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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第十三章  【revision:2】
318/665

ep.02 『プロローグ・後篇』

お待たせしました。今週分の更新です。

今回の投稿に会わせて前回分のサブタイトルを変更しています。

今後この章のサブタイトルは【revision:2】読み方は『リヴィジョン、ツー』になりますので、どうぞよろしくお願いいたします。


 遅い昼食を終えた俺は夏音さんに案内された部屋の中にいた。

 部屋の床には積み重ねられた三つの段ボールが置かれており、その傍には誰かが使っていたと思わしき机と椅子。壁際にあるのはこれまた古い箪笥と本棚。半分開けられている窓から覗く景色はさっきもみた雑草が生え放題の庭がある。

 夏音さん曰く元は書斎として使っていた部屋らしいが、今では蔵書は一つも無く、それは夏音さんの父親が海外の転勤が決まった際に持っていた物の一つのようだ。

 かなりの荷物になっただろうと訪ねると海外でそれなりに広い家を買ったから問題はないらしい。そもそも夏音さんの仕事が無ければ一緒に移住していた、という話だったようで、その際に今俺がいるこの家も売り払うつもりだったみたいだ。

 この家を気に入っていた夏音さんが猛反対をして残すことになり、夏音さんの仕事が忙しくなってきたことでその話は無くなったようだが。


 食事中に聞いた簡単ないきさつを思い出しつつ、俺は人が使っていた名残がある机に触れる。

 天板についたいくつもの傷や汚れ。それはおそらくこの机を使っていた人が何かを書いたりしてついたものなのだろう。無数にあるそれは決して乱暴に扱ったからついた傷ではなく、この机を長い時間愛用していたからこそついた傷、俺にはそのように思えてならなかった。

 古い机に抱く感傷を胸中に抑え段ボールの中にある荷物を一つ一つ開けていく。

 予めこの部屋にある家具は使っても構わないと言われていたので箪笥に衣服を収め、空になっている本棚に自分が持ってきている僅かな書籍を並べる。

 下宿させてもらうことが決まった時、俺は私物の殆どを実家から持ち出すことをしなかった。必要が無いと思った以上に、余計な荷物を作りたくなかったからだ。その際食器に類いを持ってこなかったことはこっちで買えば良いと考えていたからなのだが、さっきの買い物を思い出すと失敗だったと思う。

 自分の意思に反して連れ回された買い物は予想以上に疲れるもの。とはいえ、夏音さんの好意を無下にすることは憚られる。まだそれほど親しくはなれていない居候の俺は黙ってついて行くのみだ。


「悠斗くん。ひとりでも大丈夫?」


 引き戸をノックして夏音さんが声を掛けてきた。

 持っている空の段ボールを潰し、机の上に置くとそのまま戸を開ける。


「あ、はい。荷物もそんなに多くないですし、もうそろそろ終わりますよ」

「あら、随分早いのね」

「元々そんなに荷物は持ってきてませんから」


 そう言いながら残る最後の段ボールの封を開ける。この中に入っているのは普段から使う物。例えば携帯の充電器とかイヤホンとか、そして久方ぶりに手にするHDM(ヘッドマウントディスプレイ)

 一年ほど前に新型が発売されたのは知っているが、残念なことに俺はそれを手に入れることが出来ていない。買いに行く暇が無かったというわけではなく、受験が終わるまではゲームをしないという両親との約束を守るためにも敢えて購入することを止めていたのだ。新型のHMD――アイ・ウェアを手に入れればそれを試したくて仕方が無かったのは目に見えている。

 自制するという意味合いも含めた結果、こうして今では旧型にあたるHMDを持ってきたというわけだ。

 俺が使っているHMDをベッドの枕元に置き、夏音さんに椅子を勧める。俺はそのままベッドに腰掛けた。


「あ、やっぱりゲームはやるのね」

「まあ、友達にも受験が終わって一段落したら戻ってくるって約束してますし」


 ゲーム内で出会った友達の顔を思い出すついでに、実際に現実(リアル)でも親交のある悪友の顔も思い出していた。

 多分、その悪友は俺がゲームを再開することを知っているだろう。そしてそれをゲームの中の皆にも話しているはず。何よりもいつかは戻ってくると公言していた俺だ。その日がいつになるのかは分からないにしても、復帰すれば全くの無視はされないはず。

 されないといいなぁ。


「どうしたの? なんか暗い顔してるよ?」

「えっと、その……ゲームの中の友達に忘れられてないといいなぁって思いまして」

「だ、だいじょうぶだよ。仲が良い友達なんだよね」

「ですが、一年以上会ってないとなると」

「だいじょうぶ。大人になると一年くらい会わないのはざらだから」


 今度は夏音さんの表情が陰る。


「そうなのよね…地元を離れると尚更、ね。偶に聞くのよ誰と誰がご飯に行ったとか、地元で結婚式があったのよ、とか。そんなの私に言われても仕方ないじゃない。こっちだって仕事があるし、そんないきなり帰ってられないっての。だいたい今の私の実家はここなんだから、地元に帰ったってホテル泊まりとか、虚しいわっ!」

「あ、あの、夏音さん。大丈夫ですか?」

「え、ええ。ごめんなさい。取り乱したわ」

「いえ、俺は構いませんけど」

「とにかく、悠斗くんはそんなに気にしなくても大丈夫だから。ねっ!」


 俺の肩を掴み力強く言い切った。


「それよりも、何か用ですか?」


 部屋の片付けをあらかた終えた俺は潰して重ねた三枚の段ボールを紐で括りながら訪ねた。


「ああ、夕食も俺が作るつもりですけど、いいですよね」

「もちろんだよ。悠斗くんの料理の腕はさっき見せて貰ったから、ウエルカムだよ」


 満面の笑みを見せてくれる夏音さんに俺は昼食の時のことを思い出していた。

 俺の荷解きがまだ終わっていないことと昼食ということもあり、簡単なパスタで済ませたが意外と好評だったみたいで夏音さんはおかわりをしてくれた。気になったのはついでにと作ったサラダはあまり手が伸びていなかったことだが、生野菜が苦手なのかも知れないからと夜には火を通して野菜を出してみるつもりだ。


「それにしても意外だったなー。悠斗くんが料理できるなんて」

「まあ、家だと自分の夜食を作ったくらいしかしなてかったんですけどね」

「へぇ、そうなんだ。それもゲームの影響?」

「まあ、ね」


 感心したように呟く夏音さんを横目に俺は自分が料理を始めたきっかけを思い出していた。

 それはゲームを止めると決めてから暫く経った頃。毎日のようにゲームをプレイしていた時間を勉強する時間にしていたある日、俺はついに勉強に行き詰まってしまった。それもそうだろう。それまでしてこなかったようなスケジュールで勉強してばかりでは息が詰まる。何かしらの気分転換が欲しいと考えた俺は自ずとゲームの中でしていたことを思い出していた。

 例えば薬草の類いを育てていたこと。これを現実でするのなら家庭菜園が一番近いだろう。しかし都会のど真ん中。広々とした庭など無い家では様々な準備が必要だ。しかし、そんなことをする場所もお金も無い為に却下した。

 次にフラッフの世話。動物を飼う余裕が無いので駄目。ならばゲームの主目的の一つでもある戦闘。現実に出来るわけが無い。鍛冶や調薬も同様。実際にするには専門的すぎる。精々アクセサリー作りくらいだが、普段装飾品の類いを付けない俺からすれば作るだけ作ってゴミになることは明白。資源と資金の無駄だと諦めることにした。

 色々と考えること自体が楽しい気分転換になったとはいえど、ずっとそれを続けてはいられない。

 結局行き着いたのが、自分の意思よりも自分と共にいる仲間にせがまれることのほうが多かった料理、ゲーム的に言えば調理。それならば多少失敗しても自分が我慢して食べれば良いだけ。材料費も家の残り物を使えば掛からない。何よりも夜に勉強しているとお腹が空く。その解消のためにも役に立つと言えば親に止められることは無かった。

 夜食作りをしなくても良いと母さんが少しだけ喜んでいたのは敢えて突っ込まない方が良いだろう。


「そう言えばゲームについて何か聞きたかったんですよね? 昼はあまりその話ができなかったことですし、今なら時間もありますからいくらでも答えられますよ」

「あら、そう!? だったら少しだけいいかしら」

「はい」

「だったらまずは…そうね。確認だけど悠斗くんがしているのって【ARMS・ONLINE】っていうタイトルだよね」

「そうですよ」

「面白い?」

「一年くらい前で、俺個人の感想でいいのなら……面白かったですよ。色々と」

「その色々とが聞きたいのよ。具体的にはどうなの?」


 椅子に座っている夏音さんが身を乗り出して尋ねてくる。


「具体的、と言われても。夏音さんこそどういうことが聞きたいんです?」

「そうね。例えば悠斗くんは中で何を主にやってたの?」

「俺の場合は普通とちょっと違うかもですよ」

「どういうこと?」

「まず前提としてあのゲームでは一般的に戦闘職と生産職と呼ばれてるプレイヤーの分け方があるんです。それで俺はその両方をしていたんですよ」


 思わずというように苦笑う。

 今にして思えば中々に思い切ったこと、というよりも無謀なことをしていたように思う。それだと以前にも仲間たちに言われたようにどちからのみに力を入れた人に比べると中途半端になってしまう。それが戦闘職ならばまだいい。自分が弱いで済む話だからだ。しかし生産職の場合ではその意義を失うかも知れない。自分の装備品を扱うだけの生産ならばまだしもそれを使い商売をしようものなら悪手であることは間違い無い。

 そんな風に説明しながらも、俺は自分の選択に満足しているということも付け加えた。

 中途半端になるかも知れないと言われても、その選択によって助かった場面は多い。生産が出来るからこそ戦え続けられた場面も、戦闘が出来るからこそ生産に使える素材を手に入れられたこともあった。

 だからそれでいい。今更変えるつもりはない。


「ってなわけで、俺はどっちもしていたんです」

「そう、成る程ね。だったら次の質問。この一年で随分と変わったと思うけど辞める気は無いのよね」

「勿論です」


 夏音さんが言うように、この一年の間にかの世界は大きく変わっていることだろう。それはゲームを止める直後に発表された情報からも明らかだ。

 何より街の様子も変わっている。

 この田舎町ですらアイ・ウェアを付けたままの人を見かけるのだ。夏音さんが言うには今のところこの町だとショッピングセンターがある近くだけのようだが。


「だったらこれは無駄にならなくてすみそうね」


 と立ち上がり部屋の外から持ってきたのは、カラフルな包装がされた小さな箱。


「相馬さんから渡して欲しいって言われてたの」


 その小さな箱を手渡してくる。


「開けてみて」


 後ろを止めているテープを外すと破いてしまわないように丁寧に包装を外していく。

 するとその小さな箱が姿を現わし、中に入っていたのは、


「アイ・ウェアですか?」

「合格祝いとちゃんとゲームを我慢したことに対するご褒美だってさ」


 箱を開けると白いフレームのアイ・ウェアが現れた。


「ちなみに私のはコレ」


 夏音さんがポケットから取り出したケースの中にあったアイ・ウェアを身につける。夏音さんが付けているには綺麗なオレンジ色のフレームだ。


「晴れてゲームの解禁がされたってことよね」


 自分のアイ・ウェアと夏音さんが付けているアイ・ウェアを見比べていると、何やら含み笑いをしながら夏音さんがじりじりと近づいて来た。


「ええっと、多分」


 実際は合格の知らせが来たときに解禁されていたと思うのだが、その時は引っ越しの準備やら入学の手続きやらで後回しになっていた。


「あのね。ちょっとしたお願いがあるんだけど」

「お願いですか?」

「っていうか、それが居候の条件だったっていうか」

「ああ、やっぱり条件があったんですね」


 言い辛そうにする夏音さんを前に俺は妙に納得していた。

 親戚でも何でも無い。年齢だって五歳くらいしか離れていない男の俺を、それこそ父さんの仕事の付き添いで一度や二度会っただけの俺を居候させてくれるのはどれほど父さんの信用があったとしても夏音さんにとっても何かのメリットがなければ受け入れられなかっただろう。


「でもでも、相馬さんにも許可を貰ってるからね」

「いや、別によっぽど無理なことじゃなければ父さんの許可は関係なく受け入れますよ」

「そう?」

「そうなんですよ。だから言ってみてください」


 よっぽどなことになるのはどういうことだろうか、と考えながらも笑みを返す。


「分かったわ。思い切ってお願いするね」

「はい」

「私にゲームを教えて欲しいの」


 真剣な面持ちで告げる夏音さんに内心やっぱりかと思ったのは内緒だ。




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