ep.09 『拠点確保。まずはレンタルから』
はいほい。今週分の更新です。
キョウコさんが手に入れた謎の本に関して相談した結果、悔しいが今は何も手が出せないということで纏まった。
理由としてはそもそも唯一読むことのできたレシピであってもそこから何を作り出せるのか分かっていないことに加えて現実問題としてレシピを読めるのがリタだけであり、本を開けるのはキョウコさん一人だけであること。長期間自分の店を放っておけないリタがこの先もずっと予定を合わせて俺やキョウコさんとパーティを組めるかどうかが不明瞭なことも含め今回は諦めるという方針をとったのだった。
斯くして俺たちは一度町に戻ることにした。
門を潜り町の中に入るとそこでリタとは別れ、さらにキョウコさんはリントの案内のもと先程の戦闘で獲得した不必要な素材アイテムと換金アイテムを売るためにどこかのNPCショップに向かった。その際俺が手に入れた分も合わせて売ってもらい、そこで手に入れたお金をこれからの活動資金に当て、さらについでだからとリントも一緒にアイテムを売ることを提案してきたのだが、それに対する判断はキョウコさんに任せることにした。
「さて、俺はと」
キョウコさんを案内することになっていた俺が何故その当人と別行動をすることになったのか。それはリントの存在も多大に影響しているが、それよりも自分に先にやりたいことができてしまったことが大きい。とはいえパーティを組んでいる以上は勝手をするわけにもいかずどうしようかと迷っていた所にキョウコさんから自分のしたいことは積極的にしてくれて構わないと言われた。
その為俺は一人こうして歩いていると言うわけだ。
「確か、この辺りに」
探しているのは現実世界でいうところの不動産屋。このゲームの場合も様々な建物の販売や貸借りを行っている店だ。
「ってか俺がこの町で買ったときはどんなNPCショップでも良かった気がするんだけどな」
店先に掲げられている看板を一瞥しながら呟く。
別の大陸に向かった時、そしてギルドを作った時に手放したのだが過去には俺も町中に小さな工房を構えていた。
正直、今でもギルドホームに戻れば俺個人の部屋があると思う。ギルドマスターをしていたときですら小さな工房を自室にしていたほどだ。仮にメンバーが増えて増築を繰り返していたとしても俺の部屋一つ残すくらい容易い。
なのに何故この町で拠点を探しているかと言えば、単純にキョウコさんがギルドに加入してはおらず、一時的にギルドホームを訪れることを許可する『インスタンスキー』を発行しようにも何の役職も持たない今の俺では難しく、総じて今はこの町で適当な拠点を確保するという結論に至ったのだ。
「お、ここか」
目的の不動産の店に掲げられていた看板にはデフォルメした家を模した絵とその後ろにどこかの屋敷のような建造物が描かれている。
この町で拠点を構えようと考えるプレイヤーは意外と少なくはないようで、今も扉の前に立つ俺を避け知らないプレイヤーが店舗の中へと入っていった。
カランカランと音を立てる鐘の音を耳にしつつ、俺は閉められたばかりの扉を開ける。たった今耳にしたばかりの音を立てて開かれた扉を潜り店の中へと入った。
「えっと、受付は……」
ざっと店内を見渡す。
この店は俺が知る他のNPCショップよりも一般的なプレイヤーショップに近しい気がする。それは個人店舗の色が強いNPCショップとは違い、各ギルドで画一化された内装を施されたプレイヤーショップによくある大きなカウンターが置かれた受付が一際目を引いたからだ。
一番人が並んでいない列を選びその最後尾に付く。
そして店員のNPCと形式的なやりとりをして俺はこの町に一つの拠点を借りた。購入するに至らなかったのは純粋に資金不足が原因だ。
何がともあれ新しく手に入れた拠点は俺が昔に手にしたのと似たり寄ったりの建物ではなく、この町にある教会の裏手に建てられた古い建造物。
石造りの一階建て。
窓はあるが硝子はない。
入り口の扉もオンボロで所々が欠けたり、ひび割れたり、穴が空いたりしている。
広さは十分でも住むには向かない。そんな物件だから格安で借りられたのだろう。
「補修しないと使えないって言われたけど、本当にそうだな」
二人がアイテムを売りに行ってまだ戻らない為に補修に必要なアイテムを一人で探しに行くことにした。二人には一応この建物を借りたことと場所を伝えてあるから大丈夫だと思う。
先ず必要なのが扉や内装となる棚などを直すための木材。そして割れたまま放置された窓に填める窓ガラス。建物の外装や内装の基盤となる石材の三つ。どれもこの町の中で手に入る素材なのは喜ばしいが、全て買い揃えられるかどうかが問題だ。
建物を借りることに所持金の大半を使ってしまったのも問題だったのかもしれないが、ここ以外で借りられそうな建物は小さく、あくまでも個人用といった感じだったのもここを選んだ理由だった。
「ま、最悪の場合、自分で採ってくれば問題ないだろ」
町の周辺、それも南側にある森エリアならば十分な木材を確保できるだろうし、石材ならば北側の岩山エリアが的確な収集場所のハズ。窓にはめる硝子だけはどこかで購入する必要があるだろうが、それも他の素材を集めている最中に手に入れた資金か今キョウコさんとリントの二人が売って得たお金でどうにかできれば言うことない。
「ってな訳なんだけど、二人はどうする?」
建物を借りることを決めたことの報告とこれからの相談をフレンド通信機能にあるパーティチャットにて行った。
『そうねぇ。私はまだその二つのエリアについて何も知らないから、判断は任せてもいい?』
『俺もどっちでも良いッスね。何なら俺が一人で行って素材を集めてきても良いッスけど』
「流石に任せっきりにするつもりはな。っていうか、リントは別行動をとるのか?」
『自分たちのレベル差を考えるとそうした方がいい気がするんッスよねぇ』
「あー、まあ、そう、だよな」
確かにリントに手伝って貰おうとするのならば手分けした方が適切。
「分かった。頼めるか?」
『もちろんッス。それで俺はどっちを集めればいいんッスか?』
「そうだな」
二つのエリアで集めるべきそれぞれの素材。自分の手で集めるのならばどちらがいいか。
例えば木材の場合。収集可能な木を選び伐採するのではなく『ツリーウォーク種』のようなモンスターを倒して手に入れる素材アイテムの方が適しているとされている。それは石材も同様で岩山エリアの岩を切り出すのではなく『ゴーレム種』のモンスターを倒して手に入れることになる。
ならば誰のどの武器が適しているか。
ゴーレム種を倒しやすいのは打撃系の武器や魔法、ツリーウォーク種ならば切断系の武器が適している。
問題は俺たちの中に打撃系の武器を使うプレイヤーがいないこと。ツリーウォーク種ならば俺の持つガン・ブレイズの剣形態が適しているだろうが、キョウコさんが使う弓はどちらにも効きづらい。
となればだ。
「リントは石材の方を頼めるか?」
『了解ッス』
ゴーレム種が相手ならば俺よりも純粋なレベルが高いリントの方が倒しやすいだろう。
「キョウコさんもそれでいいですか?」
『えっと、私とユウくんは木を集めるってことよね』
「はい。そうです。キョウコさんは俺と一緒に森に行ってもらうことになると思います」
『ん。わかったよ』
『それじゃあユウさんの居るとこに向かうッスからちょっと待っててくださいッス』
フレンド通信が切れた。
そして建物の入り口の前に座り込み待つこと数分。素材アイテムと換金アイテムを売ってきた二人が現れたのだった。
「お待たせしましたッス」
「ここが私たちの拠点になるのね………確かにボロボロね」
「まあ、そのおかげで安いんですから」
「でも、修理したとしても借りてる状態なのよね」
「…それなんッスけど」
「どうしたんだ?」
「リントくんは何か知ってるの?」
「実は、こんなクエストがあったんッス」
そう言ってリントがストレージから取り出したのは一枚の羊皮紙。
「それは?」
「実は俺とキョウコさんがアイテムを売りに行ったのはこの町にある一般的なプレイヤーの拠点代わりになっている施設『冒険者協会』なんッス。そこには色んなクエストが貼られてるんッスよ」
自分の知らない施設ということはこの一年の間に追加された施設の一つなのだろう。
元々クエストを受けることの出来る場所というのは町の中、無数に存在していた。それこそ道を行くNPCたちからでも受けることができたものだ。中でもモンスターの討伐などファンタジー系のゲームにありがちな内容のクエストを受ける場所も存在していた。
昔のそういった施設を一手に集めたのが『冒険者協会』という施設なのだろう。
「まあ、それは良いけどさ。それはどんなクエストなんだ?」
「簡単に言えば建物の修繕クエストッスね。壊れた家や店を直したりするクエストなんッスけど、これ――は」
「もしかして俺が借りたこの建物の修繕なのか?」
「はいッス」
「ん? でもさ、そんなクエストが貼り出されているならそれを知らない俺がどうして借りられたんだ?」
「多分それはこのクエストを出しているのがそこの教会だからだと思うッス。お金が無くて仕方なく借りたいって人は意外と居るみたいッスから」
「俺みたいに、か?」
「まあその通りッス」
どことなく言い難そうにしながらも肯定するリントは俺は苦笑いを返していた。
「ちなみにそのクエストを見つけたのはキョウコさんッスよ」
「え!?」
「ぐ、偶然なのよ。ユウくんが拠点を借りたって聞いて、その建物の説明を受けている時にね、近くにこのクエストが書かれてる紙が貼ってあってね。内容を読んでみると何かユウくんが借りた拠点に関係してるっぽくて…それでリントくんに相談してみたら、受けるかどうかは別としてその紙は取ってこようってことになって……」
「別に何か言うつもりはないですよ。まあ、驚きはしましたけど」
早口になるキョウコさんという珍しい物を見て思わず零れた笑みを向けて告げる。
「そのクエストの内容ってのがこの建物の修繕なんですよね」
「う、うん」
「で、その報酬は何なんです?」
「この建物ッス」
「へ?」
「や、その…タイミングが悪いというか何というか…」
モジモジするリントは何というか変な感じがする。それは竜人だから云々ではなく、それなりに成長した男性がそのような仕草をしているかと思えばってやつだ。
「はっきり言ってくれればいいから」
「このクエストを完遂出来ればこの建物は格安で買えるんッス!!」
「成程。それは確かにタイミングが悪かったかもな」
買う権利を得るというのならばわざわざ借りなくても良かったかもしれない。そう考えた矢先、別の疑問が思い浮かんだ。
そもそも修繕のクエストが発生した別の理由があるのではないか。そして、その別の理由にも心当たりがある。
「いや、そういう仕組みだったのかもな」
「どういうことッスか?」
「俺がここを借りたから、買うための修繕クエストが出たのかも知れないってことさ」
俺の一言に疑問符を返すリントの横でキョウコさんは一人成程と言った表情を浮かべていた。
「つまり、そのクエストってのを出す条件がユウくんがここを借りたことで、偶然条件を満たした瞬間に私がクエストを発見したってことなのね」
「ま、可能性の話ですけどね。今はそこを気にする必要はないと思いますよ」
「どうして?」
「どっちにしてもこのクエストを受けるつもりですから」
受けるも何も補修をしなければ借りた建物を拠点として使うことは出来ない。仮の住まいとしても不適格で、せいぜいその日の雨避け程度。
おそらく自分たちよりも前にここを借りたプレイヤーはその場しのぎというよりも使えるかも知れないという可能性に賭けて借りたか、あるいは修理しようとしてその過程でこの町を離れ別の町で活動した方が効率的だと気付いたのだろう。
そう、この建物を修繕するのに必要な素材を落す二種のモンスターはこの近くのエリアで言えば強い方だと記憶している。そもそもが風景に擬態していて発見することすら困難で、比較的簡単に発見できるようになる頃には装備やレベルがこの町付近のモンスターを相手取るには過剰なほどに強くなっているとされていた。
結局この建物は買うにしても修繕するにしてもプレイヤーの活動するレベルとタイミングがずれてしまっているということがここまで売れ残っていた原因なのかもしれない。
「それよりも良いのか? リントは別に俺たちに付き合うこと無いんだぞ。それにここで手に入れた素材だって自分の物にしたって」
「変な遠慮は無しッスよ。それに素材だったらもっと強いやつから集めた方がお金にもなるッスし、それに自分で使うならもっと質の良い素材を選ぶッスよ」
「何もこんな初心者の町の近くの素材を使うまでもないってことか」
「言っちゃあ悪いッスけど、その通りッスね」
「ま、リントのレベルを考えればその通りか。それにギルドでもある程度は素材を保存してあるんだろ?」
「ある程度っていうよりも十分な数が保管されてるッスよ。だから俺も最初はユウさんがそれを使うと思ってたんッス。ギルドマスターじゃなくなったとはいってもユウさんならギルドの資材なら自由に使ってくれても誰も文句は言わないッスよ」
「や、それだと俺がいない間に入った人が納得しないだろ」
「いないッスよ?」
「はい?」
「ユウさんがいない間に新しく加入したメンバーッスよね? それならいないはずッス」
「いや、待て待て。一年だぞ。その間に新規加入がいないって……『黒い梟』って不人気なギルドなのか?」
自分が作ったギルドが不人気なのだと思うと悲しくなる。むしろそれでも抜けずに続けてくれる知己の仲間に感謝すべきなのだろうな。
「別に不人気ってことはないと思うッスけど」
「だったら、何で?」
「現ギルドマスターのボルテックさんの方針ッスね。ウチのギルドに来た人は基本的にリタさんとこの『商会ギルド』かシシガミさんのとこに行って貰ってるッス」
「要約すると生産をしたいプレイヤーにはリタのとこで戦闘をしたいプレイヤーはシシガミのところってことか?」
「大体そんな感じッス」
驚くべきことだがさも当然と話すリントを見るに嘘ではないのだろう。だとすれば俺が作ったギルドは自分がいない間ずっと足踏みをしていたことになる。
それはなんか嫌だ。
「あ、でも関連組織ならいくつか出来てるッス」
「は? 何だって?」
「ギルド自体の規模は変ってないんッスけど、雇ってるNPCの数とかギルドで作った物を売ったり保存したり、クロウ島に素材を流通させるための組織とか色々必要ッスから」
「それが何で関連組織になるんだよ。ギルドを大きくすれば良いだけだろうに」
「ボルテックさん曰くクロウ島をNPCに引き渡したことが関係してるみたいッス」
「あー、ってことは何だ? 『黒い梟』はプレイヤーに向けたってよりはNPCに向けた活動をしているってのか?」
「その通りッスね。密かにクロウ島の人たちと一緒に意外と色々してるんッスよ。町の孤児院とか、新人プレイヤーの支援施設とかも実は『黒い梟』とリタさんのギルドとシシガミさんのギルドとの共同で運営してるんッス。だからウチの名前だけを大々的に表に出す訳にもいかず、代わりにクロウ島の名前でやっているんッス」
知らなかった。
というか俺が想像していたのとは違う広がり方を『黒い梟』はしているみたいだ。
「ま、まあギルドのことに関して今更口を出すつもりはないから良いけどさ。口を出さない上にここ最近は何一つ貢献できていないからさ、ギルドの手を借りるつもりはないんだ」
「そう言うことなら了解ッス」
「で、私はどうすればいいの?」
「キョウコさんは俺と一緒に木材集めという名のツリーウォーク狩りです。場所は南側の森エリアになります」
と、どこかの観光ガイドのように手で指して笑顔を送る。
軽くなったストレージにどのくらいの木材を集めるべきか。そんなことを考えながら俺たちは二手に分かれ再び町を後にするのだった。