幕間 樹上の町―木工の町
オーガ討伐のクエスト報酬である通行証を見せると町の前にいる門番が大木を伐り出して作る大型の柵を動かした。
滑車を伝って降ろされている縄を引っ張ることで左右に分かれ町の入り口が現れたのだ。
奥に見える町はこれまでいた最初の町とはかなり違う。
樹上の町という名前の通り、大樹の上に家屋が作られている。これはログハウスというよりもツリーハウスというものなのだろう。
木で出来た建物に、木で出来た階段。そのどれもが大樹の枝に続くように造られている。
「これが……」
初めて目にする景色に心奪われてしまう。
行き交うの人はNPCが殆ど。俺がオーガを攻略してから僅か一日しか経っていないとはいえこの町で活動しているプレイヤーの数の少なさに驚きを隠せない。
「お久しぶりです。お客サン」
遥か上にある家屋に目を奪われながら歩く俺に誰かが声を掛けてきた。
聞こえてきた声は機械を通したように籠っていて、男性か女性かの判別すらつかない。思わず避けてしまいそうになるこの声に俺は聞き覚えがあった。
「アンタか。驚きだな、もうこの町に来ていたなんて」
「はっはっは。商人は何事も先をいくのですよ」
仮面の奥の目が笑う。
目深くにフードを被るこの人物は最初の町で出会った露店の主だ。
「その顔はワタシがここに居ることを知って来た、という訳ではないようですね」
「まあな。俺はアンタがここに来れること自体知らなかったからな」
この町に来ているということは露店の主もオーガ討伐クエストをクリアしたということ。
当然クリアしたのが俺たちだけではないことは予想できていた。
討伐のために霊石を武器強化に使用しなければならないことも誰にも言わなければ知られることはない。俺が話すまでリタがその事実を知っていた様子は無かったのだから攻略サイトや掲示板にもまだその情報は流れていないのだろう。
「で、アンタはここで何をしているんだ?」
樹上の町は別名『木工の町』とも言われている。
それは見ても分かるようにこの町が木材の流通が頻繁に行われていることが由縁となっていて、さらには木材を使用した加工職人も数多く滞在していることから言われるようになったらしい。
「ワタシは商人ですから。ここに来たのは買い付けですよ」
この町に流通している木材は最初の町には出回っている数が少ない。それを使って行う強化は魔法職に、何も加工されていない木材は生産職に需要があるのだろう。
「買い付け、ねぇ」
「はい。お陰様でいいものが手に入りましたよ」
「ほお」
「どうです? 見て見ますか?」
「そうだな。頼むよ」
「少々お待ちを……」
大通りから外れ、木々の間に出来ている小道に座り、露店の主は見覚えのある布を地面に広げた。
瞬時に並んでいく品物の数々。そこには見たことの無いものが所狭しと並んでいる。
「さあ、ごゆるりと見てくださいな」
露店の主が両手を広げ口元だけで笑いを作る。
並べられている物の多くは商品として形が出来ているものが占めている。細かな彫刻が施されている指輪や動物をかたどったチャームが付けられたネックレス。胸に着ける金属製の鎧に木で出来た靴。そのどれもが一流の職人が作ったと思われる物ばかりだ。
自分でアクセサリや剣銃の強化をするようになって分かることだが、どこでこれほどの物を作れる生産職のプレイヤーと出会いこれほどの数を手に入れることができたのだろう。
一つづつ詳細な性能を見ようと手を伸ばしてみても、不思議なことに一つとして確認する事が出来なかった。
「気になったものがあればお教えしましょうか」
「そうだな……これはなんだ?」
俺が指定したのは一つの腕輪。
他の商品のように華美な装飾は施されていないが、不思議と引き付けられるものがある。
「それは魔法の腕輪ですね」
「は?」
名前はとても分かりやすい。分かりやすいが、何をするための腕輪なのかが全くといっていいほど分からない。
魔法を宿した腕輪なのか、それとも魔法を使うための腕輪なのか。
「これを装備したプレイヤーは無属性の魔法を一つ使うことができるという代物です」
「無属性の魔法?」
「はい。自分のMPを攻撃魔法として撃ち出すことが出来るようになるのです」
イメージとしては光の玉を撃ち出すのと同じだろうか。
近距離武器を主に使うプレイヤーには使える代物なのだろうが、銃形態と剣形態を使い分けられる俺には無用の長物だ。
「そうか。いらないな」
聞くだけ聞いて断るのは冷やかしのような気がして嫌なのだが、いらないものを買えるほど金銭的余裕など無い。というよりもここで何か買い物ができるほどの金額を俺は持っていない。
なし崩し的に商品を見ることになったのだが、それを思い出したことで若干の居心地の悪さが生まれた。
「他にはなにか用はありますかな?」
「いや、今はいいよ」
他にも聞いてみたいものもあるが結局は断るのだ。これ以上話をするのは居心地の悪さを助長させるだけだ。
「では、再会を祝してこれを」
露店の主が別の腕輪を差し出してきた。
「これは?」
「この腕輪は素体です。これに細工を施すことで新たな腕輪となる」
この言葉を示すように腕輪には何一つ彫刻も装飾も施されていない。元の原材料が木材ということだけは分かるがそれが何の木を切り出して作ったものなのか、そもそもこの形にしたのは誰なのか、詳細を表示させることが出来ない今はそれを知る手段がないのと同じ。
このまま装備したとしてどのような性能があるのかも分からないのだ。
「お客サンは≪細工≫が出来るのでしょう?」
「まあな」
どうして俺が≪細工≫を使えると分かったのか知らないが、バレている以上隠す必要はない。
「でしたら尚更これを受けとっていただきたい」
未だ戸惑って受け取ろうとしない俺にもう一度腕輪を差し出してきた。
「ワタシはお客サンがこの腕輪をどのように変化させるのか、それが知りたいのです」
これまで一度も見たことの無いくらい真剣な眼差しを向けてくる。もはや露店の主は俺を相手に商売をしようとすら考えていないように思える。
俺がこの腕輪をどのように作り変えるのか。露店の主の興味は既にその一点にだけ向けられているようだ。
黙って腕輪を受け取る。
するとさっきから何をしても現れなかった腕輪の詳細なデータを記した画面が表示された。
『無銘の腕輪』効果はMIND+3。
マオから貰った『空白の指輪』と同じくこれ自体には基本的な性能しかない。露店の主の言葉通りこの腕輪は俺が細工を施すことで別の姿と名前に変わるのだろう。
「それではワタシはこの辺で失礼します」
広げられていた布を畳むと同時に並べられていた商品も姿を消した。
「次はお客サンが腕輪を完成させた頃にでも、お会いしましょう」
去っていく露店の主を見送って俺は当初の目的通り、樹上の町見物に戻ることにした。
手には渡された無銘の腕輪がしっかりと握られている。燦々と輝く太陽に腕輪をかざしてみると、ちょうど太陽が腕輪の輪の中に収まるように見える。
「やること……いや、やりたいことが山積みだな」
一人になった俺は町並みを見上げて歩き続けた。




