ep.06 『失い得るもの』
お待たせしました。今週の更新です。
二頭の竜との戦闘が終わり訪れた静寂の中、俺の体を包み込んでいた鎧が崩壊していく。
竜化状態から通常の状態に戻った俺は緊張の糸が切れたかのようにその場にへたり込んでしまった。
「はぁはぁはぁ……ふぅ」
荒い息を整えようと深呼吸することでようやく強張っていた体から力が抜けた。
ずっと握ったままだった銃形態のガン・ブレイズがゴトッと音を立てて地面に転がる。いつもならすぐにそれを拾うのだろうがこの時ばかりは手を伸ばす気力が湧いてはこず、またこれ以上モンスターが現れる気配が無かったためにそのままにして気力が回復するまでじっとしていることにした。
「だぁー、疲れた-」
脱力し仰向けに寝転がる。
その際、天井や壁を見渡すと先程の戦闘で生じた損傷がいつの間にか消えていることに気がついた。
フィールドやダンジョンでも基本的な施設は破壊されても即座に修復される。他のプレイヤーが同じ相手と戦闘する時や同じクエストを進める時に支障が出ないようにということだが、この場所でもそれが行われるとは思っていなかったから驚きだ。
俺の次に誰かがあの二頭の竜と戦うことになるのだろうかとどれだけ考えてみても俺はどうしてもそう思えなかった。
自惚れでも自分を特別視するというわけでもなく、純粋にあの二頭の竜は俺だからこそ戦うことになった相手である気がして仕方ないのだ。
などと考えている間にゼロに近くなっていた俺のMPは徐々に自動回復していき、反面減少したままのHPはポーションを使うべきなんだろうと思い徐にコンソールを出現させて数あるアイテムの中からすぐに取り出せるようにショートカット登録してある物ではないHPポーションを選択した。
瞬間俺の手の中に現れる小瓶の蓋を片手で器用に開けて口に運ぶ。
乾いた喉を潤す水のように流れ込んでくるポーションはゆっくりと俺のHPを回復してくれる。その回復の速度や量が戦闘中に使用したものに比べて少ないのは単純にポーションの等級の違いがあるからだ。
俺が戦闘中に使用したのは一般的に『特級ポーション』と呼ばれるもの。回復アイテムであるポーションの中でも上位に位置しており、回復量も多く回復速度も速い。それは俺が所持していた物の中でもとっておきでいざという時のために使わずにいたやつだ。それに反して今使ったのは『中級ポーション』。回復量はそれなりにあるが回復速度はそれほど速くないという代物で戦闘中に使うにはHPの総量がそこまで多くないプレイヤーが適しているとされているものだった。
パラメータを下げてプレイするつもりだったからこそ買い集めたものだったが、あの戦闘では使えないと割り切りストレージに貯蔵されていたのだ。
じっと回復を待ちHPが七割近くにまでなったことを見届け体を起こす。それでも立ち上がろうという気持ちが沸いてこないのは未だそれだけ精神が疲弊しているからか。
「っと」
転がしていたガン・ブレイズを取り、腰のホルダーへと収める。
そして地面に座ったままもう一度コンソールを呼び出した。
「あぁ、やっぱ消えたまま、か」
隠しきれない落胆が込められた声が虚しく響く。
消えたのは戦闘中だけかもしれないという淡い期待を抱いていたが、それは無残にも砕かれてしまった。
コンソール上に出現させたアーツ一覧も今や不自然な空欄が目立つ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『使用可能アーツ一覧』
<インパクト・スラスト>
<アクセル・スラスト>
<サークル・スラスト>
<インパクト・ブラスト>
<アクセル・ブラスト>
<オート・リロード>
<>
<>
<ブロウ>
<>
<>
<>
<>
<ブースト・ハート>
<>
『必殺技』
<>
<>
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
習得していたアーツが半分近くになっていたことに加え二つの必殺技までもが消えていた。
「これは、どうなるんだ?」
思えばアーツが消えたなどという話は聞いたことがない。
プレイヤーが培った物、集めた物が消えたとなればゲームシステムの異常かバグが発生しているかのどちらか。正式なゲームの内容として自らが望まないアーツが消える事態ともなれば不評を買うこと間違いなしのはずだ。
「スキルが消えなかったのがせめてもの救いだってか?」
誰に向けた不満なのか解らないまま口にしたそれに返ってくる声はない。それも当然。ここにはもはや自分以外には誰もいないのだから。
アーツが発生していないスキルというものは珍しくない。そもそもスキルレベルが低い、あるいはアーツ習得の条件を満たしていないなど、原因を上げればキリがない。だから俺のスキルもその状態に戻ったのだと思えばまだ納得できるかもしれない。
手を伸ばしコンソールに表示されている空欄のアーツに触れると一つずつ空欄が消失していく。
結果として俺の元に残ったのは、
<インパクト・スラスト>
<アクセル・スラスト>
<サークル・スラスト>
<インパクト・ブラスト>
<アクセル・ブラスト>
<オート・リロード>
<ブロウ>
<ブースト・ハート>
の八つ。
自分の戦い方としては変わらないような気がしなくもないが、少なくとも消えた二種の自己強化アーツは俺の戦闘力には決して少なくはない影響を及ぼすはずだ。
「ま、仕方ない、か」
この試練を受けると決めたのは自分だ。その結果がこれなのだとすれば諦めるしかない。だが、納得はしないし、したくない。
不満と微かな憤りを感じたことで込み上げてきた気力はゆっくりと俺の体を動かす。
立ち上がり一人残されたこの場所を探索しようとしたその瞬間、またしても俺の影が二方向に伸び、その影から二頭の竜が姿を現わしたのだ。
「――なっ」
また戦闘が始まるのかと戦慄を覚え身構える。
竜化はもう出来ない。
アーツも減らされた。
なのにまた戦うことになるのかと思えば、勝算が浮かんでこない現実に挫かれそうになる。
『マスター。何か変ですよ』
のんきな声を出すのはガン・ブレイズに宿るフラッフ。
「変って、何がだ?」
『あの二体から意思が感じられないんです』
「え!?」
フラッフが言うように二頭の竜は微動だにせずその瞳にも光が宿っていないのだ。
腰のガン・ブレイズから手を離しフラッフを伴って並び立つ二頭の竜へと近づいていく。
不思議と恐怖はない。
二頭の竜に近づけば近づくほど恐怖とも、また戦意とも違う何かを抱き始めていた。
『マスター? 何をするつもりなんです?』
フラッフが問い掛けてきた先で俺はガン・ブレイズではなく、左手の魔道手甲を差し出していた。
すると浮かび上がる<ブースト・ハート>というアーツと≪マルチ・スタイル≫というスキル。
使い続け進化させてきた≪マルチ・スタイル≫が浮かんできたことで危惧したのは言わずもがな消失だ。しかし、現実に起こったのは変化だった。
≪マルチ・スタイル≫というスキルが消えて空欄になり、そこに<ブースト・ハート>が収まる。アーツがスキルになった瞬間だ。
だが、変化はそれだけでは終わらない。
スキル≪ブースト・ハート≫が≪ソウル・ブースト≫へと変わったのだ。
技から技能へ。それを昇華と呼べば良いのか、初めて目にし耳にしたその現象を前に俺はただ立ち尽くしていた。
それがどのくらいの時間だったのか。
左手を伸ばしたままの俺はゆっくりとその開いたままになっていた手を握り始める。指の一本一本を慎重に折りたたんでいくその様は自分の意思に反してとまでは言わないが、まるで何かに操られるようなその行動だった。
そしてその行動の果て、眼前に佇む二頭の竜が仄かな光に包まれた。
『ままま、マスター! 何をしたんですかぁー』
慌てふためくフラッフが興奮した犬のように俺の周囲を飛び回る。
俺の視線は光る二頭の竜に釘付けだった。
光が完全に二頭の竜を包み込んだその時、竜はそれぞれ二種類の魔方陣へと姿を変えた。
漆黒の竜はその鱗と同じ黒い光によって描かれた竜の紋章へ。
真紅の竜もまたその鱗と同じ紅い光によって描かれた竜の紋章へと。
この二つの紋章は魔方陣と同種の物であり、俺が竜化する時や自己強化のアーツを発動させた時に現れる類いのものだ。
とはいえそれだけでフラッフが慌てるなんてことは無いだろう。フラッフが存外に慌てているのは二つの魔方陣と同様に自身の体にも光が集まっているからだ。それも魔方陣とは違う無色の光。
『ちょ、ちょっと、なんで見てるんですか! この光どうにかしてくださいよ』
「大丈夫、大丈夫……たぶん」
『たぶんって何ですかー』
外着の裾を掴み涙目で訴えてくるフラッフに俺は優しさ満点の眼差しで答える。
慌てているフラッフには悪いが俺はどうしてもこの魔方陣がワルイモノだとは思えなかった。むしろ自分にとって何かしらの良い影響を及ぼしてくれるモノである、そんな気すらしていたのだ。
『あっ!?』
「おっ!?」
短い驚きの声を上げたフラッフと同じモノを見ていた。魔方陣に一際強い光が灯り、生物の心臓のように鼓動を刻み始めたのだ。
そして魔方陣の鼓動が収まるとぼんやりとした光が一際強い光へと変わった。
『マスター! 今度はこっちがドキドキしてますっ』
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。……たぶん」
『またたぶんって言いましたー』
魔方陣と同じように明滅を繰り返している自分の頭の上にある角を指差しているフラッフを一瞥し俺は分かっていると頷いた。
予想していた通り、角の発光もすぐに収まる。
すると魔方陣が弾けるように極細の粒子へと姿を変え、フラッフの角へと吸い込まれていった。
「終わったみたいだな。どうだ? 何か変な感じはしないか?」
『えっと、大丈夫みたいです。っていうか、何がどう変わったんです?』
「解りやすいのでいえば角が違うな」
『え゛、変な形になってますか!?』
「いや、形っていうよりも色だな。右の角は黒、左の角は紅になってるぞ」
残念ながら俺は手鏡のようなものは持ち歩いていない。それこそ拠点やギルドホームに戻れば姿見もあるのでわざわざ持ち歩く必要が無かったのだ。
そういうわけもあってフラッフには口頭で変化を伝えた。黒くなった角といってもフラッフの角は元来黒一色。それでも変わったと判別出来るのはその色が黒曜石のように輝きを有し、紅くなった角はガーネットのように見えたからだ。
「お!?」
『あれ? マスター、今日ってもう竜化出来ないんじゃありませんでしたっけ』
「そのはずだけど」
突如浮かび上がってきた一つの魔方陣。それは俺がこれまでに竜化する時に出現していた竜の姿を象ったものであり、たった今変化したばかりのものだ。
形状も紋様も一緒。だが色合いが違う。
紅と黒が混ざったような感じだが、決しておどろおどろしくはない。夜空を彷彿とさせる黒い宝石の中に煌めく星々のような紅い粒子が混じっているというどこか神秘的な輝きだ。
そんな魔方陣が俺の体を透過し、後には変化した自分がいる。
「竜化したのか?」
徐ろに尋ねたその一言は独り言になってしまった。
竜化している時にはフラッフは外に現れない。精霊器であるガン・ブレイズに宿ることになっているからだ。
そしてフラッフが自分の角の変化を確認できなかったのとは違い、俺は全身が鎧に包まれる変化があるということで鏡などを使わなくとも手や足、体を見下ろすことでその変化の程を確認できる。爪先から指先まで完全に鎧に覆い尽くされている以上は正しく竜化しているに違いない。
けれどこれまでと全く一緒とはならないらしい。
これまでが白い素体に赤い鎧といった感じだったのに対して今は黒い素体の上に紅と銀色の外殻。形状は以前にあった鋭い場所が無くなっておりよりシンプルなものになっている。
左手の魔道手甲も竜化の影響を受けているのか、装備しているといった感覚から本物の自分の腕であるかのように感じられるようになった。
謂わば竜を纏っているという状態から本物の竜へと変化しているような、そんな不思議な感覚だ。
「ん?」
自分の体の具合を確かめるように動いている俺の前に浮かぶ二つの空欄のアーツ。そこに徐々に浮かび上がる文字列。
<レイジング・バースト>
<リベレイト・ブレイク>
それは紛うことなき消失していた必殺技が出現した瞬間だった。
中でも<レイジング・バースト>が竜化状態でのみ使えていた<ブレイキング・バースト>が元になっているものらしく、<リベレイト・ブレイク>が通常状態でも使用できる<シフト・ブレイク>だったもののようだ。
竜化したまま呼びだしたコンソールを見て確認したところ以前の必殺技の特性を多少引き継いでいるらしい。その特性というのは単に威力の蓄積。だが、その方法だったアーツが消えたことによる変化があった。その一つが<リベレイト・ブレイク>が持つチャージ能力。発動から攻撃までの間に消費し続けたMPを攻撃の威力に変換する能力がある。
<レイジング・バースト>に関しては名称以外殆ど変化が見られず、使ってみるまでは分からないがその仕様はこれまで通り、竜化状態で消費したMPを攻撃の威力に変換するもののようだ。
とはいえど名称が変わっている以上、威力か何かに変化があって然るべきだろう。今ではないいつかにそれを実感するときが来るのだろうと先送りした。
「あ、戻るのか」
全身に満ちていた力が抜ける。
そして竜化が解かれフラッフが再び出現したのだった。
『マスター、大丈夫でした?』
「ああ。アーツが消えたのは勿体なかったけどさ、問題はないみたいだ」
『そうですか。良かったですね――って、アレは』
「ようやく戻れるみたいだな」
あっけらかんと笑うフラッフと俺の前にオーロラのような光の扉が出現した。
「戻るか」
『はい!』
光の扉を潜り移動する。その時にはもう俺のMPは全快し、HPもポーションで回復した分はしっかり回復しきっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おや、やっと戻って来たみたいだね」
もはや懐かしいギルドホームの庭に出た。
「俺が一番最後だったのか?」
「んー、そうなるかな」
「そっか。まあ、皆が無事そうで良かったよ」
自分を迎え入れたムラマサの奥には他のギルドメンバーの姿。全員が全員何かしらの自信を滲ませているのを見る限りどうやら皆試練を突破してこれたらしい。
「いや、それがそうでもないみたいなのよね」
「どういうこと?」
「みんな何かしらの変化があったみたいなの」
「変化? っていうとアーツが消えたとかそんな感じか?」
「ユウくんも?」
「まあな」
話しかけてきたライラとムラマサに自分の試練で起きたことを話した。
出現した二頭の竜。消えてしまったアーツ。それから竜化の変化。仲の良いギルドメンバーでなければ言わないようなことまで話していると、みんなの居る場所の更に奥で驚愕とも取れる表情を浮かべる子供の姿を見つけた。
「あれは――」
どうしたんだと問い掛けるその前に、件の子供は腕の中の猫をキツく抱きしめた。
その猫の正体がこのゲームの運営の一人だと知る俺はどことなく微妙な気分になったが、より不自然だったのはその猫が見せた解らないと言ったような表情と子供の怯えたような顔。
そして、子供が音もなくどこかへ消え、残された猫がこちらに近づいてきた。
「お疲れ様でした」
「えっと、あの子は良いのか?」
「良いわけではありませんが、自分の方では放っておくしかないのですよ」
猫の苦笑という物珍しいものを見て俺もつい苦笑を漏らした。
「とりあえず、皆さんが試練を突破したということで、さっそくこれからこちらの指名するエリアに挑戦してみませんか?」
そう言って猫は自分の頭上に三種類の地図を出現させた。
一つは灼熱のマグマが沸き立つ火山。
一つは一面氷で覆われた氷海。
そしてもう一つが地中深く空いた大穴。
「今皆さんに紹介できるのはこの三つです」
自然と俺たちの視線がこの地図に集まる。
そして揃って深い溜め息を吐いた。
いつもならば新たな冒険に心躍っていたはずなのに、と思えば、それだけ試練が堪えたというわけだろう。
だから俺は代表してこう答えることにした。
「とりあえず、保留で」
リザルト回も終わり、次回からは新しい冒険に挑むことになりそうです。