ep.05 『また会った日の出来事』
お待たせしました。今週の更新です。
「誰?」
そう尋ねた俺に、突然現れた男は時間が止まったかのように動きを止めた。
そしてそのままの格好で数秒経った後にワナワナと全身を震わせ俺の肩をがっと掴んできたのだ。
「もしかして、俺のこと忘れちゃったんッスか?」
「いや、初対面だと思いますけど……」
そう、俺はこの男の顔を知らないし見たこともないはずだ。だが彼が装備している武器と防具が一級品であることは間違い無いと思う。
俺が知らない素材を用いて作られたであろう防具。俺がプレイしていた時よりも多くの回数、強化を施したであろう背中にある折りたたまれた槍。
「そんなことないッスよ。俺は――」
「あの、ちょっといいかしら?」
「何ですか?」
「何ッスか?」
「二人が知り合いどうかは置いておくことにして…」
「ちゃんと知り合いッスよ!」
「まあまあ、落ち着いて」
男を諫なめるキョウコさんは俺を一瞥すると、
「ユウくんに質問。本当にこの人のこと知らないの?」
「そう、ですね。確かにこの人のことは知らないと思います。だって…」
「だって?」
「あー、本人の目の前で言いにくいんですけど、俺はこの人の顔を見たことがないんですよ」
できる限りの小さな声で答えたつもりが、聞こえていたらしい。
目の前の男の顔に悲壮の色が滲んだ。そして、俺が言った顔という単語を繰り返し呟いている。
「ねえ、そこのあなた」
「何ッスか?」
「あなたはユウくんのことを知っているみたいだけど、私達はあなたのことを知らないの。少なくとも私とは初対面。そうでしょう?」
「そうッスね」
「だから自己紹介をしましょう。私の名前はキョウコ。ユウくんの……何なの?」
「居候先の家主? それか父の仕事仲間ですかね」
「随分と味気ないのね」
「端的かつ的確でしょう」
「まあ、いいわ。それであなたは?」
俺とキョウコさんの軽口を前に戸惑いの表情を浮かべる男が自分の番だと口を開く。
「俺の名前はリントッス」
「そう。リントくんね」
「ええっ!?」
「何でユウくんが驚くの?」
「いや、その…悪いけど、本当にリントなのか?」
信じられないというように問い掛ける。それもそうだろう。俺の知るリントは蜥蜴頭のモンスターハーフと言われている魔人族のプレイヤーだ。少なくともイケメンという言葉がぴったりの長身の男じゃない。
「信じられないッスか」
「だって、見た目が…その、違いすぎるだろ。前とさ」
「見た目――って、ああ! そう言うことッスか!?」
「どうしたの!?」
「すっかり忘れてたんッスよ」
「忘れてた? 何を?」
「この格好のことッス」
そう言うとリントは手元に呼び出したコンソールを操作し始めた。
いくつかの操作を手早く済ませるとリントの全身に微かな歪みが走る。すると程なくしてリントの姿が俺の知るそれと酷似した姿に変わった。
俺の知るリントの姿は蜥蜴頭のモンスターハーフ。つまりリザードマンだ。だが、今のリントはそうじゃない。立派なたてがみを備えた頭部は蜥蜴というよりも龍に近く、その後ろにはこれまた立派な尻尾があった。変化直後に一度、くるりと回った時に見えた防具の背中にある不自然な二つの穴を思うに翼すらあるのかもしれない。
最早リザードマンなどではなく、竜人と呼ぶに相応しい。そんな風に思えるほど。
「それは変身なの?」
興味深いというようにまじまじとリントの全身を見回すキョウコさんが興奮を隠さずに問い掛けていた。
それは彼女がこのゲームを始めるに至った理由の一つである現実では有り得ないことを実際に見て感じたいという目的に沿った行動に見えたのだが、あくまでもそれは俺にだけ。リントにとっては突如不自然な行動を見せただけに過ぎず、当然戸惑い後ずさるのも納得だ。
「ち、違うッス。さっきのはリングの中で行動するときの姿なんッス」
「その格好じゃ駄目なのか?」
「駄目じゃ無いはずッスけど、人族以外のプレイヤーの多くはリング専用の姿を設定してるんッス」
「どうしてなの?」
「ノービスは大抵現実の自分に近い格好をしてるんッスよ。だから――」
「リントもそれに近い格好をしてるってわけか」
「その通りッス」
「ゴメン、意味が分からないんだけど」
「多分ですけど、長くゲームを続けてきたプレイヤーに比べると一般的なノービスはキャラクタークリエイトの際に何らかの制限があるんじゃないですか? 俺はまだリングに行ったことはないですし、そもそもキャラクターを作り直すつもりも無かったからすっ飛ばしたんですけど、確かログインしたときにキャラクターを作り直すかどうかの確認があったはずです」
ほんのさっきの出来事を思い出しながら答える。するとリントは肯定の意をもって頷き、
「そうッスね。この【revision:2】になったときに全てのプレイヤーはキャラクターを作り直す機会を与えられたんッスよ。その理由としてはノービスの人がランクやレベルが高いプレイヤーの中で獣人族や魔人族を選んだプレイヤーと似たような特徴を持つキャラクターを作ろうとするなら幾らかの課金が必要になるってことらしいッスけど、実際に合わせるならプレイヤーの方にだろうって言う意見が多くて結局キャラクターを作り直したのは初めから今とは違うキャラクターで遊んでみたかった人くらいになったんッス。
けれどそれだと俺みたいなプレイヤーはリングだと目立つッスからリングの中で使う仮の姿を作るようになったんッス。尤もそれは全てのプレイヤーが作れるものなんッスけど」
「ってことは俺も作れるんだよな」
「でも人族のというか現実の自分をベースに固定されるッスから人族のユウさんだとあまり変わらないと思うッス」
「でも現実の自分と似たようなキャラクターを作ってるとは限らないんじゃないの?」
「まあ、それはそうなんッスけど、ユウさんの場合は…」
「あー、成る程ねえ」
「そうなんッス」
二人の俺を見る生暖かい視線が重なる。
「あのですね。俺の時代は現実の自分に合わせてキャラクターを作ってる人は珍しくなかったんですよ。そもそも性別を変えることはできないし、そこまで美化した自分にするのもどうかって思って」
「俺は分かるッスよ。偶に居るんッスよね、思いっきりどこかの俳優さんとか女優さんみたいな顔を作ってる人。けど結局、どういうわけか妙に周りから浮いたりするんッス」
「それは不自然さが目立つから何じゃないかな」
「どういうことです?」
「ほら昔はよくあったじゃない。不気味の谷っていう現象、聞いたことない」
「それなら俺が知ってるッス。アニメのキャラクターがある一点に達するとリアルなのにリアルじゃ無く違和感が出てくるってやつッスよね」
「リントくんはよく知ってるのね」
「聞きかじった程度ッスけど」
「つまりこういうことですか? 現実に近づけたというよりも理想に近付けた方が違和感が出てくると?」
「だいたいそんな感じね。そもそも、これは仮想現実で実際に目で見てる世界じゃ無いのよね」
「まあ、VRですから」
「だったらやっぱり現実の自分を元にした方が違和感って言う点だと少ないんじゃないかしら。それに多少のデフォルメも入っているのだろうし」
不気味の谷の緩和には俺の知らない技術がかなり導入されているはずだ。
「とにかく、リントくんの話だとリングの中はゲームをしない人も多く居るわけだからより現実の自分に紐付いた方が推奨されているってことみたいね」
「ざっくり言えばそういうことッス」
「だから私やユウくんのような人族の場合はあまり使わない機能ってことなのね」
「そういうことッス」
使う必要が無いということに幾ばくかの残念さを残しつつ、俺は忘れてたというように道具屋のドアを開けた。
「何処に行くんッスか?」
「どこって、中に入るだけだよ。俺もキョウコさんもポーション類は全くないからさ。戦いに出るなら必需品だろ」
「あー、まあ、その通りッスね」
リントは納得したようで歩き出した俺とキョウコさんの後に続き道具屋の店内へと足を踏み入れた。
とはいえ、この店で買う物を選ぶ必要は殆ど無い。
武器屋防具、アクセサリなどとは違いポーションはNPCショップならばより品質は一定で価格も各店舗によって違うなんてことはない。精々売っているものが違う程度だが、今俺たちが買い求めているのはあくまでもHPを回復するための一般的なポーションだ。
本来ならば各個人の所持金内で買う個数を決めるのが普通だが、今回に限り俺が出すことにした。
最初の戦闘で知るのは敗北よりも勝利のほうがいい。それは俺の実体験からくる結論だ。
かくして購入した十全たる個数のポーションを二人で分けそれぞれのストレージへと納める。
そうして準備を終えたことをキョウコさんに告げると不意にリントが俺を呼び止めてきた。
「どうした?」
こう言ってはなんだが、リントが俺を呼び止めた理由がわからない。
復帰してきた俺に合いに来たということが目的なら既に果たしていることになる。ならば俺を呼び止めた理由はそうではないのだろう。
「もしかしてこのまま戦いに行くつもりッスか?」
「ああ、俺はそのつもりだけど」
「私もそれでいいけど」
「ダメッスよ!」
店の中には他の客もいる。だからリントも無為に声を荒げたりはしない。先程話していた店先ならばまだしも、ここでは他の人の目があるからよりパーソナルな内容の会話はしないのがマナーだ。不用意に聞かれるわけにもいかないからな。
だというのに俺とキョウコさんを止めたリントの勢いはその常識から逸脱している。そのせいで他の客の視線がこっちに向いても仕方ないのだろう。些か不満ではあるが。
「これからお二人を連れて行きたいとこがあるんッスけど」
「二人ってことは私も?」
「はいッス。それで、ついてきてくれるッスか?」
「私は構わないわよ」
「まあ、リントがそこまで言うなら何か理由があるんだろうしな」
「ありがとうッス」
それから俺とキョウコさんは先に歩き出したリントの後を追った。
変わったとはいってもここは俺が一年近く活動してきた町だ。自然とリントがどこに向かおうとしているのか分かってしまう。
いくつかの店舗や露店を通り過ぎ、辿り着いたのは、
「やっぱりここか」
俺が知るよりも大きくなったその店舗は今日も大勢の客が訪れ大繁盛のようだ。
「ここは?」
「端的に言えば防具屋ですかね」
そう、防具屋だ。そして俺が知る防具屋を自称し、また実際になってみせた人は一人しかない。
「それも俺たちのギルド、黒い梟ご用達の店ッス」
他の客と同じように開かれたままの大きな店の入り口を潜る。
「うわぁ」
キョウコさんが店の内装を見て感嘆の声を漏らすのも無理はない。店の中に一歩足を踏み入れればそこからは別世界だった。
持ち得る技術を遺憾なく発揮して作られた防具の数々がマネキンに着せられ見栄え良く棚に並べられている。
金属製の鎧、皮鎧、それから服、ちょっとした小物から靴に至るまで。こと防具と呼ばれるものに関しては大抵の物がここに揃っている。
「ユウくん?」
と俺を呼ぶ声の方を見るとそこに居たのは無数の細かな装飾が施された防具を来たリタ。
「そっかー、戻って来たんだね」
感慨深そうに呟く彼女に俺は苦笑を返す。
「どうして分かったんです?」
「どうしてって、フレンド登録してあれば相手のログイン状況が分かるじゃない。忘れちゃったの」
「あっ」
「そういうこと。だから今頃ユウくんのフレンドなら戻って来たのに気付いているんじゃないかな」
思わずリントを見ると彼も頷いてきた。
「なるほど。だからリタも俺がいることに気付いていたって訳ですね」
「ん? 私は違うよ。先にハルくんから聞いてたもの。そろそろ戻ってくるかもって」
「…またか」
不意に脳裏に満面の笑みでサムズアップするハルの姿が浮かびイラッとした。やることに悪意など微塵もないであろうが、偶にハルのすることは他人の神経を逆撫ですることがある。復帰したからにはいつか挨拶をするべきだと思っていた俺の出鼻を挫くようなその伝聞がまさにそれだ。
「ま、それはそれとして、どうしたのよ? 私に会いに来たって感じじゃないよね。それにその人も紹介して欲しいな」
未だ店内の様子に目を奪われているキョウコさんに視線を送りリタが言った。
「ああ、あの人はキョウコさん。俺の居候先の家主さんで、今の俺のパーティメンバー(予定)だ」
「ふーん」
「それで、ここに来たのはリントに連れてこられて、なんだけど。なあ、そろそろ俺をここに連れてきた目的を教えてくれないか?」
「はいッス。えっと、ここに来たのは防具を買うためっていうか揃える為ッス」
「キョウコさんのだよな?」
「それとユウさんの分もッス」
「俺の? まあ、確かに。今の装備は一年前で止まっているから今の防具に比べるとそんなに高性能ってわけじゃないと思うけどさ。この辺なら十分だと思うけど」
「十分すぎるんッスよ」
「どういう意味だ?」
「続きは私から話すわね」
「お願いするッス。リタさん」
「任せなさい」
ドンッと胸を張り説明を始めたリタの言葉を要約するとこうだ。
パーティを組んだ場合、そのメンバーの実力――この場合はパラメータのこと――に大きな隔たりがある場合、戦闘において不都合が出てくることがあるらしい。
具体的に言えば戦っているモンスターのヘイト管理や与えるダメージの違いによる戦闘の流れが滅茶苦茶になる等。
それを防止するためにも強い方のプレイヤーが弱い方のプレイヤーに能力値を合わせる必要がある。とはいえ一時的でも能力値を下げることは憚られる。だから攻撃能力だけを下げるようにするらしい。そうすることで一人だけの力で戦闘に勝ちづらくなる、らしい。
防御能力に関しては積極的に敢えて攻撃を受けて盾になることをしない限り自分が死に難くなるだけ。またいざという時に身代わりになれる分、弱い方のプレイヤーにとっても安全マージンのようなものも上昇するらしい。
「というわけでキョウコさんと一緒に戦うのならユウさんは装備を変える必要があるんッスよ。最低限武器だけでも変えるべきッスね」
「武器って。ここは防具屋だろ」
ちらりとリタの顔を伺うと力強く頷いて見せた。
「武器を買うならさっきのNPCの武器屋でも十分だったんじゃ」
「っていうか、ユウくんが自分で作れば良いじゃない。あ、もしかしてキャラクター作り直したりしちゃった?」
「いや、前のまま、というかその続きだけどさ。装備だけでこのランクの違いによるパラメータの差はどうしようもないだろ」
「ランク差ッスか。失礼ッスけどユウさんは今…」
「ランク2だな。といってもランクを上げて直ぐにやれなくなったからランク2のレベル1だ」
「うーん、確かにそれだと問題かもね」
「でも、装備でどうにかなる部分もあるッスから、ここで揃えとくべきッス」
力説してくるリントに何やら考え込む素振りを見せるリタ。この二人を見比べて俺はようやく現実に戻ったキョウコさんに声を掛けた。
「というわけで、キョウコさんも自分の防具を選んで欲しいんですけど」
「でも、お金ないよ?」
「それなんですけど、今回はどうやら俺の都合によって必要みたいなので、俺が出しますよ」
「いいの? こっちに来てからユウくんに出して貰ってばっかりな気がするんだけど」
「まあ、最初ですし、仕方ないですよ。それに、この町での初期投資程度なら直ぐに取り戻せます」
「本当?」
「はい」
などと言ってはみたが、このリタの店で装備一式、それも二人分となれば初期投資などという額で収まるとは思えない。
一応この店も初心者用の装備を置いてはいるだろうが、この店はどちらかと言えば中級以上のプレイヤー向けの店だ。俺が知る時代ですらそうなのだから今では上級者向けの店になっているかもしれない、そうなれば自然と価格は高くなる。無理な金額とまではいかないが、それでも初心者用の初期投資とはかけ離れた額になることは必至。
しかし、意気揚々店のを見て回り始めたキョウコさんを止めることは俺には出来なかったが。
「っと、リント。悪いけどキョウコさんについて行ってくれないか? あの調子だと自分の装備制限のことなんて気付くとは思えないし、そもそもキョウコさんの武器に合った装備を選ぶかも怪しいからさ」
「任せてくださいッス」
早足でキョウコさんの後を追うリントを見送り、俺はリタに再び声を掛けた。
「そういうわけで俺の装備も見繕う必要があるらしいんだ。一緒に見てくれないか?」
「うん。良いわよ」
俺の提案をリタが快く受け入れてくれたことにほっと胸をなで下ろしていると、
「でも、ここの商品に能力値にマイナス補正を与えるものなんて無いわよ」
「だよなぁ」
「だから、作ってみない?」
「作るって……はっ、もしかして」
「うん。予想通り。ユウくんが自分で作るのよ。多分だけどユウくん、防具用の生産スキル持ってないよね?」
「あー、確かに。武器とアクセサリだけになってたな」
「うんうん。それなら良い失敗作ができると思うの」
リタが満面の笑みで意味不明なことを言ってのけたのだった。
また冒険までたどり着けなかった……
でも事前準備は大切ですよね! ね!
続きはまた次回。