ep.09 『リベレイト・ブレイク』
お待たせしました。今週の更新です。
「セッカぁ-」
氷を突き破り現れたアイス・サーペントに飲まれたセッカの姿。
細かく砕け辺り一面に舞った氷の欠片と極寒の水飛沫によって真っ白に染められていく中を俺は駆け出した。
手の中にあるガン・ブレイズは剣形態へ。
アイス・サーペントに近づくほどにゴロゴロと落ちてくる氷の塊を乱暴に弾き飛ばしならが走る。
「このっ、セッカを放せっ! <サークル・スラスト>」
近づかないと当たらない。けれど近づくには足場は砕け落ちた氷の欠片だけで、今も絶えず氷の塊が雨のように落ちてきている。
けれど迷っていられる時間などあるわけがない。
落ちてくる氷ごとアイス・サーペントを攻撃するために範囲攻撃のアーツを使う。
描かれるのはコンパスで引いたような真円ではなく、卵のような楕円形の光の軌跡。
普段立ち止まりコマのように軸を決め周囲を薙ぎ払うそれも移動中に使うとこうも歪んでしまうのか。しかも落ちてくる氷の塊を防ぐために水平ではなく、若干上に向かって放ったからこそより歪んでしまっていたのだろう。
だからなのだろうか、この一撃では氷の塊の全てを防ぐことは出来なかった。せいぜい自分の前方と左右にある氷の塊を弾いた程度。そうなると当然俺に当たる氷の塊もあり、それは一つ一つが砲弾のように俺のHPを削っていった。
「ぐっ、駄目だ、届かない――っ!」
体に当たる氷の塊が徐々に俺の攻撃の勢いを殺し、アイス・サーペントの体まであと一歩といった所で完全にアーツの光は消え失せてしまっていた。
ガクンッと目に見えて勢いを無くした俺はアイス・サーペントの近くに浮く氷の上に着地する。
ここから別のアーツを発動させるつもりで構えるも、アイス・サーペントが身動ぎする度に波が立ち、乗っている氷ごと後ろへと押し込まれてしまう。
「セッカ!!」
もう一度名前を呼んだ。
届かなくなってしまった手を伸ばしながら、否応なく離されてしまった現実を悔やみ、仲間を助け出せないという事実に打ちひしがれた。
「大丈夫です!」
傍から見ても分かるくらい余裕を失ってしまっていたのだろう。慌てふためく俺にヒカルが声を掛けてきた。それもこれまではパーティ通信で済ませていたのにもかかわず、直接俺の元へと駆け寄って来てまで。
「落ち着いて下さい。もう一度言いますよ。セッカちゃんは大丈夫なんです」
「どういうことだ?」
力強く言い切ったヒカルに訊ねる。
するとヒカルは安堵しきった表情でアイス・サーペントを見つめ、
「あのくらいの攻撃ならあのセッカちゃんには効きませんから」
と言ったのだ。
「そう、なのか?」
「そうなんです!」
自信満々なそのもの言いに、少しだけ冷静さを取り戻した俺はようやく視界の左端にあるセッカのHPゲージを確認することを思い出した。
すかさず見てみるとそのHPは俺の想像とは裏腹に減少してはおらず、減少を続けているのはMPの方だけだった。
『……でも、助けてはほしい、かも』
安心して熱くなっていた頭を冷ますために深呼吸している最中、セッカのいつも通りの声が届く。
「わかった。ちょっと待ってろ」
『……ん。待ってる』
「ヒカル。確認だけど、セッカはアイス・サーペントに喰われたわけじゃないんだよな」
「多分、噛みつかれたままなんだと思います」
「何でそんなことになってるんだ?」
「えっと、その、単純に硬すぎるからだと……」
「硬すぎる? セッカがか?」
「はい」
『……そう。今の私はすっごく硬い、の』
疑問符を浮かべる俺の前で苦笑するヒカルとの会話を聞いていたセッカが肯定する。
「とにかく、行くぞ」
冷静さを取り戻してみればアイス・サーペントへと続く道は確かに存在していた。
一見するとそうは見られないが大小様々な浮かぶ氷の塊が道としてあったのだ。
今度は無理矢理前に出ようとは考えていない。
アイス・サーペントの挙動を見極め、着実に近づき、そして、正確に攻撃する。
目標は未だ上を向いたままの頭部、ではなく、水面から出ている胴体。
上を向いたまま攻撃してセッカを解放させようものならば、運悪く丸呑みされる恐れがある。それを回避するためにも一度頭を地面に着けさせなければならない。
「ここまで近づけたなら――<アクセル・スラスト>!」
速度特化の一撃を叩き込む。
降ってくる氷も時間と共に少なくなり、今ではわざわざ回避するほどじゃない。本来ならばそうなった段階で水に潜り、全身の氷を再生させていたはず。それはこれまでの戦闘でも明らかだ。
それが出来ていない理由は考えられる限り一つしか無い。未だ噛み砕くことも飲み込むことも叶っていないセッカの存在故。
「ヒカル!」
「任せて下さい。<パラライズ・エッジ>」
俺の一撃は当然倒すに至らない。けれど確実にダメージを与え怯ませ、ヒカルの攻撃が麻痺を引き起こす。
モンスターは一度受けた状態異常は本来抵抗力というものが上昇し、掛かる確率が減ったり、発現するまでに必要な攻撃回数が増えたりするものだ。ヒカルのアーツも例外ではなく、一度のアーツでは麻痺が掛からず、また攻撃回数も何倍にも増していた。
連続した状態異常攻撃を受けてようやく体を硬直させたアイス・サーペントはゆっくりと頭を垂れさせる。
「ユウ! お願いします!」
「ああ! <インパクト・スラスト>」
今度は威力特化。
徐々に倒れてくるアイス・サーペントの腹部から首を目掛けて切り上げる。
アイス・サーペントから砕け落ちるポリゴンの破片と氷の破片が血のように舞い、その痛みに悶えるかのように悲鳴を上げた。
氷の大地を振るわして倒れたアイス・サーペントが麻痺を受けているにもかかわらず口を開いた。
するとコインを入れてレバーを回すカプセルトイ自販機の景品みたいにコロコロと転がり出てくる。うっすらと発光するそれは当初中が見通せないままだったが次第に光が弱まり内部が見えてきた。
「……ありがと」
のんきに手を振っているセッカが光の球の中にいる。そして一瞬で光の球が消失するとセッカは急いでアイス・サーペントから離れ、俺とヒカルの元に合流したのだった。
「さて、これまでで一本はHPゲージを削ったけど、まだ二本あるか」
「……ん、大丈夫。私たちなら、勝てる」
「そうですよ。私もセッカちゃんもユウが知っている頃よりもかなり強くなっているんですから」
「ああ。そう、みたいだな」
そうだ。セッカのあの防御力もヒカルの麻痺を的確に与えるアーツも俺が知っている二人には無かったものだ。
だからこそ二人の言葉には確かな説得力があったし、俺も自然とその言葉を信じることができた。
「わかった。勝つぞ、二人とも」
「はいっ」
「……ん」
それぞれの武器を構えアイス・サーペントへと向き合う。
麻痺が消え、またしても海の中へと消えたアイス・サーペントは直ぐに現れた。
体や頭部の周りの氷は再生してはいるがHPは回復してはいない。そのことを示すように氷の下の体には俺たちの攻撃で与えた傷が残ったまま。
「作戦は無い! もう一度言うぞ。二人とも自由に動いてくれ」
「……ん。また殴る」
「お、おお。何だか過激になったな」
「私も。麻痺が効かなくなったって、無理矢理にでも毒状態にしてみせます!」
「ヒカルも逞しくなって」
俺が感心するよりも速く前に出た二人に続き、俺もアイス・サーペントへと向かう。
一本目のHPゲージが消失したことで行動パターンが変化したらしく、それまで水中と水上を往復し攻撃離脱を繰り返したアイス・サーペントは今や頭を出したまま二種の息吹を使い分け攻撃を仕掛けている。
二種の息吹の内の一つは先程も見せた高圧力の水。縦横無尽に放たれるそれはプレイヤーが振るう剣のように俺たちに襲いかかる。
そしてもう一つの息吹。それが氷の塊を散弾のように飛ばしてくるもの。
「当たるかっ――って言いたいけど、これは避けるのもキツいな」
「……ん、私に任せて。<ヘヴィ・シェル>」
「それがさっきのアーツか」
氷の散弾が放たれた直後、俺とヒカルの前に出て光の殻を纏ったセッカは先程アイス・サーペントの咬みつきを耐えていた姿になっていた。
自身の何倍もの大きさに膨れ上がり前に立ったセッカに阻まれて氷の散弾は俺たちへは届かない。
「……攻撃が止まった。今」
「任せろ! <インパクト・ブラスト>」
刹那、銃形態に変えたガン・ブレイズの引き金を引く。
撃ち出される閃光を受けてアイス・サーペントが大きく仰け反る。
「ヒカル!」
「分かってます! <ヴェノム・エッジ>」
無防備を晒す腹に次々とクナイを投げる。
その一つ一つが猛毒を含み、アイス・サーペントは徐々に毒に蝕まれていく。
「セッカちゃん!」
「……ん。<ヘヴィ・クラッシュ>」
光の殻から飛び出したセッカの攻撃は打ち上げるのではなく、打ち込む一撃。
セッカの持つメイスを覆う光が巨大なハンマーと化し、アイス・サーペントの腹部を穿った。
三人の波状攻撃はアイス・サーペントのHPを大きく削る。
苦悶の呻き声を上げ水の中に潜ろうとする前に、俺は咄嗟に前に出ていた。
「<アクセル・スラスト>!」
速度特化の斬撃アーツの勢いに乗って更に前へ。
「<アクセル・スラスト>」
もう一度。さらに前へ。
まるで俺たちから逃げるように水中へと潜ろうとするアイス・サーペントに狙いをつける。
「<アクセル・スラスト>!!!」
ガン・ブレイズを水平に構え突き出すもアイス・サーペントの方が素早く無残にも空を切った。
「……まだ」
「セッカ?」
「……足場なら、ある」
「ユウ! これを使ってください!」
「ヒカル!?」
「……<ヘヴィ・インパクト>」
「私は<チェイン・エッジ>です」
セッカが近くの氷塊を殴り飛ばし、その氷塊にヒカルがクナイを投げて足場を作る。
一瞬の出来事で作り上げられたそれは二人が言うように確かな足場として体を成していた。
「ユウさん!」
「……ユウ!」
「おう!」
強く氷の地面を蹴りジャンプする。そしてそのまま二人が作り上げた足場も伝い更に上へと跳ぶ。
首から上を完全に水の中に潜らせたアイス・サーペントの上へと出た俺はガン・ブレイズの柄を強く握り絞め、
「<リベレイト・ブレイク>!!」
試練を超え変化した必殺の一撃を放った。
俺の持つ必殺技の威力はそれまでに使用したMPの量によって威力を変える。そのため開始直後の一撃としての威力は必殺技にしては威力が低く、強力な通常のアーツを使った方がマシなくらいだ。
しかし、戦闘も半分以上進めばその前提は覆る。戦闘を経ていくつも、何度も使用したアーツは常にMPを消費する。消費すればこそ威力が上がる。以前の俺の必殺技はそのためにMPを注ぎ込む必要があった。けれど、今なら。今の必殺技なら問題ない。
使い続けたアーツは俺の力になる。
放たれる漆黒の斬撃が実体化し、巨大化し、アイス・サーペントを斬り裂く。
「おおおおおおおォォォォ!」
ガン・ブレイズを伝い返ってくる力を感じながら思いっきり押し込む。
アイス・サーペントの体を覆っていた氷が砕け剥き出しになる胴体に漆黒の刃が食い込んでいく。
「斬り裂けぇ!!」
振り抜かれた一撃が細い光となって消えた。
「流れ星みたいです」
「……ん。倒せた、の?」
「いや……たぶん…」
渋い表情をしてアイス・サーペントが水の中へと沈んでいくのを見届けた。
しかし、その沈む姿と同時に見えていたHPゲージはまだ残っていた。
「まだ、終わっちゃいないはずだ」
たった一度。その一度しか使えない必殺技を用いてもなお倒すには至らなかった相手の再出現を待つことになった。
そして暫しの空白の後、アイス・サーペントが姿を現わした。
「えっ!?」
ヒカルの戸惑う声がした。
「……何?」
セッカも同じように戸惑っている。
それもそうだろう。
水の中から姿を現わしたアイス・サーペントは全身を完全に氷に包み、まるで太古の昔の姿を残した琥珀ような形で出てきたのだから。
「――っ!」
氷の琥珀の中にいるアイス・サーペントの上には勝手に減少を続けるHPゲージがある。
それは一度も見たことも無いもので、俺はここに来てようやく思い出していた。この場所が尋常ならざる場所になってしまっている事実を。
氷の琥珀に亀裂が入る。
それはまるで、琥珀に封じられている何かが自らその束縛から逃れようとしているかの如く。
硝子の割れるような音と共に氷の琥珀が弾け散る。その中から現れたのは俺たちが今の今まで戦っていたアイス・サーペントとは別物だった。
いくつも連なった正方形。一見すると蛇に見えるそれの頭部と胴体の一つに該当する正方形にはそれぞれ大きさの違う三角錐が杭のように突き刺さっており、それまでにあった生物的な印象は完全に消失していた。代わりに受けるのは得もしれない不気味さと頭部はあっても顔に該当する箇所が無い故に感じる威圧感。
「来ます!」
蛇の肉体である正方形がそれぞれ不規則な回転を始める。動いていないのは杭が刺さった頭部と胴体部分だけ。
金属同士が擦れ合う金切り音がそれの鳴き声のように響き渡る。
攻撃方法もそれまでとは異なり水の息吹や氷の散弾のようなものではなく、光の粒を周囲に浮かべ、そこから放たれるのは属性の付与されていない無数の光線。
純粋な魔力による攻撃は俺が使うガン・ブレイズの銃形態の攻撃に酷似している。だが、あまりにも無機質な正方形の蛇の攻撃は自分が使うそれよりも何倍も異質なものに見えた。
「何だ、こいつは――」
銃形態のガン・ブレイズを向けて愕然とした。
俺たちが戦っていたアイス・サーペントの名称が変化して初めて目にする『スクエア』になっていたこと、そして名称の下にあるHPゲージが真っ黒になっていることに。
中断されていた戦闘が再開される。
異常にして異質なスクエアという名のモンスターが襲いかかってきたのだ。
皆さんのおかげで日々ちょっとずつポイントが増えていき作者として嬉しい限りです。
そしてまたしても続いて申し訳ないですがこの戦闘はあと一回くらい続く予定です。
次回予告的に言えば、前哨戦である変化前の戦いは終わり、次回はある意味戦闘の本番である変化後のいく末や如何に。って感じでしょうか。
では、本作が少しでも良かったと思って頂けたのならば是非ブックマークや評価をお願いします。
ポイントが増える度、作者のやる気が増していきます。