ep.07 『氷海』
お待たせしました。今週の更新です。
「はぁーくしょん。あー、寒い……気がする」
日を改めて翌日。俺は猫に提示された三つの場所から氷海に来ていた。
「大丈夫ですか?」
「……風邪?」
「違う違う。ほら場所も場所だからさ、気分的にくしゃみが出ただけだよ」
「そうなんですか?」
「まあな」
同行しているのはヒカルとセッカの二人。何故この二人と行動を共にすることになったのかといえば、単純に提示された三ヶ所全ての攻略を同時進行することになったからだ。
本来万全を期すのならば一つのパーティの人数は最大数の四人であるべき。勿論人員が足りないとか事情があれば別だが、俺たちギルド『黒い梟』ならば問題ない。余剰な人員が出てしまうとはいえど、二パーティ分ならば最大人数、残る三人で一つのパーティ組むことで計三つのパーティを組むことが出来る。
しかし猫が示す場所に挑むときはキョウコさんとボルテックの二人はギルドに残りナビゲートの役目を担当することになっているために最大人数のパーティを作ろうとすれば余るのは僅か一人となってしまう。流石に未攻略段階で情報が揃っていないようなダンジョンに挑むのにソロはないだろうということでダンジョンに挑める人員を均等に分けて各三人構成の三パーティが出来上がったというわけだ。
挑む場所を決めたのはそれぞれの判断。どれが良いかで決めたのではなくどれが自分にとって不利かで決めたところがある。
幸か不幸が提示された三ヶ所は全て特徴が際立っていた。とはいえどうしても避けたい場所があった人は少なく、大抵がどこでもいいと言ったのだ。
それならばとどうしても避けたい場所を告げた人に合わせてパーティを組み、結果火山に向かったのがハルをリーダーにしてライラとフーカを仲間に加えた三人。氷海に向かったのが俺をリーダーにしてヒカルとセッカの三人。大穴に向かったのがムラマサをリーダーにしてアイリとリントの三人がパーティを組んでいる。
そしてその三パーティを補佐するためにギルドホームにてキョウコさんとボルテックがいる形だ。
「にしても本当に寒いな」
「そうですか?」
「……そう?」
「そりゃここまで氷に包まれた場所に来るのは初めてだからな。ってか二人は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫ですよ」
「……私も。これ、貰ったから」
そう言ってヒカルが指差したのは自身の腰に提げられた小さなチャーム。『耐寒のチャーム』という名のアクセサリは俺とヒカルの腰にも同様に提げられており、有する効果はその名の通り『耐寒』。それに加えて俺たちはここに来る前に『耐寒薬』という名のアイテムも使っていた。『耐寒薬』はこの氷海のように寒さによるバッドステータスやダメージを負うようなエリアに向かう時に使う一般的な物で俺もギルドホームで栽培している素材を使うことで作成することができるし、町に出れば他のプレイヤーが作った物や若干性能は落ちるがNPCショップで売っている物もある。それを各自十本ずつストレージに所持している。
『耐寒のチャーム』を作ったのも俺だ。
材料は残念ながら持っていなかったのでギルドの倉庫にあったものを使わせてもらった。
作り方は簡略化されているからか思ったよりも簡単で、使用する原材料の切り出し、形成、着色、そして保全。スキル≪細工≫の影響からかそのどれもが自分が思い描いた通りに行うことができた。
そうして完成した『耐寒のチャーム』の形状は金属製の枠の中に木製のプレートが収まっているものとなっており、プレートに刻まれた模様は暖かな焚き火を彷彿とさせるものとなっており、金属製の枠も炎を象ったものにした。
総じて熱をイメージして暖かいものになるよう作った結果、付与された『耐寒』は比較的効果の高い物になっており、この氷海で受けるフィールドの影響を最小限に留めることができていた。
「とりあえず来たはいいが、これからどうすればいいんだ?」
ここに来て、いや、来る前から最初に気になったことがある。それはここが氷山とかではなく氷海と呼ばれていること。つまり、足元の確認だ。
降り積もった雪の上を歩いたことはある。スキーに行き雪山を歩いたこともある。だが、氷で覆われた山を歩いた経験など無かったし、まして氷海ともなれば何かの映像か創造物でしか見たことはない。だから氷で覆われた地面にどの程度の耐久力があるのかに不安があった。
そういうわけで俺はそれほど奥に行ってしまわないよう気をつけながら近くを適度に歩いて回っていたのだ。
足場の安全を確認した後に立ち止まり周囲を見渡した。
「……さあ?」
「ははは。見事に何も見当たりませんねー」
首を傾げるセッカや、遠くを見渡すような素振りをするヒカルが言うように近くには何もない。あるのはただ一面の氷だけ。
現在の氷海の状況を鑑みればプレイヤーが居ないことには納得できるが、他の存在が居ないことに関しては疑問を感じる。中でも顕著なのがモンスターが一体も現れないことだ。
これまでもモンスターの出現が限られていたダンジョンは何度も経験してきた。しかし大抵そう言うダンジョンでは強力なボスモンスターが立ち塞がったのだ。
「まずは奥に進んでみるか」
「はい!」
「……ん、わかった」
氷で覆われた大地に進むべき道はない。
目指すべき場所もなければ、倒すべき何者かもいない。
ただ静寂が支配する氷海を歩く俺たちは徐々に不安を募らせ始めていた。
「人がいないとなんか不気味ですね」
何気なく呟いたヒカルの言葉にセッカが深刻そうに頷いた。
「ダンジョンらしいダンジョンも見当たらないけど、猫が言うにはボスモンスターの討伐ってわけじゃなさそうだったし」
「……そう」
「はっきりとダンジョンだって言ってましたもんね」
「ん?」
昨日の記憶を辿りながら言うヒカルの言葉に違和感を感じ思わず足を止めた。
「どうかしたんですか?」
「……それ、違うと思う」
「どういうことなの?」
「確かあの時に猫が言ったのはエリアの挑戦だ。そこがダンジョンであるともフィールドであるとも明言していない!」
咄嗟に二人の顔を見る。
するとそこには自らの気付きに驚いた顔をしている二人がいた。
「そうなると私たちは何のためにここまで来たんでしょうか?」
「何だろうね」
「……徒労?」
「うぅ」
障害物がないからだろう。
想定していたよりも早くこの広大な氷海の中腹にまで辿り着いていた。
そんな所にまで来て意味が無いかもしれないという事実に気がついてしまったのだ。どっと押し寄せてくる疲労感は氷の上であるにもかかわらず思わず蹲ってしまうほどだった。
「他のみんなも同じなんでしょうか」
「うーん、どうだろうな。案外、大穴に潜ったムラマサたちの方はちゃんとしたダンジョンだったりするかもよ」
「……それなら火山は?」
「そこもそこで氷海とは違う進みづらさがありそうだけど」
「……ハルたちなら、問題ない?」
「そんな気がするだろ」
「……うん」
「ですね」
俺が一年間休止する前も前、それこそこのゲームがリリースされる前のベータテスト時代から今に至るまでの長い間の経験がハルたちにはある。
その経験は俺と比べるまでもないくらいに豊富で、手詰まり感のあるエリアの攻略に関するノウハウをいくつも所持しているはずだ。
仲間は心配したとしても、それ以上に信頼している。
だから俺は自分たちのことだけに集中していればいい。
「ま、そういうわけだ。俺たちは俺たちで何をすればこのエリアを攻略したことになるのか考えようか」
氷海といえど吹雪いているわけではない。
空は晴々、風もない。日は高く、外敵も確認されていない。
残念なのは周囲にあるのが氷だけということ。適当に座ろうとしても近くには椅子の代わりになるようなものはなく、ならばと地面に座り話そうとすれば当然氷の冷たさが自分たちの体を冷やしてしまう。ダメージはなくとも平然と会話できるような環境ではない。
仕方なく立ち話をするしかないわけだが、残念なことにこの短時間で名案など浮かぶはずもなく、俺たちは氷の上で大きな溜め息を吐いた。
「闇雲に歩き回って事態が好転すると思う人」
挙手を求めるも上がる手はない。わかってたけど。
「ならここでじっとしてるか?」
「……それは、嫌」
「だよなぁ」
きっぱりとした拒否に肩を落すも自分も同感であることを視線で伝えると首肯が返ってきた。
「せめてモンスターでも出てくれば気分転換になるものの…」
「影も形もありませんね」
「そうだなぁ」
これだけ見晴らしの良い場所だ。モンスターが接近してくれば嫌でも解る。
警戒を怠らないのは当たり前だがこうも静かだとついつい気が緩む。
その結果がああなるのだと知っていれば、少なくともまだ何とか出来たかもしれない。
しかし後悔先に立たずとはよく言ったもので、俺がそのことに気付いた時には既に足元の氷に巨大な亀裂が入り、そこから巨大な顎が俺たちを飲み込むべく姿を見せた瞬間だった。
「きゃっ」
「げっ」
「……ん」
巨大な顎の正体。
それはこの瞬間まで息を殺し俺たちにその存在すら気付かせなかった氷海に潜む巨大なモンスター。
鼻先から尾に至るまで、全てが氷のみでできた巨大な蛇『アイス・サーペント』。
ガン・ブレイズの銃口を向けること叶わず、俺がその名を知るのはまだ先。氷海の一面に張った氷が砕け途切れ途切れの足場へと変化し、戦闘が始まった後のことだった。
ポイントがようやく一万を超えそうです。
長かった道程。とはいえまだまだ先は長く、先人達は自分の何倍も凄いですが、この一歩が作者の励みの一つです。
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