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ep.03 『試練・二頭の竜』

お待たせしました。今週の更新です。



 ギルドホームの床に突如空いた大穴。

 半ば強制に近く落下したその先にあった空間は少なくとも自分たちのギルドホームに作った覚えのある施設ではない。天井は高く、広さも十分。壁も床もどこかのダンジョンを彷彿とさせる灰色のレンガ造りはここが俺の知らない場所であることを確信させる。

 重力に従い、とでもいえば良いのだろうか。大穴を落下したという自覚はあるが、その実この移動は転移に近い。

 この場所に降り立った時も別段強い衝撃を感じることなく、その時の俺は穴の中で落下している格好のまま。つまり腰のホルダーに手を掛け今にも戦闘を開始しようかという格好だったのだ。

 しかし、ここには誰も居ない。

 ぽつんと一人取り残され、静寂に包まれた空間で一人戦闘体勢に入ったというのは存外まぬけなものだ。


『マスター! お久しぶりです!』


 誰のツッコミも受けられず居たたまれなくなった俺は自身の専用武器、ガン・ブレイズに宿る精霊『黒竜・フラッフ』を喚びだした。

 竜という名の示すとおり。フラッフの頭の上には立派な二本の角がある。そして背中には一対の翼があり、手足は短く胴は長いが尻尾も長い。竜としての特徴を除いて現実の動物に例えるのならばダックスフントが近いと思う。

 加えてある一時を境にフラッフは人懐っこい性格がより顕著に表に出るようになっていた。

 目の前に浮かんだ魔方陣から飛び出してきたフラッフが俺の周囲を飛び回り、そのまん丸の瞳を向けてきた。


「元気そうだな」

『はい。マスターも変わり無いようで』

「まあな」


 返事をしながら頭を近付けてきたフラッフの首元を撫でる。

 竜といってもフラッフは全身に鱗は無い。これはフラッフと同化したクロスケという名のダーク・オウルの特徴が色濃く出ているからというわけではないらしい。元々フラッフという竜は全身に鱗ではなく綿毛のようにふわふわの体毛が全身を覆っていたからこそ、今もこうして抜群の肌触りを誇っている。フラッフに用が無いときも手持ち無沙汰になった時についつい喚びだして撫でてしまうほどだ。


「それにしても、これから何が起こるんだ」


 満足するまでフラッフを撫で回した俺はふと辺りを見渡した。

 石造りの壁の端々から差し込む光は誰を照らしているのか。幾重にも重なるその光の先には何も、誰もいない。

 けれど何かある。それだけは間違い無い。


『マスター。気をつけてください!』

「ああ」


 警戒心を強めるフラッフの言葉に促され、俺も意識を戦闘時のそれへと移す。そしてそのまま自然体を保ちながらも、いつでも飛び出せるように心構えを持つ。

 すっと俺の隣に並ぶように浮かぶフラッフが見つめるその先に差し込む光が集約する。


「――っ!」


 全ての光が一点を照らした次の瞬間、その光が俺とフラッフを飲み込んだ。

 光に照らされた俺とフラッフの影が重なり、二つの方向に伸びていく。そして影が壁へとぶつかり、天井近くまで伸びより濃い色へと変化したその影は先ほど落ちた大穴を思い出させる。つまり転移だ。

 身構える俺とその隣に控えるように静止するフラッフの眼前に異形の存在が現れた。


『マスター、こっちにも居ます!』


 素早く振り返った先に先ほど現れたのと似ている存在が無言で佇んでいる。ただし、後ろに居たのは前に居るのとは違い外殻の大半が真紅に染まっていた。


「前門の虎、後門の狼ならぬ前門の竜、後門にも竜って感じかな?」

『マスター、上手くないです』

「…わかってるよ」


 ガン・ブレイズをホルダーから抜くことを躊躇いながらも注意深く二頭の竜を観察する。

 まず前方にいる竜は夜の闇のように漆黒の鎧のような鱗を持ち、剣のように鋭利な羽根を備えた一対の翼。牙や爪も羽根と同様に剣のように研ぎ澄まされており、その全身からは血の跡など一切残りはしないような黒に染められている抜き身の大剣のようなイメージを受けた。

 反対に後方にいる竜は太陽のように真っ赤。黒い竜にあるような刃は無いものの、その背の翼からは炎のように揺らめくエネルギー状の三対の羽根がこの一室に差し込んでいる光とは違う別の光源となり辺りを照らしている。黒い竜に比べて細身の真紅の竜からはその身に秘めた力強さが感じ取れた。

 刹那、二頭の竜の瞳に光が、意思が宿る。

 続けざまに放たれる二重の咆吼が空気を振るわせ、堅い石造りの床や壁までもを揺らした。


『マスター!』

「ああ! <ブースト・ハート>」


 俺とフラッフの意思が一致した。側面から描かれた竜のような紋様の魔方陣が俺の体を透過することで俺の体に劇的な変化が生じる。素早く竜化をもたらすアーツを使用することで全身を硬い生体鎧が覆い尽くしたのだ。

 全身に満ちていく力を実感しつつ、変化が完了する寸前に腰のホルダーからガン・ブレイズを引き抜く。

 フラッフがガン・ブレイズの吸い込まれるように消えていくと、それを見届けたかのように真紅の竜が大きく口を開き灼熱のブレスを放ってきた。


「おわっ」


 竜化の直後とはいえど、そのブレスの軌道は直線的。高熱の余波を受けないようにと大きく回避することもまだ可能だろう。

 竜化が完了した直後に真横に飛び退いた俺を追いかけるように漆黒の竜が飛び込んでくる。


「ダメだっ、防御が間に合わない――!」


 俺の防御といえばスキル≪ガントレット≫にあるアーツ<シールド>になるだろう。しかし強引な回避の直後ということもあり、体勢が不安定なままではアーツの発動にまで意識を向けることは出来なかった。加えて迫り来る漆黒の竜の放つ威圧感だ。一年ものブランクは突如始まった強敵との戦闘で咄嗟に冷静な判断が出来るようになるまでは戻っていないらしい。

 俺に出来ることといえばどうにか全身を丸め襲い来るだろう衝撃に身構えることくらいだ。


「ぐあっ」


 ガン・ブレイズを胸の前に構えた俺を漆黒の竜が振り上げた鋭利な爪に切り裂かれた。

 竜化していることで全身に鎧を纏った俺は実際に四肢がバラバラになるほど引き裂かれることは無い。それでも全身を襲う衝撃と痛みは本物で、ある意味久々な感覚を味わったともいえる。

 思えば痛みという一点においてこのゲームではかなり軽減されているはずだ。誰も実際に苦痛ともいえる痛みを受けてまで遊んだりはしないものだ。なのに今俺が感じた痛みはこれまでに受けたどの痛みよりも強く、大きい。それはまるでこれまで有効だった痛みの軽減が無くなってしまったかのようだった。


「――っ、はぁっ」


 呼吸が止まるかと思うほどの衝撃を受けこの部屋の天井に背中を強く打ち付けられていた。

 砕け無数のひびが入った天井に無理矢理押し込まれた俺はそのまま落下することなく自身のHPが減る様を眺めることしかできない。

 息を整えどうにかここから脱出しようともがき始めたその瞬間、漆黒の竜がゆっくりと下がり、代わりに真紅の竜が大きく翼を広げた。


「拙いっ!」


 体は動かせなくても首くらいは動く。

 翼を広げたことで一際大きくなった真紅の竜が持つ炎の羽根がみるみるうちに肥大化していく。そして粘性のある溶けた鉄が地面に滴り落ちるのと似たような光景を目の当たりにしたのだ。


「動けなくても、今なら間に合う」


 先ほどは使えなかったアーツ<シールド>もこのタイミングなら使える。<シールド>は不可視の障壁を出現させるアーツだ。障壁の厚さ、幅、高さなどは以前それぞれ三種類を使い分けるアーツだったが今は違う。今は障壁を構成させる要素の全てが一定になっている。利点としては発動から障壁出現までの速さと連発性だろうか。


「<シールド>! <シールド>!! <シールド>!!!」


 立て続けに三回、アーツを発動させて俺の体の前方に連続する三重の障壁を作り出せた。どうにか障壁の展開が間に合ったと安心する暇も無く、真紅の竜の広げた翼の先に超高温の炎球が羽根と同じ数だけ出現したのだ。

 放物線に浮かぶ六個の炎球から放たれる熱線が障壁と激突する。

 広がる熱気に鎧の中の顔を歪ませながらも耐える。

 両手両足で踏ん張って天井から落ちないようにしながら耐える。


「何とか、保ってくれよ……」


 祈りながらも身動ぎ一つしないで連続する衝撃に耐える俺の目の前で一つ目の障壁が砕け散った。


「――くっ」


 硝子のように砕けた障壁の奥にある二枚目の障壁にも真紅の竜が放つ熱線がぶつかる。そして一枚目の時よりも速く二枚目の障壁が砕かれてしまった。

 これでは最後の一枚もそれほど保ちはしないだろう。

 出来る限り早くこの場から離脱しなければならないのに、どれだけ体の力を抜いたとしても天井から落下することは叶わず、最後の障壁が砕けるのを目の当たりにすることになった。

 俺を守る障壁が消えてしまえば、その先に待つのは分かりきった未来。


「ぐ、がっ、あああ!」


 それまで障壁を打ち続けていた熱線が俺の体を襲う。

 一発一発が重く熱い真紅の竜の放つ熱線がが命中する度に俺の体を覆う鎧を砕き溶かしていく。

 断続的に減少するHPを視界の端に捉えたまま、どうにか右手を天井から離すと俺はそのまま自分の足に向けてガン・ブレイズの引き金を引いた。

 銃形態のガン・ブレイズの銃口から放たれる弾丸が俺の足の直ぐ横の天井を砕き自由になった瞬間、体を丸め両足を曲げ、そこから強引に天井を蹴る。

 下半身が天井を離れ、次いで上半身が天井から剥がれた。

 そうなれば後は重力に従って落下するだけ。

 ゆっくりと落ちていく俺を追いかけるように湾曲した熱線を背中に受けつつ、着地した俺の目の前に突然見慣れているはずのものが慣れない状況で浮かび上がってきたのだ。


<シールド>


 熱線の雨が止む。俺の体から逸れた熱線が床の石を砕き生じた砂埃が辺りに充満する。そんな中、仄かに光り輝いている文字が何かのジャミングを受けたかのようにノイズが混じり明滅を繰り返す。

 そして、信じられないことに俺の眼前に浮かぶ<シールド>の文字がさらさらと砂のように崩れ、消滅したのだった。




次回に続きます。

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