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ep.13 『鬼ごっこ』


 餓鬼から逃げ出した俺たちは埃っぽい建物の一階にある元応接間かなにかで息を殺し身を潜めていた。

 硝子が割れて枠組みだけになっている窓の外から餓鬼の声が聞こえてくることを鑑みる限りまだ安全とはほど遠いのだろう。

 俺たちは時折近づてくる足音に体を強張らせながらも、手だけはいつでも迎撃できるようにそれぞれの武器へと伸びていた。


「さて。これからどうするか」

「このままここを探索するんじゃないのか?」

「ま、最初は俺もそのつもりだったんだけどさ。この有り様で探索なんて出来ると思うか?」


 兜を被ったまま、ハルが辟易したように小声で問い掛けてきた。

 現実問題、餓鬼と戦っていてはまともな探索など出来るはずが無い。せめて時間の経過で戦闘状態が解除されればいいが、そうじゃないのだとすれば俺たちはこの廃墟エリアを移動するのにもいちいち逃げ隠れする必要ができてしまう。

 肯定も否定もしないまま固まる俺を見ただけで言葉に出さずとも言いたいことが伝わったのだろう。ハルは頷き視線を外に向けていた。


「目標となる建造物や場所も指定されていないのが困るんだよな」


 最初に向かった氷海はエリアの踏破が目的だった。それはスクエアの出現と討伐によって中断し、倒した後のエリアそのものの崩壊によって果たせなくなったが、結果として猫の人からはスクエアの討伐を以てしてクリアしたとみなされた。

 だからというわけでは無いが、件のエリアを端から端まで見て回れそうな今回のことはそれほど嫌じゃなかったのだ。


「というよりも探索自体が目的だったからな」

「まあな。実際、俺一人だったら何をすればいいのか途方にくれていた気がするからハルが居てくれて助かるよ」

「この現状とあまり変わっていない気がするけどな」

「だとしてもだよ」


 などと小声で話している間に餓鬼の足音が遠ざかり一時の静寂が訪れた。

 ようやく強張っていた体から緊張が抜け、ガン・ブレイズのグリップから手を離すとじんわりと汗が滲んでいた。いつも以上にリアルな汗の感触にちょっとした違和感を覚えながらも廃墟の壁に体を預け一度息を吐き出した。


「そろそろ大丈夫そうか?」

「出てみないと確かなことは言えないが、確かにさっきみたいな物音は消えたようだな」


 窓から頭だけを出して辺りを伺うハルに並び俺も外の様子を見渡してみる。

 思い返すと餓鬼が出現したのは建物の影など闇の濃い場所からだった。そのためによりくらい影の出来ている場所を注視しているが、新たな餓鬼が現れる気配はなかった。


「ま、今外に出るのは得策じゃないだろうし、ここで少し作戦でも考えるか」

「そうだな」


 声の音量を平常時のそれに戻し、俺は窓の傍から離れて立つと廃れた部屋の中を見渡した。


「とりあえずこの建物から探索してみるか」


 ここに来たのも一先ず頑丈そうな建物を選び飛び込んだだけだったのだが、よくよく観察してみるとこの建物が普通の家屋とは違うことに気がついた。

 例えるならば現実の学校とか病院とかだろう。

 似たような形状の部屋が並ぶ巨大な建造物と言えば俺たちに取って馴染み深いのはそれくらいだ。


「それよりもまずはこの部屋の中からだ」

「この部屋って……何もないけど」

「ただ見ただけじゃそうだろうさ」

「ハルは違うっていうのか?」

「ま、見てろって」


 軽快な足取りでトコトコと部屋の中を歩き回るハルがふと立ち止まった。そしてすかさず壁の一部を強く蹴ったのだ。


「お、おい。何をやって――」


 突然の奇行に慌てる俺を余所にハルは蹴り抜いた壁板の中へ手を伸ばした。


「どうだ? 何かあっただろ」

「そうだな。で、それは何なんだ?」

「さあ?」


 ハルが自慢げに見せてくるそれは俺からすればただのこの廃墟の至る所にある瓦礫の欠片でしかない。けれどそれを獲得したハルには別のものに見えているのかも知れないと訊ねるが、返ってきたのは曖昧な笑みを浮かべての疑問符だった。


「ったく、もう良いだろ別の部屋を見てみるぞ」

「ああ」

「ん? それも持って行くんだ」

「せっかく拾ったからな。それにコレの中に何かが埋まってるみたいなんだよ」

「取り出せないのか?」

「道具が無いし、適当に叩いたりしたら壊れる気がするんだよな。だから中身を取り出すのはギルドホームに帰ってからだな」

「そっか」


 これ以上この部屋には何もないだろうと割り切って俺たちは次なる部屋を目指しすことにした。

 病院や学校のようだと感じていた俺の直感は案外的を射ていたようで、直ぐ隣には先程までと似た作りの部屋があったのだが。


「入ることは出来そうも無い、か」


 崩落した瓦礫に埋もれ入り口が綺麗に塞がれてしまっていた。

 せめて中の様子を見られないものかとちょっとした隙間を探すも、どういうわけか全てが砕かれた砂利やまるでパズルのように積み重なった大小様々な瓦礫によって綺麗に埋められている。


「こっち側の部屋は入れそうだぞ」


 俺と反対側を調べていたハルが叫ぶ。

 駆け足で合流すると不自然なほど綺麗なまま残されたドアがあった。


「開けるぞ」


 俺の到着を待って開かれたドアの奥には硝子が割れたり天井の薄い板が剥がれ落ちてはいるものの、最初にいた部屋よりも綺麗な部屋があった。

 中でも特徴的だったのは骨組みだけが残された複数のベッド。どうやらここは病院だったらしい。


「ここは病室かなにかか」

「だろうな。っていうか良くハルは平気だな。俺は正直に言って不気味で仕方ないぞ」

「ま、廃墟だからな。仕方ないさ」


 何故か楽しそうに言うハルに俺は何とも釈然としない気持ちになってしまった。

 骨組みだけのベッドの上に乗る薄汚れた布の切れ端を摘まんでは棄てていくハルとは違い俺は何も触らずに部屋の中を見て回る。

 時折しゃがみベッドの下を覗き込むも大した物などありはしない。一通り見て回った段階でこの部屋の探索を切り上げて俺たちは次の部屋へと向かった。

 そうして無事な状態のドアを開け部屋を見て回ること数回。俺たちは病院に付きもののとある部屋へと辿り着いていた。

 特徴的なライトに特徴的なベッド。

 部屋の壁際には何かの棚だったものが並び、そこにはごく僅かな器具が並んでいた。


「手術室か」

「みたいだな。にしても、ここは意外と現代的なんだな」


 棚に残されていたメスを拾い眺めながら淡々と話すハルはそれをダーツの矢のようにして壁へと投げた。元々ボロくなっていたのか、それとも投げたハルの腕力が高いのか、メスは壁に突き刺さった。


「現代的、なのか?」

「いや、そうだろ。特にそのライト。光源こそ電気じゃ無いみたいだけどさ、形状は現代の無影灯そのものじゃないか」

「あー、そう言われて見れば確かに」


 ドラマなどで見たことのあるそれは確かに現代的と言える。すると当然何故この場所だけが現代的なのかという疑問が浮かんでくる。それをハルに訊ねてみると答えは「分かりやすさを優先したのだろう」とのことだった。つまり、ゲームの舞台である中世の時代の手術室をそのまま模したのでは分からないと運営側に判断されたらしい。


「ここも何か特別なものは無さそうだな」

「ってことは最初にハルが見つけた瓦礫は結構珍しいものだったってわけか」

「かもな」


 残されている僅かな器具も使い道があるわけじゃなかった。俺が調薬をするにしてもここにあるような道具を使うことはなく、結局、持ち帰ったとしても売る以外に使い道がないのだ。


「誰だッ!」


 ストレージの肥やしを増やすつもりもないので早々に手術室の探索を切り上げようかと考えた矢先、ドアの奥に何かの気配を感じたのだ。

 咄嗟にドアを開け廊下へ飛び出すも何もいない。


「どうしたんだ?」

「いや、誰かがいたような気がして。それに何かが動く影みたいなのも見えたような気がしたし」

「そんな分厚いドアから何が見えたっていうのさ」

「あ、それは、そうだけどさ」


 呆れたように言うハルの言葉の通り、手術室のドアはそれまでの病室のドアに比べ厚く、間違っても透視できるようなものじゃない。


「ま、ここは現実じゃないし、ユウが何か見たっていうなら探してみるか?」

「え゛」

「餓鬼もまだ出てきてないことだし、少しくらいは余裕があるだろからな」


 ハルに背中を押され歩き始める。

 手術室からは一本道の廊下を進むと程なくして分かれ道に出た。


「どっちだ?」

「や、どっちって言われても……」


 去って行く気配を感じただけで、どっちに行ったのかなどは分からない。行く先を決められず迷っていると再び何かが走ったような気配を感じた。


「ハル!!」

「ああ。今回は俺も感じた」

「行ってみるか?」

「勿論」


 気配があった方へ俺たちは走り出した。

 二人分の足音が混ざり合って不規則な響きが木霊する最中、それはまるで俺たちを誘うかのように一瞬だけ姿を現わし、すぐにまた消えた。

 あっという間に消えてしまうその後ろ姿を追って次々角を曲がり、そうして辿り着いたその場所は地下。大きな病院には大抵備わっていて知られているが、あまり表立って話題には出ない部屋。霊安室がそこにあった。


「この先、みたいだな」

「なあ、これ、どうやって入るんだ?」


 部屋の入り口を塞ぐように柱が倒れ、俺たちの侵入を拒んでいる。


「壊す…のが一番手っ取り早いと思うけど」

「どうやってだよ。壊せそうに見えてもこういったオブジェクトは大抵破壊出来ないんだろ」

「確かにな。けどこれが破壊不能かどうかは試してみないと分からないぞ」


 背中の戦斧を構え、ハルが強く床を蹴った。


「<爆斧>」


 巻き起こる爆発が柱を砕き吹き飛ばす。


「なっ!」

「まったく、無理矢理だな」


 呆れ半分、関心半分に拍手を送る。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか、だな」

「餓鬼が出たくらいだから鬼が出るんじゃないか?」

「いくらなんでも、そう単純じゃないだろ」


 爆発の余波を受けて微かに開かれたドアに手を伸ばす。

 ほんの僅かな力を込めるだけで独りでに開かれていくドアの向こうから冷たい空気が漂ってきた。


「ほらな」

「や、そんな自信たっぷりに言われても」


 ゆっくりと動くドアが開ききった時、そこに居たのは青白くなって動かない二メートル超の鬼がいた。

 外部の空気が部屋の冷たい空気と混じり合う。

 すると、目の前の鬼が徐々に熱を帯び始める。


「あー、これは」

「もしかしてここに封じられていたって感じか?」

「多分。凍らせて封じたのを俺たちが解いちまったんだろうな」

「どうするよ?」

「今更ここで逃げ出せると思うのか?」

「無理、だよな」

「無理だな」


 俺とハルの意見が合致する。


「<インパクト・ブラスト>」


 戦いの始まりを告げる鐘は俺の先制攻撃による銃声だった。


「やっぱり大して効いてないよな?」

「いつものことだろ」

「ほんっと、偶には一撃で倒せるヤツと戦いたいよ」

「それじゃボス戦にならないだろうが」

「ってことはこれも」

「雑魚戦じゃないのは確かだな」

「はぁ」


 ハルの言葉に場違いなほど脱力してしまう。

 それでも銃口を向けたことにより、目の前の鬼の名前と二本のHPゲージがあることが判明した。


疫病鬼(えきびょうき)


 病院という場所に封じるのにはあまりにも適していると思ってしまう名称のそれは遂に活動を再開してしまう。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』


 疫病鬼が咆吼を上げた。

 それと同時に吹き出す黒い風。

 俺たち二人の体を完全に飲み込む風が通り過ぎたその瞬間、この建物が大きく揺れたのだった。


「うげっ、まさかここが崩壊するってのか!?」

「ユウ! 逃げるぞ。コイツと戦っていられるような状況じゃない!」

「ああ!」


 崩壊を始める建物の中で巻き起こる疫病鬼と俺たちとの嫌な鬼ごっこが始まった。




更新日通りならばこれが平成最後の更新になるのです。

ですが、話は次回につづく。

平成と令和を跨いだ鬼ごっこ。どうか次回も一読してくださると幸いです。

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