はじまりの町 ♯.33
この日、全てのクエストを終えた俺は夜になって再びログインしていた。
目的はリタに会うため。
渡していた霊石を使った防具が出来あがったと連絡があったのだ。
「そっかー。かなり大変なクエストだったみたいだね」
「まあな。でも、一度戦ってオーガの動きは覚えたからな。リタのクエストを手伝う時はもっと楽に勝てるはずさ」
「ふふっ。頼もしいね」
工房の奥から一つの防具を持って現れたリタは目を細め微笑んでいる。
「それが、リタが言ってた防具か」
机の上に置かれた防具はリタが鍛冶のスキルを習得する際に作り上げたアームガードと同じ形をしていた。違うのはその色だろうか。前に見せてもらったものよりも黒く光沢がある。
「霊石を混ぜたらこうなっちゃったんだよね。でも安心して。性能は私が保証するから」
こうなったというのは色を指しているのだろうか。もともとこの色にするつもりで作ったと言われても俺は何も疑わずに納得していただろうに。
「着けてみてよ」
そう言われ机の上に置かれているアームガードを手に取った。
本来、アームガードは両方の腕に装着するものだ。しかし、リタが作ったのは左手用の一つだけ。材料が無く一つしか作れなかったのではなく、初めから片方の腕にだけ着けるようにデザインされているもののようだ。
「凄いな。ピッタリだ」
システム上、装備品というものは装着者に合うように自動でフォーカスされるようになっている。
だが、元からかなり体格と違うものや、男女兼用ではない装備を違う性別のキャラクターが装備することは出来ないようになっている。β時代、それらはプレイの自由度を狭めるということから問題になったこともあるようだが結局、それすらも個性と運営側に言い切られたらしい。
結果としてプレイヤーは限りなく異性のものに近い兼用装備を作ったりしてルールの間を縫った防具を作り出していったのだと攻略サイトには記されていた。
「でしょー。ちゃんと霊石の追加効果も残ってるから」
コンソールを開き、アームガードの詳細なデータを表示させた。
他人の持つ装備品それに未鑑定のアイテムは鑑定しないと他人は詳細な能力値を知ることは出来ない。それでも自分のものとなっていないアイテムや装備品でも詳細なデータを見れる場合もある。それはNPCショップに並んでいるものやプレイヤーショップに並んでいるアイテムや装備品の場合だ。
性能も分からないものを見た目だけで判断して購入する事はあまりないだろう。やはり購入するのなら自分が必要としている能力を持つアイテムにしたいと考えるのは当然のこと。それらを考慮した処置なのだろう。
「DEF+12、か」
俺が作り上げたアクセサリなんかよりもかなり高い数値を誇っている。リタに作ってもらった防具の部位一つ一つと比べても何も遜色ない。
さらに今回は状態異常耐性の追加効果付きだ。
「どう? 満足した?」
「ああ。これはいくらだ?」
以前聞いていた値段は各部位平均五万。プレイヤーメイドはその1.5倍。
残っていた所持金とオーガを倒して得た素材アイテム、それにクエストのクリア報酬を合わせてなんとか買える金額だ。
「これはユウ君にプレゼントするよ」
「は?」
「クエストのクリアと第二の町到達を祝って、ね」
屈託なく笑い掛けてくるリタは俺の金欠を思いやっているというわけでもなさそうだ。
しかし、防具の時もリタのクエストを手伝うという約束こそしたものの、かなり優遇してもらったのも事実。経験者と初心者という状態で出会ったとはいえ、いつまでもリタの好意に甘える訳にはいかない。
「ダメだ。リタは防具屋なんだろう。ちゃんと買いたいからコレの値段を言ってくれ」
「んー? 君にプレゼントしたいっていうのは変なことかな?」
首を傾げるリタを見て言葉に詰まってしまう。
所詮自分が作ったものの値段を決めるのは自分。売り手と買い手が納得した値段で取引が出来ていればそれに他人が口出すことは野暮というものだろう。
勿論、一定の基準というものは存在する。
それが平均価格というものであり、売買の最低ボーダーラインというものだ。
「だったら、一万でいいよ」
「安すぎるだろ」
頑なに受け取ろうとしない俺に告げた価格は適正価格をかなり下回っている。
「いいんだよ。その代わりにユウ君に頼みを聞いてもらおうと思ってるんだから」
「頼み?」
クエストを手伝ってくれと言われたのを思い出した。
あの時は防具の値段が安くなることに比べて大分簡単な頼みだと思ったが、実際に戦ってみてそうではないと思った。
もう一度戦ったとして負けるとは思っていないが、それが並大抵ではないことも身に沁みている。
リタの頼みは俺が出来るギリギリのラインを突いてくるようなきがする。頑張れば出来ないことではないが、片手間にできることでは決して無い。
「霊石を使っての武器強化。私とマオの分をユウ君にお願いしたいの」
「なんで?」
二人とも自分で鍛冶のスキルを習得しているのだからわざわざ俺に頼む必要はない。それにハル達のように自分が懇意にしている鍛冶屋もいるはず。どちらにちても俺に頼む必要性は感じられないのだ。
「マオはアクセサリ専門だし、私は防具専門。武器の強化は出来なくもないけど、やっぱり経験者に頼むのが一番良いかなって」
「俺が出来るのは剣だけだぞ」
リタが使う武器が大剣であることは知っているが、マオの武器は知らない。マオがライラのように魔法使いならば俺が出来ることは何も無い。
「あれ? ユウ君はマオの武器種知らなかったっけ?」
「ああ。知らない」
あの小さな体で戦う姿は想像できない。
剣を持って勇敢にモンスターに立ち向かうというよりは、戦場を駆け回っているという方が似合っているように思えた。
「マオの武器はハンマーだよ」
「ハンマー?」
実際にそれを装備しているキャラクターを見たことはない。
ファンタジー系の王道といえばやはり剣なのだろう。これまで見かけたキャラクターの大半が装備していたのは大小、形までも様々な剣ばかりだった。
「そう。こーんなに大きいハンマー」
両手を目一杯広げて見せる。
浮かんできたのは身長よりも遥かに大きいハンマーを持つマオの姿。そしてそれに振り回されながらも戦っているという愉快な姿だった。
「ハンマーも金属製だから強化出来ない?」
愉快な想像をする俺にリタが心配そうに聞いてきた。
「出来る、と思う」
ハンマーも金属製ならば強化の手順は刀身とほとんど変わらないだろう。イメージする限り、違うのは刃の鋭さを生み出すかどうかという違いだけ。
「でも……」
本当にそんなことでいいのか。
防具は壊れたり、性能が明らかに自分より低くなったりしない限り使わなくなることはない。しかもNPC製とは違いプレイヤー製の防具はその都度新たな素材を用いることで強化していくことができる。よっぽどのことが無い限り不要になることなどあり得ないのだ。
「じゃあ、お願いするね」
そう言ってリタはアームガードの購入画面を表示させた。
対価は10000C。
後は俺がそれに了承するかどうかだけ。
こうして話をするようになって分かったことだがリタは存外頑固な性格をしているようだ。自分の決めたことは頑として譲ろうとしないし、こちらの意見も自分が納得しなければ聞き入れようとはしない。
「それにしても……」
と辺りを見渡す。
購入画面に触れOKを押すと俺の所持金から10000Cが消え同時にアームガードの所有権が俺に移った。
「ここも随分変わったな」
一番最近、リタの工房に来たのは今日の昼。防具を受け取った時だった。その時は俺の持つ工房とあまり変わらないように思っていたが、今はまったくと言っていいほど違う。
元々あった工房は奥にそのまま残っているのだが、その前にいくつもの棚が並ぶ部屋がある。
木製のカウンターテーブルがあるこの部屋は前に見たNPCのアクセサリショップと似た雰囲気があった。
「へへー。良いでしょー。リタの防具屋本格的に営業開始だよー」
「半日くらいしか経ってないのに」
「ほら、ま。そこはゲームだから」
一時間程度工房が使えなくなるだけで済んだらしい。
元の工房がそのまま残っているのだから建て替えたという感じではない。とすれば増築か。新たに店舗区域を作るのにどれくらいの金額が必要になるのだろうか。
「でも、良い雰囲気だな」
棚に並ぶ防具も、それ自体を乗せる木製の棚も一つ一つが良い雰囲気を醸し出していた。
棚や防具は新品なのに感じる空気はどこか懐かしい。
NPCショップとは違うものがプレイヤーショップにはある。それが何かとは言えないが、どうやら俺はその何かが結構好きらしい。
「ユウ君は店を持たないの?」
工房を持っているのは俺も同じ。増築費用さえ用意できれば将来的に店を開くことも不可能ではない。
「俺はいいよ。商売をするつもりはないし、どうせ大きくするなら家を造るさ」
「家?」
「……なんだよ」
「やっぱりユウ君は変わっているなって思って」
「そうか?」
工房と扉一枚を隔ててある落ち着ける空間。
休憩をとることができる長椅子に、自分が作ったアクセサリを並べて置くための棚。思いつくのはこれくらいだが、狩りをするでも鍛冶をするのでもない。ただ気分転換にログインして過ごせる場所があるのは悪くない。
当面の俺の目標はこれに決まりだ。




