はじまりの町 ♯.32
最後のHPバーに突入した瞬間、オーガに二度目の変異が訪れる。
今度は土の鎧が出現した訳ではない。素のオーガの身体が纏っている筋肉の鎧が異様なほど盛り上がってきたのだ。
「なにっ」
突然突進してきたオーガに驚いたのは皆が同じだが、声を出したのはハル一人だった。
オーガが狙ったのは離れた所から魔法で攻撃を仕掛けているライラ。フーカはその進行上に居たために轢かれ、弾き飛ばされている。
「きゃあ」
小さな悲鳴が聞こえてきた。
突進を仕掛けてきたオーガはそれまでの愚鈍な動きは微塵も感じられない。
急激な加速を自分のスキルで見慣れている俺は問題なく状況を捉える事が出来ているが、ハル達はそう簡単にはいかないらしく戸惑いを見せている。
身体を起こしたライラとフーカはHPの半分以上を失い、追撃を繰り出そうとしているオーガから逃げることも出来ていないようだ。
「SPEEDブースト」
赤い光が消えた刹那、新たに緑の光を身に宿し駆け出した。
速度が上がったのは俺も同じ。
元となるスピードが速い分、俺の方が早く二人のもとに辿り付くことができた。
「んぐっ」
重いオーガの剣を受け止めた俺はその衝撃を完全に受け切れずに膝を付く。
攻撃をまともに受けたわけでもないのにHPが五分の一程度減少した。
それでも、ライラは無事だ。俺の後ろの方で取り出したポーションを飲んでHPを回復させている。
「ユウさん、ありがとう。≪アイス・ピラー≫」
HPを回復したライラが間髪入れずに魔法を発動させる。
足元から突き上がってくる氷柱がオーガを捉え、剣銃を伝って感じていた重さが消失した。
「助かる」
俺もライラと同じようにストレージからポーションを取り出して一気に飲み干した。
減っていたHPはまだ余裕があるようにも思えたが、何かの拍子に大ダメージを受けないとも限らない。その時、減っているHPではダメージを受け切れるかどうか保証はない。
「このぉ、よくもお姉ちゃんを!!」
俺たちより先にHPを回復させていたフーカが氷柱に突き上げられ、吹き飛ばされたオーガに斬りかかっていった。
「俺もいるぜぇ!」
フーカの後ろから現れたハルが、フーカの後に続いて斧を振り降ろす。
自然と出来あがっているコンビネーションは強力な技を使った二連撃を生みだした。
「≪デュアル・ライトニング≫」
「≪豪爆斧≫」
二人の声が重なった。
光を宿す二連の斬撃と、凄まじい爆発を伴う斬撃。二つの斬撃がオーガのHPを一気に削り取っていく。
「ラストは俺だっ。≪インパクト・スラッシュ≫」
≪基礎能力強化≫を習得し、何度か戦闘を経験した果て。奇しくもオーガとの戦闘に敗北して身に着けることのできた俺の、俺だけの技。
攻撃強化の時と同じ赤い光が剣銃の刀身に宿り、これまでにない強力な威力を生み出している。
続け様に四人の攻撃を受けたオーガが絶叫を上げた。
持っていた剣を落とし、それまでにないほど身体を痙攣させている。止まることなく減り続けるオーガのHPバーは今にも消えてしまいそう。
誰もが勝利を確信した瞬間、オーガの目に怪しい光が宿るのが見えた。
これまでの戦いでも何度か目にしたモンスターの最後の攻撃。散り際の攻撃とでも言うのだろうか、攻撃目標も攻撃方法も滅茶苦茶で威力もどのくらい与えるのか定かではない。だからこそ軽視することも、危険視することも出来ない。モンスターのHPが完全に無くなるまで安全な場所で見守るのがベストだとも言える。
だが今は全員が攻撃を仕掛けた後もそのままオーガの近くに居てしまっている。
ここは最後の攻撃の範囲内だ。
「させるかっ」
大きく腕を振りかざす素振りが見えた途端、俺は走り出していた。
速度強化はとっくに終わっている。
それでもオーガの攻撃をここに居る誰にも当てさせるわけにはいかない。
「≪アクセル・スラッシュ≫」
俺が会得したもう一つの技。
≪インパクト・スラッシュ≫が攻撃強化の技だとするなら≪アクセル・スラッシュ≫はスピード強化の技だ。
緑色の光を放つ剣銃の刃がオーガの身体を捉える。
高く掲げられた腕が振り降ろされる刹那、剣銃の刃がオーガの身体の中心を貫いた。
加速度的に減少するHPバーは一秒にも満たない僅かな時間で消滅した。
剣銃を突きだした格好のまま動かない俺を無数の光の粒子が包み込む。糸の切れたマリオネットのようにガクッと腕を垂らすがその手にはしっかりと剣銃が握られている。
「勝った……?」
消え去ったオーガの影を警戒するようにフーカが呟く。
「……勝った。ははっ、勝った。勝ったぞ!」
呆然と立ち尽くしながらも溢すハルの声が徐々に大きくなっていった。
それはまるで勝利を噛みしめるかのよう。
次の瞬間に現れた今回の戦闘のリザルト画面を見てようやく俺にも勝利の実感というものが感じられた。
「終わったんだな」
「ああ。勝ったんだ。俺たち勝てたんだよ」
喜びを抑えきれないというようにハルが俺に抱きついてくる。
あまりにも無邪気に喜んで見せるハルにライラとフーカは困ったもんだと苦笑いを浮かべているが、ハルに抱きつかれても嬉しくとも何ともない。
「離れろ、暑苦しい」
「何だよー良いじゃないか。勝ったんだぞ」
「いいから離れろって」
本気で嫌そうな顔を見せる俺にハルはようやく一歩下がり離れてくれた。
「それにしても驚いたぞ。最後のアレ。技だろ? いつの間に会得したんだよ。っていうか剣銃にも技があったんだなぁ」
「≪リロード≫も技の一つだって言わなかったか?」
「そうじゃなくて、ちゃんとした戦闘にも使える技が、さ」
二つの剣銃の技。それを発動したのは工房で皆を待っている時にそれぞれ一度だけ。戦闘で使ったのは今回が初めてだ。
出来ることなら≪基礎能力強化≫の攻撃強化と速度強化だけで乗り切りたかったというのが本音だが、無事に戦闘を終えることが出来たのだ。敢えて文句は言うまい。
「ったく、そんな隠し玉があったんなら先に言っておけよ」
「先に言ったら隠し玉じゃないだろ」
ニヤニヤと笑いながら横腹を突いてくる。
軽く小突いてくるだけなので痛みはなく、ダメージも発生してはいないようだが、若干うっとしい。
「それに、使うつもりはなかったんだ」
「なんで?」
俺の告白の反応したのはフーカだった。
それまで俺とハルの会話を見守っていただけの彼女がどういうわけか今にも襲い掛かって来そうな勢いで訊ねてくる。
「あの技を会得したのはさっき、皆を工房で待っていた時なんだ。勝てるかどうかも分からない。そんな相手にどれくらいの威力があるかどうかも分かっていない技を使うなんて出来ないだろ」
「でも、使ったよね?」
そう訊ねるライラもハルと同じようにニヤニヤとした笑いを浮かべている。
「どうしてかなー?」
「その場のノリってやつだよ」
「ホントにー?」
実際、技を使ったのはその場の勢いに乗せられてという感じだった。
俺の前に渾身の技を発動させた三人に続いて攻撃するとなった時、俺だけが通常攻撃というのは格好がつかないような気がしたのだ。
攻撃用の技を持っていなかった時ならまだしもいまは攻撃用の技を使うことができる。
あらかじめ言っていなかったのだから三人に責められても仕方ないと思いながらも、初めてモンスターに向けて技を放つタイミングとしてはこれ以上のものはないだろう。
迷っていられる時間など無い。
最高で最上のこの一瞬を逃しては次に技を使う時は普通の雑魚モンスターを相手にした時になってしまうような気がした。
「もういいだろ。さっさとクエストの完了報告に行くぞ」
オーガがいなくなったからとはいえ街道にこのまま居続けても何の意味もない。
照れ隠しをするように一足先に町に戻る道を歩き出した。
「待ってよー」
先を行く俺に並ぶように他の三人も歩き出す。
雲一つ無く澄み渡る空は今の気分を表しているかのように晴れやかだった。
「いらっしゃい」
なんでも屋のドアを潜るのは通算四度目。
短いスパンで繰り返し来ることになったのはそれだけ俺たちが順調にクエストをこなして来た証拠だともいえる。
「クエスト完了だ」
俺たちを代表してハルがNPCに報告する。
数回コンソールに触れ、幾つかの操作を行った後、俺たちのもとに一つのシステムメッセージが届けられた。
クエスト『街道を塞ぐ悪鬼』をクリアしました。
報酬――15000C
特別報酬――樹上の町通行許可証
試しに通行許可証を出現させてみると、それは羊皮紙に見慣れない印が押され、読めない文字で書かれた契約書のようなものだった。
「行ってみるか?」
これ以上新たなクエストを受注するような蛮行に走ることなく、ハルが尋ねてくる。
新たな町に行くことができるようになったのは良いものの、実際に行こうとするならもう一度草原エリアを抜け、街道を渡る必要がある。
強制的な戦闘が起こるわけでもないのだから極力戦闘をさせることは出来るが、それでもオーガとの戦闘を終えて感じる疲労はかなりのもの。
誰一人として首を縦に振ることは無かった。
「それならここで解散するか」
「うん。また今度ー」
「またね。ハルくん、ユウくん」
手を振りながら別れを言い、二人はログアウトしていった。
「俺も今日は落ちるわ。じゃあな。ユウ」
最後にハルもログアウトして消えていった。
当初の目的は果たしたとはいえさっきまでの仲良しムードはどこにいったのか。
なんでも屋に一人残されてしまった。




