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ep.10 『与えられ、秘められていた、力』

お待たせしました。今週の更新です。


 スクエアへの変貌を経てもなお継続する戦闘も今や不気味な静けさがあった。

 元のモンスターであるアイス・サーペントの時は氷の下を泳ぎ、その都度揺れが起こり氷を破砕し進む独特な音が聞こえ続けていた。そのために氷海という音の無いエリアであるのにもかかわらずそれなりの騒がしさが耐えなかったのだが、スクエアは宙に浮かんだまま水の中に潜る素振りすら見せない。

 全身を象っている正方形がずっと不規則な回転を繰り返しているのに微かな音もない。変貌当初聞こえていた金属が擦れ合うような音すらも今では何故か消えてしまっていたのだ。

 それでもスクエアの攻撃によって発生する音はあった。例えば俺たちを狙い放たれた散弾が逸れ地面である氷を削っていく音だ。しかし、それも過去形でしかない。

 今も放たれ続けている散弾は何故か氷を砕くことなく、地面に当たったその瞬間に消えていく。その結果静かな砲撃となっているのだった。


「くっ、これじゃ近付けない」


 そもそも宙を浮いているスクエアに近づく術があるのかどうかは別にして、変貌し出現してから今に至るまでずっとスクエアは散弾状の攻撃を放ち続けている。

 それが俺たちの接近を阻んでいるのだ。


「それに、ここからじゃクナイも届きませんよ」


 ヒカルが使う遠距離武器、その投擲が彼女の遠距離攻撃になるわけだが、現実世界ではないこの世界であってもかなり距離のある相手には届かないようになっている。どんなに離れている相手でも武器種を問わず攻撃が届いてしまっていたならば遠距離武器が有利すぎるとされているからだ。

 そして俺が使っているガン・ブレイズも現状、銃形態、剣形態共に攻撃が届いていない状況にある。

 近接攻撃も遠距離攻撃も届かないとなれば残る手段は魔法。俺たちのパーティでそれが行えるものはセッカしかいない。


「セッカは?」

「……だめ。たぶん、届かない、と思う」

「分かった。MPの無駄使いはできないってことだな」

「……ん」


 期待が込められた俺の視線を受けてセッカが告げた。その予測通り魔法すら届かないのであれば俺たちはスクエアに手を出すことができないということになってしまう。

 いつもならこれがゲームというもので、穿った見方をすれば商売である以上はプレイヤーの攻撃が不可能なんてことありえないと断言できることも、今は確信が持てない。

 プレイヤーが不利になる異常事態すらもあり得るのだと知っているのだ。


「と、なるとだ。どうにかこっちの攻撃が当たるようにしないといけないんだけど、どうする? どうすればいい?」


 自分に問い掛ける言葉を呟く。

 手の届かない場所にいる相手と戦う方法で真っ先に思いついたのが、こちらの攻撃が届く場所にまで移動すること。しかし、氷と水のみで形成されたこの場所でそれは望めない。

 ならば次。そう、例えば相手の方を自分たちの手が届く場所に引き寄せれば良い。具体的にいえばスクエアを叩き落とす。しかしこれにも問題はある。言わずもがな、自分たちがスクエアよりも上に行かなければならず、その方法事態思い浮かんでない以上は到底無理なことだった。


「このままだと手詰まりだよな」


 せめて一瞬だけでもいい、飛ぶことが出来ればどうにか出来るかもしれないのに。

 そう思い頭上にいるスクエアを見上げた。

 スクエアは声も出さず、ただ同じ挙動を繰り返すそれは俺たちがいることなどまるで気にしていないように見える。それどころか常に放っている攻撃すら誰か個人を、あるいはパーティ単位を狙っている類いのものではない。

 人が呼吸をするかの如く、スクエアにとってこの散弾の攻撃は自然で当たり前なものなのだろう。


「使えるか?」


 生憎とコンソールを呼び出しそれが使えるか確認する暇は無い。

 ただ、それがこれまで通りなら既に使用回数は最大にまで回復しているはず。


「二人とも。HPとMPの残量は?」

「私は大丈夫です」

「……ん。さっきポーション使ったから、まだ、へーき」

「わかった。だったら、さっきと同じこと頼めるか?」

「それって氷で足場を作るやつですか?」

「ああ」

「この攻撃の中じゃ無理ですよ」

「……無謀」

「そうとも限らないさ。ま、俺の場合、回復をしてからの話だけどな」


 ストレージから二種のポーションを取り出し直ぐさま使用する。

 視界の端にある二本のゲージが最大値まで回復したのを見届け、


「≪ソウル・ブースト≫!!」


 アーツを発動させる時と同じようにスキルの名前を叫ぶ。

 瞬間、左手の魔道手甲(ガントレット)に宿る力が俺の全身を駆け巡る。

 左手から伸びる光のラインが全身へと伸び、その後見慣れた魔方陣が浮かび上がる。そして一定の速度で俺の体を魔方陣が透過していった。

 光のラインの発光が収まり、魔方陣が赤と黒、二色の火の粉となって舞い散る。

 火の粉の中から現れた俺の姿は全身鎧に包まれたものに変化していた。


「よしっ。成功だ」


 鎧の奥で笑い拳を作る俺をヒカルとセッカが不思議そうな目で見てきた。


「あれ? 確か二人は見たことあったよな? ほら竜化ってやつだ」

「その…それは知ってますけど……」

「……雰囲気が、違う」

「ああ! それは例の試練ってので変化したからだと思う」


 自分の体を見下ろしながらいう。

 確かに以前の竜化に比べて今の竜化はより黒みが増した感じがする。それに前は差し色程度でしかなかった赤色も外装の各部を染める真紅へと変わっていた。

 思えばこの黒は試練の時の漆黒の竜の色で、この赤色は真紅の竜の色そのもの。試練を突破したことで変化したと思っていたこの竜化も正しくは二頭の竜の力を受け継いだという感じなのかもしれない。


「この状態なら足場さえあればスクエアまで届くはずだ」

「……ん、わかった」

「それ以外方法も無さそうですしね」


 意外なほどすんなりと理解してくれた二人に感謝の念を込め頷き、駆け出した。

 目指すはアイス・サーペントが崩したお陰で出来た氷の塊が隆起している場所。俺の狙いを察したのか、二人もまた続き走り出していた。


「やはり、俺たちを追ってきたりはしない、か」


 スクエアの攻撃は今も激しい。だが、それが俺たちに集約してはこない。それはモンスターの攻撃反応としてはこれまでのセオリーから大きく外れていた。


「ヒカル! 氷を切り出してくれ」

「任せて下さい!」

「セッカ! それを打ち上げるんだ」

「……ん、わかって、る」


 ヒカルがクナイを投げて氷に亀裂を入れ、ナイフを使い氷の塊を作り出す。それを素早く蹴り上げ滑らせてセッカの元に届ける。

 一直線に滑る塊をセッカが思いっきり打つ。それはゴルフのスイングのように綺麗なフォームだった。

 打ち返された氷の塊はこれまた一直線にヒカルの元へともの凄い勢いで滑って行く。

 無意味な氷の打ち合いになるかと思われたそれはヒカルが放った複数のクナイが地面に突き刺さったことで変わっていく。

 空に向けられたマスドライバーを進むロケットのように氷の塊が空へと放たれる。


「どうですか?」

「上出来!」


 地面を強く蹴りつけて跳ぶ。

 そしてそのまま空へと向かう氷の塊を蹴りスクエアへと飛び掛かった。

 足場に使った氷の塊は砕け、その破片がダイヤモンドダストとなって舞い散る。


「はああっ」


 剣形態のガン・ブレイズを大きく振り上げスクエアに攻撃を仕掛ける。

 スクエアの放つ散弾は常に下に向けられていた。だからこそスクエアと同じ高さにまで跳んだ俺を咄嗟には迎撃してこないはず。そんな傲慢にも思えるたかの括り方を前提にしての攻勢も、常識外のスクエアには通じてしまった。


「<インパクト・スラスト>」


 ガン・ブレイズの刀身に光が宿り威力を増加する。

 竜化して放たれた斬撃アーツは通常時のそれとは違う大きな特徴があった。斬撃の軌道に沿って実体化する剣閃がスクエアの体の一部に傷を付けた。

 正方形の一部に亀裂が入り、カドが欠け、回転に外部からの影響がもたらされる。


「もう一度! <インパクト・スラスト>」


 攻撃の反動で僅かに体を浮かせた俺はそのまま間を開けずに二度目の斬撃アーツを放った。

 ほんの僅かな落下の勢いを味方にして斬撃がスクエアを捉える。

 またしても体の一部である正方形を傷つけられたことでスクエアがようやく俺を敵と認識したのか、それまで下に放ち続けていた散弾の一部を上に向けてきた。


「くっ…」


 目眩ましと呼ぶにはあまりにも威力の高い散弾が俺の更なる攻撃を事前に防いでいた。

 竜化したことで高まった防御力を最大限活用して身を守りながら重力に従い落下していく。それでもこの二度の攻撃はスクエアの高度を下げることには成功していたらしく、スクエアの上で散弾を受けた時には既に高度が下がっていた。

 ならば、と俺は着地のことを度外視して攻撃に集中することにした。

 ガン・ブレイズを銃形態に変え、そのまま引き金を引く。

 使うのは威力特化ではなく、速度特化の射撃アーツ。一撃が与えるダメージよりも攻撃の回数の方が大事だと考えたからだ。


「<アクセル・ブラスト>」


 射撃アーツを受けたことによってスクエアは高度を下げていく。

 そんな俺の様子を見て、咄嗟にその目的と手段を理解したのだろう。ヒカルがクナイを放ち、セッカが不可視の魔法を使っていた。

 スクエアの下は上よりも弾幕が厚い。そのために二人が使った攻撃がスクエアに命中した数は少ないものの、確かにその間をすり抜け命中した攻撃もある。

 俺の射撃アーツと二人の攻撃を受け高度を下げたスクエアは地上約二メートルといった高度で落下を止めた。


「う、ぐっ」


 最後まで攻撃し続けたせいで背中で着地してしまった。

 襲う衝撃を堪えて即座に起き上がると、視線の先でヒカルとセッカの二人が手が届く距離に来たスクエアにより威力の高い攻撃を繰り出していた。


「とりあえず、これで戦えるようになったみたいだけど……」


 一抹の不安が脳裏を過ぎる。

 攻撃が届くかと攻撃が効くのかは全くの別問題なのだとその光景は物語っていたのだ。


「HPゲージに変化なし、か。ったく、どうすればいいんだ?」


 自分たちの手が届く範囲にまで引き寄せることには成功した。となれば次はどう倒すか。

 再び浮上させないために俺も攻撃を続けるが、出来ていることは所詮現状維持に過ぎない。


「キョウコさん。聞こえてますか?」

『えっ!? 何? どうしたの?』

「こっちの状況はどこまで把握してますか?」

『状況? えっと、戦闘中ってことは分かってるけど?』

「その相手が変貌したことは?」

『ええっ!? そうなの?』

「はいっ。最初はアイス・サーペントっていうモンスターだったんですけど、今はスクエアっていうのに変わって。それでこっちの攻撃が全く通用していなくて手詰まりっぽいんです」

『あ、え、ちょっと待って。ボルテック君に変わるから』

『ユウくんだね』

「ああ。聞いていたな?」

『当然だよ』

「例の猫の人はそこにいるか? いるならこのスクエアはどう倒せば良いか聞いて欲しいんだけど」

『む。残念だがあの猫はここにいないよ。だけどね、どうにかなるかも知れないよ』

「どういうこと?」

『確かに名前はスクエアと言うんだったね』

「ああ。一応頭上にはそう表示されてる。それにHPゲージが真っ黒なんだ。俺は初めて見るけどそれは俺がいない間に追加された何かなのか?」

『違う。けれど私はそれを知っているのだよ』

「だからどういうことだ? あまり余裕が無いんだ、手短に頼む」

『ならば端的に言うけど、そのスクエアというモンスターはこのゲームに実装されていないモンスターなのさ』

「はあ?」

『そして、黒いHPゲージは特殊なプロテクトが掛かっている状態だ』


 思いつきというよりも藁を掴む思いで問い掛けた俺に返ってきたのはボルテックの思いがけない言葉。

 そして次に浮かんだ疑問は何故ボルテックがそれを知っているのか、ということ。


『以前何かのデモ映像で見たことがあるのだよ。だから言ってしまえばテスト用のモンスターと仕様だね。何でもフィールドやダンジョンが正常に機能しているかどうかを確かめるために試験的に配置されるモンスターの一種だったはずだ。それにそのHPゲージもデバッグ用にプレイヤーやモンスターに施される措置の証のはずだよ』

「どうすれば勝てる?」

『デバッグ作業用だよ。原則的には無理だ。でも、こっちも普通のプレイヤーじゃないだろう』

「だからって、俺たちに特別な何かがあるわけじゃないだろ」

『ふっふっふっ。それがあるのだよ』

「はあ?」

『例の猫から聞いた話では私たちのキャラクターにも仕様にない力が宿っている、とね』

「それって、良いのか?」

『事前に聞かれていただろう。一般のプレイヤーで無くなっても良いのか、とね。そして私たちはそれに良いと答えた。どうやらあの猫は予め予想してたらしいね。誰かがユウくんのような状況に陥ることがあるかも知れない、とね』

「はぁ、分かった。納得する。それで、何をどうすれば良い?」

『まず私たちに与えられた力を説明しよう。ヒカルくんとセッカくんも聞いているね?』

『はい。聞こえてますけど、それって本当なんですか?』

『……初耳』

『勿論本当だとも。ギルドマスターである私だけ伝えられていたことで、後は私の采配に任せると言われていたことさ。まあ、猫はそれを使うことにならなければいいのにと苦笑いしていたがね』


 記憶の中にある猫が苦笑いをする姿を想像し、場違いながらも和んでしまった。


『とはいえ、使わなければならない局面ならば使っても問題ないはずだ。そして与えられた力は仕様の正常化らしい』

「正常化?」

『そうだ。異常をきたしている対象を正常な状態に戻すこと。だが、これは謂わばデータ改ざんとも言えなくも無い力だ。本来プレイヤーに与えられる類いのもではなく、デバッカーが持つべき力なのだよ』

「どうせ俺たちがしていることもそれに似てるんだから良いんじゃ無いか」

『む、まあ、そうとも言えるね。だが、誰か一人でもこれを間違って私利私欲で使えば私たちはチーターの一味となってしまうだろうね』

「安心しろ。俺たちの中にそんな馬鹿はいないさ」

『わかっているとも。ギルド黒い梟の皆は信用しているよ。さて、使い方だったね』

「ああ。わりとヤバい気がするから速めに頼む」

『む、善処しよう。と言っても対象に向かって必殺技を当てるだけでいい話なんだけどね』

「はあ!? それならさっき――」

『それはユウくんの言うスクエアになってからの話かい?』

「いや、アイス・サーペントにだけど」

『なら意味は無いさ。おそらくモンスターの消滅を切っ掛けに異常が起こったのだろうからね』

『そういうことでしたら、スクエアに誰かが必殺技を使えば良いんですね?』

『一応はそれで異常は解決するはずさ。でも、覚えておいてくれたまえ。コレを伝えたのは君たちが最初。つまり、実際に改ざんを行った者はいないんだ』

「だろうな」

『いいね? 正常化に成功したとしてもその後どうなるかは分からないんだ。最大限の警戒を怠らないように』

『……ん、わかった』

『わかりました!』

『それでは、ユウくん。この通信は繋いでおくが、こちらからは声を掛けないようにするよ。戦闘に集中してくれたまえ』

『頑張ってね。ユウ君』

「ありがとうございました」


 そうしてボルテックとキョウコさんは黙った。

 俺は放ち続けていた速度特化の射撃アーツを止め、素早く二人を探した。

 誰かが必殺技を使うことになる。しかし問題はそれが誰になるのかだ。


「セッカ!」


 最初に見つかったのはセッカ。素早く駆け寄っていった先にいたセッカは例の殻を身に纏うアーツを使わなくても散弾を片手盾で防御できる距離に立ち、そこから不可視の魔法弾を撃っていた。


「話を聞いてたな?」

「……ん。いつでもいける、よ」

「ああ、けど、何があっても良いようにヒカルと合流しておきたいんだ」

「……それなら、あっち」


 と指差した先に両手を素早く振るいクナイを投擲しているヒカルがいた。


「ヒカル! こっちに集まってくれ」

「わかりました」


 小柄で身軽なヒカルは散弾を器用に避けながら俺とセッカが居る場所に来た。


「さっきの必殺技の件ですよね。私はいつでも準備出来てますよ」

「ほんと頼りになるよ。けど、ここで必殺技を使うのは俺だ」

「……どうして?」

「一番レベルが低いからさ。それにもし正常化した後にも戦闘が続くならより威力が高い必殺技を残していたほうがいいだろ」

「そう言うことなら、分かりました」

「っと、一応聞くけど二人の必殺技はどんな感じになっているんだ?」

「私は、その、なんて言えばいいんでしょう?」

「……クナイを使った雨あられ」

「あ、何となく想像できたわ」

「……ん、それで私は光で押し潰す魔法攻撃」

「なるほど。威力は?」

「……自身、ある」

「ヒカルは?」

「まあ、それなりに。範囲攻撃になるので、一体に特化した必殺技には劣りますけど」

「……嘘。アレを全部ぶち込めば大抵倒せる。それに、ランダムで複数の状態異常を引き起こすから、純粋な高威力の私よりも質が悪い」

「そそそんな。あのですね。必殺技ですから多少派手で強力になっているだけで、そんな凶悪なんて――」

「……凶悪は言ってない」

「あう……」

「まあまあ」


 手をバタバタと振り必死に弁明するヒカルをなだめながらも、俺の中で答えが出た。


「そう言うことなら尚更、今回は俺の役目だな」

「……わかった」

「う、はい」

「何かあった場合は頼りにしてるからな」


 二人の肩を叩き、駆け出した。

 俺が使える必殺技で残すのは極大の射撃必殺技のみ。

 そうなれば最も効果的に狙える場所を目指すべきだ。

 頭から尾の先まで貫くように正面から撃つ、ということも狙えたが、常に正方形を回転させ、体をくねらせているスクエア相手では外してしまう恐れがあった。だったら、最も効果的で最も狙いを外さない場所は一つだけ。


「威力を高めることに意味があるのかは分からないけど、何もやらないよりはマシだ。<アクセル・ブラスト>」


 相も変わらずダメージが通っている様子は無い。それでもと引き金を引き続ける。

 何度も何度も射撃を繰り返し、散弾の中をくぐり抜けて辿り着いたのはスクエアの真下。不規則な回転を繰り返す正方形を正面に構え俺はガン・ブレイズの銃口を向けた。

 使うのは射撃の必殺技。竜化している時にのみ解放されるそれは名を変え、より強くなっている。


「<レイジング・バースト>」


 銃口の直ぐ傍に光輪が浮かび、その中心を閃光が駆け抜ける。

 漆黒のスパークを伴った真紅の光。

 全身に跳ね返ってくる衝撃は竜化していてこそ耐えられるもの。

 両手でガン・ブレイズを持ちその反動に耐えながら、俺はその閃光の果てを見つめた。回転していた正方形は閃光が直撃した瞬間に止まり、一瞬にして真っ赤に変色し徐々に溶け始めていた。


「貫けぇ!!!」


 引き金を引いたまま叫ぶ。

 俺の声が届いたように次の瞬間、閃光を受けてとめている正方形の一部が溶解し、そこから天へと閃光が昇ったのだ。

 閃光に貫かれたスクエアの背部に必殺技を放った直後ガン・ブレイズの銃口に出現したものと同じ光輪が現れた。そしてそれは水面に広がる波紋のように大きな輪を作り次の瞬間には中心へと収縮していった。残ったのは夜空を走る流れ星が消える時のようにか細い光の筋だけ。


「――っ、拙い!」


 必殺技の反動から解放されガン・ブレイズを持つ腕を下ろした俺は直ぐにその場から離れるべく、二人がいる場所へと駆け出した。

 咄嗟に振り返るとスクエアは全身の正方形の回転を止めていた。

 静止した正方形はそれぞれ浮力を失ったかのように一つ一つがバラバラになって落下を始めている。

 まず尻尾の先に当たる部分が落ちたかと思えば、次は俺が撃った隣の正方形が落ちた。そして次は頭に当たる部分が。次々と落下していくスクエアの欠片は最後に大きな穴が出来た一つが氷の地面に沈んだことで終わりを告げた。


「どうなった?」


 二人の居る場所に辿り着くまでの間に沈んだスクエアの頭上を見た。

 するとそこにあるべきの黒く染まったHPゲージにノイズが走り、さらに沈む全ての正方形にも同様のノイズが走っていた。


「成功した……ってことなのか?」


 確証はなく、正解を教えてくれる誰かもいない。それでもこのノイズが成功の証なのだとすれば。


「セッカ! ヒカル!」

「はいっ!」

「……ん。わかってる」


 二人の名前を呼ぶと、返事は直ぐ傍から返ってきた。


「……まずは私。<極光柱(きわみのひかりはしら)>」


 たった一言。必殺技の名前をセッカがメイスを天高く掲げながら宣言すると、俺が放ったのとは別の閃光が、金色の極大の柱が天から伸びて沈むスクエアを飲み込んでいった。

 俺の必殺技で改変には成功したはず。となれば未だ消えず残っている理由は一つしかない。純粋にそのHPを削りきるに至っていないのだ。

 セッカが呼びだした光の柱は沈む全ての正方形を飲み込み、ノイズが消え正常を取り戻したスクエアの頭上のHPゲージをみるみるうちに減らしていく。

 すると驚いたことにスクエアの全身に走っていたノイズまでもが消失し、その姿をアイス・サーペントへと戻していたのだ。

 バラバラになっていたその体もボロボロながら正しく一つの巨大な氷の蛇へと戻っている。

 つまり全ての異常が正されたというわけだ。


「次は私です! <ムゲン・スコール・エッジ>」


 光を眺める俺の耳に必殺技を宣言するヒカルの声が届いた。

 アーツの光を携えたクナイを一つアイス・サーペントの上へと投げる。天高く放たれた光るクナイは一瞬にして分裂し、それこそ無限に増えている。

 そこからは蹂躙の嵐だ。

 一つ一つが確かな攻撃力を秘めたクナイが文字通り雨のように降り注ぎ、アイス・サーペントに残されていた僅かなHPを奪い取っていた。

 加えてセッカの話ではこの嵐を生き延びることが出来たとしても、次に待っているのは状態異常の付与。毒でも喰らえば残っていたHPも奪われるだろうし、麻痺を貰えば回復することもままならず、混乱、魅了、睡眠でも同様。決してまともな戦いにはならない未来が待っている。

 これこそ必殺技<ムゲン・スコール・エッジ>の真骨頂と言えなくもないが、対人戦においてなまじただ威力の高い必殺技よりも強力なものであることは間違い無い。とはいえ開幕直後に放つのでは無い限り、雑魚モンスター戦では使いにくいだろうなとも思ってしまう。

 対人戦がちゃんとした舞台以外では推奨されていないゲームならではのバランスなのだろうか。


「あー、凶悪、ね」


 なるほどと納得する俺にセッカがいい笑顔でサムズアップする。

 そんな俺たちを見てヒカルが顔を真っ赤にして「違いますー」と否定したのは言うまでも無い。


「とにかく、終わったみたいだな」


 二人の必殺技を受けてアイス・サーペントは光の粒子となって弾け消えた。その様子は普通のモンスター然としており何処か安心してしまった。


「……ん、でもやっぱりドロップアイテムはなにも無い」

「仕方ないさ。元からそういうは無しだったろ。それに、経験値だけはちゃんと加算されてるみたいだし」

「でもレベルは上がりませんでした」

「……残念」


 揃い項垂れる二人に俺は竜化を解きながら、


「そうなのか? 俺は一つ上がったけど」


 と言った。


「……レベルいくつになったの?」

「えっと、これで31だな。復帰してこの数値はわりと頑張ったと思うぞ」

「……でもまだまだ私たちには、届かない」

「分かってるよ。ランクだって差があるんだ。気長にいくさ」


 パーティを組んだことで見えた二人のレベルは揃って57。加えてランクも自分より高く4だったはず。それでも同じパーティを組めているのは装備品とスキルの組み合わせによってパラメータの差を僅かながらも埋められていること以上に、他のメンバーのレベルが二人よりも高く、よりバランスが合わせ辛いという事実があるからだ。


「大丈夫です! パラメータなんて正直飾りですから」

「まあ、確かにそうなのかも知れないけどな」


 これは最近思うようになってきたことだ。

 勿論パラメータが高いに越したことは無い。けれどそれが全てかと問われれば違うと言える。例え攻撃力が高くとも攻撃を当てたられなかったら意味が無いように、結局はそのパラメータを持つキャラクターの使い方次第ということ。

 そして相手がモンスターであることの多い現状としてはモンスター上回る能力値さえあればそれ以上の数値は過剰なものというほかない。

 いつか今よりももっと対人戦が活発なれば別の話だろうが、それではRGPではなく格闘ゲームの領域だと思う。


『三人共! 私の声が聞こえているね!?』


 ぼんやりとそんなこと考えていると突然ボルテックが話しかけてきた。


「どうした?」

『どうした? じゃないのだよ。驚かないで聞いてくれたまえ』

「……何?」

『君たちのいるフィールドに異変が起こった』

「はい?」

『こちらの観測が正しければ、まもなく君たちのいるフィールドは崩壊する』

「ええっ!?」

『そこからログアウトしても再開するのはギルドホームになるはずだ。だから速くログアウトしたまえ』

『駄目です!! その状態でログアウトは推奨できません。まずはそのフィールドから脱出を』

「え? 猫の人? 戻ってたんですか?」

『ボルテックさん達から連絡を受けて駆け付けたんです。それよりも詳しい説明をしている暇はありません。速くそのフィールドの外へ』

「えっと、外なら何処でも良いんですか?」

『そこ以外なら構いません』

「……だったら、瞬間移動アイテムを使えば」

『現状そのフィールドは外から隔絶されてます。アイテムを用いた転送は出来ませんし、ログアウトしたとしても再開地点はそのフィールドがあった場所に強制的に固定されているんです』

「どうしてそんなことになっているんだ?」

『詳しいことは後で。さあ、速く。正規の方法でならフィールドから出ることが出来ますので』

「わかった。とりあえず、入ってきた場所から移動すれば良いんだな?」

『はい。できるだけ急いで、お気を付けて』

「ああ。ヒカル、セッカ、よく分からないけど、急ぐぞ」


 通信をそのままに疑問符を浮かべながら俺たちは走り出した。

 目指すは最初に氷海に来た場所。

 ほどなくして俺たちは猫とボルテックの焦りの正体を目にすることとなった。

 古い壁紙を剥がすかのように捲られ切り取られていく氷海。それはそこにある全ての要素をも巻き込み徐々に自分たちへと迫っていた。


「うおおおおおおおおおおおおおお」

「きゃあああああああああああああ」

「……わー」


 巻き込まれるわけにはいかないという直感に従い俺たちは絶叫を上げて必死に走った。

 セッカだけは妙に冷静な悲鳴を上げていた気がするが。

 そうして俺たちは氷海の外に辿り着いたその瞬間に慌てて街への強制回帰アイテムである『転移水晶』を使った。

 肩で息をして地面に手をつく俺たちを見て街にいる人は皆、俺たちが息もからがら戦闘から逃げおうせたと思ったことだろう。それは正しい。だが逃げたのはフィールドの崩壊からだと言いたい気持ちをぐっと堪え、街の転送ポータルを使いギルドホームへと向かうことにした。

 この時もセッカだけはケロっとした顔をしていた気がする。




最後の方は若干詰め込み気味な感じになりましたが、これにて氷海の戦闘パートは終了です。

次は何かの生産か探索でもと考えてますが、どうなることやら。


では、少しでも良かった、次も頑張れと思って頂けたのならブックマーク、評価をお願いします。ちょっとずつでも増えるポイントが作者の意欲向上とモチベーションアップに繋がってますので。

いつもお読み頂いている皆様に謝辞を込め、また来週です。


追伸。もうすぐPVが7000000に到達しそうでした。

これも皆様のおかげです。ありがとうございます。

目指せ一千万。ですがまずは次の八百万。頑張ります。


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