に手を置いてムラマサが警戒を促すも、ハルが思わずといった風にツッコミを入れていた。
「姿が見えてきた!」
小石の投球がきっかけに、というよりもプレイヤー側が攻撃を仕掛けることそのものがトリガーになっていたらしく、俺たちがモニターで目撃したモンスターが歪みのなかから姿を現わした。
体の全ての部位を球体だけで構成するモンスターの頭上に光り輝く三角錐が浮かぶ。そしてその三角錐が次の瞬間にモンスターの頭から真っ直ぐ下に向けて一気に貫いたのだ。
頭を抜けて胴体のなかに吸い込まれた三角錐が放つ光が全身を象る球体へと広がっていく。そして指の先端に位置する球体にもその光が充満したことでモンスターは起動した。
間接の無いデッサン人形のようなモンスターにガン・ブレイズの銃口を向ける。
「『バルーン』。風船か。またふざけた名前だな」
おおよそ生物ではあり得ない名称に思わず漏れたその言葉に反応したように目の前にいるバルーンが挙動を開始した。
重力に逆らい僅かに浮いた体がゆっくりとスライドしながら移動を始める。重さを感じない動きで手を掲げると全身に満ちていた光が片腕に集中していく。
光が収束しきったその時、腕から抜き出るように三角錐が現われた。手を広げたままバルーンがその手を前に出したその動きに従い三角錐もまた同様の軌道を描く。
そして一際強い光が放たれる。
空気が震え、荒野の細かな砂が舞う。
バルーンが三角錐を向けたその先で同じ形、同じ高さの光の柱が同時に五つ出現した。突然現われた光の柱はその周囲の空気や大地を飲み込んで消滅させると、瞬く間に消え去った。
「これがこのモンスターの攻撃」
一撃の威力もさることながら、何より瞬時に複数発生させた攻撃そのものに脅威を感じた。
「まさか、この更地を作ったのもコイツだっていうのか」
「んー、そう考えたくはないけどね。それにさっきの攻撃も当たるわけにはいかなさそうだ」
戸惑いをみせるハルの傍でムラマサが息を呑んだ。
再び三角錐を吸収したバルーンはゆっくり水平移動を行い自分たちから離れていく。そしてある程度の距離が生まれたその時、再び景色に溶け込むようにして姿を隠したのだ。
「ユウ! 見えているね」
「ああ!」
姿を隠したといっても消えた地点には歪みが残っている。
最初もその歪みから現われたということからも、今もその歪みの中で潜んでいると推測出来る。何よりもこちらが気付いていることにバルーンが気付いているかは分からない、そういう思考ルーチンが搭載されているかも不明。
これまで戦ってきたモンスターと同じとは考えてはいけない相手だと心に決め、油断ならない相手だと気を引き締める。
引き金を引き、歪みの中心を穿つ。
アーツは使わずに通常攻撃の弾丸が命中した瞬間、歪みが大きくなった。
「出てくるぞ」
再出現と同時に先程の攻撃が繰り出されるかもしれないと警戒しながらも、俺たちはそれぞれの武器を構えバルーンの出現に備えた。
歪みが消えてその奥から全身を現わしたバルーンは未だ光が満ちていない状態だった。
挙動も遅く、三角錐が出てくる気配もない。
「今が攻撃のチャンスだ」
ハルの号令を受けて俺たちは三方向から同時に攻撃を仕掛ける。
引き金を引き銃撃を続けながら前に出る。ハルは戦斧を腰低く構え突進を繰り出し、ムラマサは居合いの刃が届く距離まで素早く駆け寄ると一気に刀を抜き去った。
三者三様の攻撃が命中するとバルーンはその名の通り、体を構成している球体がシャボン玉のように弾けて消えた。
「何!?」
「うおっ」
魔力の弾丸が命中した途端、弾け消えた球体を目撃したムラマサが戸惑いの声を上げているその奥で、突進していたハルが弾けた時の衝撃波によって押し返されているのが見えた。
「ダメージはどうだ?」
バルーンの頭上に浮かぶHPゲージを見た。
球体が弾け消えたのが俺たちの攻撃によるものだったのならば、それでダメージは通っているはず。しかしそうでないのならば、あの破裂はこちらの攻撃を受け流すための自己防衛手段ということになる。
戦々恐々とした気持ちで注目しているとバルーンのHPゲージが減少しているのが確認できた。しかし折角減らしたHPが一定量ずつ回復していくのも同時に見てしまった。
「嘘、だろ」
HPゲージが回復する度に破裂して消えていた球体が元に戻っていく。その瞬間はまるでテーマパークの路上で繰り広げられているバルーンアートのように、理科実験で見る微生物の増殖のように、傷の無い球体が分裂して新たな球体を作り出していた。
「んー、結構簡単に回復するのか。となると何か攻略法みたいなのが設定されているということかな」
破裂から逃れるようにハルと並んで下がってきたムラマサが思案顔で呟いた。
「ああいうモンスターは大抵核があってそれを攻撃すれば有効打を与えられるもんだが」
「手当たり次第あの球を攻撃すればいつかはってこと?」
「俺の予想が当たっていればだけどな」
戦斧を構え完全回復したバルーンを見据えるハルが困ったようにいった。
「さっきのはあくまで普通のモンスターの場合だからね。コイツがそうじゃない可能性は大いにあるってわけさ」
自らの言葉にそう付け足したハルに俺たちは静かに頷いていた。
「んー、そうは言っても、ここで何もしないわけにはいかないさ」
それでも攻撃を仕掛けなければ事態は好転しない。
ムラマサが腰に提げられているもう一本の刀を抜き、二振りの刀を自然体で構えた。
「とりあえず、核があるかどうかの確認からだ。ユウは届かない場所を撃ってくれ。ハルはオレに続いて突撃だ」
「また吹っ飛ばされそうだな」
「どうにか耐えてくれ」
「仕方ないな」
短い打ち合わせを終えた途端、ハルとムラマサは並んでバルーンに向かっていった。
近づいてくる二人を迎撃しようとしたのか、分からないが妙にふんわりとした感じで動くバルーンの両手がそれぞれ二人を掴もうと迫る。
「させるかっ」
広げられた手は指先になるに連れて小さな球体が並んでいる。俺はまずその手のひらを、次いで狙いやすい指を撃ち抜いていく。
風船の割れる音が繰り返し響き渡る。
手の先を失い空を切るバルーンの腕をくぐり抜けてハルとムラマサはそれぞれ左右に分かれ地面から浮いた両足を斬り付けていた。
ムラマサは両手の刀で球体を切断し、ハルは戦斧の先を使い的確に突き抜いていく。
徐々に手足を失っていくバルーンはなおも体が浮遊したまま。表情の無い顔でこちらを見下ろし続けていた。
「ユウ! 頭を狙え!」
「ああ!」
「ハルはオレと一緒に一気に胴体を破壊するぞ!」
「任せろ」
胴体に近くなるにつれて回復速度が速いらしく、いつの間にか肩や両足の付け根付近の球体が復活していた。それでもこちらに攻撃を仕掛けるには至らず、棒立ち状態のまま。
「<アクセル・ブラスト>!」
片腕だけでも優先して復活させられたならば間に合わなかったかもしれないが、バルーンの再生能力は規則正しく胴体から先へと向かっている。そのため防御されるまでにはまだ幾ばくかの余裕はあるが、もしかして、ということがある。
速度特化の射撃アーツを放ちバルーンの頭を狙い撃つも結果は破裂音だけで核は見当たらなかった。
ならばと視線を二人へ向ける。腰から胸へ、徐々に上に向かって攻撃を繰り返し、そして、
「見つけた! 腹の球体の中に核がある!」
「良し来た。一気に貫いてやるよ。<突貫>!」
今更ながら初めて目にするハルの突撃アーツは戦斧を水平に構え全身すら一振りの鏃と化す一撃だった。
アーツ特有のライトエフェクトを伴って放たれたその一撃を受けて核を秘めた球体が割れた。
剥き出しになるバルーンの核。それは菱形をした無色の結晶であり、その内部に揺らめく紫色の炎が灯っている何かの魔法石のようでもあった。
「ムラマサ! 後は任せる!」
「任された! <鬼術・夢想花>!」
キラリ空色に輝く一本角が瞬間的にムラマサの額に現われ、その角の色と同じ剣閃が無数に枝分かれして剥き出しになったバルーンの核を切り刻んでいく。
著しい減少を見せたバルーンのHPゲージに討伐方法が間違っていなかったのだと確信を得たその瞬間、バルーンの核が怪しげに無軌道な回転を始めた。
キィィィィッィィィン
と耳障りな音がしてバルーンの球体に宿っていた光が核に集まっていく。
「拙いっ!? 二人とも下がるんだ!」
攻撃を中断し、ムラマサが振り返ることなく叫ぶ。
素早い光の収縮は俺たちに回避の隙を与えない。
突進の後に生まれた硬直から抜けだしたハルも、その後方でガン・ブレイズを構えていた俺も、そして最も違い場所で二刀を振るっていたムラマサまでもが、飲み込まれていく。
バルーンの核が引き起こした最大級の爆発に。
今回は単刀直入に。
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