ep.11 『拠点完成を目指して』
お待たせしました。今週の更新です。
前回が閑話ということもあり今回からが本編の更新再開となります。
ではでは、今年もよろしくです。
トンテンカンと軽快な音が鳴り響く。
一定の大きさに切り出した木材を組み立てる音。釘を打ち付ける音。石材を積み上げる音。それら全てが教会の裏にある俺たちの拠点を補修する人が生み出す音だった。
リリィに導かれツリーウォークを討伐していたのも既に十数分も前の話。キョウコさんと共に戦った感想は、想像していたよりも順調だったの一言に尽きる。
木材を集めるという目的のために戦っていたとはいえ、件の戦闘における全ての目的がそうだったかと問われれば違うと答えるだろう。
まず俺は自分のレベル上げ。そしてパラメータが変動している状態での戦闘の感覚の確認だ。そしてこれは当人には話していないことだが、キョウコさんにはこのゲームでの戦闘に慣れてもらうという目的があった。
現実とゲームでは出来ることが違う。正確に言えばゲームの方が出来ることが多いと言うべきか。簡単なところで言うならゲームのキャラクターの身体能力は基本的に現実の肉体よりも優れている。走るのも速く、身も軽い。力も強く、器用でもある。
記憶力や思考力は現実の自分に比例するが、遠くを知覚する感覚だけは多少鋭敏になってたりもする。
総じて戦いに向いている肉体に変化したというわけだ。
「あのー、こっちは全面壁で囲って良いんですよね」
「あ、はい。そうして下さい」
「わかりやしたー」
ぼうっと作業の様子を眺めている俺に代わりキョウコさんが補修作業をしている業者の人たちと話をしている。
改修する拠点の内装や外観は全てキョウコさんとリントと事前に相談済み。中でも特に張り切っていたのはキョウコさんで、初めてゲーム内で拠点を手に入れるから張り切っているのだと思っていたのだが、案外仕切り屋だったりするのかも知れないと思うほどテキパキと業者の人と話しているのだ。
当初俺も口を出そうかと思っていたが、どうやらその必要は無さそうだ。
そしてこの業者の人だが、俺のいない一年の間に出来たプレイヤーの職種のようで、リタの防具屋やその他の店を営んでいる人たちに並び、建物の建設や補修、果ては簡単な木造船舶の建造まで行っている木工や石工を引き受けている大工のようなものになるらしい。
俺は既に何度か取引を行ったことがあるらしいリントに紹介してもらったプレイヤーに依頼した。
当然自分の手で補修するよりもコストは掛かるものの、素材となる木材と石材は自分たちで確保済みで実際に依頼するのは作業だけということもあって、多少は金額を抑えることが出来ていた。
「ほんとにやること無いな」
生産スキルを持っているとはいえど、自分の出る幕がまるでない。
やはり一年のブランクは顕著なのか、それとも単純に専門職にしているプレイヤーには負けるのか――出来れば後者の方がいい――補修していく手際も出来も俺がするよりも格段に良く思える。
「うん。下手に手を出す方が迷惑になりそうだな」
スキルを持っているとはいえど、俺が出来るのは大抵が武器に関することだけ。鍛冶も細工も武器に特化されているといっても過言ではない。
となれば彼らは何に特化しているのだろうか。
武器でも防具でのアクセサリでも無いことは明らかだ。建物に秀でているというのならば建設だろうか。尤もそんなスキルがあるのかは知らないが。
「ずっと見てるだけじゃ暇ッスよね」
「でも、誰かが監督していないといけないんだろ?」
「そりゃあ、まあ、自分たちの拠点ッスからねえ」
「だったらここを動くわけにはいかないだろ」
「うーん、でも、なにも全員で見守ることはないと思うんッスけど」
リントの言うことは尤もだ。
監督とはいえ口を出すのは各箇所の補修を始める時の確認の時くらいのもので、それもキョウコさんが率先してやってくれている。
だから俺やリントは一歩どころか二歩三歩も下がり眺めているだけというわけだ。
「それにユウさんはやりたいことがあるんッスよね」
鋭い竜の眼を向けてはっきりと告げてきた。
「まあ、な」
実際俺がしたいこと、というよりもしなければならないことは多い。
その一つがレベルが上がったことで獲得したスキルポイントを使い≪細工・アクセサリ≫を習得すること。これはコンソールを操作することで割と簡単にできることなのだが、新たなスキルの習得は人目に付かない場所が良いとリントから止められていて出来ないまま今に至る。
次いでリタから買った着ぐるみ装備にあるスキルによる能力上昇打ち消し効果とアクセサリの首輪にある装備即時交換能力を入れ替えること。
第三に手枷足枷にある装備による能力上昇打ち消し効果を着ぐるみに移すこと。
仕上げに首輪のデザイン変更が。
これらをするためには≪細工・アクセサリ≫が必須であり、欲を言えば≪細工・防具≫も欲しいところ。スキルレベルを無視すれば習得することだけなら可能なはずだ。
「っても工房はまだ出来てないしな。結局後回しにするしかないさ」
この町でどこかの工房を借りるという方法は取れるが自分たちの拠点を手にしようとしている今、わざわざそれをするつもりにはなれなかった。
「えっと、それなら一度ギルドホームに戻ったらどうッスか? 折角復帰してきたんッスから、皆も会いたいと思ってるはずッスよ!」
「ギルドかあ。確かに一度顔を出さないといけないとは思ってるんだけどさ」
「キョウコさんッスか?」
「まあ、まだ初心者のキョウコさんを一人置いて行くわけにはいかないだろ」
なにせログインして間がないというか、ログイン初日なのだ。
ある程度勝手を知っているプレイヤーの俺と現役のリントが行動を共にしているからこそここまで滞りなくプレイ出来ていると言っても過言ではない。
それは自分のレベルやリントの経験を限りなく低く見繕ったとしてもだ。
「だったら一緒にギルドに行けばいいんじゃないッスか? ボルテックさんだってユウさんが言えばキョウコさんに『インスタンスキー』を発行してくれると思うっすよ」
「まあ、な」
『インスタンスキー』はギルドホームにギルドに所属していないプレイヤーを招くためのもの。発行はギルドマスターとサブマスター、そしてギルドマスターからその権限を与えられているメンバーに限られ、リントの口ぶりではリントにはその権限が与えられていないようだ。
元来個人のエリア足るギルドホームは所属しているメンバーの個人的な資産が置かれているものだ。手に入れたアイテムにしろ溜めた金銭にしろ持ち歩くのは憚れて、かといってどこかに預けるのも不安がある。
勿論、運営側が用意した倉庫やプレイヤーが運営している金庫なんかもある。しかしそれらは総じて多少なりとも使用量が発生する。使用量が掛からない金庫もあるらしいが、それらは信用性に欠けるというのが俺がプレイしていた一年前にもあった常識だった。
その点、ギルドホームは使い勝手が良い。倉庫を建てればメンバーは自由に使えるし、個人の部屋が用意できるならばそこは本人しか開けられない最高の金庫と化す。
自分たちが建てたギルドホームにはギルドメンバー全員分の個室がある。そして俺の個室は自分の工房と一体化しているのだ。
「とりあえず、この拠点が完成してから考えることにするよ。どうせそんなに時間は掛からないだろうしさ」
そう言ったようにこの世界において生産作業は現実の何倍もの速度で完成することが出来る。
鍛冶や調薬、料理に至るまでそうなのだから、おそらくこの建設も同じはず。
実際に目の当たりにしている光景を鑑みるにその考えは間違いではないらしい。
少し目を離しただけで建物の外周は綺麗になっている。
さらにちょっと目を離した隙に塀が出来上がり、いつの間にか人数が減っている業者の人はどうやら内装の修理に赴いているようだ。
「ユウくん。部屋割りとか家具はどうするの?」
いくつか業者の人と相談していたキョウコさんがトコトコと近づいて来て訪ねてきた。
「キョウコさんの好きにしてくれていいですよ」
「あれ? でもユウくんは工房が要るんじゃない?」
「まあ、そうなんですけど、正直資金が足りなくて設備を買えないんですよ」
建物の補修に掛かる資金に加えて、建物の購入クエストが発生したためにそれに使う分の金額も必要となる。
各部屋の内装に掛かるお金の割り振りは事前に相談して決めていた。
まず個人の部屋。これは各々が自分の所持金から出すことにした。そして部屋の内装やその部屋に置く装飾品に関しても原則口は出さない。例外としてファンタジー系のゲームにありがちな『呪いの品』を見つけた場合はその限りではないが、そのような状況になることはまず無いだろう。
それから共同で使うことになるリビング部屋に関してだが、これは予め相談して決めた互いの資金の中から相談して購入することになるとはいえ、基本的に俺はキョウコさんの好きにさせるつもりだった。
俺が家具に関する興味が少ないのがその理由だ。
「それに工房を作るなら部屋を丸々一つ潰すことになりますからね。今は出来ませんよ。まあ、その時は俺の自室を潰すつもりですけど」
「でも、その工房ってのは私も使えるのよね?」
「え!? 使うつもりがあるんですか?」
「ユウくんとかリタさんみたいに大げさなものは作らないと思うけどさ、簡単なアクセサリくらいなら作ってみるのも面白そうじゃない? リアルと違ってここじゃあ失敗もそんなにしないだろうし」
「まあ、スキルがあれば出来ると思いますけど」
「でしょ! だから私も工房使うハズよ」
力強く言い切るキョウコさんに俺はただ頷いていた。
それなら、と俺は頭の中で資金の残りと工房の施設に使うことになるだろう金額を試算する。最低限必要となるものと今はまだ揃えなくても良いものを分けて、当たりを付けた。
「わかりました。それなら必要な施設は後ほど購入することにして、先にどの部屋を工房にするか決めましょうか」
「あ、それなんだけどね」
「どうしたんですか?」
妙に言い辛そうにするキョウコさんに疑問を感じ即座に聞き返した。すると視線だけを動かして業者の人を一瞥すると、ゆっくり話し始めた。
「実はね、この業者の人が使わなくなった設備が余ってるんだって。だからそれを格安で売ってくれるって言ってるんだけど」
「うーん、格安ってのは惹かれますけど、生産に使う設備は実際に見て決めた方が良いと思いますよ」
「そうなの?」
「例えば鍛冶だとすれば、炉の大きさとか鎚の形状や重さなんかは自分に合ったものを選んだ方がいいですし、キョウコさんがやりたいっていうアクセサリ作りの道具も自分が使いやすいものを選んだ方が」
「それなら問題ねぇよ」
と俺たちの会話に加わってきたのは業者の人。見た目は筋骨隆々で短身の老人、所謂ドワーフを模したプレイヤーだった。このゲームにおいてプレイヤーが選ぶことの出来る種族に『ドワーフ』はないはずなのであくまでもそれを模したに過ぎないというのに、その出来は本物のドワーフのNPCにそっくりだ。
ギザギザに切られたゴワゴワとした髪質の頭の上にある帽子はパーティーグッズなどで良く目にするとんがり帽子だった。その帽子が特徴なのだとするのなら、ドワーフというよりもノームがモチーフなのかも知れない。
「えっと、どういうことですか?」
「ウチで余ってんのは何も一種類じゃねぇんだ。俺んとこに改修を依頼してくれるってんならそれを格安で売ってもいいって事になってんだ」
「つまり自由に選べる、と?」
「たり前ぇだ。腐っても俺達は生産職なんだ。機材の使い勝手云々ってのはお前ぇさんらよりも知ってらぁ」
また別のプレイヤー――ちなみに同じようなドワーフっぽい容姿だった――が顔を覗かせた。
「どう?」
「はぁ、分かりました。キョウコさんのお気に召すままで良いですよ。ただ、設備を決めるときには俺にも一言相談してくださいね」
「うん。わかった」
「と言うことで、どこかの部屋を一つ工房に改修するのを依頼します」
「おう。任せとけぃ」
「で、どの部屋にするんで?」
「ユウくんはどの部屋が良いと思う?」
「そうですね。俺は鍛冶をしますから火気厳禁となる場所の近くは避けるとして、風通りの良い場所となると、候補はこの二つですかね」
と、コンソール上に拠点の見取り図を表示して、それを見ながら告げた。
一つは拠点の最奥にある部屋。そこならば近くに燃えやすいものを置く予定もなく、窓を開けっぱなしにしたところで拠点全ての温度に影響を及ぼすこともない。工房に籠もったとしても他に影響を出さないというのは、調薬もする事を考えると有り難いことだ。
もう一つが拠点の左端にある部屋。ここも最奥の部屋と条件は似ているが、キッチンに近い分休憩を取りやすい気がする。それに加えて設備を搬入するための勝手口も付いていて使いやすさはこちらに分がある。
「どっちにします?」
「こっち!」
意見を求めた俺に返ってきたキョウコさんの返事は意外なことにきっぱりとしたものだった。
最奥ではなく、左端にある部屋。キョウコさんはどうやら影響を出さないことよりも勝手口があることを優先させたらしい。
「では、こっちの部屋に合う設備はありますか?」
「おう。こっちで適当に見繕っておくように指示出して置くから後から確認に来てくれるか」
「何処に行けば良いんですか?」
「この町にある俺達の倉庫に纏めて置いてあるからよ。そこに来てくれればいいぞ。場所は……」
地図を出して場所を教えるのではなく地図が載っている名刺のようなものを手渡してきた。とはいえ、名刺に書かれている『ラ・ドン』という名前はこのプレイヤー個人の名前ではなく、おそらく彼らが運営しているギルドかプレイヤーショップの名前なのだろう。
「『ラ・ドン倉庫①』って看板が掛かってるからよ。近くに来ればすぐに分かるはずだ」
そう言い残しラ・ドンのプレイヤーは内装の改修へと戻っていった。
「とりあえずこれで部屋割りは終わりましたね」
「次は買い出しかな?」
「改修が終わったら部屋の雰囲気に合わせて家具を揃えましょう。ラ・ドンの倉庫にはその時に行けば大丈夫ですよ」
程なくして内装の改修も終わることだろう。
実際俺たちが終わるのを待っていた時間は三十分にもならない程度。後で設備を見に来いと言い残し去って行ったラ・ドンのプレイヤーを見送り、俺は真っ先に拠点の中を見に行ったキョウコさんの後を追った。
「ほら、リントも一緒に来てくれ」
「俺も一緒でいいんッスか?」
「勿論。リントさえ良かったらその後の家具を買いに行くのにも付き合って欲しいんだけど」
「別に構わないッスよ。なんなら改修祝いってことで少しくらいなら奢るっすよー」
「いや、それは大丈夫……って言えれば格好も付くんだろうけどさ、正直工房の施設もとなると不安があるからなぁ」
「遠慮は無用ッスよ。ユウさんがそこで作ったポーションなら十分使える物になると思うッスし」
「ああ。出来たものはリントにも分けるよ」
「それなら材料はギルドで死蔵されているのを持ってくるッス」
「え!?」
満面の笑みで告げたリントに俺は驚きの表情を向けていた。
「死蔵ってどういうことだ?」
「いやあ、実はギルドでのポーション生産量よりも素材の薬草の生えるスピードの方が速いんッス。ボルテックさんやライラさんが言うには長年の品種改良の結果って言ってたッスけど、正直供給過多気味だったんッス」
「それで死蔵されているってわけか」
「特に最初の方に収穫した薬草は多く残ってるんッス」
データとして管理されているであろう薬草類は実際に倉庫の場所を取るようなことにはなっていないはず。仮に邪魔になっているのだとしても、死蔵することになってしまっているとはいえど残してくれていたものだ。ずっと使わないのでは勿体なくもある。ギルド『黒い梟』が提携している商業ギルドに素材のままで回せばいい気もするが、ギルドを任せているボルテックたちがそうしないのにも何か理由があるはずと考え、俺は肩を竦めて頷いて見せた。
「わかった。それを俺が使っても問題ないって事だな」
「ユウさんが心配なら俺が皆に一言言っておくッスから大丈夫ッス!」
大丈夫と言われれば断る理由はない。
「頼んだ」と言って俺とリントもまた改修された拠点の中へと入っていく。
元々何か言うつもりがあった訳じゃないが、ラ・ドンに依頼した拠点の改修はとても満足のいく出来に仕上がっていて文句の付けようもない。加えて家具の類いが置かれていなくとも補修が終わったことで拠点の改修クエストが完了したらしく、コンソール上にその旨を告げるメッセージが表示された。
「さて、一気に散財するか」
半ば自棄気味に言い、俺は拠点の部屋を一つ一つ見て回ったのだった。