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ep.11 『インターバル・アップデート』★


 ギルドホームの工房にある炉の近くのテーブルに俺の二つの武器が並べられている。

 一つは剣と銃、二つの顔を持つガン・ブレイズ。もう一つが左手に装着する類いの武器、魔道手甲(ガントレット)

 氷海での戦闘を経て強化と修理を行うためにこうして炉の前に座り込んでいるわけだが、残念なことに全く手が進んでいない。

 武器を強化するにはその方向性を決める必要があるというのにそれを考えることが出来ないのだ。


「ハア……」


 理由は分かっている。

 三日前、俺たちが氷海から戻った後に別のエリアへと向かっていた仲間たちと合流してからギルドホームで待っていた猫の人からある話を聞いたからだ。

 そして二日前。

 帰還から一日の時間を置いて公式から発表、そして有無を言わさぬ即時実装された新しいアップデート。それは一言で表わすのならば、不便さの実装だった。

 本来アップデートというのはより使いやすくするため、便利にするために行われるもの。使い難かったスキルや武器種に上方修正を施したり、はたまた反対に突出しすぎているものに規制や下方修正を加えたりする。だが、今回行われたのは根本的なUIの修正とそれに付随した不便をプレイヤー全員に与えるものだった。

 その不便さというのが問題で。殊更生産に関わっているプレイヤーはそれまでの自分が作ってきたものが使えるままなのか、それとも使えなくなるのかの瀬戸際とも言える。

 だからだろう。聞いた話では街は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていて、各生産職のプレイヤーがその日の朝から今までも確認作業に追われている、という現状らしい。


『どうしたんですか? マスター?』


 個人の部屋も兼ねている工房の中にいるプレイヤーは俺一人。他にはフラッフとリリィがいるだけ。なかでもリリィは俺がしようとしていることには興味が無いらしく、出現と同時にお茶とお菓子を要求してきたかと思えば、それを渡した途端、リリィ用に作った小さなテーブルと椅子に着き優雅なお茶の時間を楽しんでいる。

 フラッフだけは俺のしようとしていることに興味を抱いたようで、俺の背後から手元を覗き込んだりしてきていた。


「あ、いや。何でも無いさ」


 曖昧に笑い返事をする俺をフラッフはよく分からないという顔で見返してくる。

 俺を悩ませている変更された点というのが端的に言えばパラメータに関するものだった。以前は全てが数字で表示されていた。【HP6300】とか【ATK320】とかがそうだ。けれど今は違う。まずHPとMPだが、これは視界の端にあるそれぞれのゲージと同様のものがステータス画面にある。そこに数字のようなものはなく、言ってしまえばプレイヤーの感覚だけでどのくらいのHPが残っているか、MPが残されているかを判別しなければならない。

 これが発表された時は色々と不評を買ったという話だが、実際に実装されてしまえばプレイヤーに残されたのは受け入れることか文句を言うことくらい。ここまであからさまに賛否が別れたのは初めてだと、ハルたちが言っていたのには驚いた。

 更に言うなら他の能力値もそれまでの表記とは変わる、いや変わった。

 それぞれアルファベット表記で一番下が【I】そこからAへと順々に遡り上がっていき最大級が【S】となる。

 故にHPとMPを除いた今の俺のパラメータはこうだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


level【36】rank【2】


ATK【C】

DEF【E】

INT【D】

MIND【E】

SPD【C】

LUK【H】

AGI【F】

DEX【E】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 一見すると低く見えるそれも自分のレベル帯ではそこまで低くない、と思う。それに同じアルファベットでもランクが違えば全然別物で、ランクが無いプレイヤーは勿論のこと、ランク1のプレイヤーと比べても今の自分の方が能力値としては高いのが事実だった。そしてそれは裏を返せばよりランクが高い人より自分が弱いことの証明でもあり、これまで以上にレベルを上げたり、ランクを上げたりする意味が出てきたとも言える。


「んで、装備を変えると……」


 立ち上がらずにコンソールを操作して、プリセット登録してある着ぐるみ防具を身に纏う。

 するとパラメータの一部に変化が起きた。


「SPDが【C】から【F】に。DEXが【E】から【C】になったか」


 実数値は見えなくとも確実に変化が起こったことに対して装備品の能力値補正が正常に働いていることに安堵すると同時に、その変化がどの程度なのか分からない不安を抱いた。

 これまでは数字という結果が見えた。だが、今は例えアルファベットが変わっていなくとも上昇、あるいは下降しているものもあるだろうし、反対に全く変動していないものもあるはず。

 大勢の生産職プレイヤーはその確認作業に対するノウハウを集めている最中なのだろう。俺も是非知りたい所だが、問題はそこじゃない。

 武器を装備していてもそれだけでは能力値値補正が掛からなかったものが存在したのだ。このことに疑問を感じて昨日一日使って何故を解消しようとしてコンソールのパラメータ画面を表示させたまま戦闘を行うという無茶を熟した結果、武器はただ身に着けるだけで補正の加わるものと、ちゃんと手に持ったりして使える状態にしなければ補正されないものがあった。

 俺の場合だと魔道手甲が前者でガン・ブレイズが後者だった。


「あれも確認しておいて良かったのかな」


 思い出すのは戦闘とは関係の無い場所での出来事。ギルドホームの庭先で竜化しそのパラメータがどう変わったかを確認したときのことだ。

 竜化は行ったプレイヤーの能力値を満遍なく底上げしてくれる。それはアップデートが行われる前では数字としての増加が表示されていた。ならば今はどうだろう、となれば答えは単純で、ATKの【C】ならば【B】というように全ての能力値が一段階上のものになっていた。


「あとはスキル関連だけど……」


 独り言を呟きながら再び自身のステータス画面へと視線を落す。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『所持スキル一覧』 スキルポイント【17】



≪ガン・ブレイズ≫ レベル・10

≪ガントレット≫ レベル・10

≪ソウル・ブースト≫レベル・10

≪HP強化・Ⅳ≫ レベル・1

≪MP強化・Ⅳ≫ レベル・1

≪ATK強化・Ⅳ≫ レベル・1

≪DEF強化・Ⅳ≫ レベル・1

≪INT強化・Ⅳ≫ レベル・1

≪MIND強化・Ⅳ≫ レベル・1

≪SPD強化・Ⅳ≫ レベル・1

≪AGI強化・Ⅳ≫ レベル・1

≪DEX強化・Ⅳ≫ レベル・1

≪鍛冶・武器≫ レベル・10

≪調薬≫ レベル・10

≪細工・アクセサリ≫ レベル・10

≪調理≫ レベル・7

≪採取≫ レベル・5

≪採掘≫ レベル・5

≪状態異常耐性≫ レベル・10


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「とりあえず上げられるものは上げておいたほうがいいよな」


 試練の果て、スキルに変化が現れた時に≪ソウル・ブースト≫だけは大台と言われているスキルレベル10にまで上げることにした。それで何も変わらなかったのは残念極まりない。せめてスキルレベルが10になったことで上昇する数値が増えたりしてくれれば良かったのだが、そうはならずに何故スキルレベルを上げたのだろうというような気持ちにすらなってしまっていた。

 だからこそ今度は実感のあるスキルレベル上げにしたい。とくれば自ずと上げるべきスキルは決まってくる。上げるべきは各種パラメータを増やしてくれる類いのスキルだ。

 所持しているスキルポイントを所持している件のスキルの数だけ消費して、それぞれ一つずつスキルレベルを上げる。しかしこれまでとは違いパラメータに変化はみられなかった。


「確かに、これは不便だな」


 実感が薄れてしまうというデメリットはこういう所にも現れていた。これではスキルレベルを上げることに対するモチベーションの低下を招いてしまう恐れがあるはずで、運営側としては避けるべきことのはずだが。


『不満そうですね』

「というよりも納得できていない、が正しいかな」

『納得、ですか?』

「一見すると必要ないアップデートにも思えるからさ」

「それってどういうこと?」


 コンソールを操作する俺の手元を覗き込むフラッフの頭に乗るようにお茶をしていたリリィが飛んできた。


「これだとアップって言うよりもダウンって感じだってことさ」

「ふーん。よく分からない」

「だろうな」


 再びひらひらと飛んで俺の武器が置かれている机の上に行った。

 残り8のスキルポイントはそのままにコンソールを消す。そして次はリリィが指で突いているガン・ブレイズを手に取った。


「さて、強化はするつもりなんだけど、その前に」


 銃身と刀身を分けながらぼんやりと考える。

 強化に使う素材はまだまだ残っているが、現状のまま強化を施していってもいいのかという微かな疑問を抱き始めていた。

 金床の上に置かれた刀身を見つめ、銃身を持つ。

 そしてそこに残る無数の極細の傷跡。これが氷海から戻った後に行ったレベル上げのためのいくつもの戦闘によって付いたものなのは俺が一番良く知っている。そして、他にもあるちょっと変わった傷。それは刀身の中心部により大きく残り、銃身の内部や変形の起点となっている部分にも似たような傷が残されている。


「修理だな。けど……」


 元の状態に戻しても意味が無いのかも知れない。ガン・ブレイズには不壊特性がある。それがあるのに傷が残ったということは、このままでは駄目だという証のようにも思えてしまうのだ。


「もっと根本的な修正が必要になる、か」


 外部の損傷ではなく内部の損傷の原因は武器を酷使してついたものじゃない。ガン・ブレイズそのもの、あるいは俺自身の力に耐えられなくなったからだ。

 そうなればやはり修繕だけでは意味が無い。強化それも根本的なそれが必要だ。

 棚の鉱石を炉に入れ溶かしインゴットを造り、それを更に溶かして重ね合わせて刀身との同化を図る。


「ねえ」

「ちょっと待ってくれ」

「ねえってば」

「だから、ちょっと待ってくれって」


 リリィの声をスルーしながら俺は真っ赤に染まった刀身を炉から取り出す。

 そしてそれを金床に乗せると慣れた調子で叩き始める。

 小気味良いリズムが工房に響く。

 インゴットと同化して膨らんでいた刀身も次第に平らになっていき、しばらくして刃の無い刀身が出来上がった。


「ねえ! 聞いてよ!」

「何だ?」

「あえ!? その、それ! いつもと違う気がするんだけど?」

「かもな」


 いつもというのが修復や強化だけのことを指しているならば、確かに今やろうとしていることは違う。簡単に言えばガン・ブレイズを作り替えようとしているのだ。

 刃の無い刀身の形状はこれまでと同じ。けれどあくまでも現時点での話だ。

 本来ならばこれから更に鍛え上げ刀身に刃を付けていかなければならない。けれど、この時の俺は漠然と次の部分に取りかかるべきだと思い始めていた。

 銃身を分解し、その内部の傷を修復する。それから再び組み上げようとしてまたしても手を止めた。残るグリップ部分の傷も銃身と同じやり方で消していく。

 溶かしたインゴットを微量傷のある場所に付けてからやすりを掛ける。そうやって消えた傷はゲームとしてのシステム的なサポートもあって武器が真っ新な状態へとなっていた。

 全ての部品の傷は消えた。

 後は刀身に刃を付け、組み立てるだけ。

 けれどこのまま組み立てても元の状態に戻るだけ。それじゃ意味が無い。


(作り替えるには、これまでと同じやり方じゃ駄目だ)


 想像(イメージ)する。

 ガン・ブレイズがどうなって欲しいか。自分はどんな風に戦いたいか。思い描く自分の姿、その際持っているであろうガン・ブレイズの形を。


(いつもの時だけじゃない。竜化した時、その時にも適した形)


 ゆっくりと刀身を打つ手が一定のリズムを刻み始める。

 程なくして炉に入れたときとは違う輝きが宿り、それは次第に銃身やグリップ部分へと広がっていく。

 自分の意思で動かしているユウの体がいつの間にか自分以外の何かによって動かされているような感覚を得て、それと時を同じくしてバラバラになっていたガン・ブレイズが一つに纏まり始めていた。

 黙って見守るフラッフが見つめる先、何か話ながらリリィが見つめる俺の手の中で、それは二色の光に包まれる。

 赤と黒。

 それは竜化した自分の体の色であり、試練にて対峙した二頭の竜の色。そしてフラッフの角の色だ。

 より強い光が今まさに変わろうとしているガン・ブレイズへと集まる。

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 無心で金鎚を叩き続けていた俺は時間を忘れてしまっていた。


「お、出来た……」

『完成したんですね!』

「ああ。みたいだな」

『それが新しい精霊器ですかー。何か良い感じがしますよ!』

「それは何より」


 手元に現れた新しいガン・ブレイズ。それは漆黒の刀身の中心部になっている銃身が真紅に染まっていた。

 そして形状で言えばそれまでの片刃の片手剣とは打って変わり、両手剣とまではいかないものの片手剣としては大きめの両刃の剣。銃としてのグリップ部分が剣としての柄の役目を果たし、それを握ると刀身の刃部分が仄かに発光しているように見える。

 当然、変形機能も残されたままのようで、グリップ上部にあるスイッチも今まで通り。

 すかさずそのスイッチを押すとガン・ブレイズは剣形態から銃形態に変わる。今までの変形は刀身が折り畳まれ、グリップ部分が移動して銃身が露出する。そうして片手銃の形状になるが、今度は少し違うらしい。

 グリップ部分が移動するのは変わらないが、刀身が折り畳まれるのではなく真ん中で二つに分かれ銃身の上部とグリップ部分の上にカバーのように覆い被さった。その際、刀身に宿っていた光が消え、刀身自体がスライドして剣形態の時の半分くらいにまで短くなったのだ。

 銃形態になったガン・ブレイズは微かに露出している刀身の刃部分と銃身に刻まれた紋様(ライン)が赤く発光している。

 そして再び剣形態にすると赤い光が黒い光になり、グリップ部分が移動し刀身が形成される。


「うん。良い手応えだ」


 この変形だが、これまで気にしなかったことでもある変形に要する時間が短くなっている気がする。現状そんなコンマ何秒の違いに意味があるのか甚だ疑問ではあるが。


「ねえ、できたの? できたんだよね」

「まあな」

「それじゃあもう聞いても良いよね?」

「あー、そういえば何かそんなこと言ってたな。んで、何だ?」

「どうしてそんな格好してるの?」


 リリィに言われ俺は自分の格好を鏡のような窓に映した。

 そこに映っているのはそう、今や懐かしい着ぐるみ防具のままの俺。被り物のような頭部は簡単なフードに作り替えられていて、手の部分は鍛冶をするときに使う革手袋。人差し指と親指の先が剥き出しなのは細かな作業をするためだ。

 氷海から戻りアップデートを知った時、別の使い道を思いつきリタに手直しを依頼して、今朝受け取ってきた。

 そして早速装備してみたわけだが。


「変か?」

「へんじゃない……ううん、変!」


 リリィの言い切る様にがっくりと肩を落してしまう。


「いいんだ。これは鍛冶や細工に適した装備になったんだから!」


 力強く拳を作り断言する。

 そんな俺をフラッフとリリィが白けた目をして見つめていた。



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